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幼なじみ

作者: 深水晶

具体的なシーンはないけど一応警告付きです。


 顔の産毛が伸びてきてファンデーションのノリが悪くなってきたから久々に剃ろうと思って、剃刀の刃と柄をうっかり間違えて握ってしまった。風呂に浸かって温まった後だったために、思ったより多く出血、浴室の床や鏡にパッと赤い血が広がり頭に血が上った。

 ヤバイ。咄嗟に、以前習ったうろ覚えの応急手当のマニュアル通りに傷口ーー人差し指と中指の腹の真ん中に一本線を描くような傷と出血が見えるーーより心臓に近い側、つまり第一間接あたりを左手でぐっと握りしめるように押さえて、心臓より高い位置に上げる。ドクドク鳴る心臓、荒くなる呼吸、高くなる体温のためか、止まらない。押さえている左親指の爪が徐々に血で赤く染まっていく様を見て、パニックに陥った。

「しーちゃんっ!」

 時刻も現在の自分の状態も忘れて、浴室を飛び出し、靴も履かずに部屋を飛び出しーードアノブは両肘を使った。後で考えると鍵はかけ忘れていたようだけど気付かなかったーー隣室の金属製のドアを体当たりする勢いでガンガン鳴らした。

「しーちゃん!! しーちゃん!! しーちゃん!!」

 たぶんドアを鳴らして三十秒も経ってなかっただろう。

「……なんだ」

 面倒臭そうな顔で、ボサボサ頭のしーちゃんがドアをわずかに開けて、固まった。

「しーちゃん!! 大変なの! 血が止まらないの!!」

「……結菜、お前……」

 しーちゃんは一瞬嫌そうに眉をひそめ、大きなため息をついた。

「とりあえず落ち着け」

 そう言ってドアを大きく開くと、私の左肘を掴んで室内に引き入れ、素早くドアを閉め鍵をかけたかと思うと、くるりと方向転換して居間ーー玄関入って正面の部屋ーーへ足早に向かう。

 しーちゃんって、すごい。いつも思う。ほとんど感情の読み取れない落ち着いたテノールの声で一言二言何か言われるだけで、いつもどんなに脳髄が沸騰してても、速やかに平温になる。この人に任せておけば大丈夫だと何故か思ってしまう。

 一呼吸して居間へ向かうと、しーちゃんはテレビ台の下の棚から薬箱を取り出すところだった。

「今度は何やらかした」

 やらかすのが前提だと思ってるらしい。それは八割方間違ってないから否定しづらいけど。

「剃刀の柄を握ろうとしたら、刃の方だった。それで……っ!」

「怪我したのは右手の指だけか?」

「血がっ、止血が、心臓より高い位置に上げてるのにっ!」

「風呂入ってたから血行良くなってるんだろ」

 うわ、すごい。なんで言わなくてもわかるんだろう。傷口も見てないのに。しーちゃんすごい!

「あと興奮して騒いでるから余計にだろ。落ち着け。痛みはあるか?」

「痛い。ズキンズキンする」

「その程度なら鎮痛剤は要らないな。どうせ皮が切れた程度で病院行くほどじゃないだろ。酒は飲んだか?」

「飲んでない」

「だいたい毎日のように怪我しまくってる癖に痛がりなんだよ、お前は。騒ぎすぎ」

「痛いものは痛いんだから仕方ないじゃない!」

「それ、傷口見ないでいても我慢できないくらいの痛みか? 悶絶して床や地面を転げ回りたくなったり、奇声上げて外を走り回りたくなるくらいか?」

 え、何それ。そんなにひどくはない、と思うけど。ズキンズキン痛む。相変わらず血が止まる気配はない。左手親指の爪は血で染まって指の付け根のところも赤く汚れてはいるけど、両方の手の平を伝って滴るほどではない。

