58
徒歩で二人でホテルに戻ると沙耶は部屋に戻っていた。
「おかえりー!どうだった?今日のデートは?」
勢い込んで聞いて来られる程、何か有った訳でも無いのに少し期待を込められた目に困ってしまう。
「楽しかったよ。なんだか、玲人と歩くのとは少し違ったけど、緊張感無さ過ぎでこれで大丈夫なの?って感じだったけど観光は楽しかった!元々彼とは波長が合うから一緒にいても自然で楽なのよね」
「なんだか初デートから、初々しさがないのねぇー?」
「だから、彼との間にそういうのが出てきたらその方が吃驚だって昨日も言ったじゃない?」
「待ち受けは?OKくれた?」
「うん!これってバカップルっぽくて一回やって見たかったんだって!彼っぽくなくてそれは可笑しかったけど見る?」
「うん。いーの?………うわー!このアイドルの写真集の一枚みたいなのが、うちのクラスの委員長とは思えないわね!!」
「うん。元が、元だけど、この写真は雰囲気出てるでしょう?カメラマンの腕も褒めて?」
「すごいすごい!せりかちゃんが商売したくなる気持ちが分かったわ~!道端でも売れそうね?」
「それやったら、どんな目に遭わされるか判らないけどね!」
「みんなにも自慢に行こうよ!」
「彼は誰に見せてもいいとは言ったけど、まあ、美久達くらいならいーか…」
メールをしてから遊びに行くと、待ちかまえていた様にせりかの話を聞きたがった。沙耶は聞き方に容赦が有るからいいけど、こちらの女子部屋は少し辛いところもある。
「手くらい繋いだの?!」
「いーえ。繋いでません…」
昨日まで唯のクラスメイトだったのに、そんなに急にラブラブな訳ないでしょ?!と突っ込むと沙耶も同意の意を示す。
「そうよね~!そんなに急に変われないかもね~!まして勘違いしそうな男共とは違って、あの出来過ぎな王子様じゃねぇ~」
そう言われると少し反発したくなってくる。
「以前に彼のお兄さんに貰ったチケットで八景島にいった時は腕くらい組んだもん!」
「えっ!何?聞いてないんですけど?!」
「橘君のお兄さんに会ったの?やっぱり格好いいの?」
「一遍に聞かれると困るけど、お兄さんも格好良いよ。あとお母さんもすっごい美人だよ!」
「せりかって橘くんの家に言った事があったのね?何で言わなかったの?」
「それには、ちょっと事情があったんだけど、大分前の話なの!それより真綾さんは帰ってきてないの?本庄くんと一緒なのかしら?」
「ううん。玲人くんが面白いからゲーセン連れてくって言って真綾ちゃんを引っ張ってたのよ!」
「ああ、玲人って真綾さんの事、構い倒すの好きなのよ!彼氏がいる前でもお構い無しにやっちゃうから、参るわよね」
「高坂君らしいけど、結構いい雰囲気なのよ?大丈夫なのかしらー?高坂くんもせりかに振られてから目が行く子がせりかの好きな人の彼女っていうのもねー?!」
ここには事情を知る者しかいない為か、口が軽くなって美久はそんな事まで言ってくる。「こっちは初デートの帰りなんですけど?!」と睨むと「ごめーん水注した?」と聞くので「思いっきりね!」と答えると流石に悪乗りしたのを反省したらしい。
「それで上手く行きそうなの?橘くんとは?!」
じゃーん!とケータイの待ち受けを見せるとすっごーい!と歓声が上がる。まあ私の腕の力も大きいけどね?
