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「橘くん嫌なら本当に来ないで良いんだよ?」
「大丈夫だよ。椎名さんだって家に来てくれた事があったでしょう?娘の彼氏を親が見て置きたいっていうのは割と当たり前だよ」
「そればっかりじゃ無くて、橘くんが格好良いから見たいっていう邪な小母さま達の陰謀なのよ?」
「そうなんだ?それはそっちの方が随分気楽かもね!厳しい審査の目かと思ったよ」
「それは、橘君に限っては審査の心配なんて皆無でしょう?私なんて前にお家にお邪魔した時には何も考えて無かったからいいけど、今度お会いする機会があったら緊張すると思うわ」
「うちは、御招待の話をしたら『頑張るのよ』って母が言うんだけど兄貴は結構心配するんだよ。彼女の親に嫌われると辛いからって」
「一樹さんに限って相手の親に嫌われたりしないでしょう?」
「多分有ったんじゃないの?俺もくわしく聞いちゃうと今回が怖くなりそうなんで、やめて置いたんだけどね」
親の前で絶対に彼女といちゃつくな!と一樹は言っていたから、嫌われた原因は言わなくても判った。一樹がそんなドジをするとは思えないから、彼女があまり空気を読まないタイプだったのだろうと思った。
「忍、悪いなぁ!なんかうちの母親、異様に忍の事近くで見たがってさぁ」
「そういえば玲人の家からの招待だったね?椎名さんの御両親に会う方が実は気になっちゃって、玲人のお母さんなんて全然余裕だから気にしないでいいよ。パンダじゃないけど見たい位ならいつでも玲人の家に行ったのに」
暗にせりかと付き合う前に軽く遊びに呼べよ!と言う言葉を含ませると玲人は「悪いな」と言って忍を見た。ジーと見るので「何?」と少したじろぐと「いや、おばちゃん達の悲鳴が聞こえて来た」と訳の分からない事を言ったが、忍は「今度はうちに椎名さんと一緒に来てよ」というのでそれはせりだけの方が良いと思うけどと言うと、うちも玲人で母親が喜ぶかなぁって思うし、椎名さんも一人だと緊張するからと言うと玲人も頷いた。
「何か楽しそうな相談してるのね?」
「なんだよ!マーヤか……」
「バーベキューなんて楽しそう!私もお邪魔したいなぁ」
「真綾!何図々しい事言ってるんだよ?!高坂、無視しといてくれて良いから!」
「真綾さん達が、そう言うなら、本庄君と二人で来たら?橘君だけだと気まずいと思うし」
「せりかさん、いいの?」
「真綾!」
「そんなに怒らなくても玲人の家でやるって言っても二軒合同みたいなものだし、友達が増えるけどって小母さんに言って置くから大丈夫よ?」
「俺は行かないからな」
「じゃあ、私だけでもお邪魔しちゃおうかなぁ?でも言い出して置いてなんだけど、本当に迷惑に成らないかしら?」
「全然!真綾さんが来てくれるなら、気の重い会が少し軽くなるわ」
「じゃあ、本当にお邪魔する事にしちゃうわね。もちろん高坂君のお母様の許可を頂ければだけど」
「玲人の小母さんは気さくな人だから大丈夫よ」
「マーヤ、一体何のつもりだ?!」
「私が行くと迷惑?」
「せりと忍に何も言わないなら良いけど、両親が揃っている所で気まずく成る様な事をしたら、流石に俺も許さないからな!」
「こわーい!せりかさんとバーベキューしたいだけだから、お邪魔するのを許して欲しいんだけど」
お邪魔されるのは構わないが、本当に邪魔する気は無いんだろうな?と疑わしげに見たが、真綾は失礼な事はしないわと言ったが、それは真綾基準なので何が起こるのかは分からない。なにしろ本庄に取り扱いを注意されている。
「真綾、いい加減、変な真似はやめろよ!椎名さん達は結構うまく行っているのに波風たたす気なのか?椎名さんが泣くような事になったら、俺も高坂も許さないぞ、真綾の事」
「私にとってもせりかさんは大事な友達なんだから、せりかさんの事を考えて行動するし、親御さんが居らっしゃるのに変な事なんて出来ないわよ」
「何の目的も無く、あんなに強引に割り込んだ訳じゃないだろう?」
「綾人も心配なら一緒に付いて来たら?せりかさんだって良いって言っていたじゃ無い」
