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大分シリアスです。
「本庄、マーヤの事だけど…」
「先日は世話を掛けてしまって悪かったけど、高坂は真綾と付き合う気はあるんだろう?」
「あれを放っておいたら、お前だって気が気じゃないだろう?!」
「まあ、そうだね」
「何だか、俺を従兄妹二人で嵌めたんじゃ無いのか?」
「さあ?それは高坂の判断に委ねるよ」
「涼しい顔してるけど、せりが結構お前の事を心配してるぞ!」
「それは彼女とは俺が話すから、心配しなくて大丈夫だから」
「お前が大丈夫って言うなら大丈夫なんだろうけど…マーヤは結局自分が悪者になって、気儘に俺に気持ちが移ってお前と別れるようにせりに見せかけたんだ」
「椎名さんが原因で別れたのを知られたら真綾とも、もう椎名さんの方が親しくしてはくれないだろうし、真綾の我儘は多少彼女に悪印象だとしても、それで彼女が真綾を見捨てたりはしないだろうね。椎名さんは、他者にはまるで聖女の様に許しを与えられる女性だからね。それが自分には向かないのは彼女の美徳でもあり、残念なところでもあるけどね」
「聖女ってせりがか?お前って本当にせりを勘違いしてるのな?」
「でも結局は椎名さんは真綾を許してしまっただろう?」
「許したかどうかは分からないけど、せりのマーヤへの態度は変わらなかったな…」
「それが、真綾の望む事だから真綾に泥を被せて酷い奴だと思われているかもしれないけど、真綾の選択を尊重するつもりだから…」
「それで俺と付き合うのも真綾の好きにしろってか?」
「まあ、ロクでも無い奴を連れて来たら、手を回して相手を退かせるけど、俺の真綾はそんな奴を連れて来ないように充分教えて来たからね?」
「お前も極端だよな?別れた途端に『俺の真綾』ってそんな怖い事言われて付き合う方の身になれよ!」
「婚約者じゃ無くなったからって、どうでも良いわけじゃ無いからね?むしろ今迄は周りが引くから、真綾を大事に思っていても口に出さなかっただけだよ。惚気ている様に聞こえてしまうだろう?」
「今でも充分ドン引きだから止めてくれ!」
「それは、考えておくよ。それで、お嬢さんは、真綾に何て言っていたのか教えて貰える?」
「…マーヤが綾人にとって結局自分は妹止まりだって言ったら、マーヤの誤解でせり自身が見てもお前がマーヤの事を大事に思っているのが分かる位なのにお前が可哀想だって」
「そう。……真綾もキツかっただろうな。真綾自身が椎名さんの大ファンだからね」
少し哀しげな顔を見せたが言葉を続ける。
「少しは真綾の事も椎名さんの中で悪く思われない様にフォロー入れとかないと真綾が可哀想だな。それじゃ」
「せりは俺にも真綾と付き合うつもりなのか?って怒って来たから、その場では気まずく成りたく無かったから、話しは本庄に聞いてみてからしろって宥めたんだけど、怒りが収まらないせりが、忍にどう思うのか振ったら、更科さんにも別れの選択権はあるから仕方が無いって言った後、それはせりと自分にも言える事だからって言ってたから、忍もお前とマーヤの別れに何も思わない訳では無かったんだろうと思う。せりにも何時でも別れを切り出し易い様にしてやってて、お前が旅行の時に当事者じゃ無かったら止めるっていうのが分かる位、悲壮感が漂ってたな……ただ、その割にはお前に言って良いのか分からないけど、付き合い自体はうまく行っているんだ。親に紹介とかも当然だけどうまくいったし、ただ、あんまりにもせりが連れてきた彼氏が格好良いんで、親達が驚いて少し引き気味で心配されてたけどな?せりかでいいのか?って」
「橘はそこが気の毒な所だよな。俺に橘の容姿があったらもっとうまく利用するのに」
