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「椎名さん、お待たせ!」
本庄は門にいたせりかに声を掛けた。
「ううん。そんなに待って無い…って本庄君と待ち合わせなんてしてないじゃ無い!」
「でも俺の事を待っててくれたんでしょう?」
せりかは違うもん!と天の邪鬼な事を言いそうになったが、待っていた趣旨を思い出して「ごめんなさい」と謝った。
「今日の生徒会の事なら俺の方が謝らなくちゃならない方だよ。ごめんね。真綾の所為で嫌な思いをさせて…」
「橘君が言ったのね…。真綾さんの事で頼りになる先輩達だって分かったから相談したのよ。本庄君の事を話してしまって、あの先輩達の興味を引いてしまったのは私なの。勝手に話してしまってごめんなさい。考えが足りなくて反省してたの。これからは先輩達にも、もう少し話して我慢してもらう様にお願いするから、生徒会は入るの無理とか言わないでね?」
せりかにこうして謝罪されてしまうのが嫌で、逃げたくなって居たのだと本庄自身、気が付いてしまい苦い気持ちになった。橘と共に謝られると流石に少し堪えるものがあった。
勿論、ふたりの友人としての誠意は伝わってくるが、逆に恋人である二人から謝られるのは、自分は部外者なのだという事を突き付けられている様に感じてしまい、思い知らされて今更ながら酷く辛く感じた。
しかし、二人揃って別々に生徒会には本庄をと切望してくれるのが、皮肉なものだと感じるが、必要とされる事への喜びも感じてしまうのが厄介だった。
「橘にも同じ様な事を言われたけど、理由は橘は自分が部活で居ない時に代行業をやらせるつもりみたいなんだよね」
「適任じゃないの!だったらまだ立候補もしていないんだもの。本庄君が副会長をやればいいのよ」
橘とせりかは性格が似ていると思う。生徒会を牛耳りたいからと色々と画策して来た割には、肩書きには拘る様子が無い。好きに出来ればどの立場でも構わないと思っているのだろうが、そもそも二人は指名制で次期会長、副会長候補に選ばれて居るのを忘れているんじゃ無いかと思ってしまう。
ここで本庄を副会長にしたいといっても現生徒会は、次期生徒会の意向として受け入れはするだろうが、本庄も特別肩書きには興味は無い。ひとえに友人達との遊び場が提供されたので、一緒に策略を張り巡らして、ミッションを完遂するつもりだ。それが全校生徒を巻き込んでのミッションなのだから、遊びにも熱が入るというものだ。
ここまで考えていたら、橘が面倒な生徒会をやる理由の一端が分かって来てしまった。多分自分と全く同じ事を考えていると思われる。こんな俺達に運営されてしまう生徒会に振り回される生徒には気の毒だが、こちらも無料奉仕なのだし、利益供与としては橘から見てもお互い成り立つ関係性なのだと考えているのだろう。
せりかも同じ気持ちなのか聞きたいが、それは自分の自分本位なのを自ら晒してしまう行為なので、せりかの事はこれから見ていれば判って来るからと保留にしようと思ったが、一応今の副会長の話を断る為に、聞いてみても良い様な状況である気がした。
「お嬢さんはどうして生徒会をやる気になったの?橘に誘われた時ってまだ付き合ってなかったし、付き合い断ってしまって一番きまずい時期だったでしょう?それで一緒にやろうって思ったのってどうしてなの?」
「それを言ったら告白を断られてしまった本庄君も一緒に生徒会をやろうっていうのは、その時から決定事項だったから、橘くんと本庄くんと同じ位には気まずい状況だった訳よね?でも橘君も断ってからも相変わらず横に居る状態で躊躇無く女の子避けに使ってくれるから、気まずいのは、私の方だけなの?って思ったらバカバカしくなってくるし……本庄君の方だって気まずいの私だけって感じだったじゃない?その状態で一緒にやって行くのに躊躇したら、完全に私だけが負けになるでしょう?二人の友人としては情けない姿は晒したくなかったから、橘君の生徒会の誘いに乗ってしまったのよね。それが一番の理由で二番目は面白そうだったからなんだけどね」
「じゃあ負けず嫌いと好奇心から生徒会役員になろうとしてたから、別に副会長じゃなくても構わないって事なんだよね?」
「そうよ。ふたりに負け負けの状態じゃ、橘君にも本庄君にも友人として認めて貰えるか分らないもの」
「別に俺も橘も友人に条件なんてないから、多分お嬢さんがそんなに頑張ってくれなくても結果は一緒だったと思うけどね。でもそんなに思いつめていた訳じゃ無いんだよね?!」
「あの時の状態を思い詰めてないって言えるせんせいは、自分基準で物を考えてるからとしか言いようが無いわね。今迄と変わらないで接してくれる橘君とせんせいと私の差って多分私にしか分らなかったと思うわ。でも、それは今は私も鍛えられてメンタル強くなって来たから大丈夫になったし、今日の伊藤先輩の悪フザケも全然堪えないけど、初めて洗礼を受ける本庄君は流石に驚いていたから、事前に邪悪な先輩の存在を知らせて置かなかったから悪い事してしまったなって思っているのよ」
