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秋も深まり文化祭が近付いて来た為、ここのところ生徒会の仕事が忙しくなって来ていた。
大会に順調に勝ち進んでいるサッカー部の人達はそちらへの比重が勝つのは仕方の無い事で、こういう事態が判っていたからこそ、会長代理の本庄の存在を求めたとも言えた。
伊藤を除く現生徒会員とせりかと本庄と沙耶で総出でも尚、結構な仕事量があり、体育祭の時とはかなり勝手が違って仕事を覚える為だった前回とは比べようもなく即戦力としてせりか達は頑張っていた。
まだ各クラスの受付などの申請前だが、催し物もある程度の割り振りの使用許可の出来る草案を作成したり、予算の仮見積もりや、果ては大きな看板などの作成や飾りなど、美術部に頼める物の依頼や、体育館の使用の優先順位など申請前から有る程度はこちら側で決めて置かないと早いもの勝ちになってしまいかねない為、熱心な部活に対する優遇措置や文化部などの展示などは、去年の資料と今年の活動の実績などから、こちらで希望しそうな教室や一階などの良い場所を事前に押さえておく事になる。
楽しい企画ものに皆の目が行くのは仕方が無い事だが、クラス単位のお祭り的要素のあるものよりも普段から活動している文化部になるべく配慮をするように現生徒会は考えてそういう措置を取っている様だが、これは来年せりか達が中心になってもそうするかと言うのは分らない。他の仲間達や会長である橘の意向もあるが、せりかは来年は真っ向勝負で良いのでは無いかと考えていた。そうすればこのような事前準備は要らなくなる筈だし、どこに展示しようが見たいと思わせる演出や宣伝を文化部もするべきだと思った。早いもの勝ちなら頑張って早く場所の申請を死に物狂いで取りに来てもいい筈だと思う。
しかし、春奈達現生徒会の考えが今の生徒会の総意だ。今はお手伝いなのだから、彼等の考えに沿いながら動くのは当然の事なので、優遇措置が受ける側やそうで無い側にも分らない様に仮の教室使用場所の案内と、もう場所を押さえた物の生徒会秘の二枚を作成する事になる。それから飲食店の隣がお化け屋敷やゲームの類の騒がしい場所などにカチ合わない様に大体の目星も付ける。同じ様な店ばかりにならない様にもせねばならないので、プレで何をする予定でいるのか早めに申請を出す様に各クラス委員にも通達してあって今はその報告待ち段階だった。
はっきりとした決定は生徒会の申請許可が下りてからになる為、準備を各々のクラスが始めるのはその後だが、やはり少しはやる事がバラけてくれないと困るので、第三案まで出して貰ってその中からこの申請を許可したいと生徒会から言われればそれに従うのが暗黙の了解の様だった。理由は至極簡単だ。生徒会が予算を握って居る為、その影響力は絶大だった。
こうして色々な事に配慮をしながら各クラスや部活との調整、そして全体の飾り付けや安全確認、予算の割り振りや追加や、アクシデントや不審者や急病人の対応マニュアル作成とその周知徹底など今年こうして手伝って居なければ来年はかなり不手際が出る事になっただろうと思うと選挙前の指名制にかなりの違和感があったせりかも、ある程度目星を付けた人間を早くから準役員の様にするのは致仕方が無いのは分かった。皆に選ばれて堂々となった方が好ましいと思ったが、そうして選ばれた人達が、いきなり仕切るのは絶対無理だと思われたし、適性や部活動との兼ね合いなど考えると皆が友人関係で相手の事情が十二分に分るからこそ伊藤の不在に眉を顰めるものも居なければ、次期会長候補の橘や一番年下の涼を批難する者も勿論皆無だった。
試合は一度も見に行った事は無いが、応援したい人達が沢山出来たので行ける場所の範囲なら行きたいとせりかはちょっとだけ思うが、授業のある午後だったり、県内の遠い場所での試合だったりと皆もたとえ忙しく無かったとしても応援に行くのは難しそうだった。
