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もうすぐ期末テストだったので橘の家からの御招待は『勉強会』と名前が変わった。
橘の家には以前行った事があるので、家族構成なども考えてゼリーと水羊羹の詰め合わせをお土産にする事に決めた。
「忍の家って花がすごいなぁ!」
「お母さんの趣味みたいよ。綺麗よね」
玄関で話しているとインターフォンを鳴らす前に橘の母が姿を見せた。以前の時には橘とどちらが出るかを争っていたので前回は引き分けだったが、今回はお母さんの勝ちの様だ。
橘も気付いて慌てて三階から降りて来た時には、せりかが挨拶をして玲人が自己紹介をしながら、土産を渡している時だった。
「椎名さん玲人、いらっしゃい。早くこっちに来て!」
「忍、そんなに慌てなくても良いじゃ無いの!お母さん、もう少しせりかちゃんと玲人君とお話したいわ」
「とにかく、玄関先で話さなくてもいいでしょう?それに今日はテストが近いから勉強に来たんだから、あまり邪魔しないで!」
一応居間に連れられながらもお母さんが話し始める。
「玲人くんって本当に素敵ねぇ!うちの子と取り変えたいわ!」
「いいえ、橘君の方が何倍も素敵ですので、間違っても取り変える必要無いですよ?」
「せり、ひでぇ!それは忍の方が、格好良いかもしれないけど、何倍もって、1.5倍位にしてくれよ!」
「橘君と張り合おうなんて図々しいわ!お母さんはお世辞で言って下さってるんだから本気にしないでよね!」
「お世辞じゃ無いわよ?忍から聞いてはいたけど、それでも驚いたもの!それにしても玲人君とせりかちゃんは仲が良いのね?」
「隣の家で幼馴染なんで、殆んど兄弟みたいなものなんです。忍は何て言ったんですか?」
「恥しいんだけど、『母さんが喜ぶくらい格好良い友達が来るから』って聞かされてたからもう楽しみで!」
「橘君と一樹さんがいれば充分じゃないですか?」
「あら、せりかちゃん、息子は所詮息子なのよ。毎日見てるから飽きるしね」
あの妖艶な美しさも母親にかかれば、なんという事も無いらしい。せりかの母や玲人の母も橘のことを韓国の俳優よりも格好良いと後から散々騒いでいたのだが、ここで橘の母にそれをバラす気は流石に無かった。
「せりかちゃんがこの前来てくれてから、その後来てくれなかったから、忍とはうまく行かなかったのねって思っていたから、また会えて小母さんうれしいわ!」
「母さん!余計な事は言わないで!直ぐ部屋にいくよ?」
「大丈夫よ。橘くん。今日はお父さんと一樹さんはお出掛けなんですか?」
「明日だったら二人ともいたから、忍の彼女が来るなら見たいってうちの人も頑張ったんだけど、あっさりと忍に却下されて泣く泣く出掛けて行ったのよ。一樹はまた会えるだろうって言っていて宜しくって言ってたわ!」
「兄貴がいるとシンデレラちゃんってしつこいし、父さんなんて、椎名さんが緊張しちゃうよ?女の子の方の親御さんは心配されるだろうから、御挨拶も当然だけど、こっちはまだ付き合い始めなのに紹介されても彼女が困るよ!」
「橘君のお父さんなら私も見て見たかったけど…」
「俺も!見たかった!」
玲人と二人で言うと、橘の母は少しだけ、忍に『大丈夫なの?』という視線を投げてきたが、玲人とせりかが仲が自分よりも良さげで、玲人に取られないのかと心配されているのだと分かり、最もな心配だと思って、母にも判る様に真綾の話題を玲人に投げた。
「更科さんの所には玲人はまだ行って無いの?」
「ああ、マーヤの所はあの小舅が認めていれば、親も安心らしいから、機会があればってマーヤが言っていたから、直ぐには行かないと思う」
「本庄が良いって言えば、確かに安心するかもね」
「あらっ!玲人君もやっぱり彼女がいるのね?」
「前に遊びに来た本庄の従兄妹なんだよ」
「そうなのー!小舅って本庄君のことなの?」
「あっ、はい。本庄は、かなりその従兄妹を可愛がっているんで、完全に小舅なんです!」