自分が行くのは、それだけで橘とせりかの負担になってしまうだろうと思う。少なくとも橘にとっては、今回は本庄に来て欲しくはないだろう。
「いや、俺まで行くのは流石に迷惑掛け過ぎだから、高坂には非礼を謝っておくけど、でも、もし迷惑を掛けたら二度と椎名さんに真綾のことを、俺と高坂が近付けさせないと思う…」
玲人の家に行くおみやげを真綾と合同で持っていく事にした。駅で待ち合わせた橘と真綾は、ケーキと飲み物を購入して玲人の家まで歩いた。
「大丈夫?重く無い?」
「これくらいは平気よ。ケーキも飲み物も殆んど持って貰ってこれ以上取られたら手ぶらになっちゃうわ」
「それならいいけど、更科さんは重い物を持ち慣れなさそうだから…」
「そんな事ないわよ」
「いや、あるでしょう?本庄が女の子に重い荷物なんて持たせないよ」
まあ、事実であったので黙る。それにしてもペットボトル一本で心配されてもこれ以上減らせないだろうと思う。
玲人の家に着いて二人で挨拶をするとせりかと玲人の両方の親から歓待された。
「来て頂いて有難う!忍くんは無理にリクエストしちゃって申し訳ないけど、ゆっくりしていってね。真綾ちゃんも、玲人がお世話になっています」
「いいえ、高坂君にはこちらこそお世話になってるんです。あとせりかさんにも!」
「せりちゃんの仲良しさんだったわね?じゃあ、今日は楽しんで行ってね!」
両親達はせりかの彼氏だという少年の美貌に圧倒されながらも、礼義正しく挨拶する橘と真綾に好感を抱いた。
韓流スターもかくやと言う容貌の忍に母親達は溜息を洩らすが、夫と子供達の手前、騒ぐのは躊躇われたので、二人で目を見合わせた。
「せりちゃんの彼氏って本当に格好いいわよね」
「本当にせりかで良いのかしら?」
「せりちゃんは美人さんだもの。大丈夫よ」
大人達への挨拶を済ませ、四人でお父さん達が焼いてくれたお肉を食べるとジューシーな美味しいお肉にせりかと玲人は今日は親達が特別気張ったなぁと思う。
「美味しいね!」
橘がせりかに、にっこりと微笑むと両親達から安堵の溜息が洩れたのが分かったので、親達の方も緊張しているのだと分かって少しおかしい。
「そう、良かった!張り切って沢山用意し過ぎちゃったみたいだから、良かったら沢山食べて行ってね」
「有難う。椎名さんと玲人の家って本当に仲が良いんだね」
「うん。もう半分親戚みたいなものよ!三世帯住宅建てようか?っていう怖ろしい話に成り掛かったんで玲人が橘君の事を話しちゃったのよ」
「成程ね!玲人と将来は結婚予定だったのに、俺の存在は御両親達には面白くないんじゃ無いの?」
「いいえ。両親達もそうなったらいいなぁとは思ったかも知れないけど、望んでないのに自分達のエゴを娘や息子に押し付けようと迄は思ってはいないのよ。だけど、私達も面倒なんで否定しないで来ちゃったから、誤解してたのよ。よく一緒に出掛けるから恋人同士だと思ったみたい。それを踏まえての妄想だから、彼氏が出来たって言ったら、あっさりとその件からは解放されたんだけど『どういう人なの?』ってなったから分かり易くシンデレラの時の王子様で玲人の友達って言ったら母親達が近くで見たいから玲人に連れて来いって酔いも手伝って盛り上がっちゃったのよ」
「ああ、あの言っていたかにすきパーティーがあったんだね?」
「そうそう、旅行の翌日にうちで開催だったんだけど、あまりに疲れてて玲人と魂が飛んじゃってたの!その悪夢のかにパーティの所為で今日、橘君に迷惑掛けちゃったけど、両親達の誤解も今回のお蔭でとけたから本当に有り難いわ」
「そうなんだ?役に立ったんなら良かったよ」
「お土産までごめんね。今度特大のケーキを持って玲人とお礼に行くわね」
「それは、大家族じゃないから困るかな。母親以外は男ばかりだしね」
橘と二人で話し込むと親達の視線が真綾をからかって遊ぶ玲人達に向けられているのが見えた。
「真綾ちゃんは誰か良い人いるのかしら?うちの玲人とは、お友達なだけ?せりかちゃん達みたいにお付き合いはしていないの?」
せりか達よりもカップルに見える真綾達に小母さんが目を輝かせるのも仕方無いが、真綾には本庄という婚約者がいる。