唯、部活をして居なかったせりかは初めて橘と玲人のサッカーをする姿を生徒会室の窓から見る事が出来て少し感動していた。橘のボール捌きは圧巻で器用に敵をすり抜ける様子はせりかからは曲芸に近く、まるでボールに意志でもあって橘の意に従って転がり飛んで行く様に見える。玲人は我武者羅に相手を力で押してゴールを狙う。ゴールが決まると応援している女の子達から歓声があがるのを手を挙げてにこやかに応えていた。
玲人らしくて初めて見た時は少しだけ笑ってしまったが、練習とはいえ真剣な様子とそれを見守るファンの子達を見ていると改めてサッカー部の人気や玲人達がモテるわけだと思ってしまった。
よくよく見ていると司令塔である伊藤の指示で皆が動いている為、伊藤の声が良く聞こえた。玲人が伊藤の引退後はそのポジションは忍になるだろうと言っていたので、こうして練習を見る機会が有れば彼の声が響く事になるのかと思うとそれを聞いてみたいと思ってしまうせりかは、入学式の時のよく通る見た目を裏切らない艶のある声で滔々と話す彼を思い出して溜息を吐いた。
なんだか付き合っている彼氏なのに隣に居ない時の橘を見ると画面越しに見るアイドルの様な遠い存在に見えた。少なくともチームメイトとの関係を重視する橘にここからでも声は掛けられない。そういう要素も相まって絵に描いた餅に近いのは、何もせりかの気持ちの所為ばかりでは無い。しかも玲人程の応援は無くとも、橘を応援している人達はかなりの人数が居るのが判る。本人の了承が無いから、玲人の様に声が大きくないだけで、彼にボールが渡ると急に活気が増す一団がいるのは遠くの窓から見ると却ってはっきりと判った。
愛想が良く派手なポジションにいる玲人が目立っていて、応援はほぼ玲人に集中して居る様に映るが、思ったよりも控えめに橘を応援する子達の人数の多さにゲンナリした。面倒事はやはり避けたいがあの子達の中で公認の恋人であるせりかの存在はどう映っているのだろうと思った。彼の言った理由からばかりで無く、夏休みなどに練習を見学に行ったりしなくて良かったと心の中で安堵した。自分がグラウンド(彼女達の聖域)に現れない事でおそらく気持ちの均衡が保たれている様に感じた。
春奈や伊藤が全然応援を勧めて来ない事に多少の違和感はあった。せりりん騒動の方にせりか自身は目が行って居たが、彼を想う女の子達が居なくなった訳では無いので文化祭後にある選挙までは少なくとも刺激させないつもりだったのだろう。橘は狸だから、最もらしい理由をいつまでも使うつもりでいたのだろうが同級生の少しせりかに興味を持った程度の仲間達が、付き合い始めて大分経った状況で橘に敵意をいつまでも持っては居ないだろう。
しかも、あの腹黒い橘を本気で怒らせる様な馬鹿な真似を、近くに居て人と成りが解る人間がするとは到底思えない。
「橘達頑張ってるね。涼君も練習で敵チームだけど、かなり目立つね。あれじゃあ部長達も一年生でも戦力にしたいだろうね」
本庄が資料を纏めていた手を止めてせりかと同じく小休憩を入れるべく窓際に寄って来た。
「今迄練習でも橘君や玲人とかがサッカーしてるところを見た事が無かったから面白いわね。特に橘君はいつも実力的に玲人の方が上だという言い方をしてたから意外に奥ゆかしい性格してたのねって思っちゃった」
「体育の授業でもサッカーがあるけど橘って呆れる程ボールコントロールが上手いんだよね。それでも授業の時には他にパスで回しちゃうから本気なのは俺も初めて見たけど世の中って不公平に出来てると思う瞬間だね」
「本当に!まったくだわ。あれだけ部活に力入れてて学年首席ってどれだけ努力したら出来るのかしらね?」
「それは結構見えないところでの努力が大きいと思うけど、サッカーは天性のものがあるね。あれを高校迄っていうんだから勿体無いけどプロを目指すには本人が言うには体格的に無理が有るって言ってたけど…俺から見れば十分目指せそうだけど本人にその気が無いみたいだからね」
「建築の方面の大学にもう決めてるんだものね」
「お嬢さんはあれから俺の言った事考えてくれた?」
