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幼馴染の親友  作者: 世羅
2章
86/128

86

思いっきり渋い顔を見せた恋人の顔を見たのは久しぶりで、いつも負けっぱなしで悔しいせりかの溜飲を下げた。


にこにこ機嫌良くしていると、橘は「来週の登校日予定が無いなら、親もその日は居ないから、来てくれる?」と言ってきた。


その意味が判らない程は鈍くない。今迄で予告されて抱かれた事は無かったので、流れでそういう雰囲気になるよりも何倍も恥しいものだと、せりかは初めて知った。


それでも「うん…」と聞こえるか聞こえないか位のか細い声で了承の返事をした。


「良かったー!流石に二度断られると、かなり凹みそうなところだった」


せりかを、無自覚に思いやりという名のもとに、よく凹ましてくださる魔王様が随分と弱気な事を言う物だと思う。今日だって別に嫌で拒否した訳では無い。この後、御家族の方と帰りに挨拶したりしなければならないのに、態度に出さない自信はせりかには無い。そうなると、そんな様子を見せてはお家に来辛くなってしまう。


結局この日も、夕食時なので帰ろうとするせりかを、橘の母が引きとめて、どう見てもせりかの為だろうと思われる、ブイヤベースが煮立っているのを見た時には、悪過ぎて断れなかった。


男の子ばかりの家庭が肉料理中心なのは、玲人の家を見ても解っているので、魚介料理を作るのは、せりかに食べさせてくれようとして、作ってくれているのが判るだけに、橘の母のせりかへの心遣いを裏切れず、せりかは橘家で何度も夕食を頂いていた。


半分娘が出来た様に、嬉しそうな母親を、橘も止められない様だった。


その日も、先日まで息子が家に居なかったから、殆んど父親と待ち合わせして、贅沢めな外食をしていたのだと、楽しげに話された。


一樹いつきさんは良いんですか?」


橘家の息子はもう一人いる筈なのでそう尋ねた。


「一樹は、今、箱根のオーベルジュでバイトしていて帰って来ないのよ」


「言って無かったっけ?長期のバイトで暫く帰って来ないんだ。そうは言っても近いから、洗濯物とか持って来て、週一位には帰って来るんだけどね」


「確か、受験生の家庭教師をしてなかったかしら?」


「それって去年の話だよ。今年の春に希望校に無事に合格出来たらしいよ!」


「そっか~!そう言えば去年から今年の始めにかけての話だったわね。今度は随分と毛色の違う方面なのね」


「このブイヤベースも其処で出されているのを教えて貰ったらしいの。女性に人気があるから、せりかさんにも受けが良いんじゃないかって一樹が言うのよ」


「そうだったんですか?私の為に有難うございます。いつもすみません。ついつい美味しい香りにつられて、お言葉に甘えてしまって…」


「そんな事無いわ。無理に引き止めちゃってるし、忍も良くせりかさんのお宅で御馳走になってしまうからお互い様だし、せりかさんが居てくれる日は、お父さんなんてとっても嬉しそうにしてるから、せりかさんには悪いんだけど、息子なんて本当に味気ないものだから、少し舞い上がってるけど、悪気は無いから許してね?」


「そうだよ!お父さん、息子の彼女にデレデレし過ぎで母さんは何とも思わない訳?」


優しい紳士な風情の橘の父親が、せりかの前では相好を崩す。橘にはそれが気にいらない様だったが、せりかは皆が橘を可愛がっていて、その彼女のせりかに学校での事を聞きたがり、せりかの返答が皆の爆笑を誘う内容なので、楽しいひとときとなるのだが、何処におかしな所があったのか分らず、せりかはきょとんとしてしまうが、橘は平然としていて特にどうも思っては居ない様だが、家族がせりかに構うのを申し訳無く思っている様だった。