「彼とは、結構思ったよりもうまくやっていけそうよ」
せりかが言うと美久と弘美が「「いいなぁ!」」と言った。沙耶も笑って「良かったね!正直心配はして無かったけど…」と言った。心配要素はゼロなのはせりかにも分かる。
皆はうまく行ったのか一応聞くが、本当にあんまりな感じの可能性が有る場合は、相手が話出すのを待って聞くか、如何だった?とか止まりだろう。
「皆も観光楽しかった?」
「うん。本庄君が皆の意見聞いてくれて、予定立ててくれるから、すごいスムーズだし、玲人君がいるとそれだけで、場が華やぐっていうか楽しくなるよねー!」
沙耶が言うと二人も頷く。聞くとエスコートぶりも其処までやるの?!とせりかが思ってしまう位のすごさに少しだけ気楽な二人旅で良かったかも?と思ってしまった。
本庄は真綾の事を世間知らずの様に言うけれど、本庄自身も若干普通の高校生には無い振舞いをする事を自覚した方がいいよ!と思った。今度注意しておこうかと思うが、女性陣はご満悦の様なので余計なお世話かもしれないが…。
「じゃあ、本庄君と橘君だけ帰ってるのね?」
「奇襲掛けちゃう?彼氏の方は喜ぶんじゃないの?」
「からかわないで!そんな訳無いでしょう?彼氏って橘君なのよ?私と付き合い始めたからって急に人格変わる訳じゃないから!」
「そうねぇ。やんわり、しっかり怒られそうね?」
「そうそう!そう言う意味では本庄君も結構厳しいから、私と沙耶ちゃんが帰った後でもしない方がいいと思うよ?あの優しげな見た目に騙されると痛い目見るよ!」
「せりかって彼氏に辛口だよね~!あと怒られるかもしれないけど、本庄君にも結構、辛辣だよね?一緒に班行動してても完璧に優しくてスマートだし、真綾ちゃんの彼氏じゃなかったら!って思う所が一杯だったのよ?!」
「まあ、そうだろうね。納得はするけど、皆も一回やんわりキツク注意を受けて見るといいのよ!直ぐに私の言った意味が分かるんだから!」
「怖いもの見たさもあるけど、落ち込みそうだから、止めておくわ」
「そうだよね。本庄君にこんこんとお説教は想像してみると厳しそうかも?」
「そうなのよ。私が毒舌で言っている訳じゃないの分かってくれた?後、今はもう橘君と付き合っているんだし、真綾さんに聞かれても困るから、本庄君の事は言わないで欲しいんだけど?」
「そうよね~。ごめんね。でも今回の班行動で、何でせりかが、本庄君の事を好きに成っちゃったのかだけは分かったわ!高坂君とかもいるのに~って思ったけど、転ぶわね?!あの雰囲気に」
「そうよねー!私も一回、クラっと来たから分かる~。一種独特な雰囲気と包容力があるわよね~」
真綾が居ないのを良い事に皆で本庄の話題で盛り上がる。今迄、せりかを通しての付き合いだったのだから、今回そう思うのは一歩譲って仕方が無いとしても、せりかの言った事は何処に消えてしまったのだろうか?
黙ってせりかが聞いていると、車道側を歩いてくれたり、彼女だけに特別扱いをしなかったりと彼の紳士ぶりの話題が続く。あとやっぱり普段から思うが所作が綺麗だと口々に言う。特に物を食べる時などが顕著で、一緒に食べていると緊張してしまうと言った。
なんだか皆も、せりかが半年間の片思いの相手をようやく振り切れたので、タガが外れてしまった様である。
今迄は気を遣ってくれていたのだと感傷的になりそうになるが、もう少し頑張ってくれてもいいんじゃないのか?とせりかは一人でむくれた。
そりゃあ、本庄の良い所なんて、分かってるし、今更言われても聞くまでもない。しかしここで一緒にそうだよね!って盛り上がるのは流石に無理だろう。携帯に目を遣ると桜の中に佇む彼の姿を見て和む事にする。皆もこういう使い方をしているのかなぁと思うと待ち受けにする意味もあるのかも知れない。
橘からメールが来てお菓子をそのまま持って来ちゃったけど、明日渡す?という内容だったので、直ぐに貰いに行く事にした。
部屋には本庄と橘がいたが、一人は彼氏だし、もう一人はせんせいだ。なんの躊躇も無く部屋に入ると橘は少し笑って、「もう少し警戒されたいね」と囁くように言うので「信用してるから無理!」と返すと、椎名さんに一本だな!と本庄も笑った。
