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幼馴染の親友  作者: 世羅
2章
99/128

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サッカー部は県大会決勝まで駒を進めていた。


それは強豪私立校を準決勝で破っての快挙だった。


幾ら強豪と言われたせりか達の高校も出場高校が多いこの地域において、全国からも有力選手を集めている私学に勝つのは奇跡に近く、実力が最有力校だった準決勝の相手に勝ったからには全国大会が見えてきた。


最終的に国立に立つのが高校サッカー部の悲願だが、ここに来て問題が出て来た。レギュラー以外の三年生は引退していたが、それでも半分以上は三年生がレギュラーを占めている。そう、彼らは受験生でもあった。もちろん此処迄頑張ればサッカー推薦で大学に行ける者もいるだろうが、せりか達の高校は県下一の進学校でもあるので圧倒的に学業で入試を目指すのが希望大学に入る為の普通の道だった。学校推薦枠もあるが、それは校内の希望者との争いなので部活動や生徒会活動等加味されたとしても成績の良い方に行くのは当然でそれが効力を発揮するのは成績が肉迫している場合になる。


三年生の中にはこの推薦枠を使って今の時点でもう受験勉強の必要の無い者もいるが、伊藤を始めとする成績が良い者ほど推薦枠では無く、実力でそれよりも上の学校を目指す傾向にあった為、サッカー部のレギュラー陣の中にも三人がセンター試験を受けて進学する者達がいたのだ。


此処迄勝ち進めて嬉しい半面、負けたら引退して勉強に打ち込んで欲しい思いもある顧問の教諭は激しく悩んでいた。


彼ら個人にこのままサッカーを受験勉強よりも優先して良いのか尋ねる方法もあるが、保護者達の考えも有る。彼らは子供でも無い年齢ではあるが未成年者だ。自分の気持ちだけでなくここまで頑張って来た仲間達の事を思って学業優先の道は選ばないだろうと思う。しかし全国大会に行くには浪人覚悟か学校のランクを落とす事になるのは間違い無い。優秀な学生の今後を考えればサッカーで生計を立てる意志の無い彼らは県大会が終わったら引退した方が絶対に良い。顧問の教諭は悩み抜いて各担任とも話して、苦渋の選択ではあったが彼等に引退を促す事を決めた。




「伊藤と緑川と成田は次の決勝を最後に引退して貰おうと思う。抜けたポジションは一年と二年から補充する事になる」


「「「「えーーーーー!!!」」」」


事前に本人達にも言って無かったので三人も同様に驚愕の声をあげた。


「受験勉強はちゃんとやっています。だから最後まで続けさせて下さい!」


伊藤達は必死に言い募るが顧問は「決まった事だ。今迄頑張ってくれた事感謝している。本来ならセンター試験を受ける奴はもう少し引退を早くしなくてはいけないところだったのに、言い出すタイミングが遅れてしまって申し訳なかった」と頭を下げた。


公立の顧問などほぼボランティアと同じなのに此処迄頑張って来てくれた教諭に頭を下げられると流石の伊藤にも狼狽の色が見えた。


伊藤自身は自分は両立出来るタイプだと思っているが他の二人は此処迄来れるとは思っていなく、もっと前から受験勉強に専念したかった可能性を考えた。


ここまで頑張って来たのにという思いはあってもJリーガーになろうとでも思っていない限り受験の方に振り子が傾くのが普通の事だろうし、彼らはサッカー推薦を断っての受験組なのだ。どっちを選ぶべきかは本来は聞くまでも無いほど明確だった。


伊藤自身ももしも万が一四強まで勝ち進んで夢の国立に立てる状況まで行った時には、国立競技場に立てたとしても来年一年は予備校生となり、玲人や橘達と同級生になってしまうだろう。下にも弟がいるので、金銭的負担を親に掛けるのは申し訳ないし、自分も一年の浪人期間を送るのは、モチベーションを維持出来るのかどうか、未知の世界で予想もつかない。やはりここ迄が限界だと言ってくれる顧問に感謝して言う事を聞くべきだろう。まして決勝で負ければそこで引退なので、それ以降を心配出来る状況では無い。とにかく決勝で勝って全国大会に仲間を見送る事が伊藤に出来る最善の事だろうと思った。




