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真綾に投げかけられた言葉に息を吞む。
寝不足の為に、少し痛む頭で考えるが、真綾は本庄の真意に気付いてしまったのだと分かる。
ずっとずっと一緒だった従兄妹の彼女の瞳は、湖面の様に静かに透明に本庄の姿を映していた。
「別れましょうとは、言えないわ。だって私達付き合っていたのかさえ、あやふやな位、綾人に付き合おうって言われてから何も変わって無いんだもの」
真綾の言う言葉は、本庄の胸を抉った。変化が無い事を特段気にして居ないと思っていた真綾は、ずっとあれから本庄の仕打ちに耐えていたという事なのか?!
「ごめん…。俺は、……真綾の事を傷つけただけだった…」
「そうね。でも、裏切られた訳じゃない事は解ってるわ。私が、綾人の家族で、綾人の求める物をあげられるって思ってたけど、結局無理だったってだけなのよ」
真綾には、真綾に依存する本庄の本心が判っていても、尚、救いの手を差し伸べていてくれていたという事なのか?と驚く本庄に真綾は微かに微笑う。
「何処かで最後は、綾人は私を選ばないって思ってたの。ずっと前から…実際彼女がいた時も、最後は私のところに帰って来るなんて思っていた訳では無かったの」
「じゃあ、何故俺が付き合おうと言った時に頷いてくれたんだ?」
「あの時、綾人は、とんびに油揚げを攫われたら困るから、付き合おうって言ったわ。…ずっと綾人のお嫁さんに成るのが夢だった私はその言葉に跳び付いてしまって、ようやく他の女性じゃ無くて私を見てくれるのだと有頂天になったけど、………攫われたら困るのは、本当かもしれないけど、結局あの言葉は、元々は私は綾人の所有物だったって貴方が思っていた事を物語っていたわ!綾人がようやく手に入るって思った私が、直ぐに気が付いて目を覚ますには十分な言葉だった…。でも、夢から覚めても夢が続いていたら、綾人だったら、自ら覚醒する勇気がある?私にはそれが無かったから、ひたすら夢の世界を歩いているような気持ちで夢が終わる瞬間がくるのをずっと待っていたのかもしれないわ。だって夢の中で人は生きていけないでしょう?」
本庄は唖然とした。あの時の焦りで自己保身の為だけに真綾を縛りつけた言葉は、真綾にこれだけの負の気持ちを与えてしまっていたのだから…。
「真綾……ごめん…真綾は俺の大事な…宝物だったのに…」
本庄の胸は張り裂けそうだった。自分の愛する幼い少女はお人形だった訳では無い。ちゃんと自分の意思が存在していた筈なのに、どうして自分はそれを見ずに来れたのだろう?
「綾人はおそろしく勘が鋭いけど、私に対しては、ずっと一緒だったから判っているつもりなのか、ひどく鈍いし、ガードも甘く成る事、気がついてる?私だって綾人といない時間も結構あったし、小さい頃の様に何でも話したりする訳じゃ無くなっていたのよ。綾人にとって私は小さな可愛い従兄妹でいて欲しいと思っている事も分かっていたから、ずっとそう振舞ってきてしまったけど…演じ続けた自分が駄目だったっていうのは分かってるの。結局は本当の素の自分で体当たりして行かなかった私も悪いのよ!」
「それでも、真綾は、そうしてでも俺を選んでくれたのに…俺は真綾を裏切った!」
「最初から夢だと分かっていたのだから、現実に帰るだけよ!出来れば大人になる迄夢の中に居たかったけど、それでは大人に成れないわ…不健全でどうしようもない御飯事をしていても仕方が無いのよ!!私達は、……最初から最後まで、ずっと従兄妹だったというだけ!私も気付いていたのに、わざと綾人の気を引く為に箱庭から出て行かない私を綾人がお人形の様に感じたとしても、そう思う様に仕向けて来たんだから仕方がないわ。そんな女性を綾人が選ばないのは当然だったのよ」
