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第九章

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「姉上!」

 少年は叫び、広間に駆け戻った。この奥屋敷は少し高台にあり、この箇所に設置してある物見櫓からは、一族の住む外屋敷、そしてそれらを囲う田畑が一望できた。

 少年の見た光景は絶望的なものだった。外屋敷には既に火が放たれ、この奥屋敷まで火が迫っている。屋敷は敵の兵で囲まれ、逃げ惑う一族の人間は皆、矢を打たれ、剣で斬られ、槍で刺されていた。

 少年は我を失い、動転していた。正気でいられる訳がなかった。

「一族の皆が・・・皆が・・・」

 彼の姉は黙って少年の報告を聞いていた。そして口を開いた。

「私が交渉しましょう・・・」

「危険です、お止めください!」

 側近の一人が即座に反対した。

「ではどうすればいいと言うのです? 敵の大軍勢に対し、こちらの兵はここにいる数十名しかいないのですよ?」

「・・・」

 側近たちはそれに何も答えることが出来なかった。少年の姉は弟の名を呼び、言った。

「私はこれから交渉に向かいます。あなたはその隙にここから脱出しなさい」

「え・・・」

 十歳になる弟は絶句した。

「和平の交渉をするのではないのですか?」

「・・・敵は交渉の申し込みなぞ受け入れないでしょう。我々は別の場所からこの土地に逃れてきた。突然現れたこの里を気味悪がり、敵視してきた彼らが、交渉に応じるとは思いません。ですが、私が出れば制圧は終わったものと敵の気は緩み、隙は生まれ、逃げる機会が生まれるはずです」

「嫌です! 逃げることなんて出来ません。私も一緒に行きます!」

 少年は叫んだ。

「駄目です。あなたは一族の跡取りなのですよ。なんとしても生き延びて・・・」

 姉は弟を手繰り寄せ、抱きしめた。

「お願い・・・無事で・・・無事でいて」

 姉の声は涙声になっていた。強く、その温もりを確認するように彼女は弟を抱きしめた。奥屋敷に迫る兵の音が聞こえてくる。その度に彼女は身を硬くし、更に強く弟を抱きしめた。



 瓦礫が当たり、山内のシールドに入ったひびは次第に増えていった。シールドを張る山内の手は震え、左足は時折短い痙攣を起こしていた。もうこれ以上持ち堪えるのは難しいだろうと思った。シールドが破られるのは時間の問題だと彼は感じていた。

 だが、あともう少しだ。

 前園に押され、少しずつ後退を余儀なくされていたが、山内はそう思っていた。瓦礫の衝撃でシールドが大きく揺れた。

「馬鹿が! そんなもので守りきれるとでも思っているのか!」

 前園は攻勢に気を好くしたのか、数歩前に出た。

 もう少しだ。

 瓦礫の衝撃でシールドが揺れ、その度にひびが成長している。山内は後退した。前園が前進する。

「今だ!」

 その瞬間、前園の足元を中心に赤い魔方陣が広がり、その全面から無数の赤い線が伸び、彼の手と足を縛り上げ、彼の動きを止め、ついには前園を床になぎ倒した。床に倒れる音とそれに追従して瓦礫の崩れる音が体育館に鳴り響く。

「がっ」

 前園の呻き声が聞こえた。

「!」

 村田は驚いたように山内を見た。

「レゴ製の足止めトラップの魔方陣を敷いていたんです。便利ですね、レゴって。思い通りの立体魔方陣の形ができるから。これが終わったらいろいろ作って僕も楽しんでみますよ」

 山内は少し笑った。

「山内・・・」

「僕なら大丈夫です・・・奴を吉野先輩から分離します。そして皆さんを未来に返します」

 その言葉は心に響いた。胸に熱い思いがこみ上げてきた。

 帰ることができる・・・やっと帰ることができるんだ。

 村田はその言葉を心の中で反芻した。

「これから・・・」

 そう山内が言いかけたとき、青い光りが前園を覆った。前園の呟きが聞こえた。

「ふざけるな・・・」

 そして歯を食いしばり、必死に膝を立て、力づくで立ちあがろうとした。赤い光の線は切れまいと伸び、最後はぶちぶちと切れるものの、すぐに前園に向かって伸び、彼を拘束する。それが何回も繰り返されていた。