しかしその日の練習はやはり覇気が無く、決勝戦が不安になるくらいだったが、部長も顧問も誰ひとり注意する事が出来なかった。


「俺達の為に決勝前に諦めが付く様に言ってくれたんだろうけど、このままじゃ負けそうだな」


伊藤が言うと緑川も成田も渋い顔になった。昨日まで超強豪校に勝てて浮かれていたのに、今日は最後までお通夜の様だった。成田が「決勝前に引退しないか?」と言って来た。


「うーん…」伊藤も緑川も悩む。成田の言いたい事もわかる。実力的に控えの二年生は結構粒ぞろいで、相手校には悪いが順当に行けば決勝であたる相手との差は歴然としていて、余程番狂わせでも無ければ勝てると思う。それに反して自分達が抜けた後の全国大会は、やはり厳しいものがあるだろう。そうなると結局伊藤達だけの実力で全国大会に行けただけという後味の悪い終わり方になってしまう。決勝を自分達の力で勝ち取ったとしたら、全国大会で一回戦で敗れたとしても、県大会優勝校として胸を張れるだろうと思う。


しかし決勝まで残った相手校を侮れないのでは無いかとも思うのだ。伊藤がそう言うと成田は「負けてしまった時は全国大会の出場レベルに達して無かったということだから、出ても結局恥をかくだけだろう」と厳しい事を言う。成田は更に言葉を続ける。「俺達みたいに推薦枠を取らないで受験しようとするなら、本当はここまでレギュラーに残っちゃ駄目だったんだと思う。両方手に取る事が出来ない以上、どちらかを諦めるべきだったんだよ。推薦枠を取った奴の中には、サッカーを優先した奴らも居たと思う。俺等は欲張り過ぎて両立なんて都合のいい事を考えたけど、それはどこかで準決勝あたり迄しか想定してなかった。それでもそこまで行ければそれで嬉しいと思ったと思う。でも状況が変わった今は、チームの迷惑になっているんじゃないのか?」


伊藤は、自分は自信家である事は自覚していたが、自分が抜けるのはチームへの裏切りの様に今日まで思って来たので成田の意見は斬新だった。二人とも自分と同じ様に考えて残っていたと思っていた。負けるなら負けても良いというのは伊藤には無い考えだったが、状況が変われば事情も変わる。成田の言っている事の方が正しいのは理性的には分かるのだが、本当は頑張って、頑張っても負けてしまう迄試合に出たかった。だから三年間一緒にキツイ練習を共にした者の言葉で無ければ歯牙にも掛けなかっただろう。


伊藤も結局自分の中で決着を着けた。


「俺も成田の考えに賛同して顧問と部長に決勝戦出ない意向を伝えたいと思うが緑川はどうする?」


「ははっ。二人が出ないのに俺だけ出れる筈ないだろう?みんなの事と自分達の事を考えたら、それがベストじゃないかと思う」


「じゃあ三人で行こう。顧問の先生にもお世話になったんだし皆で今回の引退勧告にもお礼を言わないといけないもんな」と伊藤が言うと、二人とも深く頷いた。


そうして結局その日が事実上の三人の引退日となった。


顧問の教諭は三人の男気に胸を打たれ、ぐっと歯を食いしばったが、それでも僅かに涙を見せ「受験頑張れよ」と何度も言い、目がしらを押さえた。


部長には顧問の許可を得てから話したら「俺には権限無いけど最後までお前らと一緒にやりたかったなぁ」と悔しそうにした。三人の考えを否定も肯定もしなかったが、顔をくしゃくしゃにして「今迄ありがとな。これからは俺達でお前達の分も頑張るから心配しなくていい」と言ってくれた。伊藤は最後まで部長らしい態度を取ろうとする友人を親しみを込めて抱き締めた。他の二人も雪崩れ込んで来たので少し苦しかったが、笑って「重い~」と言うと、二人は伊藤の方にだけ、からからと笑いながら更に重みをかけた。まだ試合のある部長を気遣う成田達を見て、サッカーと仲間から離れる寂しさを余計実感してしまい、笑って終わりたかったのになぁと、心の中でぼやきたく成る程、自身がしんみりとしてしまった事だけが最後の後悔となって残った。


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