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幼馴染の親友  作者: 世羅
1章
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とうとう文化祭二日目のせりか達の劇の上演日になった。


せりかは、緊張で朝から食欲も無かった。せめてもの救いは相手役の王子様が、実際にも陰ながら憧れている王子様という一点につきた。


何をしてもそつなくこなし、面倒事も厭わない橘は、人間としてもせりかの理想形だった。あんな風に自分もなれたらいいと思う。橘の傍にいられる権利を手に入れたいと迄は、思い詰めた想いではなかったが、彼が、笑いかけてくれたり、話したり出来た時には、少しハッピーな気持ちになれる。なんだか片思いっていいなと最近のせりかは思ってしまっていた。今迄にそういう感情を持った事が無かった為、こういう恋の仕方もアリかな?と思う。なにも報われなくてもいいのだ。報われれば面倒な事も一緒に付いてくる。本人とも合わないところも出てくるだろう。せりかにとっては、今が一番の最良で幸せな状態だった。故に、いくら美久や弘美にせっ突かれても告白する気なんてさらさらない。『誰かに取られちゃうわよ』なんて美久達はいうけど、その時は、あの橘が選んだ相手なら納得出来そうだった。今迄、毎日小さな幸せとときめきをくれる存在の橘に感謝すらしていた。それは彼に特定の彼女が出来たとしても寂しくは思うと思うが、無くなってしまう思いではないと思う。


今日はそれだけ思い入れのある相手との共演なのだから、失敗は許されない。セリフもダンスも完璧に覚えた筈だったが、それでも何度も台本を見直してしまっていた。当の本人の彼は、『間違っても分からないから大丈夫だよ。俺もその時は合わせるから慌てないで落ち着いてね』と相変わらず完璧なフォローぶりだ。しかし、立場は相手も同じ事を思えば相手にばかり甘えていられない。自分も今日は完璧でありたいと思うと余計緊張して来てしまうのだった。




家族席チケットは二枚迄で、玲人の両親の分も考えると足りなかったのだが、美久が親が来る予定がないからと二枚融通してくれた。弘美もそれを知っている為、ケーキとジュースのお礼にと玲人に二枚渡してといって渡してくれた。玲人は、もしかすると美久達が融通してくれる事を分かっていて先日過剰な御馳走をしてくれたのでは無いか思う。今時、あまり親など文化祭になど来ない。それを思えば、一番近しい二人がチケットを譲ってくれるというのを予想したとしてもおかしくはない。


皆で見に来られるのは恥かしいのだが、人生で多分、初めてで最後の主役だと思うと嬉しそうに玲人の小母さんと来る算段をしている親を止める気には成れなかった。




橘が王子様役だと知れるや否や、五組の劇は注目の的だった。橘もサッカー部の先輩達に強請られてチケットを融通してもらっていた。普段同じクラスでも無ければ見れない橘の王子姿を見たいと思うのは当然だろうと思われた。しかし、サッカー部の先輩は、もちろん橘が見たい訳ではない。橘と玲人にガードされているお姫様のせりかを見れるのを楽しみにしているのだが、鈍いせりかに分かるはずも無い事だった。


用意した席が足りず、立ち見客も多い中、「一年五組版シンデレラ」が幕を開けた。


一般的なシンデレラは、舞踏会に行きたくても、行けなくて泣いている所に、魔法使いが現れていドレスや馬車や、靴を用意してくれるが、五組版シンデレラの性格はまるで、せりかの様であった。


義理の母と義姉達とは犬猿の仲であるが、伯爵家の爵位の継承権はシンデレラに有り、実質家の中を、取り仕切るのはシンデレラであった。


「おかあさま、お義姉さま、無駄遣いはお止しになって。どうしても舞踏会に行きたいのでしたら、私の言う事に従って頂けなくてはお許しできませんわ」


地味な灰色のドレスを見に纏ったシンデレラは、きつくそう言い放った。


会場が、高飛車で気の強いシンデレラに笑いが漏れた。


「まずは、ドレスは、私が作って差し上げるから、服飾の業者などお呼びにならないでね。今の時期は高くされてしまいます。宝石類は、新たに安物など、お買いに成らずとも、伯爵家が管理しているなかでドレスに合う物をお借ししますわ」


