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せりかと橘が二人で抜け出すのを、心の中では驚きで一杯だったが、顔はいつもの表情を保った。
二人が付き合う事になったらしいと真綾から聞かされた時には一気に血の気が引いた。
「昨日の夜、話し合って付き合う事にしたって言ってたわ!」
「そうか………」
「綾人がさっさと、さくっと昨日好き!って言っちゃえば、せりかさんだって橘君の手を取らなかったのに!!」
「彼女は、ちゃんと納得しなければ、俺の事を受け入れないよ…」
「そこを納得させちゃうのが、綾人の阿漕な特技でしょう?!せっかく使い処だったのに、こういう所で活かせないんじゃ綾人のトコの会社の将来も知れてるわね!」
真綾から辛辣な言葉が飛ぶが、真綾と別れて迄、手に入れたかった女性があっさりと他の男に持って行かれてしまったのだから、彼女が怒るのも無理からぬ事だろう。
「沙耶ちゃんからの話しだと、橘くんと高坂くんの説得にとうとう折れたみたいよ?まあ、あの橘くんの事だから、素直なせりかさんを言い包めるくらい造作もない事でしょうけど!」
「真綾!橘は確かに周りが思ってるよりも腹黒いし、策士だけど、人を騙す様な奴じゃ無いんだ。だから、椎名さんの事もうまく彼女を誘導したかもしれないけど気持ちが無ければ絶対に出来ないから、二人がうまく収まるようなら、俺は何も言わないでいる事も考えてる」
「っ!せりかさんは綾人の事を今でも好きなのに、よくそんな勿体ない事が出来るわね!せめてせりかさんと親戚にでも成れないと私も浮かばれないわよ!」
親戚!ってそれは、随分話が飛んでいるだろう?!と思うが、真綾は発想が高坂と近く、二人とも周りを気にしない振り切れた性格なので、気が合うのだと思った。
「兎に角、椎名さんが橘を選ぶ選択をした以上、俺が今告白したとしても、彼女は橘も真綾も裏切らないだろうから無理だと思う」
「随分弱気なのね?!綾人らしくないわ?綾人なら、橘くんだってうまくなんとか自分から別れる様に持っていけるでしょう?彼だってせりかさんの気持ちは分かっている筈だし!」
「それは、俺が彼女を好きだと言えば、橘はあっさりと退くと思うよ?そんな策略を練る程もないくらいにね?」
「だったら、せりかさんじゃ無くて、橘くんの方に私と婚約解消した事を話しちゃえばいいのにー!」
「橘に身を退かせたら、椎名さんは流石に俺を許さないよ。彼女はそういう卑怯な事をして許してくれるほど、好きな奴に盲目的になれる人じゃ無いんだ…」
「じゃあ、どうするつもり?指をくわえて見ているつもりは無いんでしょう?」
本庄がふっと微笑む。
「やっぱりねぇ~!何が二人がうまくいくなら何も言わないよ?結局うまく行かせなくしてから告白する気だったんでしょう?」
「今は、勝算が無いから、少し待つけど、真綾に辛い思いをさせて、そのまま何も収穫無しじゃ余計に申し訳ないから、出来るだけの手はじわじわ打つ!まずは、高坂を攻略しないと始まらない」
「高坂君を?!将を射んとすればって奴?でも遠すぎない?」
「いや、彼が、納得すれば、後は転がる様に上手くいく筈だけど、それだけに、ここが一番難関でもあるんだよ。早くしないと橘に彼女を完全に取られそうだし…でも高坂は、橘と友達だから、橘よりも俺の方に付かせるのは、彼女の心が揺れていないと難しいから、そこも何とかしないと行けないんだよな~!」
「高坂君の言う事ならせりかさんが聞くって訳でも無いと思うけど?大丈夫なの?!」
「なんでもは勿論聞かないけど、高坂の椎名さんに与える影響力は、見た所、一番だよ。それは、高坂が椎名さんの事をよく考えているのを彼女が知っているからだ。だから、彼が此方を選択すれば、自然と高坂が橘を退かせる結果になる。彼女が、橘を裏切れない性格なのは判ってるんだから、搦め手でいかないと、椎名さん本人に行くのは得策じゃないんだ」
「そんなまどろっこしい事してる間に橘君に心奪われちゃうんじゃないの?結構良い感じで二人で出掛けていったじゃ無い?」
「そこが一番の悩み処なんだよなぁ!俺が女だったら、橘の方が俺よりも良いと思うし、更に言うなら高坂が本当は一番お薦めなんだよな~!椎名さんも勿体無い事するよな~。わざわざ、腹黒い方に付いていかなくてもな~!」
「こらこら、其処で他人事に感想言ってる場合じゃ無いでしょう?自分の方に向かせる努力をしないと!」
「なんだか真綾にお尻を叩かれるのって微妙で、そこも引っ掛かって頑張れる気がしない!やる気だして本当にいいのかな?って思う」
「何を今更?!私の所為で振られたって言われても困るって言ってあったわよね~?それを負けの理由には絶対に使わないで頂戴!例え橘君にせりかさんを取られても自業自得だし、私は慰めないからね!」
「分かったよ!お前を言い訳には勿論しない!自分でなんとか活路を見い出すから、真綾は高みの見物でいいよ。俺が足掻くのをせいぜい良い気味だ!くらいの気持ちで見ててくれよ?」
「嫌よ!こんな面白い事に関わらない筈ないでしょう?仲間外れにしないでくれる?!」
ちっと舌打ちする綾人の顔を見て真綾は、「殊勝な事言ったって、そんな手に乗る訳ないでしょう?」と艶然と微笑んだ。そんな言い方で余計な手出しをさせないなんて、やっぱり真綾を見縊っているのだと思う。
しかし、少しだけ綾人の真意が見えない。もしかすると邪魔をする真綾を牽制しておいて、二人がうまくいっても良いと思っているのでは無いかと思う節もある。やろうとしている事もまどろっこしい!