「手を出せ」

 言われるまま差し出した。

「左手、押さえなくて大丈夫だから」

「本当?」

 無言で頷かれておそるおそる外す。

「一回軽く洗った方が良いな。ちょっと洗って来い。水洗いで痛くない程度に軽くな。あとこれ使え」

 きれいに洗濯してあるタオルを差し出しされ、受け取った。言われた通り流し台で軽く手を洗い渡されたタオルで軽く水気を取って、しーちゃんのところへ戻り右手を差し出す。

 しーちゃんは無言で私の頭にバスタオル?をバサリとかけると、手首を軽く握り、消毒液で湿らせた脱脂綿で傷口を痛くないようにポンポンと叩き、絆創膏をきれいに巻いてくれた。もちろん二本とも。いつものことながら手際が良い。私だったら弛んで上手く巻けなかったり、位置が微妙にずれたり、巻く前に粘着部が張り付いたり、時間かかったりするのに、数秒で的確に済ませてしまう。

 かけられたバスタオルを頭から退けた時には、しーちゃんは既に背を向けていた。

「しーちゃん?」

 しーちゃんは無言で薬箱を片付けている。

「……ちょっと待ってろ。これ片付けたら着るもの貸してやる」

 言われて私は自分の視線を下へ向けた。……しまった。全裸、真っ裸だ。そういえば入浴中だったんだ。

「み、見られたかな?」

 カアッと血の気が上る。顔が、耳が、熱くなる。うわぁ。やっちゃった!

「……」

「しーちゃんはともかく、近所の人に見られたらヤバイよね! 痴女と思われて通報されちゃうかもしれないよね!?」

「…………」

「通報されたら大学中退、それとも停学、後ろ指さされて引っ越し? ヤバイヤバイ! どうしよう、しーちゃん! 犯罪者になっちゃう!! 牢屋に入れられちゃう!?」

「……牢屋には入れられないから安心しろ」

「えっ、本当!? 良かったぁ!!」

「……それより、身体拭いて暫くそのタオル巻いておけ」

「うん、わかった! 有り難う、しーちゃん!」

 私が安心してそう言うと、しーちゃんは深いため息をついてノッソリ立ち上がると、寝室へ向かった。言われた通り、バスタオルで拭い、タオルを身体に巻く。

「おい、後で廊下とか掃除しとけよ」

 仏頂面のしーちゃんがスウェットの上下をぶっきらぼうにつき出してくる。

「有り難う、しーちゃん」

 にっこり笑って礼を言うと、不機嫌そうに、

「お前のせいで廊下濡れてる上にザラついてんだけど」

 と、言われた。

「ご、ごめん」

 土下座する勢いで頭下げようとしたら、ゴツリと額にチョップ食らって止められた。

 地味に痛い。お、怒ってる? なんかそのまま頭掴まれて無理矢理上向かせられた。

「ココアか珈琲淹れてやるから、その間に着替えろ。モタモタすんな。風邪引いたらどうする」

 まだ風邪引くような気温じゃない。それどころかいわゆる真夏日とか熱帯夜とかいうやつに近い気温が連日続いてるんだけど。

裸でも蒸し暑い。梅雨はどこにいったんだって感じ。

「スウェット暑いんだけど」

「文句言うな」

 問答無用。

「で、どっちだ」

「バニラアイス」

 ダメ元で言ってみた。

「買い置きがない。諦めろ」

 バッサリだ。念のため聞いてみる。

「ラクトアイスも?」

「……買って来いと?」

 あ、声が低くなった。ヤバイ。

「珈琲で良いです! ごちです、しーちゃん先生大好き! 愛してる!」

 即座に土下座した。何故かこっち見てくれないけど。

 あれ? インスタントかと思ったらドリップ淹れてくれるの? なんかお湯わかす準備までしてるっぽい。

「さっさと着替えろ、結菜。それとも俺に着替えさせて欲しいのか?」

 ぎゃあ、ヤバイ。低温な低音。空気が凍っちゃう。警報、警報。マジ切れ五分前な気配。すいませんでした! 慌ててスウェットを被る。

 うん、これ、しーちゃんが高校の体育で着てたやつ。ネームとかは外してあるけど。なんか見覚えあるし。

「普段着てるやつじゃないんだね」

 ズボン穿きながら言うけど、返答なし。……本格的に怒ってる?

