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『ホテル内の土産物屋で待っています。寒くならない格好で出て来て下さい』
橘から沙耶にメールが来たので、せりかにちょっと友達と会って来ると外に出た。
最初はせりかを裏切る様で嫌だった橘への情報提供も「出来る範囲で良い」という言葉と「彼女の為に成る様にだけ使う」という言葉を信じて真綾から聞いてしまった本庄と真綾の別れ話を橘にメールで伝えた。彼は、動いた結果を沙耶に話してくれるつもりなのだろう。全く律儀な人だと思うが、結局こういう真面目さに負けて橘に協力してしまっているのだから、彼の作戦勝ちな部分もあるのかもしれないと思う。
土産物屋にいくと彼は軽く手を振って、ホテルの狭い中庭に出るドアを指差したので、沙耶も上着を着て外に出た。
「ごめんね!寒いから誰も居ないのは助かるけど、石原さんにも寒い思いをさせちゃって」
「ううん。メールで話した件でしょう?あれの所為でせりかちゃんと何かあったんでしょう?」
「うん。結局彼女の本命の本庄が更科さんと別れて、椎名さんの事が好きなんだとしたら、俺とは早めに別れた方が良いに決まってるから、今日の夕方の外出時間に別れを切り出したんだけど、彼女は泣いて嫌だっていうんだ。…それ自体こう言っては何だけど予想外で…元々彼女が俺の事を好きで付き合い始めた訳ではない事は知ってるでしょう?お互いにリハビリと勉強になればっていう付き合いだから、別れたく無いって言われるとは正直思って居なかったんだ。でも本庄達の事を今、付き合っている段階では彼女に教えられないし、却って意固地になってしまって俺が退こうとするのを許さ無いと思うんだ。だからそれを言わないで何とか分かって貰おうとしたんだけど、失敗してしまって……」
「橘君、唇にグロスのラメがくっ付いてるから拭いた方がいいわよ?それって付いちゃうと結構しつこいのよね~」
沙耶が言うと、橘は僅かに顔を紅くしたが、その後、はぁーと溜息を吐いた。
「橘くんからした訳じゃ無いのは分かってるわ。帰ってきた後、せりかちゃんが急に『女の子の方から迫ったら男の人って引くのかなぁ?』って聞かれた時はこっちが引きそうになったけど、喜ばない男の人の方が少ないんじゃ無いの?って答えたら明らかにホッとしてたから、何か有ったのはもう分かっていたから少し意地悪だったかもしれないけど、判かってると思うけどせりかちゃんは、そんなに軽くそういう事が出来る子じゃ無いのよ?本庄君の事を聞いたら確かに気持ちは揺れるかもしれないけど、それも含めて彼女を受け入れてあげて欲しいの。だって女の子からそういう事が出来る事自体、男の人には判らないかもしれないけど、確実に橘君の事が好きになってるのよ?」
「それは、本庄の事を知らないからだとも言えるよね?」
「違うわ!せりかちゃんは、橘君とは波長が合うって言ってたわ!付き合い始めてから、気持が変わる事だってあるし、付き合う前から既に好きだと思う気持ちが無かったら付き合わないと思うの。だから結果的にせりかちゃんは、橘君を選ぶかもしれないのに橘君が手を離しちゃったら、せりかちゃんだってどうしていいのか分からなくなるわよ」
「それは、長い間、彼を想う椎名さんを石原さんが真近で見ていないから思える事だよ。確かに人の気持ちは変わるかも知れないけど、婚約者のいる本庄を間近で見続けてずっと忘れられなかったのに、俺とまだ付き合い始めたばかりで、俺の方を選ぶとしたら、同情か二人を別れさせてしまった罪悪感からだよ」
「例え、そうだとしても、今は彼女は貴方の事を見てるのよ?この先振られそうだからって、先に振っちゃう程、狭量じゃ無いわよね?橘君は」
「実際そうしようとしてしまったから、狭量なのは否定出来ないけど、彼女に絆されて結局別れられなかったから、石原さんには、嫌な役目を押し付けてしまったのに、それを活かせなかったから謝りに来たんだ。本当にごめんね。元々嫌だって言っていたのに…」