「コネ入社の話?あの時は結構半分冗談で聞いていたけど、それも有りかもしれないって位には少し気持ちが傾いて来たわ」
「本当に?!」
「まだ全然先だけど、本庄君が目指す会社の展望を聞いて、そういうのって他の会社に入社しても末端の社員まで聞こえてこないじゃ無い?そう思うとそういう戦略も展望も聞かせて貰える会社はかなり魅力的だと思うわ。目標がはっきりしている時点でモチベーションが違くなるでしょう?」
「意外に脈有りで期待しちゃいそうになるね」
本庄の思わせぶりな言い方に周りに誤解を与えないかせりかが見回すと、意味深に微笑む春奈と目が合った。やましいところは無くとも少し身が縮こまった。
「私はもう仕事に戻るわ」とせりかが言うと本庄も休憩を終わらせてパソコンに向き合った。
本庄が生徒会に入ってくれて大分助かっていた。会社の全部署を夏休み中回ったというだけあって事務仕事がめちゃめちゃ早いし正確だった。居ない人達の分を全部フォローしてくれていると言っても過言では無く、春奈や百合や書記の先輩達にまでせりかはとても感謝されていたが、感謝は本人にして欲しいが、どうしてだか連れてきたせりかが称賛されるのはとっても納得がいかないが先輩相手に文句も言えないので本庄に執拗に絡まないだけで良しとする事にした。
沙耶は次期会計という事もあって百合にマンツーマンで引き継がれていた。文化祭が終わったら選挙があるって事は、もうすぐせりか達が本当に役員になるのだから気を引き締めないといけないと思う。
橘の不在を期待以上に埋めてくれる本庄の存在は、これから先輩達が居なくなってからの事を思うととても心強く、頼りになる友人の存在に心から感謝した。本庄と親しく成ったのは去年の文化祭からだったからだから丁度一年位になるんだなぁと思うが、優雅にワルツを教えてくれた彼に去年もとても感謝した事を思い出すと何だか世話に成りっぱなしでそれ以降の事を考えてもよく友達でいてくれるものだと思うが、橘と付き合い始めた事で距離を取っていた本庄が、生徒会の活動が始まってから自然と前の様に接してくれる様になった事がせりかは嬉しかった。
春奈が本庄に話掛けて居るのが少し離れた所に見えたが、大人っぽい本庄に春奈が並ぶと結構、様になる。これが橘とだと、どうにも綺羅綺羅しく目に優しくない。相乗効果が出るかもと思ったが反発しあう感じであまり似合わない。
最初は伊藤と春奈は恋人なのかと思ったが、今迄の態度を見る限りそれは無い。春奈程の美人に恋人は居ないのかな?と思わなくも無かったがせりか自身詮索好きと言う訳でも無いので、彼女の事は目の保養対象だった。
春奈が結構長めに本庄に絡んでるので気にはなるが、最初は驚いただろうが、春奈一人なら対処に困るという事は本庄に限っては無いだろう。見る限り良い雰囲気で話しているが、本庄がすぅーと春奈の首元に手を伸ばしたのが見えて一瞬部屋全体の空気が凍りついた。
皆、二人に注目するが、春奈が顔を真っ赤にして「忙しいのにからかったりして悪かったわ。ごめんなさいね」と少し声のボリュームを上げて言ったので緊張した室内の空気は一気に緩んだが、どうみても春奈にセクハラまがいの事をした様に見えたのだが、本庄が先輩相手に冗談でもそんな事をする筈も無いという気持ちも有るので謝った春奈に何らかの非があったのは分かるが、腑に落ちない出来ごとで伊藤が居たら、真相を聞き出していたかもしれないが、他の先輩達は空気が戻ると淡々と仕事に戻った。
春奈は百合にだけ視線を向けて「返り討ちに遭っちゃった!」と苦笑しながら言うのが聞こえたので、やはり先輩の悪乗りに付き合わされてうまく本庄がかわしたのだろうと思った。
この日の帰り道で沙耶はバス通なので途中迄だったが、二人で真相を聞いたがはぐらかして教えてくれないのでせりかは言い辛い事なのかもしれないと諦めたが、沙耶はもう少し近くに居た為、少し洩れ聞こえた部分もあったのか「あーやーしーいー!」と少し冷やかし気味で去って行った。
翌日春奈から話を聞く事になるのだが、それは考えていたよりも、せりかにとっては衝撃的な内容だった。