「しーちゃん?」

 眉間に皺寄せて電気湯沸し器を睨んでるしーちゃんに、おそるおそる近付く。

「……もう少しかかるから、掃除しとけ。雑巾は洗濯機の前のバケツの中だ」

「了解です!」

 サー、をつけたい気分だけどこれ以上怒らせたらヤバイからやめとこう。しーちゃん本当に短気だよね。タックンに言わせると私基準だとこの世に短気じゃない人は存在しないらしいけど。

 タックンは弟の癖に口悪くて生意気なんだよね。反抗期? 中学上がったくらいからタメ口になっちゃった。ムカつく。小学生の時はすっごく可愛かったのに。いや、高学年になる頃は既に今の片鱗見せてたかな。

 しーちゃんとこの雑巾て、科学繊維とかじゃなくて普通の薄いタオル縫ったみたいなやつなんだよね。たぶん濡れた素足で走ってそれで汚れただけだと思うから、軽く水拭きしておけば大丈夫だと思うけど。

 雑巾濡らして拭いてたらしーちゃんが来た。

「おい、なんで廊下が濡れてるんだ」

 あれ? もしかして絞り足りなかったかな。無言でしーちゃんが私の手から雑巾を奪い、無造作に握ったら、ビシャッと水が滴り落ちた。

「…………」

 沈黙が痛い。

「……そう言えば怪我したの右指だったな」

 なるほど! それで上手く絞れなかったのか。指痛いから力入らなかったんだね。

「俺が拭くから珈琲飲んでろ」

「良いの?」

「邪魔だ、早く行け」

 うわぁ。マジすいません、役立たずでごめんなさい。すごすご引き下がる。むぅ。怪我してなかったら絞れるんだよ、一応。しーちゃんと比較したら手際は悪いかもだけど。

 座り心地の良いソファの上で、有り難くマグカップの珈琲をいただく。ミルクたっぷりの砂糖なしの珈琲。しーちゃんが淹れてくれるのはすごく美味しくて好き。同じ豆で見よう見まねで淹れても同じにならないけど。喫茶店で飲むのより、しーちゃんの珈琲のが良い。

 大学の売店のやつとか苦かったり甘かったり変な味がして苦手。前にしーちゃんに言ったら『一緒にするな』と鼻で笑われたけど。本人に言ったら真顔でキレそうだけど、しーちゃんて何気にツンデレだと思う。それともクーデレ? でもクールというよりはツンの方だよね、どっちかと言うと。

 半分ほど飲んだかな、ってくらいの頃にしーちゃんが戻ってきた。

「ところで家の鍵かけてきたか?」

「あっ!」

 慌てて飛び上がろうとしたら額にデコピン食らった。

「いたっ!」

 後には残らないけどめちゃくちゃ痛い。しーちゃんのデコピン嫌い。涙目で睨む。

「俺が鍵かけて持って来るから、そのまま飲んでろ。ついでにお前んとこの廊下とかも掃除してやる」

「有り難う! しーちゃん大好き!!」

 抱きつこうとしたらすかさず額にチョップ食らった。……なんという絶妙なタイミング。浮かせた腰が数センチと進まない内にソファへと逆戻り。さっきのデコピンと同じところにチョップ食らわせるとは、しーちゃんてばドS。

「黙って座って飲んでろ。面倒だから手間かけさせるな」

 うぅ、面倒とか言われた。唸ってたら、さっさと出て行かれた。常々感謝はしてますよ、感謝は。でも、もっと優しくしてくれても良いと思うんだ。あと愛想良くしてくれないかな。そんなだからしーちゃん彼女できないんだよ。

 しーちゃんは七歳年上の幼なじみで元家庭教師で現在は数学の先生。お互いの母親が中学時代から同じ部の先輩後輩で親友みたいに仲が良い。しーちゃんとはしーちゃんの大学入学前後くらいからしばらく疎遠になってたけど、私の大学受験をきっかけに交流が復活した。しーちゃんのおかげで無事第一志望の大学に入学できた今では、一番のメル友&お隣さんである。別名保護者とか世話係とも言われてるけど。帰りが遅くなったら車で迎えに来てくれたり、毎日ご飯とかお弁当とか作ってくれるしね。ちなみに食費とかはうちのお母さんから直接しーちゃんに渡されてるらしい。一人暮らしが決まった時、タックンにも何故かコンロやガスの元栓には絶対触らないように言われたし。