「それは玲人君も大変ね?本庄君が相手じゃ厳しそうよねぇ。大分大人びた感じの子だったものね。彼女も彼と似ているのかしら?」
「いえ、顔は少し似てるかもしれないですけど、マーヤは…彼女は何と言うか…割と我儘で子供っぽい方ですね」
「あら、せりかちゃんとはまた全然違うタイプなのね?」
「いえ、同じクラスで私も友達ですけど、可愛らしい良い子です!」
「忍は?どう思っているの?」
「割と気は強めだけど、玲人とは合うんじゃ無いの?二人して子供っぽいトコがあるし」
「橘君、そこは毒吐く所じゃ無いんじゃないの?!例えそう思っても、もう少し無難に言っておこうよ?」
「…そうだね。……玲人と並んでもぴったりな可愛い子かな?」
「嘘くさい!」
「玲人も折角橘君が改心して言い直したんだから、こっちを採用しなさいよ」
「ごめんなさいね。私が忍に余計な事を聞いたから!本当に口が悪くて誰に似たんだかって言ってるのよ?」
「兄貴じゃないの?父さんは温和だし、母さんはお喋りなだけだし?」
「ね?口が減らないでしょう?」
「忍って家では猫被ってるのかと、ずっと思って来たけど、違うんだな?」
せりかも実はそう思っていた。可愛い息子、可愛い弟を家族の前で演じているものとばかり思っていた。
「家で猫被っていたら神経が持たないよ。そうじゃ無くても学校ではだいぶ被ってるのに!」
「そうだよね。何と無く私も橘君はおうちでは良い子なんじゃないかと思っていたけど、それは流石に持たないよね?色々な意味で…」
「二人とも、俺の事をどんな奴だと思っていた訳?家族に猫被って暮らしてたら、ちょっと怖い奴だろう?!」
「「………………」」
そういう少し怖い人だと思ってました…なんてお母さんの前では言えない!
「ハハハッ!忍が彼女の前でも猫被ってるんだろうって思ってたから安心したわよ。良かったー!!」
「母さん……」
「だって三者面談とかに行って別人みたいな息子の話を聞かされるこっちの身にもなってよ!いつもすっごく誉められると居た堪れなかったんだから!」
「ふふっ!お母さん、それは相当キツそうですけど、学校での彼は完璧なんで誉められておいて何の問題も無いですよ?別人格って程は違いませんから!」
「そうなの?お友達とかには普通そうだったけら、まさか聞けないし、どんな感じなのか、実は心配してたのよ!」
「うーん、そうですね…見た目が目が覚める様な美人さんな上、学年首席で、強豪サッカー部で一年生からレギュラーだし、面倒見も良くて頼りになる委員長って感じですよ?」
「……聞いてたら、痒くなって来ちゃったわ!……せりかちゃん達には、どちらかと言うと、家での方に近いのよね?」
「おうちでの橘君がはっきり分かりませんから、そこは断言出来ませんけど、私と玲人とかには素だと思います。それに今言ったのも事実なだけで、決して嘘でも無いんです」
「せりかちゃんは、素の忍で良いのよね?!」
「はい!素の方がお付き合いし易いんです。それまでは、こう言っては何ですけど、欠点が見当たらないんで逆に怖かったんです。出来過ぎで……」
「…せりかちゃん!有難う!本当にホッとしたわ…」
そう言ってせりかの手を取って嬉しそうにする母に忍は、そんなに変な心配をされていたのかと、とても驚いたが妙な誤解も解けた様なので良かったのかも知れないと思った。
流石に試験もあるから勉強しようと部屋に上がって行く事になった。最後尾にいるせりかにお母さんが手を振ってニッコリとしたので、せりかは軽く頭を下げた。
「忍の部屋ってなんか俺の部屋にあるものと、感じが似てるな?」
「普通ってこんなものじゃ無いの?」
「怒るなよ!せりだって俺と同じく思ってたんだから、そう思わせる所がビシバシあったんだよ!」
「なんの事?私は何も思ってないもんねー!」
「せり?とぼけて自分だけ助かろうとしてんなよ?!」
「はいはい、二人でじゃれないで!親だって、玲人と椎名さんの事、少し心配そうに見てたんだから」
「じゃあ、二人とも無罪放免にしてくれる?」
