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想いが通じ合って一ヶ月間の時間があった。しかし俺はといえば、キスどころか手を握ったり抱きしめたりさえ出来ずにいる。
理由は簡単だ。要は臆病になっているだけ。叶う筈がないと決め込んでいたから、いざ手にしてみると失うのが不安で怖くて動けなくなってしまった。ナルの一挙一動が心配で深読みして勘繰ってしまう。やっぱり女の子がいいんじゃないか、いざ触れて気持ち悪がられたらどうしようか、やっぱり友達でいたいとか言われたら、考え始めたら止められない。ただ俺を一番不安にさせるのは、ナルが泊まらずに帰ってしまうという事実。そんなちっさな事。
『―――ただいま電波の届かない所におられるか、電源が入っておりません』
ナルが電話に出てくれない。動揺する俺の目に飛び込んでくるのはナルから貰ったナイロン袋。中にはお好み焼きが2つ、悲しそうに肩を並べている。
「―――お好み焼き、か」
こんなことなら、家でおとなしくしていればよかった。そうしていたら今日はきっと楽しい一日になっていたのに。
「明日、ちゃんと話そう・・・」
この時はまだ、ちゃんと話せばすんなりと解決すると思っていた。
翌日、俺の勤務帯は遅出だった。そのためナルに会えたのは昼過ぎになった。それもいけなかったのか。
「ナル。ナルってば!」
ロッカールームから出ようとするナルに声をかける。幸い他には人はいない。
顔を背け話そうとしない。
「おい、待てって!」
ナルの腕を掴む。するとナルは俺の手を振り払った。
「―――誰かに見られるだろ」
その一言にカッとなってしまった。
「んだよ、ソレ!・・・そんなに、直接話聞いて貰えない、電話でも話す事を拒まれるなら、俺はもう知らねえ」
「え?電話・・・」
何か言いたげなナルを残し、踵を返した。
ナルの事を誰よりも大切にしたいのに、少しも上手くいかない。いつもに増して重い気持ちで午後の仕事を迎えた。
「はー・・・疲れた。ハラ減った・・・」
緊急で入った手術が予想外に長引き、家に帰り着いた時には、もう日を跨ごうとしていた。携帯をチェックするが、ナルからの着信は、ない。
ナルとゆっくり話がしたいけど、こんな時間では迷惑だろうか。ただの友人であった頃より、余計な事を考え過ぎてしまう。
ナルは、友人に戻りたいとか、思ってないんだろうか。
トボトボと自転車置場からマンションの玄関へ向かう俺の目に映るのは、植え込みの縁に座る人影。まさか・・・。
「・・・ナル?」
呼ばれて顔を上げると、俺を見てあからさまにホッとした顔をしてみせた。
「―――入る?」
その様子が愛おしくて、俺は少し怒って突き放した事も忘れて、家へと招いていた。