 それにしても顔、どうしよう。しばらくすっぴんでも問題ないかもしれないけど、日焼けがこわいからできればファンデは塗っておきたいんだよね。これを機会にリキッドタイプに切り替えちゃおうかなぁ。粉だと体調とか産毛とか肌の状態によってはビミョーだし。けど化粧品、選ぶのも買うのも正直面倒なんだよね。一番面倒なのは店員さんとお話すること。人によるけどやたらめったら時間かかるし。ドラッグストアとか通販とかなら購入までに最低三十分から一時間ってことはないだろうけど、でも私一人じゃ選べないし。女友達と行くとそれなりに楽しいけど、一人で行くより更に時間かかるもんね。

 お目当てのものがある目的が確定している買い物は、友達と一緒だと非効率的だと思う。友情深めたり楽しみたいなら、友達と一緒のが良いけど。合理的・効率的に大量買いだめとか考えたら、しーちゃんとかタックンとかお父さんを荷物持ち兼送迎役に同伴すれば、便利な上に気を遣う必要がなく、気楽に気儘に自由に買い物できて、その上相手の機嫌によっては何か奢って貰えるという余禄つき。買い物で疲れた時に休憩兼ねておいしいご飯とかスイーツとか最高だよね。

 あー、それにしても珈琲おいしい。これに何か軽めのクッキーとかあると最高。アイスボックスクッキーか小さめのマドレーヌ、ラング・ド・シャとかもいいね。マカロン、も嫌いじゃないけど昼間ならともかく夜ーー現在時刻十時半過ぎーーには不向き。

 しーちゃんの部屋は本人の性格を反映してるのか家具は少なめ。色とかデザインはバラバラだけど、それぞれ持ち主のこだわり的なものは感じる。テレビは液晶32インチ、テレビ台の中の上の棚にはDVD・HDD録画再生機とかいうやつ。下の棚には薬箱と裁縫箱と文房具入りの元お菓子の缶が入ってる。居間には他にガラスのテーブルと二人か三人がけのソファーとマガジンラック。クッションは私が前に持ち込んだキルトのやつだけ。持ってきた時、しーちゃんてば邪魔だとか言ったのに、実は枕代わりに常用してるんだよね。でもクッションは枕じゃないんだよ。使い方間違ってるからね。

 仕事に使ってるノートPCは私が来る直前まで使ってたのかテーブルの隅でOSデフォルトのスクリーンセーバを表示している。あまり良いことじゃないのはわかってる。でも軽い好奇心で傍らにあるマウスに触れてみた。

「……え?」

 思わず画面を凝視してしまった。そこに表示されていたのはーーというかデスクトップ画面なのだけどーー私の写真だった。しかもこれ、見覚えないというか記憶にないというか。写ってるのは胸から上で、その内容には問題なく見える。問題があるとしたら、それが三日前に買ったばかりのワンピースで、なおかつそれを着た姿をしーちゃんの前で披露したことはない、という事だ。

 確かこれ買った時にいたのはタックン。試着する時にスマホ向けられた記憶はある。でも試着以外にこれを着た事はまだないのだ。今月末の私の誕生日の夜に皆でお出かけする時に着るつもりだったから。