「悪いと、もし思ってくれるなら、せりかちゃんが別れたいって言うまでは真剣に向き合って欲しいの。最初から、本庄君の方に行ってしまうんだなって思って付き合ってもうまく行かないと思うし、橘君に悲壮感が漂っちゃって見ていられないわ!この話のメールを打つ前から、なんだか悲観的だったわよね?どうして?」
「虫のしらせって奴かも…。何と無く本庄の様子で、彼が彼女の事を想っているんじゃないかって、ずっと思ってたんだ。唯の友達では片づけられない感情が本庄にあるのは、実際判ってたから、彼が彼女を好きだと聞いても驚かなかったよ。驚いたのは更科さんと別れた方だよ。彼らは従兄妹でもあるからそんなに簡単には別れないと思っていたんだ。更科さんの事も過保護な位、大事にしていたしね」
「そういう事だったのね。橘君に厳しい事を言ってしまっている自覚はあるけど、女の子の方からキス迄して縋って引き止めたんだから、気持ちは汲んであげて欲しいのよね!」
「そうだね。俺も彼女が万が一でも俺を選んでくれる様に審判の時が来るまで頑張る事にするよ」
「多分せりかちゃんは、橘君が初めてだと思うけど、ファーストキスは重いのよ…橘君の方は大分慣れていそうだけどね?」
「いや、彼女とはシンデレラの時に事故でしちゃってるから実は初めてじゃ無いんだ」
「っ!!あれって本当にしちゃってたの?!」
「振りの予定だったけど、本番で本庄が椎名さんに目を瞑るようにアドバイスしたらしくて、そうしたら、どうしても体勢を保てなくてね」
「役得ね~?!橘君も!」
「いや、彼女に謝り倒されて逆に凹んだし、その後、告白したけど本庄が好きだからって玲人と一緒に振られて散々だったよ」
「……せりかちゃんも何気に天然系悪女なのね!結構不憫な話を聞かされると、いまさっき言った事が極悪非道に思えて来るわ」
「そんな事ないよ。石原さんは友達思いなだけだし、俺の事も考えてくれての事なのは、よく分かってるし、本当に感謝してるから!」
「そう?これからも私はせりかちゃんと橘君の為に何か出来たらって思ってるから、それだけは覚えていてね」
「分かった。最終的に俺が手を退いた時は、彼女の事を思っての事だからその時は許してね」
「橘君はこんなに格好良いのに随分自信が無いのね?不思議だわ」
「椎名さんって面食いじゃ無いんだよね。知ってた?」
「本庄君だって顔はかなり良い方だと思うけど……」
「顔で惚れたんじゃ無いんだ。中身なんじゃないかな?俺は本庄よりも玲人の方が良いと思うけどね?」
少し茶化す様に橘が言うと沙耶も少し笑ってしまった。
「とにかく寒い所、ごめんね!」
「ううん。また報告待ってるからね」
「石原さんは手厳しいから怖い気もするけどね?」
「ラメは本当に早めに落として置かないと不味いからね」
手で橘がゴシゴシとこするが、沙耶がそれじゃ駄目だとコートのポケットからウェットテッシュをくれて、それで拭く様に言った。
「せりかちゃんにも注意して置く?一応塗らないで貰った方がいいわ」
「…いや、そういう事は無いだろうからいいよ…」
「そうなの?取り敢えずは言わないでおくけど、鏡は持っていた方がいいわよ」
「色々と気を揉ませて申し訳ない」
「いえいえ、結構楽しんでますから大丈夫よ」
「結構趣味が悪いね?」
僅かに黒い微笑みを橘が見せると「きゃー!これが魔王様の微笑みなのね♪」と沙耶が言ったので、せりかが何を言っているのかが少しバレてしまい、「明日の小樽は楽しみだね?」と橘が言うのをせりかに申し訳ない気持ちで沙耶は聞いた。しかし、今日の話を含めると話せないので心の中だけでせりかに謝った。
部屋迄結局魔王様が送って下さったので、「お手柔らかにね」とだけ釘を刺すととても綺麗に橘は笑ったが肝心の返事は返ってこなかった…。