「くそおおお!」

「もう、やめろ!」

 山内は叫んだ。

「もう諦めろ! 何をやっても、もう無駄だ! 分岐点は過ぎたんだ!」

「そんなことは分かっている!」

 前園は怒鳴り返した。

「だが僕は一族の無念を背負っている! 邪魔をするな!」

 前園はあらん限りの力を振り絞って立ち上がった。無数の赤い光の線が引きちぎられてゆく。それは一斉に前園に向かって伸びてきたが、それよりも前に彼は床の赤く光る魔方陣に向かって衝撃波を撃った。何発も連続して撃った。床が崩れ、床の底に設置しておいたレゴの立体魔方陣が、一つ一つの部品となって宙に散る。赤い光の線は一瞬にして消え去った。

「まずい!」

 山内の声が聞こえた。

 前園は山内の展開するシールドに衝撃波を放った。それは無数の細かい瓦礫を取り込み、空気に歪みを生みながら、トルネードと化し、直線的に向かってきた。

 駄目だ!

 凄まじい音を立てシールドに瓦礫が次々に衝突した。シールドに細かいひびが 入ってゆく。

 もうもたない・・・。

 山内はそう思った。

 シールドに大きなひびが入った。瞬間、シールドは細かい欠片となって砕け散った。天井、床、壁にシールドの破片は突き刺さり、山内とその後ろにいた村田達はその衝撃に飛ばされ、床にその身を叩きつけられた。

 

 

 夕暮れになっていた。敵の気勢は衰える様子はない。空は赤く、今地上で起きている惨劇をそのまま映しているようだった。

 少年は奥屋敷の物見から姉の様子を伺っていた。姉は数人の側近を従え、砦の坂を下り、硬く閉じた奥屋敷の門の前に立つとそれを開けさせた。門の外で激しい攻撃を掛けていた敵は、門が開き、姉を認めると素直に道を開け、攻撃の手を止めた。彼女らは敵に囲まれながら、ところどころに火の手が見える外屋敷を抜け、敵方が張った陣地に向かって行った。

 その途中で彼女の足は何回か止まった。

 そこは一族の人間が無残に殺され、その遺体が無造作に積み上げられている場所だった。その中にはまだ幼い子供もいる。姉の怒りと悔しい気持ちが遠く離れていても弟の彼には伝わった。

「姉上・・・」

 少年はそう呟いた。少年も行かねばならなかった。姉の指示で砦の裏の切り立った崖を夕闇に紛れ下り、川べりまで出る予定だった。そこで夜を待ち、川を渡り、逃げ延びるように言われていた。

 姉の前に黒い鎧に身を固めた武将のような武将が現れた。

 弟は嫌な予感がした。

 姉はその武将に一礼をした。だが男は姉を蔑むように一瞥し、それ以上のことはしなかった。とても会話が出来る雰囲気には見えない。

 姉が武将に何かを言った瞬間だった。

「あ・・・」

 弟は声に出した。

 彼の姉に従っていた側近が、背後の兵により槍で刺されたのだ。続いて残り二人の側近も剣で切られ、倒れた。

「まずい!」

 弟は急いで物見から降りようとしたが、梯子を踏み外し、物見の半ばにある踊り場に転落した。

「ぐお!」

 くそっ右肩が・・・!