「ぅん? どういうこと?」

 首を傾げたその時、ガチャリとドアノブが回る音がして。

「おい、結……っ!?」

 家主が帰って来た。振り向いた私が見たのは、いつになく動揺し、何故か蒼白になってるしーちゃん。

「……しーちゃん?」

 途端に起動して慌てて駆け寄ったかと思うと、パタンとPCを閉じておそるおそるといった感じに私を見る。

「うん、何?」

 さっぱりだ。なんで慌ててるんだろう。

「……見た、か?」

 視線そらしながら聞かれて、

「デスクトップ画面しか見てないよ」

 と、答えたら固まった。

「それ、試着の時にタックンが撮ったやつ?」

 私が尋ねると気まずそうな顔で、

「あ、あぁ……」

 なんか歯切れ悪い。

「タックン、お母さんにメールするとか言ってたのにしーちゃんに送ったの? 知らなかったからびっくりした」

「あ、ぁああ、そ、そう、そうなんだ。なんかうちのお袋にも送信したらしいしな。なんか他に言ってたか、あいつ、拓海」

「これで臨時収入げっととかなんかブツブツ言ってたかも?」

「あの馬鹿……」

 苦虫噛み潰したような渋面で舌打ちするしーちゃん。

「どうしたの?」

 なんだかよくわからないけど、イライラしてる?

「いや、なんでもない」

 首を振るしーちゃんはもう普段通りの顔だ。良かった、良かった。情緒不安定なら病院行った方が良いよ、疲れとかストレスかもしれないしね。

「医者とか教師って鬱とか自殺多いんだってね」

「……なんの話だ」

「気をつけてね、しーちゃん。しーちゃんみたいな人が一番危ないらしいよ?」

「だからなんの話だ」

 眉間に皺寄せて不機嫌だけど本当だよ? 私みたいにテキトーでいい加減な方が病気になりにくいんだよ。ストレスはためずにその日の内に発散すると良いんだよ。

「健康には気をつけてね」

「……お前には言われたくない」

 ボソリと言われた。なんかひどい。

「それより掃除してきたぞ。気になったから居間と風呂場も。寝室には入ってないから安心しろ」

「別に入るくらいなら良いよ?」

 そう言ったら額にデコピン食らった。うぅ、だからなんでそんなムダにコントロール良くピンポイントで。痛い。無造作にそんな力入れてないように見えるのに。

「お前はもうちょっと考えて物を言え。使わないとますます馬鹿になるぞ」

 ひどい。バカだけどしーちゃんに叱られるほどバカじゃないもん。

「特に理由なく男を部屋に入れるな」

「しーちゃんとタックンとお父さんしか入れてないよ。宅配のおにーさんはなるべく玄関の中にも入れないようにしてるよ? 一応ドア開ける前に確認してるし」

 時折忘れるけど。お父さんとタックンがうるさいから、なるべく気をつけてるけどね。じゃないと部屋に監視カメラつけるとか、お父さんに恐いこと言われたし。うちのお父さん、過保護過ぎて時折言動がストーカーか変態だと思う。

「……結菜」

 しーちゃん真顔だ。はて、何かしたかな。

「お前、今年二十歳になるんだろ?」

「うん、そうだね」

 それがどうしたのかな。もしかしてお説教?

「お前の通う大学、共学だよな?」

 今時女子大のが珍しいよね。何が言いたいのかさっぱりだけど頷く。

「お前、同年代の男と会話したりするよな」

「しない方がおかしいよね?」

「確かバイトもしてたよな?」

「うん、お父さんの知り合いの喫茶店」

「男の客とか普通にいるよな?」

「そりゃいるよ? 近所に住んでるおじさんとか、サラリーマン?とか。大人のひと多めで学生は少ないしバイトは私以外はマスターの娘さんだけだけど」

「行き帰りとか友達とかどうなってるんだ」

「……言ってる意味がさっぱりだけど」

 なんだろう。しーちゃんにしてはなにかおかしいというか、はっきりしないというか。

「ナンパとかコンパとか口説かれたりとかそういう経験ないのか?」

「コンパとか面倒だから強制じゃないと行かないし、話しかけられても大抵話合わないから次からはスルーだし。

 ナンパは生まれてこの方されたことないし、大学内とかで知り合いと間違えて話しかけられたっぽい事はあるけど、間違えたってわかったらそれきりだし。

 そういえば私、今まで一度もモテたことないし口説かれたことないなぁ。何か問題あるのかな。友達見てると話しかけやすくて聞き上手な子がモテてるよね。たぶん私一般受けしないんだよ」

