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夏の終り
やっぱり花火には浴衣でしょう!と女子三人で盛り上がり、皆で競って着飾る事になった。
せりかも一応年頃の女の子らしく紺地に紫の百合の花が描かれた浴衣に袖を通した。帯は薄紫の作り帯で自分で簡単に着れるので買う時に決めた物だった。
髪をアップにしてからいつもよりも濃い目のメイクに橘から誕生日に貰ったラピスラズリのイヤリングと弘美からお揃いで貰ったブレスレットを付けた。
最後に母に拝み倒して貸して貰った鼈甲の簪を挿した。少し背伸びした大人っぽいセレクトで二人に勝負!のつもりだが、もちろん楽しい勝負で真剣に競ってはいない。
他が色みを押さえた分、下駄の鼻緒と巾着は赤紫の絞り染めのもので少しトーンアップしたが、二人の評価よりも自分の中では結構満足出来る仕上がりだった。
鼻緒に当たる部分に念の為、バンドエイドを両足に貼って、戦闘準備完了となった。
早めに待ち合わせ場所に行くと、やっぱり嫌な予感は現実のものとなっていた。玲人を誘えば良かった……と後悔しても後の祭りである。
異様に目立つ三人組は浴衣を着て人待ち顔だが、周りの女性からひっきりなしに声を掛けられていたが、伊藤が口調だけはやんわりと、しかし有無を言わせない迫力を漂わせて断り倒すのを見た時には、勝手に来ているのだし本当に無視をしようかと思ったが、橘に付き合わせられた二人を待ちぼうけにさせるのは気が咎めて仕方無く伊藤に声を掛けた。
「せりかっち浴衣姿色っぽいじゃん!超似合う~!!橘なんて放っておいて今日だけ俺と歩かない?」
この日の橘の浴衣姿は、もう少し明るければ振り向かないものは皆無であろうと思われる程、魔性な色気が無駄~に垂れ流されていて(カッコいいとか綺麗とか通り越してもうただ怖かった)本当に橘を無視して美久や弘美にもごめんなさいして、伊藤とこのまま二人で歩いて行ってしまいたいとせりかは思った。
それを実行に移そうとして伊藤の浴衣の袖をひいたら、伊藤に慌てられてしまって「ごめん。冗談だよ。事情は聞いてるけど、あれは俺の悪フザケの所為だから、勘弁してよ…」
どうやら伊藤にこの間の貸しを返して貰うべく付き合わせた様だが「だったら着物で来い」と面白半分に言ってしまったら、こういう結果になってしまったらしい。伊藤もせりかにこっそりと激しく後悔したと言ったが、橘自身は分っていて伊藤に意趣返しで抵抗しなかったんじゃないかと多分思われる。相変わらず先輩に迄容赦しない腹黒さに半ば呆れながらも感心してしまう。
橘とは今日は一緒に遊ぶ約束はしていない。しかしもう一人ジャ○ーズのグループのセンターにいる子と良く似ている顔だちの可愛らしい子を連れている。親戚の子か?と思うが伊藤からサッカー部の後輩だと紹介された。
じっと目を逸らさずにこちらを見る様子から、この間の事件の帰国子女の後輩だとピンときた。
見た目だけでも十分嫉妬の対象になりそうだと思うと、この間の話もなんだか頷けるものがあった。橘などは既に嫉妬される域からは越えてしまっていて人を惑わす妖怪の様だから怖ろしくてやっかんだり出来ないんだろうなと思えた。既に自らの彼氏に抱く感情では無いが、浴衣で歩く姿は凶器でもあり、同時にせりかよりも全然危ないのではないかと思われた。酔狂なお金持ちのおっちゃんとかに拉致られたりしそうだと思ってしまった。
橘とせりかに微妙な空気が流れている事に気が付き過ぎている伊藤は、せりかに後輩の子を紹介してくれた。
橘に鍛えられただけあって、橘の彼女だと紹介されると目を輝かせて、礼儀正しく挨拶をしてくれたので、こちらもにこやかに応えると「流石に橘先輩の彼女さんは美人ですね!」とかなり恥しいお世辞まで言われたが、この子ってイタリア帰りとかじゃないよね?と失礼な感想を抱いた。しかし予想と少し外れてフランス帰りらしいがその前はドイツに長くいたそうだ。既に英語圏じゃないところに住むのは、せりかの想像を超えたが、その彼曰く生活に困ればどうやっても喋れる様になるらしい。もちろん苦労はしたらしいが…。
今日は伊藤に誘われて浴衣も有ったら着て来いと言われての浴衣姿は、美しいが人外の様な隣の方とは大違いで、とても可愛らしい。黒い浴衣に茶の帯を腰で締めている姿は普段を知らないが、それでも多分普段よりも幼く見える筈だ。陣野 涼と名乗った少年は伊藤にも懐いていて、それを見てせりかは彼に白羽の矢を立てた。
「伊藤先輩、彼を生徒会にスカウトしてはいけませんか?一人か二人はこれからは経験者で運営して行った方が良いと思うんです。本当は二人入れたい所ですけど、後の二人はもう頼んじゃってますので、私達の後から一年生を二人入れる様にしたらいいかと思うんですけど…」
「俺は構わないけど、涼は?生徒会やっても良いの?それに悪目立ちしないかなぁ?せりかっちもそう思わない?」
「生徒会は今の涼君にとって十分な後ろ盾になると思います。真綾さんの件だって先輩達のお蔭で抑えられた訳ですし。それに今は、若宮会長も伊藤先輩もいらっしゃるから、かなり強力に彼の後見になる筈です!」
「次期会長の意見は聞かなくて良い訳?」