「俺は、多分、今迄真綾が居なかったら、生きて来れなかったと思う…」
「それこそ思い込みよ!多分、私以外の他の何かをみつけていたと思うし、普通は子供が生きる意味なんて考えないものなのよ?綾人が人より早くにそういう問題に直面しちゃって、子供なりの納得の仕方をしただけなのよ」
「普通は考えないものなのか?!」
「ふふっ!当たり前じゃない!遊ぶ事と楽しい事しか考えないわ。生きてるのは当たり前なのよ。生まれて来た意味を考えたりする哲学的な子供だった綾人が変わってるのよ!」
「それは、子供らしい子供では無いのは分かっていたけど、皆もそういう事は他人には言わないだけで、心の中では考えているんだと思っていたんだ」
「みんな誰かの為に生きている訳じゃ無くて、自分の為に生きているし、生まれて来た意味なんて死ぬ時にだって分からないわ。きっと!」
「俺が少し考え過ぎだったって言う事なんだろうな……」
「分かっていたのに教えなかった私も、相当性格が悪い子供だったわ。だって教えたら綾人が私を構ってくれなくなるかもって思って、教えたくなかったの!綾人は私をずっとお姫様扱いしてくれていたんだもの」
「そうだったかもな。真綾は俺の宝物だから、俺が守らないとってずっと思っていたからな。あの頃は」
「だから、みんな自分本位に生きているのに、綾人だけが、罪悪感を抱えなくてもいいのよ?私だって、自分の為に綾人が悩んでいるのを見捨てたわ」
「それは、子供だったんだから、自分の利益優先なのは仕方がないだろう?例えばお菓子だって大きい方を選ぶだろう?」
「綾人は無意識だったかもしれないけど、いつも大きいほうや、イチゴが多く乗った方のケーキを私にくれたのよ?私はそれを良い事に綾人に甘えまくちゃったけど、綾人を甘やかしてくれられる人と出逢えたら、それを私は喜んであげたいの…。もちろんそれに私が成りたかったけど、でも今は、そういう人と巡り逢えて生きる意味を考えなくても、見つけようとしなくても良い位、綾人が幸せに包まれたら、私も恩返しと罪滅ぼしができるのかな~と思うくらいには、大人になったのよ。優しくなったでしょう?」
「真綾は、昔から優しいよ!ただ素直じゃなかっただけだ」
「そうね。素直に綾人の間違いを正してあげて、もっと早くに私が居ないと駄目だと思う誤解を解いてあげられれば良かったけど、子供だったし、仕方が無いわよね?!」
「俺が、捻くれて馬鹿な子供だっただけで、真綾は悪い事なんて一つも無い!!真綾に辛い思いだけさせたと思っていたけど、それも俺の自惚れと奢りだったって思うよ。真綾は、自分の為に生きて自分の道を進んでいるのに、勝手に俺が閉じ込めたかの様に思ったのは、俺がそう思い込んでいただけなんだな」
「そうよ。綾人はちょっと頭でっかちで考え過ぎだから、良い事を考えないのよ!人間あまり考えすぎないで、欲望に忠実な方が幸せになれるのよ?もちろん法の範囲でだけどね♪」
「真綾のいう通りなんだと思う。生まれてから初めて思ったけどな!」
「綾人って結局そういう上から目線のところが有るから、せりかさんに好きなままでいて貰えるのか、不安だわ。唯でさえ彼女には良い部分しか見せて無いのに、こんな人だと判かっても綾人を好きでいてくれるのか心配になっちゃうわ~!それに、あの橘くんが超やる気出してせまってるのよ?旅行中に靡いちゃわないか心配ね。班行動も別だし?」
「お前、何処まで解ってたんだ?今迄?!」
「さあね。どこまでかしらねぇ?綾人には幸せになって欲しいけど、悪いけどまだ応援する気までは成らないから、邪魔しても恨まないで頂戴ね?!」
「………………」
女はとても逞しいのだ!本庄が思うよりもずっと…!!