「……そんなことないだろ」

 しーちゃんが目をそらしながら言う。そういうセリフ、目線合わせないで言う方がひどいと思うんだ。嘘ってバレバレじゃん。無理にフォローする方がイタイよ。

「別にいいよ。そんな気にしてないし。タックン生意気だしムカつくけどモテてるみたいだから、私が結婚とかできなくても問題ないし、たぶんお父さんお母さんもそんなの期待してないだろうし。

彼氏とか作るより友達とかといる方が楽しいからいらないもん」

 そう言ったら眉間に皺寄せられた。別にしーちゃんに迷惑かけないのに。

「お前、恋愛とかに興味ないのか?」

「恋愛でお腹ふくれないでしょ。友達が楽しそうなのは見ててニヨニヨするけど、良いことばかりじゃないし。自分がやるとなると面倒臭いよ。

 まず恋人同士の電話とかメールとかデートとか時間と金と労力のムダだよね。そんなことしてる暇あったら友達とお喋りしたり勉強したりバイトする方が有益だよ」

 しーちゃんたら頭痛い、といわんばかりの顔で額押さえて、ため息ついてる。あれ? しーちゃんてば、恋愛推奨派? 自分に関係ないことは即座に切り捨てる合理主義者だと思ってたよ。

「あのな、結菜」

「何? しーちゃん」

「お前にとっての俺ってどんな存在だ?」

「うーん、時折面倒だしドSで優しくないけど、わりと面倒見良くて便利で頼りになる幼なじみのお兄ちゃん?」

「……便利……ドS……面倒……」

 おや、言い方悪かったかな?

「たぶん一般受けはしないだろうけど、もうちょい女の子に優しくマメになれば優良物件でモテモテだよ!」

「……そんな取って付けたようなフォローは要らない」

 ものすごく嫌そうな顔で睨まれた。

「だいたいお前は恥じらいないのか。年頃の娘が全裸でアパート内うろつくとか有り得ないだろ。お前は馬鹿か? 隠すことなく俺に見られて平然としてるとか頭足りないのか?」

「しーちゃんのことは信頼してるから平気だよ! だいたい小学校低学年の時は一緒にお風呂入ってたじゃない」

「そんな信頼迷惑だ。そもそも年齢一桁の時と今を一緒にするな」

「なんで怒ってるの?」

「お前がとてつもなく馬鹿だからだろ」

「バカって言った方がバカなんだよ?」

「ただの事実だろうが」

 うわ、ひどい。

「多少バカなのは認めるけど、とてつもなくバカは違うよ。そこまでバカじゃないよ」

「俺が言うんだから間違いない。お前は救いようない馬鹿だ。死んでも直らないレベルだ」

 えええぇえ? 俺様モード発動? っていうか救いようないバカとかひどいよ。救いようあるもん。

「しーちゃん、そんなだから彼女できないし結婚できないんだよ? 三十までに結婚する人は大抵二十代半ばには恋人と交際してるんだよ?」

 そう言ったらしーちゃん、絶句して固まった。あれ? ちょっと言い過ぎたかな。

「……お前にだけは言われたくない」

 超低温。ひんやり冷えた声音。……うわぁ、やっちゃった。

「……前々から思ってはいたが、お前には教育的指導が必要だよな?」

 悪魔の微笑。笑ってるのに笑ってない、氷点下の微笑み。超クール。思わず全身鳥肌、総毛立つ。寒い、寒いよ。ここだけ異常気象だよ!

「この際だから手取り足取り実地で色々教えてやる」

 ひょいと軽々抱き上げられた。え、ぇえっ? これ、なんですか? 何が始まるの?