「玲人が真綾さん引っ張りまわしてるらしいわね?ごめんなさい」
「何でお嬢さんが謝るの?別に真綾が付いて行ったんだし、高坂が居れば安心でしょう?」
「玲人らしいね?気にし無さ過ぎだよね!」
橘も楽しげに言うので、「まあ、そうなんだけど、本庄君が気にしないのなら別にいいけど、言い辛かったら私から言っておくから言ってね?」と言うと、頭を軽くゆすって「大丈夫だし、真綾と高坂の問題だから」と言うので、何だか腑に落ちない物は感じたが、頷いてお菓子を貰って出て行こうとすると、橘が部屋まで送ってくれると言ってきたので、本庄の手前、気恥かしかったが、うまく行っていた方が、彼もホッとするだろうと思い、送って貰う事にした。ホテル内で送るって彼氏っぽいなぁと本日二度目の感想を思った。
「写メ見せたら、アイドルの写真集みたいって言われたから売ったらどんな目に遭うか分からないって言っておいたわ」
「どんな目に遭うと思ってるの?」
聞いて来る目が既に怖い。冗談だってば!魔王様写真集を学校で売った時の粗利益なんてちょっとしか計算してないよ?と心の中で言い訳するが心をお読みになる千里眼体質なのを忘れていました。
「ふーん思ったよりも本気なんだね?」
お付き合いする様になっても甘さは出ないのにこのヒンヤリ感は一緒だなぁと思う。なんだか理不尽な気がする。
「いいえ、そんな事したら、退学になっちゃし!」
「そうだよねぇ!聡明な椎名さんがそんな馬鹿な事で退学になって欲しくないよねぇ~」
本当に今は聡明だなんて魔王様は思ってらっしゃらないだろうがコクコクと脅えて頷くとにっこりと微笑んだ。相変わらず艶やかな微笑みでいらっしゃる。
今迄は思っても言えなかったが、ここで、色気駄々漏れなスマイルな事を、少し言っておこうという気になった。
「あのね。昼間橘君が、彼氏になったからって注意してくれたじゃない?反対の事をしたいんだけどいいかな?」
くすくす笑って「良いよ。楽しみだなぁ!何?」と言われたので言いやすくなった。
「初めて見た時も思ったんだけど、橘君って笑うとぱぁーと華やかになるよね?」
「そう?あまり言われないけど、そうなのかな?それで?」
「笑わないでって言うのは勿論無理なのは判っているんだけど、とっても艶がでて急に雰囲気が変わってフェロモン駄々漏れ状態になるのね?」
「………それで?」
「私とか近い人達は慣れもあって耐性があるけど、人によっては、腰に来るって言ってるの聞いちゃったのね?」
「…腰にって椎名さんは意味分からないで言ってるかもしれないけど、結構会話としては際どいから!気を付けて!」
「じゃあ、それは無かった事にして、不特定多数の人達に直撃しちゃって、せんせいとかは、橘君男子校に行かなくて本当に良かったなって言った位なのね?」
「本庄のやつ!椎名さんになんて事言ってるんだ?!」
「今のも無しにして………」
「…無しにしなくていいから!結局時と場合を考えて気を付けて笑えって事を言ってくれたいんだよね?」
「うん!良かった。分かってもらうの大変かと思った!」
「助言は有り難く聞かせてもらうよ。何か、他にも気を付けた方が良いかなって事があったら言ってくれる?」
「うん!私の方もよろしくお願いします」
「なんだか、今迄はずっと其処まで踏み込んで言ってあげたくても言えなかったのが言えるように成るっていいね!」
「そうだよね!やっぱり唯の友達が言うのは、分が超えてるから、言えなかったのよね!少し付き合ってる実感が出てきたね?」
「ははっ。そうだね~。でも本来の付き合いだと、もう少し違う面で思うものだから、警戒心を持って欲しいかな?」
「そう言われると、猫みたいに成っちゃうよ?逆毛立てて…」
「中間はないんですか?お嬢さん?」
お嬢さん呼びは本庄を思いおこさせるので止めてほしい。しかしこの男の場合わざとの可能性が高いのでスル―しよう。
「心がけるわ?」
なるべく爽やさを心がけて微笑むと橘も「そうしてね」と注意した艶やかな微笑みをせりかにだけ向けた。……怖過ぎてやっぱり私には腰に来るとかは分からないわね!とせりかは思った。