それを言ったら、かなりミーハーなせりかの母が眼福とばかりに普段作らない凝った料理で持て成す方が、大分迷惑だろうと思う。たまに父親には将棋の相手をさせられていたりもする。(一回話すのに気まずくなった父が苦肉の策で誘ってやりだしたが、今は橘が来る日は、わざわざ早く帰って来る程楽しみにしているのだった)勝率は父親の方が、やや上だが、おそらく明らかに気を使っているだろう。息子がいたらこうやって相手をしてくれたのかなぁ~とかなりご満悦な父親に、橘がにっこりと破壊的な笑みをみせると、「せりかで本当に大丈夫なのか?」と娘に向かって失礼な言葉を投げかけるのが、慣例化しつつあった。橘の母が学校で出来過ぎな評価をされて、心配していたと言うのを聞いて微笑ましかったが、出来過ぎの彼氏の存在は、椎名家でも歓迎しつつも心配される事となった。


そういった状況からすると、せりか側の方がかなり申し訳なかった。


しかし、橘は、嫌では無いと言ってくれる。優しい嘘では無いのは判るので、せりか同様、橘の為に作ってくれる料理も彼にとっても嬉しいらしい。難しいと思われたせりかの父親に気に入られ認められているのもとても嬉しいと言ってくれるので、有り難さに拝みたくなる位だったが、将棋の勝敗の真偽については、いつもの彼らしくどちらとも付かない返答をされ、はぐらかされた。せりかは将棋をしないから分らないが、もしも、わざと上手に負けられるとしたら、かなりの腕前なのだろう。





とうとう登校日が来た。暑さからくるだけでは無い汗をシートで拭った。柑橘系の香りがして気に入っているが、今日は変に、緊張してしまって、皆に会って不審がられないか、不安になった。


あんな弱気な事を言いながらも、自分とは全然違い、いつもながら余裕で綺麗な彼は、こんなに暑いのに涼しげに微笑う。せりかにもいつも通りで、こちらの緊張を三分の二位分けてあげたいと思ってしまった。


美久と弘美と花火の待ち合わせ時間と場所を話して、決まったので、一応橘に花火に行く話をすると、「玲人を連れていきなよ」と何気に黒い提案をして来た。


流石に彼氏である自分が行くのは、興ざめさせてしまう自覚はあるらしい。それを、勝手に玲人を使おうとするところがすごい。玲人にだって予定があるだろうにと思う。


「椎名さん達だけで行くって言ったら、絶対付いて行くから、大丈夫だし、玲人は女性に囲まれ慣れてるせいか、あまり違和感無く混じれるし、虫よけ効果も抜群だしね」


「あのね。平和な日本でそんなに警戒しなくても、私達も常識的な範囲でしか行動しないんだし、大丈夫よ」


悪いが、すこしメンドクサイ。もしかしてこれがあゆみの言ってた束縛ってやつなのかなぁ?と思う。


「俺は玲人に言うだけで何もしない。だから後は玲人が勝手にする事だから気にしないで?」


「そういう横槍は、橘君の評価を下げるわよ。女の子だけで騒ぎたい事だって有るでしょう?」


「じゃあ、玲人には言わないけど、俺が他の人と居ても、それは偶然だから、声は掛けないよ」


プチストーカーのようなボディガードさんは、せりかにとって本日は一番の危険人物なのだが、橘が勝手に行くのを止める権利は無い。誰と来るかは気に成るが、何だか嫌な予感がした。




本当に何の為に呼ばれたんだかと言う登校日だったが、申請していれば休めるので、海外などに行っている人などは欠席扱いに成らないのだが、意外にクラス全員来ていた。


皆、日に焼けたりしていて、久しぶりに会う友人達との会話を楽しんでした。


出欠を取ったら、後は帰って良いとの事で、皆、懐かしさから残っていたが、せりかは橘に促されて鞄を取った。


近くにいた者に冷やかされながら、教室を後にするが、心境的には、バックにドナドナが流れていた。




「もしかして嫌だったりする?」


真顔で聞いて来られると、恥しいのを堪えてるのに、倍増させられてしまいそうになる。


「そんな事無いから、心配しないで」


せりかが、きっぱりした口調で言うが、それでも少し気掛かりなようだった。


数えられる程度ではあるが、何回かは関係を持っている相手に此処まで念入りにいちいち確認を取るのって、思いやりを通りこして、違う意図があるのかと疑いたくなるが、そういう訳でもないらしかった。(こっちが恥しがるのを楽しんでるのかと思ちゃったじゃ無いの!)


