無人島(フトモモに拘っているようにみえるが普通の恋愛ショート作)
眩しい陽射しのせいだけでなく、両の目を細める。
白く輝いてみえる健康そうな太ももが、遠慮なくさらけ出されていて目のやり場にも困る。
白い砂浜も、打ち寄せる波の飛沫も真っ白で清潔そのものだから、さらに俺は目を伏せて、最後には顔ごと違う方向を向いた。俺の内面は酷くこの場に似つかわないものだから。
彼女はまるで人になったばかりのマーメイドだ。何がそんなに楽しいものなのか、短いとはいえ暴れればさすがに濡れてしまうだろうに、スカートの裾も気にせず、波打ち際を走る。
走って、跳ねた海水の滴に「きゃあ、」と高い歓声をあげた。
素足は砂浜にも負けぬ白さで、モノクロ写真の白抜き部分のようにも見えた。細い足首が、もつれるように交互に波を掻き分ける。白く泡立つ波の名残りが、打ち寄せた波と引き上げる波の間をたゆたう。
不規則でいてどこか規則正しいその泡のマーブル模様へと、少女の白い足先が次々と突っ込まれる。少女たちは何時の間にやら、追いかけっこを始めたようだった。
群れる鳥のようにも見える極彩色の集団は、それぞれ足だけがモノクロの白抜きで、カラフルな景色の中に林立する太ももが、それだけ別の生々しい生き物のように見えた。交差して、絡んで、黄色い悲鳴がその林から聞こえる。
俺は瞼を強く閉ざした。
もう一度、目を開けてみると、幻想のような白い肉の林は消えていた。
鳥の群れは少女たちの群れになった。
黒い髪がさらりと流れ、輝く海の青と空の中で映えている。少女たちの中でも一際目立つ彼女は、大胆な動作で上着を脱いだ。弾かれたように反応した他の少女たちも、彼女に倣って、次々と上着を脱ぎ捨てる。
くちゃくちゃに丸められたカラフルな布地は、ひとまとめにリーダー格の少女の手に渡る。
木陰でのんびりと彼女たちを待つ、俺のところへと彼女は駆け寄ってくる。やけに嬉しそうに。
「泳がないの?」
「まだね、」
短いやり取りのあと、彼女は俺に布地の塊を投げつけた。
「畳んでおいて、」
意地悪な顔でそう言った。俺の返事も聞かずに、黄色い声を上げて逃げ出した。
逃げた少女は、別の少女に耳打ちをして、二人で嬉しそうに笑う。俺を見て、指を差して。
長い髪は彼女だけのオリジナルだから、他の少女たちとは違って一目で解かる。顔で区別しているわけでない俺を、いつだったか、彼女は思い切り引っ叩いた。
立ち止まった彼女は、不思議そうに俺を見て、そうして笑いながら手を振った。
「おいでよ、」
「いやだよ、」
俺が答えると、彼女はぷぅと頬を膨らませて、それから赤い小さな舌を精一杯に伸ばした。
「いーっだ、」
周囲を囲む少女たち。笑いながら、集団の裸足がもつれそうになりながら走り去った。
やれやれと、俺は肩をすくめる。
第二陣の到着は、この分だと夕方になりそうだ。
南の楽園は、その時になれば消えてしまうだろう。ヤシの木の木陰から空を見上げると抜けるような青空が広がって、そこには入道雲が一つだけいやに存在感を持って広がる。
頭があの塊だとして、両肩の盛り上がりと腕のごつさは相当なものだ。胸をそびやかしてポーズを決める白いマッチョ。第二陣でやってくる連中とそっくりで、思わず吹き出してしまった。
はしゃぎ疲れたのか、飽きてしまったのか、彼女は独りで戻ってきた。長い髪まで濡れてしまって、胸元へと貼り付いている。
「他の子は?」
俺が尋ねると、彼女は気分を悪くした。
「知らない。ジュース、ちょうだい。」
俺の後ろにクーラーボックスがある。彼女はおそらくわざとだろう、俺の顔面に豊満な胸を押し付けて体重をかける。障害物を押し倒して、改めて身を起こして、それからボックスの蓋を開けた。
「言えば取るのに……」
後頭部を角にぶつけた俺は、自らの頭をさすりながらでそう言ってみる。なんだか言い訳じみている、俺が悪いわけじゃないのに。
プルトップが小気味のいい音を小さく響かせた。
一口飲んだ彼女が、それをそのまま俺の口元へ運ぶ。サイダーは少し生ぬるく感じた。もっとキンキンに冷えている方が好きだ。
「あーあ。どうせなら、二人で来たかったな。」
「無人島に二人きりなんて、つまんないだろ。」
ぬるいサイダーを飲み干して、空き缶を砂の半ばほどへ埋める。煙草を忘れた事に気付いた。
視界が黒くなり、生暖かい感触が唇に触れる。
至近距離から彼女は俺を睨みつけている。
「皆が見てると、イチャイチャしてくれないじゃん。」
唇を尖らせて、彼女は文句を言った。
「バカ、だからってこんな……、不意打ちすんなっ。」
照れ隠しに彼女を押しのけた。
「無人島に人が上陸したら、その瞬間からその島は理論上、無人島では無くなるよな。」
「わけわかんない。」
無防備に投げ出された太ももに、手を伸ばしたくなった。くびれた腰とヒップラインと引き締まった太ももとが、細かな砂にまみれて転がっている。
白い穢れないものにまぶし付けられた小さな粒子がひどい邪魔者に感じる。
さりげない素振りで砂を払うと、彼女は意味深な視線を投げた。
そんなつもりじゃないと知ればまた殴られるだろうから、曖昧に笑みを浮かべておいた。
告白未満と無人島理論、どこか共通してるよな、なんて考えていた。