 姉のいる方向を見た。黒い鎧を着た武将が剣を抜き、彼女に迫っているのが見えた。

 

 

 体育館の屋根から鉄筋の歪むような音が続いていたが、やがて止まった。おそらくシールドの破片が飛び、屋根の部材が不安定になったための音なのだろう。前園はそれを気にする様子もなく、自分の分身である山内、いずみ、村田、佐川の倒れている姿をじっと眺めていた。

 村田が立ち上がろうとしている姿が見えた。山内のシールドの破片は、床や壁に突き刺さっても尚、白い光りを放っている。その中を彼は立ち上がろうとしていた。

「ほう」

 前園はそう言った。

「君はやられてもやられても立ち上がるんだな。意外だったよ」

 前園は落ち着きを取り戻したように見えた。怒り狂った様子はもうない。シールドを破ったことが、自分を取り戻すきっかけだったのだろうか。青い和服を着てお茶を点てていたときの彼の雰囲気に似ていると思った。村田は言った。

「君は恨みを・・・」

 気力と体力がもう残っていない。

「・・・?」

「・・・恨みを捨てることは出来ないのか?」

「無理だ。僕の一族は僕を守り、死んでいったんだ。今更その無念を捨て去ることなんてできない」

「・・・」

「僕のやっていることが理不尽でおかしいと君たちが思っていることは、多分正しい」

「だったら・・・」

「だが、僕は一族の思いに支えられ生き延びてきたんだ。それを裏切ることなんて出来ない。その想いだけでここまで来たんだ。それを今更捨てるなんてできる訳がない・・・」

 ふと気がつくと鉄筋の歪む音が再び始まっている。前園は倒れている山内を見た。

「ただ、そこに転がっている僕の分霊が言うように歴史を変える分岐点は過ぎ去ってしまった・・・今から何かが出来る訳でもない。そいつのせいで僕の計画は失敗してしまった。ただそいつも僕自身なんだ。そいつのやってきたこともおそらくは僕の願望だったんだろう。こういう結果を僕は望んでいたのかもしれない」

 そこまで言って前園は言葉を止めた。

 鉄筋の歪む音がする。

 彼は屋根を見上げた。屋根のフレームが動いている。それは一瞬の出来事だった。



 姉は二人の兵に両手を抑えられていた。

 もう逃げ場はなかった。姉は毅然とした態度で正面の黒い鎧の武将を見ていた。その様子が武将には気に食わなかったようだ。拳を振り上げ暴行を加えた。少年は見ていられなかった。下を向き、自分の無力さを知った。そしてそれを呪った。

「姉上・・・」

 恐ろしさで少年は下を向き続けていたが、やがて意を決して視線を元に戻した。

「!」

 彼女の体には武将の剣が深々と刺さっている。彼がそれを認識した瞬間、彼女は仰け反り、倒れた。

「おおお!」

 少年は叫んだ。

 僕は姉上が刺されたというのに目を逸らしていたんだ! 最低だ! 助けに行くこともせず、現実から逃げていた!

「くそっ」 

 そう呟きながら、何度も物見の踊り場の床板を拳で叩き続けた。

「くそつ、くそっ」

 皮が剥け、拳から血が出てきていたが、その行為を続けた。そして突然彼は手を止め、泣き出し始めた。それは悲痛な叫びにも似た泣き声だった。

 彼は泣き続けた。

 彼の側近は姉の指示通り、泣き続ける彼を連れて、この砦からの脱出を開始した。敵に見つかっても側近たちによって彼は守られた。ただ、一人、一人とその人数は減り、彼が無事に砦から脱出し、川を渡り、山に入り、何も見えない暗い洞窟に隠れた頃には、彼の周りには誰一人残ってはいなかった。

 たった一人になっていた。

 そして殺されていった一族の無念を知る者は、自分だけになってしまっていることに彼は気が付いたのだった。



 体育館のフレームがきしみながら折れ曲がってきた。それは前園を直撃するように見えた。その光景を目にして前園は我に返った。思い出していたのだ。一族が滅亡した日を、姉が無残に殺された日を。

 俺はあれに押し潰される。もう助かることはない・・・くそっ、結局俺は何も出来なかった。一族の無念を晴らすことは出来なかった!

