62
色々あった修学旅行も最後の夜です。
「沙耶ちゃんおかえりー」
「せりかちゃんの方が先に帰ってたのね。遅くまで彼氏と一緒かと思ってたのに!」
「夕食までには帰って来なくちゃでしょう?あと三十分くらいだもん」
「そうね。今日は、広間で十勝牛御膳が出るって男子が喜んでたわよ!」
「小樽なのに?!」
「そう、小樽なのによね?でも大体みんなお昼にお寿司食べてる人達ばっかりなのを見越してるのよ。昨日も海鮮丼だったでしょう?」
「それで大きな北海道くくりで、有名な十勝牛になっちゃうのね…」
そう言いながら行った大広間での食事は、確かに石焼のサイコロステーキや、蝋で温められた少量のすき焼き等、お肉も多かったが、お造りや野菜のおひたしなどもあって、そんなにくどいものでは無かった。どちらかというと幕の内弁当の様に少量づつ色んな種類の小鉢もある御膳で、その上、すき焼きも頼めばちゃんちゃん焼に変更可能だという事だったのでせりかは迷わずそちらを選択した。
アルミに包まれてもう火が通っている物を、蝋の火で炙ると味噌の香ばしい香りがして来て食欲を刺激した。
玲人が隣だったので、つい無言で青物の小鉢をこちらに寄越すのを受け取り、ステーキの半分を玲人の方に移した。
沙耶と橘が目の前で驚いた顔をしたので、自分達のやってしまった事に気が付いた。人目がある時はやらないようにして居たのに習慣って怖ろしいと思う。
「橘くん、あれってどう思う?」
「見たのは初めてじゃ無いけど、修学旅行では控えた方がいいかもね。玲人も子供じゃ無いんだから、野菜もちゃんと食べる様にした方がいいよ」
沙耶が「注意するところって其処なの?」と橘に言うと「玲人相手に競争出来ないよ。スタート地点が遥か遠くなんだし」と言っているのを聞いて、せりかは沙耶が彼氏の前で玲人との親密な行動を橘にどう思っているのか聞いているのだと分かった。それこそ何の心配も要らないだろうと思う。すこしみっとも無いのが恥しいだけだ。
「忍も、そんなに口うるさいと、せりに嫌がられるぞ!」
「…別にそんなんで嫌に成らないから、放っておいてくれていいから…」
「そうだよ。玲人は、椎名さんが居ない時は俺に寄越してくるんだもん。流石に後輩も出来たんだから、ああいうの止めて自分で食べろよ!」
「残すのも勿体ないし、せりはダイエットで野菜を多めに食べたいから利害が一致してるからいいんだよ」
「俺とは、一致してないだろう?」
「……その時は食べる様にするよ。流石に後輩の前では、みっとも無いかもな。子供っぽくて」
「玲人、私が居ない時は橘君に甘えてたのー?!信じられない!橘君ごめんね!今度からちゃんと食べさせるから」
橘に謝るせりかに仲間たちは流石に其処は違うだろう!と突っ込みたくなったが、せりかが真剣に自分の彼氏に「うちの子がすみません」的に謝るのを生温かく見ていた。
皆は橘の反応が気になったが、取り立てて何も思う所は無い様子で、沙耶やせりかと料理の味の批評をしていた。
クラスの皆も、せりか達が付き合い始めた事が今日で判ったので、その様子に「玲人君邪魔し過ぎだよー!」と声に成らない心の声で呟いた。
「椎名さんも、とうとう折れたのかって思ったけど、玲人が天然に邪魔してて笑えるし!」
「高坂君も気にしないよね~!彼氏の前で流石にあれは無いでしょう?」
「椎名さんもあそこで、橘の方に謝っちゃうから、ずっこけそうに成ったよ」
「そうよね~。あれは橘君が気の毒になっちゃったけど、彼も何も気にしてなさそうだったわよね?」
クラスの皆の噂になる事になるが、今迄と変わらない人間関係の様子に皆も何と無く不可解ではあるが、玲人が無茶振りで幼馴染の彼女の彼氏を親友に決めた事はクラス全員の知るところだったので、漫才でも見せられているかの様な印象だった。皆もその様子が微笑ましくてくすくすと笑ってしまう。
何と無くせりかと橘が付き合っているという雰囲気も感じられないので、玲人の無意識な邪魔も受けつつ、付き合いは本当に続くんだろうか?という懐疑的な意見が多かった。
「椎名さんもダイエットの必要ないでしょう?体に悪いよ」
「そうだよ。必要無いわよ!そう言えば、せりかちゃん、ダイエットの事を前に玲人病とかおかしな命名してたわよね?」
せりかは少し声を潜めながら答えた。