 目を白黒させてる内にスタスタ歩いてしーちゃんの寝室へ。あ、初めて入った。セミダブルのベッドと本棚とミニコンポ。服とかはウォークインクローゼットかな。

 ドサリとベッドの上に放られた。

「……しーちゃん?」

 見上げると、唇だけでニヤリと笑われた。

「覚悟しろよ」





 何故そうなったのかさっぱりだ。全然わからない。あらぬところは痛いし、違和感ありまくりだし、全身筋肉痛だし、頭と喉は痛いし、声は出ないし、足腰立たないし、目は充血してるし、喉渇きまくりだし。

 よくわからないけど、しーちゃんを怒らせるとヤバイという事だけはわかった。目が覚めたら、何故かしーちゃんは寝室の床の上でorzな体勢で唸ってたけど。

「……しーちゃん」

 声かけない方がよさげな空気だったけど、自力で動けなさげだから仕方ないよね。

 幽霊と遭遇したみたいな顔で、ギギギッと音を立てそうなぎこちない動きで、しーちゃんがこちらを振り向く。

「悪いけど大学(がっこう)に連絡してくれるかな? 今日は休みますって」

「……結菜」

「何?」

 なんだろう。なんでそんな死にそうな顔色してるのかな?

「お前、怒ってないのか?」

 はて、どういう意味だろう。

「……普通嫌なんじゃないのか? 嫌われてもおかしくないだろう」

 誰が? 何が?

「……通報されたり訴えられるだろ? どう考えても犯罪だろ? お前、嫌じゃないのか?」

 ああ、そうか。しーちゃん後悔してるのか。正直、後悔したり反省したりするくらいなら最初からやらない方が良いと思うけど 。

「他の人にされたら通報するし訴えるけど、しーちゃんならしないよ?」

 そう言ったら固まった。ねぇ、しーちゃん。さすがにその体勢は辛くない? 腰痛めない?

「え? そ、それ一体どういう……えっ……なん……で……?」

 目を白黒させて混乱してる。腰を床に落として中途半端に腰を捻った姿でこちらを見てる。

「言ったよね、しーちゃん信頼してるって」

 わけがわからないって顔だね。まぁ、実は私もよくわからないんだけど。

「しーちゃんは時折理解できないし面倒臭いしムカつくこともあるけど、大好きだよ?」

 そう言ったら、耳まで真っ赤になった。わ、初めて見た。しーちゃんてば普通にデレることもあるんだね。悪いけどちょっと反応が面白い。からかうと楽しそう。

 思わず顔がゆるんでしまう。しーちゃんはますます赤くなって、視線をさ迷わせた。

「えっ……な、何……結菜、おまっ……俺のこと、好き……なの……か……?」

「うん」

 正直、恋愛とかそういうのはわからないけど。わからないけど、あれだよね。考えるな、感じろってやつだよね? なんかごちゃごちゃ考えるだけムダっていうか。

 たとえ相手がしーちゃんでもイチャラブとかバカップルとかできる気がしないけど。今とそんなに変わらないなら問題ない。まぁ、一日二日で人格変わるような変化の仕方するわけないよね。

「っていうか、しーちゃん」

「……おぅ」

「しーちゃんて、高校男子校だし全然そういう話聞かないから、てっきり童貞だと思ってたよ」

「……結菜……」

 しーちゃんはガックリと肩を落とし、ジト目になった。

「お前、他に言うことないのか?」

「……へ?」

 きょとんとした。意味不明。

「俺と付き合えって言ったら、どうする?」

 あれだよね、しーちゃんなにげに俺様だよね。年上なのを加味してもなんかあれだよね。時折ちょっと大人げないよね。

「言っとくけど、『何処に』とかいうボケは要らないからな」

 なんというボケ潰し。いや、別に狙ってボケようとか思わないけど。正直なとこ、おちょくってからかうとどういう反応するのか興味あるけど。やらないよ?

「しーちゃんは私のこと好きなの?」

 尋ねたら真っ赤な顔で、

「……そうだよ」

 と小さな声で囁くような返答。ふむ、聞こえなかった振りしようかな。

 だって言わなくても察しろとか言われたり思われると面倒だよね。そもそもそういうの苦手だし。『感じろ』精神でも魔法使いや超能力者じゃないんだから、常にそんなこと要求されたら困るよね。

 嫌なこと、やりたくないことは、なるべくしない&やらないのが私、立花結菜クオリティなのです。やらずに済むならそれが一番だよね! 友達には『あんたその性格なんとかしなさいよ』とか言われるけど。それをやらなきゃ死ぬわけじゃないなら良いじゃないか。生きているなら問題ない。

「……結菜」

 しーちゃんがちょっぴり泣きそうな困った顔になった。うん? 何かやらかしたっけ?