 そのとき彼には姉のやさしい声が聞こえたような気がした。いや、確かに聞こえる。そしてそれは自分の全てを認めてくれる声だった。

「姉上!」

 もういいのよ・・・。

 確かにそう聞こえた。

 数百年ぶりの声だった。涙が頬をつたって落ちた。今まで自分を縛っていたものが解けてゆく感覚を覚えた。

「姉上!」

 彼は力の限りそう叫んだが、返事はなかった。フレームが落ちてくる。迫ってきた。

 だが、もうすぐ姉上に会える・・・。

 彼はそう確信していた。満たされた気持ちになっていた。彼は静かに目を閉じ、その瞬間を待った。そして凄まじい音を立て、屋根の鉄筋が前園に落ちた。



 暗く何も見えない。

 唯一の光りだったシールド破片からの白い光りも消えてしまっている。音も何一つしなかった。

 あの激しい音・・・前園のいた辺り落ちたぞ・・・床を揺るがし、体育館のフ レームが前園に落ちた! いや、吉野に落ちた!

 村田は立ち上がった。どこかで瓦礫が転げ落ちる音が鳴った。その音はやけにこの暗い空間に響く。

 空気が流れる気配を感じた。そして強い光が広がった。

「!」

 光を追うように強い風が吹き始めた。とても立ってはいられない。光と風は前園が居た辺りから発生しているようだったが、眩し過ぎて正確には分からなかった。

「何が起きているんだ・・・」

 だが、なんとなく感じていた。前園の気配が次第に薄くなってゆくことを村田は感じていたのだ。

 村田は風に逆らい、その中心へと歩き出した。何度か瓦礫に足を引っ掛け、転びそうになったが、彼は光と風の中を進んでいった。瓦礫が無数に転がっている。それらはこの強い風に吹かれ、カタカタと音を立てながら外側へと押し流されていた。

 なんて強い風だ!

 押し戻されそうだと思った。しかも光の輝度が強く、前が全く見ることが出来ない。彼はそれでも歩いた。

 そしてその中心に辿り着いた。体育館のフレームが無残に曲がっているのが見える。それが何本か存在し、それを中心に瓦礫の山が形成されていた。外は光りも風も勢いは衰える様子はなかったが、この空間だけは無風で光も適度な状態だった。

 村田は瓦礫の山を見た。

「あ!」

 彼と思わしき指の先がその下から見えていた。

 前園の直上に落ちている!

 村田は焦燥感に囚われ、瓦礫を取り除き始めた。最悪の結果が頭を過ぎった。手が震え、物を満足に持てない。

「くそっ」

 それでもなんとか幾つかの瓦礫を取り除いたが、すぐに大きな屋根部材にぶつかった。一人ではどうにも動かせない大きさだった。

「村田君!」

 いずみの声がした。振り返ると彼女がそこにはいた。

「一緒に」

 いずみはそう言った。村田はその存在に安心感を覚えた。落ち着きを取り戻すことができた。彼は頷き、彼女とその重く大きな部材を動かすとフレームの赤い鉄骨が見えてきた。屋根の中心骨組みをなす部材だったのだろう、フレームの浅い角度の下に吉野は倒れていた。

 大丈夫そうだ!

 直感的にそう思った。

「吉野!」

「吉野君!」

 やはりそうだ・・・もう前園の気配はない。吉野は吉野に戻っている。

 吉野の左手の指が、村田たちの声に応じるように動いていた。

 それを見て村田が安堵の気持ちを覚えた瞬間、周りが暗くなり、音がなくなった。すぐに明るくなったものの、何かが違っていた。いや、彼は全く別の場所に立っていたのだ。そこは茶室のようなところだった。

「な!」

 高校の茶室とは違う。光りの入り方、使われている建材、どれをとっても格調が高く、趣が深い。それに倒れていた吉野は見当たらず、いずみの姿も消えていた。

「どこなんだ・・・」

 背後に人の気配を感じた。村田は振り向いた。

「君にお別れを言おうと思ってね」

 前園が後ろに立っていた。吉野の姿ではない、昼に見た和服の男子の姿だ。

 ここは・・・。

「ここは僕の意識の中だよ。僕は茶室が好きでね。前の世界ではそういったものはなくて、唯一この世界で僕が好きなものなんだ」

「前の世界・・・? この世界?」

 村田は驚いて前園を見た。彼の表情にはもはや怒りのそれはない。憑き物が取れ、まるで別人の様相になっていた。

「僕ら一族は違う世界から来たんだ。前の世界は破滅寸前でね、日照りが続き、作物は育たず、水も限られていた。食べるのもやっとだった。多くの仲間が死んでいったよ」

 村田は唖然として前園を見ていた。

「・・・魔方陣の理論が進んでいる世界だった。いろいろ試してみたけど何も改善しなかった。星自体がそうなっては魔方陣は何の役にも立たない。魔方陣はその星の息吹を利用するものだからね。最後に唯一賭けたのが魔方陣を使った他の世界への転移だったんだ」