「玲人は均整のとれた身体でスタイルも顔も良いのに、横に半ば強制的に居なくちゃいけなかったから、せめて太らない様にして来たのよ。それが沁みついちゃって夜はあまり食べないのよ。それに外食の時はカロリーが高めだから、3分の1位、玲人に先に分けちゃって玲人も普通のだと足りないのもあって、それで丁度良かったから、つい今みたいな事をしちゃって恥しいんだけど、皆が言う程ダイエットしている訳では無くて習慣だから、気にしないで」
「せりは、そうやって何でも俺の所為なんだもんなぁ!」
「それは、しなくてもいい苦労をさせられれば、子供の内ならそう思うわよ!今は、自分の為って思ってるから、玲人の所為にはする気はないけど、美久とかにも病気だとか言われるから、つい玲人病って言っちゃっただけで、でもそれは本当の事だし、他に言い様もないのよね」
「解るわ!玲人君みたいな人がお隣さんで幼馴染なのは羨ましがられそうだけど、結構大変だよね?色々と」
「そうなのよ。でも玲人の奴は私の苦労を何とも思ってない訳!玲人も努力が無い訳ではないんだろうけど、こっちの身にもなって欲しいわよ」
「そうだよね!せりかちゃんが大変だったのよく分かったわ」
「沙耶ちゃんは唯一の玲人の被害者同盟だもんね。沙耶ちゃんだけだよ~!気にしすぎだよとか酷い事言わないでくれるのって!」
せりかに、うるんとして熱弁をふるって沙耶と手を取り合われると玲人も少し、居心地が悪くなって来た。
「なあ、忍も俺が悪いと思うのか?」
「うーん。微妙かなぁ?お年頃の女の子は些細な事が気になるもんなんじゃ無いの?」
「なんだか、随分他人事だな。忍がせりの彼氏なのに…」
「まだ、ほやほやだからね。玲人との方がうんと親しいのを見せつけられると道は長いかなぁって思うよ」
「確かに!せりかちゃん達の熟年夫婦みたいなのを目の前で見せられると、あれくらいに成れるのって何時なのかなって思っちゃうわよね?」
「はぁ~!橘君はそんな風に思っている訳ね?」
「せりかちゃん、其処は呆れる所じゃ無いと思うよ。多分殆んどの人がそういう感想になると思うから!」
「そうなの?私は橘君とはお付き合いを始める前から、もう玲人と同じ位親しいつもりだったけど」
そう言うと橘と沙耶が頬を紅く染めたので何かいけない事を言ったのかなぁと玲人に目で聞くが「さあ?」と玲人にも分からない様だった。
「ちょっと聞いていた方が照れちゃった位だから、いくら橘君でも照れるわよ!」
と耳元で沙耶に囁かれるが、せりかにも玲人にも照れ処がさっぱり判らなかった。ハテナマークが頭の上に乗ったせりかに更に沙耶が言葉を続けた。
「無自覚かもしれないけど結構熱烈な告白に聞こえるわよ?!」
と言われたので、微塵もそんなつもりは無かったが、せりかも紅くなった。違うから!と大否定も仮にも恋人にしていいものかと悩んでしまう。
「椎名さんの言いたい意味は分かっているから、大丈夫だから!でも玲人と同列にしてくれるのはかなり嬉しいかな」
「忍も目標低いなー」
「お前に言われるとそれは、それでムカつくんだけど!」
「まあ、俺達の間に入ってくるつもりなら頑張れよ?」
せりかの肩を抱いてふざけて忍をからかおうとするが、せりかと忍の両方から頭を叩かれた。
沙耶は手を叩いて大笑いしていて、旗色が悪くなって気まずくなってしまった玲人は頭を掻いた。
「橘君をからかおうなんて怖ろしい事はしないでよ!」
とても彼女の言葉とは思えないがせりかは真剣だった。こっちにとばっちりが来たら如何するのよ?!と思う。
「椎名さん?其処は、『彼氏の前なのにふざけないで』が正しい解答だと思うよ?」
「そんな恥しい事よく言えるわね。私には悪いけど無理だわ!」
少し険悪な雰囲気になった二人に玲人も焦る。
「俺も悪かったから、喧嘩するなよ」
「「俺も?!」」
ギロリと二人から鋭い視線を浴びると玲人も危機感を覚えた。忍もせりも怒らせると厄介なんだよなぁ!沙耶に助けを求めて視線を送るが、魔王様の怖さを知ってしまった沙耶は玲人には悪いが視線を逸らした。
「サッカー部で椎名さんとの付き合いを聞かれたら否定して置くから」と忍が囁き「かにすきパーティしたいなぁって言うからね!」とせりかにも言われて玲人は青くなった。
「それは、勘弁して。俺も悪ふざけし過ぎたからさぁ!ごめんって」
「そうよ。付き合い始めの微妙な時期に、変な茶々入れられたんじゃ困るわよ!大体玲人の大推薦なんだから協力しても邪魔はしないでよね!」
せりかが勇ましくそう言うのを聞いてとても嬉しかったが、玲人と肩を並べられる日はなかなか来ないだろうと橘は思った。
ヤキモチは焼かないと思っていたが、やっぱり二人の仲の良さに少し妬けてしまった。