「お友達なだけですけど、お付き合いをしている人はいませんから、高坂君が良ければ…」
そう言って頬を手で可愛らしく押さえる真綾に三人は目を丸くした。
玲人の母は、やはりせりかにだけ彼氏が出来てしまい息子が不憫だったのだろう。真綾に「うちの息子をよろしくね!」と手を握りしめた。
真綾は照れながも「高坂君の気持ちも有りますから」と暗に自分の方は玲人に好意を持っているというと玲人の母親は上機嫌で、「とにかくよろしくね♪私も大賛成だから」といって可愛い真綾の頭を撫でた。
こちらで見ていた三人は唖然とするが、せりかはちょっとやり過ぎな真綾のサービストークだろうと思うが、玲人は苦虫を噛み潰したような顔をして、橘は静かに様子を見守った。
「真綾さん、サービスが度を超えてて本庄君に怒られちゃうよ?元々このバーベキューもあまり乗り気じゃ無かったのに」
「別にサービスで言った訳じゃなくて本気よ?綾人は怒らないわ!」
「それは、彼は真綾さんが他の人と付き合っても怒らない位、心が広いのかもしれないけど良い気はしないと思うよ?」
「そうじゃ無くて、綾人は私の事なんて何とも思わないわ」
「そんな事ないわ!真綾さんの誤解よ」
「せりかさんは誤解してるけど、綾人には私は妹止まりなのよ。だから高坂君と付き合うのも割と本気よ?相手次第だけど」
「それじゃあ、せんせいが可哀想だわ!真綾さんの事とても大事に思っているのは私にも判るのに……」
「せりかさんには、解らない所もあるのよ」
「…………………でも!」
「マーヤ、お前が俺と付き合いたいなら、直接俺に言えよ。本庄に許可貰ってやるよ?」
「玲人!ちょっと、ふざけないでよ」
「だから、本庄に聞いてみるって言ってるだろう?」
「……許可が出たら付き合うっていうの?」
「まあ、あいつがマーヤの保護者みたいなものだからな。せりも許可が出てから文句言えよ。今、ここでぐだぐだ言っても始まらねーよ!」
「分かったわ……」
本庄は許可してしまうだろうと思うとせりかの胸は痛んだ。最終的に真綾が自分を選んでくれればいいとは言っていたけれど、今時点で付き合っている彼女に他の男と付き合いたいと言われるのは辛いだろうと思う。
「橘君はどう思う?」
「更科さんの事は、更科さんに決める権利があるよ。付き合っているからってずっと絶対に別れる選択権が無いのはおかしいからね。もちろん椎名さんと俺にも言える事だけどね」
橘の言う事は最もだと思う。結婚したって離婚する夫婦もいるのに、付き合いや婚約を真綾が破棄する権利が無い訳ではないだろうと思う。しかし、本庄に不実すぎるのではないかと思う。あんなにせりかの羨望する位置を独占していたのに、急にその座を捨てるのはせりかからすると真綾の気儘さが身勝手に見えた。
「更科さんが本庄と別れたら、椎名さんは俺と別れる?」
「まさか?!本気で言っているの?」
「本気だし、例えそうなっても親友だから、俺に悪いとかは思わないで考えてくれていいよ。椎名さんにも玲人の大推薦の彼氏じゃなくて、自分で自分の恋人を選ぶ権利はいつでもあるんだよ」
「橘君は今は私が無理に引き止めたから付き合ってくれているの?」
「それは、流石に心外だな!俺はそんなに奇特じゃないよ。椎名さんと付き合いたいっていう俺の意思で付き合ってるよ。もちろん」
「じゃあ、どうして何時でも別れても良いなんて言うの?」
「椎名さんの方から言い辛いかと思っているからだよ。札幌の公園で俺の事を好きだと言ってくれて嬉しかったけど、最初はそういうので俺達の付き合いは始まって無いから難しいよね?」
「始まりはそうでも今は違うと少なくとも私は思ってるわ」
彼女が橘に抱き付いて来ようとしたので、慌てて止めると流石に親達の存在を思い出した様でせりかも「ごめんなさい」と頬を染めた。
しかし、真綾と本庄が一時的にでも別れるかもしれないという事実は、せりかに大きな混乱を与えた様ではあった。橘は人知れず溜息をついた。彼女が自分に縋ってくるのは、混乱している時だけなのでそれが恋愛感情から出た行動とも思えないが、彼女の性格からすれば全く好意の無い人間にそういう言動をとらないであろう事も判っているので心中は微妙なところだった。