「伊藤先輩が良いと言えば、次期会長も、それに涼君?でいいかしら?!…彼も嫌とは言えないでしょう?サッカー部の縦社会は、此処でも健在ですよね?」
「涼、怖いお姉さん達一杯の所に捕まりそうだけど、どうする?俺は、せりかっちに逃げられると困るから断れないんだよなぁ!」
ここで既に上下関係は破綻していると伊藤は思うが、一年生を入れるのは前から少しは考えていたが、自分達の代では、橘が二年からでも十分に会長職を引き継げそうだったので、一年生を引っ張ってこなくても良いかと思って二年生まで待ったが、三年生で会長にならなくても良いから、二人程度は一年生を入れて置くのはこれからの為には良い事だろう。
「俺は良いですけど、橘先輩の許可はいいんですかね?」
「橘は俺の言う事を聞く様な可愛い後輩じゃ無いけど、流石に彼女の言う事には弱いんじゃ無いの?」
「……椎名さんが良いなら、それで良いけど、涼の事をそんなに気に入ったの?」
今日初めて口を開いたが、浴衣姿がまぶしい。。。。彼女の欲目からでは絶対無い…。玲人を断った嫌がらせと伊藤への意趣返しにしては、効果を発揮し過ぎだろう!と目を逸らすと、橘は溜息を吐いた。
「今日は、通りすがりの他人だから俺とは、しゃべってくれないの?」
「違うわ。………浴衣姿…が…ちょっと…ねえ!先輩…マズイですよね~…橘君は鏡見て来たの?意味、分ってるわよね?」
「着替え、コインロッカーに入れてあるから着替えたら一緒に回っても良い?もちろん斎賀さん達には俺から謝るから」
「ええ!もちろん!」
せりかは、橘に謀られたという事は分ったが、ヤバい浴衣姿で傍にいられるのは、伊藤も含めて皆の迷惑だと思う。
それを着替えてくれると言うなら殆どの事は言い分を聞こうと思った。しかし着替えを用意しているという事は本人も自覚はあるのだと判ると悔しいがとても安心した。
橘は、ものの五分で普段の飾り気の少ない格好になって帰ってきてくれてホッとした所に美久と弘美が丁度着いた。
事情を話すと快くOKしてくれたが、こっそりと着替える前の注目される姿に近付けなかったのだと二人から告白された。
伊藤と涼に美久と弘美を紹介すると、「少し合コンっぽいね!」と冗談まじりに伊藤が言うと、校内で絶大な人気の先輩に言われれば特別ファンという訳では無くとも美久達が頬を染めるのは当然というものだろう。
そうして当初の予定とは大幅にくるったが六人で花火を見るのを待ちながら、夜店を見て回ると、涼は何でも珍しそうにしていて、せりかが、くじでもう一本当たったあんず飴をあげると嬉しそうに齧ったが、あまりの酸っぱさに驚いてから屈託なく笑った。
涼にはせりか達と同じ年のとしごの姉がいるそうで、慣れている所為か美久達にも自然に話を合わせられていた。今はフランスでも日本の情報がネットで簡単に手に入るので、売っているお面のキャラクターもの等の名前を聞くと、日本にずっといたせりかよりもアンパ○マンのキャラに詳しかった。
美久は紺地にバラの模様の浴衣に透け感のある柔らかな生地の帯に大きな花の髪飾りでかなり華やかだったが、最近流行っている古着屋さんで売っているレトロな浴衣と帯を趣味良く着こなしている弘美が、浴衣対決では圧勝だった。特に涼は、弘美の浴衣を気に入ったらしく何処で買ったのか詳しく聞いていた。以前テレビでも紹介されていた近くにある店だったので、今度姉を連れて行くと言っていたので、仲の良い姉弟なのだろう。
「お姉さんはうちの高校には入らなかったの?」
美久が聞くと「ええ」と涼は言いながら、二年生という途中で入るので帰国子女枠のある私立校に編入したという事だった。
「それにうちの学校は途中からは中々入れません。一応、調べたんですけど、クラスは成績順だし、編入試験は一組に入れるくらいじゃ無いと入れないくらい厳しいそうですよ」
「定員いっぱい入れてて、ほぼ落第も退学もしないから、うちの学校は入りづらいかもしれないわね。涼君は普通に受験したんでしょう?大変だったんじゃ無いの?」
せりかが問うと少しはにかんだが、こちらに戻ってくる前に現役東大生の親戚にかなりの謝礼をして冬休み中フランスに来てもらったという事だった。親戚も半分は旅行気分で受けてくれたらしい。
伊藤が後に、涼は一組に入れるくらいは賢いから大丈夫だと言った。何故そんな事を知っているのかと尋ねれば、成績表貼り出されてるのを見たら、一桁台だったと言ったので、せりかが言い出さなくても涼を生徒会にと少し考えていたのかもしれなかった。(今年度では無くとも来年の為の助言にするつもりだったのかもしれない)意外に面倒見の良い先輩だと橘が言っていた事を思い出すが、せりかには殆ど発揮されないそれは、なんだかとても理不尽な感じがした。
花火が上がり始めると周りから歓声が沸いた。涼も日本の花火はすごい!とハートマークやら星やら二コちゃんマークやらに感動していた。せりかも感動したが、性格なのか失敗した変な顔の時のが大分面白かった。
夏休みの終わりを告げる花火は少しさみしくもあったが、新しい出会いもあり、秋には文化祭や選挙と忙しい。新学期の事を思うと楽しくなって来たが、心臓に悪い事をする彼氏との付き合いは、少しはっきりと本音で話合う必要性を感じた。