「わかったわ。シンデレラ。あなたの創るドレスは、売っているものより素敵だもの!」


義姉達は嬉しそうに、シンデレラの言う事を聞く。義理の母も渋々、頷く。


「それから、使用人を遅くまで待たせる訳には行きませんから、十二時までにはお城の門のところに帰ってらしてね。それより遅かったら置いて行きますから」


小姑のようなシンデレラだが、家の女主人としての威厳と慈愛に溢れていた。


其れからは何枚ものドレスに、ミシンを踏むシンデレラの奮闘場面となり、舞台上の健気なシンデレラに基本的に努力家の多い、この学校の生徒の共感を呼ぶ。


「お姉さま達の分は、出来あがったから先に行ってらして下さい。私は、後から行きます」


義姉達は、シンデレラ作の趣味の良いドレスに身を包み、まだ会った事もない王子様を思い、夢心地で出掛けていく。


シンデレラは一人残って、ミシンを踏み続ける。


そこに、お決まりの魔女が登場する。周りの噂で、継母達にいじめられて、舞踏会に行けないであろうシンデレラを助けに来たのだが、丁重にお断りされてしまう。


「わたくし、お父様にタダで人様からものを貰ってはいけないと教えられていますの。私もそれは、道理に適った事だと思っていますので、すみませんが頂けませんわ」


「でも舞踏会にいけなくなってしまいますよ」


魔法使いは必死に言い募る。実は伯爵と共に登城するシンデレラを見初めた王子からの使いだったのだ。喜んで来てくれると思っていた為、困って唸ってしまう。


なんだか困ってしまった魔法使いを見かねたシンデレラが、魔法使いの懇願を受け入れる形で魔法に掛かる。


魔法使いが杖を振ると、ぱぁーと今迄の灰色のドレスが紅色の美しく華やかなドレスに変わる。皆、魔法のシーンは無いと思っていた観客は急な手品のような早変わりに驚きの声を上げた。


すこしスモークをその後焚いて、大振りなイヤリングやネックレスと巻き毛のウイッグに華の髪飾りを手早く付けると観客からは、拍手が沸いた。まだ劇の中盤なのだが…。



馬車に乗る陰で、口紅やアイシャドウが施される。


お城の広間に立った、シンデレラの美しさに、フロア中の皆が見惚れるという設定だが、客席も先程の早着替えを見ている為か、キラキラのシンデレラに息を吞む。


それからは、見せ場のワルツである。待ちかねた王子様が駆けより、皆でワルツを踊る。一番の見せ場である。


優雅に踊る群舞に客席からは、溜め息が漏れる。華やかでいて統制の取れた動きは圧巻であった。王子様の橘の美麗さも際立った異彩を放っており、父兄の間でも、滅多に見れない、本当に物語に出てきそうなキラキラ王子に会場がどよめいたのがはっきりと分かった。


流石の現実主義なシンデレラも美し過ぎる王子に言い寄られてアタフタしてしまう。これは演技の設定だが、演技だと分かっていても橘の甘い言葉にアタフタしてしまうのだから、脚本がありがたい。夢見がちな女の子ではなく、現実的な子を落とす、かぐや姫のような美しさを作るのだと言って、演出の荒井から、橘には毎日の肌の手入れの指示や、眉を整えられたり、軽く舞台用に化粧まで施されていて、本当に、月に帰って行ってしまいそうな美しさと色香を湛えていた。そして、王子はシンデレラに婚約を申し込むのだが、驚いたシンデレラは、会って間もないのに、そんな事を急に言われても…と躊躇する。全くもって現実的である。普通、そんな簡単に人生決められるものではない。そこへ十二時の鐘が鳴ってしまう。なり終わらないうちに、シンデレラは門迄走って、屋敷に戻って行ってしまう。王子さまは追い掛けるが、ガラスの靴だけが、残されていて、この靴の持ち主と結婚すると言い張り、一応、皆にチャンスがある様に演出をする。結婚もドラマティックにしなければ、国の祝い事も効果が、半減になってしまうからだ。こうして、シンデレラの所まで辿り着くのは夜になってしまう。


月夜に、現れた王子に今迄の経緯を聞いたシンデレラは、王子の聡明さに惹かれて、結婚を了承する。そして最後のキスシーンである。前の時に、ぱっちり目を開けたままのせりかに、本庄が、顔が近付いたら、目を閉じる様にアドバイスしてくれていた為、せりかは顔の角度と立ち位置に気を使いながら目を閉じた。しかし、目を瞑ると平衡感覚がおかしくなる事には気が付かなかった。少し揺らめいてしまうのを如何にか橘が支えてくれる。もうすぐ幕が下りると思った所で、事故は起きた。どうしても傾いてギリギリで留まっていた唇が、かすってしまったのだ。橘もせりかも内心はパニックだが、周りには気付かれていない。元々、そう見える演出なのだから。せりかは橘に直ぐにでも謝りたい気持ちになったが、劇を最後まで演じ切った。


会場からは、割れんばかりの拍手が起こり、カーテンコールに主役のふたりで出る事になった。二人で出て行くと興奮したお客さんから拍手と歓声が起きた。劇が成功した事を感じ、せりかと橘は深々と頭を下げて、また幕が下りた。


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