「お前が言うとシャレに成らないからやめてくれ!忍も結構黒い割には、あの容姿を使わないから、そこは本人も良心が有るのか、コンプレックスなのかどっちかだよな?」
「まあ、後者じゃ無いの?他の手段では割と容赦がないよ。高坂みたいに女の子に付けいる隙も与えないから、椎名さんにも被害が行かないだろう?」
「マーヤの事は、前の事を考えたら、俺と付き合っているのは皆には分からない様にした方がいいよな?」
「そうだね。橘と違って高坂はモテるから、真綾に余計な敵が出来て問題起きると、俺も今度こそ汚ない手を使ってしまうからね?前の時には誤解だったし、真綾にもいい勉強になるかと思って黙っていたけど、今回は少しの危害でも加えられたら、その子を学校に居られなくしてあげるから高坂も充分気を付けて。俺にそんな事をさせたく無いでしょう?」
「お前が忍よりもうんとヤバくて怖いっていうのは良く分かったよ。せりもお前に騙されてたんじゃないのか?」
「彼女は、好きになった人達に対してはとても寛大な人だから、俺が同じ事を彼女に言った時も、相手が助かって良かったと思ってはいる様だったけど、俺に対しての悪感情は湧かなかった様だよ」
「せりってすげぇなぁ!今のを聞いて引かないなんてよっぽどお前が好きだったんだな…」
「そこが赦しの聖女だと俺が彼女の事を思う所以だけどね」
「お前がせりの事を思っているのは、信仰心に近いんじゃ無いのか?崇め過ぎで、幼馴染でよく知ってる俺から思えばすっげえ寒い言葉に聞こえるけどな」
「信仰心とは少し違う。表現がそういう響きを持つものに当てはめてしまっているけど、ちゃんと生身の女性として彼女が好きだから、信仰とはそういうものでは無いと思うよ。ただ彼女の懐の深さは感嘆に値するけどね」
「せりは、可愛いけど少し抜けた所のある普通の女だよ!」
「近過ぎて分からないのかもね?俺も神聖視したり、美化したりして言っている訳じゃ無いよ。実際、最初はイイ子過ぎて痛々しい優等生の委員長だと思っていたくらいだし」
「それもそれで辛辣な評価だな?!実際にせりと接するうちに今の考えに変わった訳だから、俺よりもお前の方が客観的だと言いたいのか?」
「比べれば位だけどね?彼女の好意にずっと、浸って来てしまった俺が客観的である筈は無いから、主観的なのは認めるけど、そういう意味では高坂も同じに彼女の好意の中に俺達よりもずっと長くというよりも最初から当たり前の様に受けて来た恩恵には、気が付かなくて当然だよ」
「俺よりお前の方がせりの事を分かっていると思っているのか?!」
「怒らせるつもりで言った訳じゃ無いから、誤解しないで欲しいけど、例えば真綾の事で置き換えれば、俺が真綾を分かっているつもりでも高坂の方が真綾の本質を分かっている様に思ったから、近過ぎると当たり前過ぎて見えないし、後、また少し怒らせてしまうかもしれないけど、ずっと一緒にいた相手に対して男は成長を心の底では望んでいないと思うよ。置いていかれそうで嫌だという我儘なエゴだよね?」
「俺はせりの成長を願って忍と付き合わせたんだ!お前とは違う!」
「自分の選んだ、信用のおける人間を自分が彼女と付き合わせた訳だよね?」
「それはお前だってマーヤがどこの誰とも分からない奴と付き合いだしたら嫌だろう?許せるのか?!」
「勿論、許さないよ。『俺の可愛い真綾』だからね?」
「それだったら…」
「其処だよ!そもそも俺達が彼女達の相手を決める事自体、異常な事だし、もしも付き合っていたら少し共依存的な関係になってしまっていたと思うから、椎名さんが高坂を選ばないのはいつも勿体無いと思って来たけど良かったとも思ったよ。高坂には悪いけどね?それでもそれ自体は、幸せの基準は本人達の問題だから否定はしないけど、付き合ってもいない彼女達を俺達の枠に縛りつけるのは問題が有ると思ってるよ。鏡を見ている様なんだよ、高坂とお嬢さんを見ていると」