「・・・」

「幸いなことに転移は成功した。そして数百年前のある雪深い谷に僕らは小さな里を設けたんだ。魔方陣を使い、山を崩し、開墾し、製鉄も行えるようにした。そしてそこで細々と暮らしてゆく予定だった。だがそれまで使えた大部分の魔方陣は使えなくなってしまっていた。この星とあの星では息吹が違っていて、その違いを吸収することはすぐには出来なかったんだ」

 だから魔方陣の解析に時間が掛かったと言っていたのか・・・。

「領主は突然現れた里を気味悪がっていた様子もあったが、田畑や製鉄の技術は魅力的に移ったらしい。僕らは突然攻め込まれて、結局は滅ぼされてしまったんだ」

 前園の様子は落ち着いていた。

「歴史ではよくある戦の一つということになるのだろうけど、死には変わりない。一文で済まされることであっても、多くの人間が実際に死んだんだ。僕は唯一の生き残りとして一族の無念を晴らすことを存在理由にして、ここまで生きてきた。亡霊のような身になってもね」

 前園はそこまで言って黙った。そしてぽつりと口を開いた。

「だけど今、姉上に会えたんだ。そして呼ばれたんだ」

「・・・」

「もう行かなくてはね」

 前園に死期が迫っているのだと直感した。

「僕達は未来に帰る」

 村田はとっさにそう答えた。その言葉に前園は頷いた。

「僕は・・・もっと早く過去の呪縛と決別しなくてはいけなかった。前に進まなければいけなかったんだ。だが出来なかった。人間は本当に弱いものだよ」

 彼は溜息をついた。そして言葉を続けた。

「決別するのだって、新たな世界を開くのだって、自分自身がその鍵を握っている。自分でやらなければ何も始まらないんだ。当たり前のことだけど、僕は気づくのが遅すぎた・・・」

「・・・」

「君たちも自分自身を縛っている負の側面から開放されることを祈っているよ」

そう前園は言った。

「自分達を縛る負の側面・・・」

「人間誰しも持っているはずだけど、それと決別できないままでいることは良くない。まあ僕が何かを言えた義理ではないのだけどね」

「いずみ先輩の弁護士事務所でのいじめ、佐川の失敗したと言っている未来。吉野の失われた家族、夢に対して何もしようとしなかった僕の未来」

「それとどう向き合ってゆくのか、どう決別するのか・・・大変だろうけど君たちだったら乗り越えてゆけるさ」

 前園は笑ってそう言った。

「何故僕に・・・別れの挨拶を?」

「何故だろうね。多分、そうなんだ・・・もしちゃんと同じ時代の人間として君に会えていたのなら、僕は君の友達になっていたかもしれないと思ったんだ。君の人間性も気に入っていたし、僕もレゴをやってみて面白いと思ったからね」

「・・・」

「僕も怒りに囚われず、恨みに縛られず生きてみたかった。ずっとそう思っていたのかもしれない」

 前園は手を差し伸べた。

 村田はその手に向けて手を差し出し、二人は握手をした。

「もう時間だ。さようならだ」

「ああ・・・」

 前園は光りに包まれてゆく。そしてゆっくりと消え始めた。

 心に込み上げるものがあった。

「同じ時間の人間として・・・か」

 村田はそう呟いた。

 そして気が遠くなった。

 赤く光る巨大な魔方陣が足元で広がってゆくのが見えたような気がした。

 次に気がついたとき、村田はあの日の津田沼駅に立っていた。

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