普段が普段なので、せりかがそう思うのも無理ないが、橘は割と本気で心配していた。女性は割合気まぐれで、相手に愛情が有るか無いかというのとは別で、気分的にそういう気分じゃ無いという事が有る事を、経験から知っていたので、家につれ帰る前に確認を取ったが、せりかには何の羞恥プレイな訳?という半ば怒りの反応が来たので、怒らせてしまうのは喜ばしくは無いが、気分的に嫌だという訳では無いのに、ホッとした。


少し怒り気味なせりかに甘いものとお茶を出してから自分の部屋のエアコンをかなり低い温度に設定した。


一階に降りていくと、少しは最近慣れた居間で、緊張がほぐれたらしいせりかは、携帯の画面に見入っていたが、何を見ているのかと思うと待ち受けの自分の写真だった。


本人がここに居るのに、よっぽどお気に入りの写真なのだと思うが、それでも照れくさいような理不尽なような複雑な気持ちになった。


「俺は自分の写真に負けてるのって納得出来ないんだけど……」


後ろから声を掛けて、せりかの首筋に顔を埋めると、びっくりしたせりかが短い悲鳴をあげた。


そのままソファに倒すと、せりかの困ったような顔を見れたので、一応満足して、部屋へ促した。自分はシャワーを浴びてから行くというと、せりかは部屋に入ってその間に持って来たシートで体を拭いた。流石にシャワーを借りるのは恥しい。初めての時がホテルだったのは、今にして思うと幸いだった。やはりその方が、色々と便利な点が多かった。段々とそういう事が分ってきてしまうのは、面映ゆいが、嫌な気分になるという訳ではなかった。


水分を軽く拭き取って、Tシャツにハーフパンツと軽装になった彼は、水も滴る……といった形容がぴったりな様子に、せりかの方がくらくらしそうだった。このフェロモン駄々漏れなのって、どうなんだろう?こういう類の人が自分の彼氏になるとは夢にも思わなかった。しかし、彼とでなければ、こういう行為はせりかには、もう何年も先の事になっていただろう。早いのが良い事では無いかもしれないが、確たる相互の愛情を確かめる行為は、せりかにとっても幸せなものだった。


その日はじれったく成る位ゆっくり愛されて、初めての時と同じ位、丁寧に抱かれた。


この間、断った所為かもしれないと思うと男の子はこういう艶事に意外と繊細なのものなのだなと、少し気を付けなければ本当に傷つける事が出て来てしまいそうだとせりかは思った。


家まで送ってくれた橘は、今日はせりかの家にはやはり寄って行かなかった。反対の立場になれば先日のせりかの気持ちが少しは分ったのでは無いかと期待したが、後日簡単に否定されてしまう結果になった。女の子の親と男の子の親の認識の違いをとくとくと説かれてしまい、反論を試みるせりかだったが簡単に論破されてしまった。こういう所は相変わらず無駄に賢いと思う。いちいち御高説がこんな内容な事とは思えない程御尤もなのが、なんだか納得がいかなかったが、無駄に論戦には強いので、次回からは、もう少し違う手でいかねばと思うと、今は会わないが一樹に会えたら、ウィークポイントをそれとなく探ろうかと黒い考えが浮かんだが、悪魔のおニイサマは、この事でどう弟で遊ぶのだろうかと考えると、その後が怖ろしいので、この案は、せりかの中で直ぐに綺麗に廃案となった。


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