「お前のことが好きだって言ったら、俺と付き合うか? ……嫌ならそう言え」

 うーん、これ、一応告白なのかな? これでイエスとか答えるの普通なのかな? なんだかなぁって微妙な気持ちになるような。これってアリなの?

「ねぇ、しーちゃん」

 しーちゃん、自覚あるのかな?

「普段のしーちゃんは、断定的で簡潔な言葉しか使わないよね?」

 私の言葉に、グッと息を詰まらせた。

「言いたい事全てを口にするタイプじゃないかもしれないけど、何か言う時はハッキリキッパリ言うよね?」

 しーちゃんは言わなくても察しろとかいうタイプじゃないから、相手が私じゃなくてもそういうの期待する人じゃないから。だから私は、しーちゃんといると、安心するのに。

 恋人になったら言わなくてもわかるようになれとか言われたら困るし。だって出来る自信皆無だって百%の確率でそうだと、胸張って言えるもんね。ふはははは。

「……好きだ」

 ぼそりと言われた。声小さいよ。叫ばなくてよいけど、もっと大きな声で言おうよ。

「ずっと前から好きだった」

 よろしい、その調子……ってあれ?

「ずっと前から?」

 ええぇ? そうなの?

「そうだよ、お前が中学卒業するちょっと前ぐらいからな」

 ええぇ、知らなかったよ。全然気付かなかった。

「それなのにお前、本当無防備過ぎるんだよ。恥じらいなく男に全裸で抱きつこうとするとか有り得ないだろ。お前の年齢で親兄弟や親戚相手でも普通やらないだろ。どう考えても馬鹿だろ」

「お父さんとかタックンとかなんか言われるけど平気だよ?」

「だから普通やらないんだよ! 反省しろ!! 全裸で走り回るな!!」

「わざとじゃないよ?」

「わざとじゃなくても二度とするなって言ってるんだよ! お前馬鹿か!?」

 別にやりたくてやったわけじゃないんだけどな。二度とやるなと言われても自信ないなぁ。だって言われるまで気付かなかったしね。

「そんな心配しなくて大丈夫だよ。私の裸見たがるような奇特な人いないから。安心していいよ?」

「安心できるか! この馬鹿娘!! 言うこと聞けないなら縛って物置放り込むぞ!!」

 うわ、ひどい。なんという監禁宣言。同意のないプレイ以外の監禁は犯罪ですよ?

「ねぇ、しーちゃん」

「……なんだよ」

 不貞腐れたような顔。でもごめん、三白眼で目付き悪いしーちゃんにはあんまり似合わないというか、面白い。

「身内以外で抱きつく異性なんてしーちゃんだけだよ?」

 そう言ってニッコリ笑ったら、真っ赤な顔で俯いた。

「……お前、すっげータチ悪い」

 そういうこと言うかな?

「けど、まぁ」

 しーちゃんはため息をつく。

「……仕方ないから、そばにいろ。お前が馬鹿で危なっかしいのなんか今更だしな。出来るだけ目を離さないようにするけどな」

 それって今まで通りだよね。

「死ぬまで俺のそばにいろ」

 ねぇ、しーちゃん。それってプロポーズみたいだよ?

 私は笑って頷いた。

しーちゃんのモデルは旦那です。こういう真面目なタイプ大好きです。うちの旦那はもっとふざけて?ますが。

しーちゃんの名前は本文中出なかったけど、一応決まってます。

好評なら続編か視点変更して書こうと思います。

リアル幼なじみは、引っ越しで幼稚園卒園後縁がなかったり、立ち●便ができないとからかわれたので用水路に蹴り込んで逃亡してそれきりだったりです。

異性の幼なじみが大人になっても交流あるなんて親同士がよほど仲良くないと有り得ない都市伝説だよね、とか思います。

私の見た目は15歳過ぎるまで性別不詳だったので余計かもですが。

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