「お前の真綾に対する感情よりは、マシだと思うけどな?」
「俺より酷かったら、即、別れた方がいいよ!こっちは言い訳する様だけど、血の繋がりがあるから、肉親の情と言い訳出来る面もあるけど、高坂とお嬢さんには、それも無いのに、相手に文句を付けるのは明らかに越権行為だと思わない?…思わないよね?実際にしたんだから!」
「何が言いたいんだ?!」
「肉親の情として聞いて貰えたら有り難いけど、多分無理だと思うから、百歩譲って聞いて欲しいんだけど、真綾と付き合う以上、お嬢さんの方が大事だと思われたら、ちょっと切ないんだよ。真綾がそれでも良いと思う訳が無いと思うから、高坂にもそれは理解して欲しい。俺が、お嬢さんと付き合ったら、真綾よりも大事に思うと思うから、さっき言っていた事は悪いけど俺の方が問題的にはマシな方だと思ってるよ」
「『俺の真綾』って聞いてて寒いし痛いと思ったから、逆にそれで、客観的に考えろ!って意味を込めて意識的にその言葉を使う訳だろう?俺に考え直さないと真綾と付き合わせないと思っている辺りはお前の真綾への過干渉が直っているとは思えないけどな?」
「急な変化はあまりいい結果に結び付かないから、徐々にで良いよ。椎名さんへの干渉も直ぐに全部手を退いてっていう訳じゃ無いけど、高坂に必要なのは自覚だよ!俺がお嬢さんの事を分かった様な事を言っただけで、怒り出される様だと少しマズイと思って、結構キツイ事を言ったけど、何も高坂とお嬢さんの今迄の歴史やこれからの関係を否定している訳じゃ無くて、少し俺達が今迄も今も、少し考え直した方が良い状態なのを分かって貰えればいいんだ」
「お前の怖いのを聞かされれば嫌でも自覚するよ!それを狙ってやるんだから性質悪だよな!」
「少し荒療治の方が分かり易く効くでしょう?」
「お前のマーヤへの過干渉は直してくれる気は有るんだよな?」
「それは、勿論!真綾から別れを切り出されて俺も自覚したから、高坂にも何処かで気付く機会が来るのを待つべきなんだけど、まだ真綾の事も完全に干渉が切れて無いから悪いね?」
「小舅が洩れなく付いてくるのかよ?マーヤには?!」
「それは、橘だってよく小舅様が仰るからっておどけて高坂の事言うじゃないか?あれは冗談で言ってる訳では無いよ」
「………忍とは友達だし……」
「橘は高坂を含めての椎名さんの事を受け入れているから、うまく行った稀な例だと思うよ。前にお嬢さんと真綾と話した事が有るんだけど、高坂が洩れなく付いて来たら相当自分に自信があるか、余程気にしない奴じゃ無いとお嬢さんに彼氏が出来ないね!って三人で言ったんだ。その時は真綾と付き合っているつもりだったから、自分が高坂と同じ事をしているのには気が付かなかったけどね」
「それくらいの時から、俺の事はヤバイと思っていた訳か?」
「その時は、橘と付き合うかどうか相談を受けている時期でもあったから、自分達の関係を思えば、椎名さんも結局は高坂を選ぶと思っていたんだよ。お世辞じゃ無く、橘より高坂のが、全然お薦め物件だよ!少なくとも俺はそう今でも思っているけど、旅行で本格的に自分がマズイのに気がついたら、高坂達も同じかもしれないと思ったんだよ」
「結局、お前のお薦め物件の俺とマーヤを付き合わせても良いのか?」
「俺は、一度も勧めて無いよ!真綾が選んだ人が俺のお薦めだっただけだよ」
「成程ね?俺は絶対にお前をせりに勧めたく無いよ。だけど、せりの事を管理する様な真似は今後はしないつもりだから、せりが万が一お前に転んでも生温かく見守ってやるよ!」
「その時は本当にそう願いたいね?」
少しおどける様にそう言った本庄はすっきりとした顔をしていた。多分本庄は、玲人が越えていない壁を越えているから、自分の事を少しもどかしく見えてしまっているのだろうと玲人は思った。