邪悪って……あれほど伊藤がせりかの事を気に入ってる割には酷い言いようだと思うが、橘からすれば計算ずくの行動らしいから、せりかの言う意味とは違っても邪悪な先輩という認識は間違っては居ないので伊藤には悪いが、否定するのは止めておく事にした。
「これ以上強くなられると、石原さんとお嬢さんとで次期生徒会も女性上位になりそうだよな~!でもね、副会長は可愛い女の子がしないと行事とかの挨拶の時に格好が付かないから、会長の代行の仕事を俺がするとしても、見た目を造るのは意外に必要な事だと思うんだよね。橘にも会長譲っても良いって言われたばかりだけど、俺でも会長は良いかもしれないけど、橘の方が向いてるしょう?だから副会長も同じ理由でお嬢さんにやって貰うつもりだからね!俺も段々楽しくなって来たから、盤上では悪いけど二人の位置は決定してるから、それこそ辞めるなんて言い出さないないでもらいたいな」
「悪いと思った気持ちとか返して欲しいくらいに本庄君が何とも思って無いみたいで良かったわ!これで次期生徒会は盤石ね」
「そう言えば、涼君ってどうして入れる事にしたの?華のあるタイプだから、次期会長候補に良いと考えている事以外にも理由があるんでしょう?」
「流石、せんせいね。勘が良くってやっぱり怖いわ!理由は、あの橘君が珍しく気に入ってる後輩だからよ。『涼』って呼んだ時は驚いたのよ。橘くんってほとんど名前で呼ばない人なのよ。私にだって付き合い始めたらまさか変わるかと思ったけど、一向に変わらないし、例外は玲人くらいだけど、玲人の事は言う迄も無いけどそれでも思っているよりも大分気に入ってる筈よ。私と玲人の話をしても、玲人の側に付く位なのよ!それに、合宿の時の話を聞いても面倒な後輩を教育するなんて、伊藤先輩に頼まれたとしたって幾らサッカー有望で勿体無いからって、橘君はそんなの普段なら切って捨ててるわよ。本人に問題があったら指の先程も動かさない人よ。本庄くんもそう思うでしょう?」
せりかの橘に関する考察は友達時代が長いだけあって、とても鋭かった。確かに名前の呼び方も顕著だが、それ以前に、他人を変えようなんて労力のいる事を人の良い高坂ならともかく、面倒がってするりとかわしてしまうのが自分達の知る橘忍だった。生徒会だって、全校生徒を巻き込んだ遊びくらいに思っているだろうと思われる自分本位な彼にしては、涼の話は気に入ってでも無ければぜったい無い話だろうとせりかが踏むのは、とてもよく分かるし、多分合っているのだろうと本庄も思う。
「それにね、生徒会のお手伝いを始めたら、先輩と接しててまるで一種の部活動みたいだなって思ったら、後輩が足りないかなぁなんて思っていて居たところに飛んで火に入る夏の虫って感じで丁度いい子が現れたら、確保するしかないでしょう?」
「なんだか涼くんが不憫になって来た…。お嬢さんの部活ごっこの趣味で勧誘されちゃったわけ?」
流石に呆れた口調の本庄にせりかも負けずに「せんせいだけが盤上を支配出来る訳では無いのよ?」と不敵な笑みを浮かべた。
愛しい女性が結局は同じ穴のムジナだというちょっと残念な事実が分かったが、せりかも面白そうだったから、気まずい間柄の仲間達と始めようと思い立った訳なのだから、其処の理由が自分達と同じだというのは妙に納得が入った。しかも遊びの主導権争いに名乗りを上げて来た。本当に逞しくなったものだと目を瞠る。それに、涼をメンバーにした時点で少しせりかに先手をとられているのかもしれないと思う。
今から思っても申し訳無い位、以前は真綾の成長は全く望まなかったのに、せりかの目にみえる成長ぶりには例え彼女が恋人ではなくても、本庄の心の中に温かいものが流れ込んだ。
せりかも挑戦的に言った筈だった言葉は柔らかく受け止められてしまった事が分かり、せりか的にはやっぱりせんせいに張り合おうなんてまだ早かったのかしら?と少しの敗北感はあるものの心地の良い沈黙が二人の間に流れた。
暫く経ってから、本庄が『お嬢さんになら負けてもいいんだけど、でもやっぱり負けられないかなぁ』と意味深な言葉を言ってみたが、ある意味、多分良い意味で鈍い彼女には通じなかったようで、『宣戦布告ね!』と楽しげに言われると否定出来なくて『橘がどう出てくるかも楽しみだよね』と此処にはいない共通の敵の存在もある事をせりかに告げると『確かにそうよね…』と少し考える素振りを見せた。
「二人に組まれると勝ち目が無さそうなのが厄介なのよねぇ~!」
悩んでいたのは其処か!とツッコミたくなったが、彼氏が本庄の方に付く事を考えるせりかは、橘の彼女としては気の毒だが賢明な判断だろう。どこまで酷い奴と付き合っているのかと思うが、せりかはそういうところを気に入って橘と付き合っているのだから、不満には思っては居ないが、こちらの結託を心配はしているらしい。俺が彼氏なら無条件で彼女に付いたかどうか本庄は考えてみるが、例えそれで彼女が盤上の支配者になれたとしても、せりかは決して喜ばないだろうなと思った
大好きだった彼と一緒に居れば少しは心が動くかも?と思うのですが、主人公は中身が乙女から程遠いのか自分の彼氏が本庄と結託するのを心配してしまう性格です。作者でさえ、もう少し揺れようよ……と念じても今のところこの有様…。