此処は、とにかくは綾人の言った通りに真綾が高坂に色々とバラしてあげよう。
綾人の味方ではないかもしれないが、高坂はせりかの味方なのは確かだ。その辺から攻めてもいいし、寧ろ、橘に自分から綾人と別れた事を告げても良い。勿論、せりかにもだ!真綾は本庄の本当にやろうとしている事の妨げになるのかもしれないが、真綾は真綾の考えで動く。例え、それが誰を幸せに、誰を不幸にしたとしてもだ!
結局、ぐちゃぐちゃになった後に、収まった所が収まるべき場所なのだと真綾は思っている。自分だって、綾人のところには収まらなかった。それが結果としてでた以上はそれが最善だと思っている。だから、これから穏便に済まなくても皆が自分の気持ちに正直になって、その上でぶつかり合って落ち着いた所が今の時点の最善なのだと思う。
皆、難しく考え過ぎるから糸が絡まる様にこんがらがって雁字搦めになってしまうのだ。もっと単純にどうして考えられないんだろう?
早速、高坂の傍に言って相談があるの!と動き出す。結果がどう成るのかは皆の気持ち次第だ。話したら高坂はまず、どう出るのだろう?
きっとそこから何かが動き出す………。真綾はそれを見ているだけだ…。
「実は綾人と別れたの。お互いに従兄妹以上の関係に成れなかったの」
「マーヤ、それは、せりも知ってるのか?!」
「ううん。言えて無い。だって言おうとしたら、せりかさん、橘君と二人で行っちゃったんだもの」
「本庄がマーヤを振ったのか?」
玲人の口調がきつくなる。真綾に同情してしまっているようだった。
「違うわ。ずっと思ってたけど、良い機会だから、私から切り出したの!だって綾人、せりかさんの事ばっかり目で追ってるんだもの!従兄妹としてはちょっと情けないっていうか、ちゃんと男らしく行けばいいのに!って、もどかしかったのよ」
「でもマーヤの彼氏だったんだろう?」
「実質は何にも無いわ!名ばかりで保護者に近い感じよ?他に好きな人が出来たんならさっさと行って良かったのに、綾人も律儀よね~!その間にせりかさん、橘君とうまく行っちゃうんだからこっちは目も当てられないわ!」
「マーヤは本庄とせりがくっ付いても良いのか?」
「いいも何も無いわ!せりかさんの事は大好きだし、うまく行ってくれたら親戚になれるかもしれないのに…綾人がもたもたしてるから!」
「……本庄は本当に本気でせりを想ってるのか?忍と出掛けても顔色一つ変えなかっただろう?」
「強がってるのよ!私から見たら血の気が引く音が聞こえたわ!せりかさんに告白しようとしていた矢先だったんだもの。それに橘君とじゃ邪魔できないじゃ無い?友達だし!」
「せりも友達の彼氏盗っちゃう訳にいかないって言ってたもんなぁ~」
「それって……もしかしてせりかさんも綾人が好きだったって事?!」
白々しく真綾が驚いて見せると玲人は苦々しく頷いた。
「もうちょっと早く言ってくれよ?!俺が無理やりくっつけたのに今更別れろなんて言えねーよ」
「でもせめてお互いの気持ちも判らないでこのままなんてお互い不幸だし、橘君だってそれでいいとは思えないわ!」
「そうだな…。今日は取り敢えずお試しの付き合いだから、傷が浅い方がいいだろうから、俺から忍にお前達の事と本庄の気持ちを話すけどいいのか?」
「勝手にって言う事?!別に構わないわ。遅かれ早かれ知れる事なら、早い方がいいに決まってるわ!」
さばさばと言う真綾に本当に二人の間には何も無かったのだと分かると玲人は悔しくなった。やはり忍にこの事は言わないで済ます訳にはいかないと思う。それからは忍にせりかとの関係を続けられるか止めるかを委ねるべきだろう。しかし、無理やり頼んでこんな残酷な事を親友に言わなければ成らない事は辛い。かと言って黙っているのが親切では無いだろうというのは分かる。
やはり、結果的に人の色恋事に首を突っ込んでしまった報いなのだろうか?と玲人は思う。結局、心配だったといっても無理やり部外者がどうにかしようと強制するには無理があったのかもしれないと深い後悔が玲人を襲った。