潤んだ目でせりかが橘を見ると玲人と橘は溜息を吐くが、彼氏が相手なので、失言と共に無罪放免にする事にした。
勉強会には、二人はお互いの誕生日プレゼントの参考書と教科書とノートを持参したので結構大荷物だったが、参考書の話を橘にすると同じものを橘も持っていたので、皆でおかしくなって笑ってしまった。結構種類があるのにやっぱり被るあたりは、気が合うなぁと思う。
「今回は結構勉強してるから」という橘に結局かなり教えて貰ってしまって、玲人もせりかも範囲の広い期末テストが何とかなりそうな位、集中して頑張ってしまったら、結構な時間が経ってしまっていた。
橘の母が、夕食を用意してくれていたので、誘われるままに良く煮込んであるトロトロのロールキャベツを御馳走になった。ローリエの葉の香りがしたので、それを言って「美味しいです!」と言うと庭にある月桂樹の葉を洗って乾燥させたものらしい。他にも筑前煮やら野菜が多く並ぶ所を見ると、せりかの玲人病を聞いているのかな?とせりかは思った。
すっかり御馳走になった後持ってきたゼリーまで勧められたので、玲人と丁重にお断りをして、二人でお母さんと橘にお礼を言って、お家を後にした。
「忍のお母さんって俺らの親と同じ位だよな?」
「すっごく若いけど、三つ上のお兄さんがいるんだから、同じか下手したら上なんじゃないのかな」
「美人のお姉さん…は少し言い過ぎだけど、お母さんの年の離れた妹です。ってくらいな感じだったよなぁ?」
「そうなんだけど、中身が気の良い小母ちゃんなんで、やっぱりお母さんなんだなって思っちゃった!」
「忍が学校で、すげえ誉められるのを心配してたけど、聞けなかった!って…マジで受けたよなぁ?忍の親にしか悩めない悩みだな」
「家で普通だったんで、そっちの方が安心したわ!玲人じゃないけどやっぱりお家では私達の前みたいに黒い雰囲気は出して無いと思っていたの。でも何で私達そう思っちゃったのかなぁ?」
「おうちですごく可愛がられてるっぽいってせりが言ったからだよ!やっぱり親だからどんなんでも可愛いと思うんだな」
「それは、大分失礼じゃ無い?橘くんは……なんていうか……親じゃなくても充分可愛いわよ?」
「それは御馳走様!せりの口からそういう惚気が聞けるなんて思わなかったよ」
「からかわないでよ!そう言う意味じゃ無いし…」
「うまく行ってるんだな。良かったよ!」
「うん。有難う。玲人のお蔭だね」
「いや、無茶振りしたのは、今は本当に申し訳ないとせりにも忍にも思っているから、うまく行っていると罪悪感が薄れて、正直マジで助かるよ!」
「玲人に言われた事ばかりで付き合うのを決めた訳じゃないし、実際お付き合いを始めたら、やっぱり私が大分駄目だったのも分かり掛けて来たし、橘君も彼氏だからって言って、はっきり教えてくれるから、玲人にも橘くんにも感謝しているのよ?」
「それなら良いけど………それで、俺より忍の方が何倍も格好良いって思ってるのかよ?!せりは?」
「美久に言ったら、私は玲人を見慣れているから互角だろうって言ってたわ。本庄君は玲人のほうが良いっていうから、客観的には分からないけど、少なくとも私はそう思ったわね。ごめんね?見飽きちゃったのかしら?」
「お母さんかよ?!せりは!」
「お母さんと同じ位は見ているのは確かよね?」
「……かなりムカつくけど、そのくらい彼氏びいきの方がいいかもな」
「言ったのは入学当時だから、そんなに平和的解決されても詐欺みたいだから、懺悔しておくわ。玲人も充分格好良い自慢の幼馴染よって今日初めてそう思った事も一緒に懺悔しておくわね?」
「………せり?俺、明日の朝ご飯、せりの作ったフレンチトーストにメープルシロップがたっぷり掛かったのが食べたいな」
「う、うん。八時くらいに家で待ってるわ…」
「ゆっくり寝るから九時にして!」
「…了解」
甘えてくる玲人をやっぱり可愛いと思ってしまうのは、玲人にはやっぱり内緒にしておいた方が良いなとせりかは思った。




