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身体は常に正直だけど、心は簡単に嘘をつく。
俺、進藤雅樹は叶わないと諦めていた七年越しの片想いが実り、幸せの絶頂にいる。・・・筈なんだが。
「じゃあ、俺そろそろ帰るわ」
「何、泊まってかないの?」
「あー・・・そうしたいんだけど、明日のオペの勉強しとかなきゃマズイんだって。悪イ」
今日も、ナルは帰って行った。元々ただの男同士の友達だった俺らは、お互いの気持ちを確認した後も仕事以外で会うペースが変わり事はなく、関係だって何ら変わってはいない。
まあ、七年間続けていた関係なんて急に変化するもんでもなく、唯一違うのはたまに訪れるぎこちない、間。それが照れからなのか、そうある事を望んでいるのか、よく分からない。むしろ、お互い気持を確認しただけで、付き合おうとは一言も言っていない。ナルは俺らの関係をどう捉えているのか。悩みはループしていく。
ただ俺は今、非常に欲求不満だ。男って、そういうモンだろ。好きなヤツが傍にいるんだから当然だと思う。
「あー・・・さわりてえ」
ナルのいない部屋で一人こぼす。今は原付を持っているナルが自転車しかない俺んちに来ることが多く、泊まるも帰るもナル次第なのだ。
「おはようございまーす」
「おはよう」
疲労も重なってくる週の半ば、水曜日。いつも通りの朝、いつものように手術室の準備をする。
今日一緒の部屋を担当するのは七年目の女性の看護師、長谷さんだ。
「なんか疲れてるねー。隈できてんじゃん」
「あー・・・なんか寝不足なんすよ」
「あ、杏奈ちゃんにフラれたことを引きずってるのー?」
俺の悩みなど露知らず、根っから明るいこの先輩は見当違いの空気読めない発言をしてくる。
「違いますよ・・・」
「あっ、そういえばナルくんが眼科のユカリ先生に迫られてるって知ってる?」
「へっ?!」
朝から何て事を言い出すんだ、この人は。
「前からそういう話はあったけど、最近頻繁に家に誘ったりしてるんだって。ナルくん、モテるよねー。狙ってる女医が結構いるらしいし」
眼科の山下ユカリ。確か三十路近かった筈だが、結構美人で男関係激しいという噂だ。
確かにナルはモテる。それは今に始まった事ではない。しかし、やはり気にはなる。人の気持ちなど移ろいやすいものだ。もしも、俺ん家から帰った後、他の女の所に行ってたら―――。
「進藤くん?ダイジョーブ、君もきっといい人現れるって!」
「はあ・・・どーも」
もちろんナルとの関係は周りに知られてはいけない。これでいい。だけど―――。
ナルを独占したい。俺を一番に思って欲しい。
自分が思う強さと同じくらい、相手にも思って欲しいと思うのは、やっぱりワガママなんだろうか。