42修学旅行編
修学旅行編1です。
橘に休戦協定を本庄に頼んで申し入れると、「別に戦ってるつもりは、全然無かったけど、椎名さんがそう言うのなら…」とあっさりと認められたので、更にメールで『二人の見解の相違で生じた溝を埋める為に、話し合いたい』と送った内容は却下されてしまった。返事には、『余計にこじれる可能性もゼロでは無いので、旅行が終わってからにして下さい』とあっさりとした文面が返ってきた。
少し、解決の兆しが見えて来たと思ったところの拒絶は、せりかをがっかりさせたが彼のいう通り自分達の為と周りの事を思えば、付き詰め無い方の道の方が堅実で良い様に思えた。
皆の複雑な思いを乗せて、飛行機は羽田を飛び立った。
飛行機の中では、隣に沙耶が座り、色々と他校にいる彼氏との話を前の人に聞こえない位の声で教えてくれた。
「どっちから告白したの?!」
「向こうからだけど、いきなりって感じじゃなくて、もうお互いに好意があるのかな?っていう段階だったから、一応ダメ押しって感じで、「付き合って下さい」とかって言われるのが、憧れだったのに、「俺達そろそろちゃんと付き合おうか?」ってなんだか上から目線で、なし崩しっぽい言い方だったけど、それでも嬉しかったのよねぇ。今にして思えば、最初に主導権、握られちゃって、もう少し、遣り様が有ったかなって思うのよ!」
「成程ね~。告白が、うまくいってもめでたし…で終わるシンデレラとかとは違って、続きがあるものね~!」
せりかがいたく感じ入った様子で言うと、沙耶は吹き出した。
「せりかちゃんって年齢よりもしっかりしてて大人っぽいのかと思ってたけど、意外と可愛らしいというか…変な意味じゃ無いんだけど、擦れてなくて、純粋で放って置けない感じなのよね♪」
「そうなのかなぁ?何だか、最近色々な、誤解の賜物みたいな私に対する見解を聞かされてるから、沙耶ちゃんも良く取り過ぎだと思うよ。単に、世間知らずで思い込み激しくて、周りに迷惑掛けてるとしか思えないもん。最近は本当にごめんね!橘くんとは、一時休戦したから、楽しく旅行出来ると思う。沙耶ちゃんには一番迷惑掛けちゃって、本当に悪かったと思ってるの!」
「ううん。玲人くんと橘くんも、もしかして、せりかちゃんと同じ様に思ってるのか分からないけど、班行動の予定表作りとか、殆んど二人がしてくれちゃって行く事になったところも私が一応いってみた希望のところが全部入ってて、もしかして気を使われてるのかなって却って心苦しいくらいなの。だって流石にテディベアの博物館まで予定に組み込まれた時には、一応言ってみただけだから!って止めたのに、いいからって橘くんに微笑まれちゃって何も言えなかったわ」
「橘君達なりに気を使うのは当然だけど、わたしも世界のテディベア見たかったから嬉しいし、あの二人もクマと一緒に写真とってあげようかしら?」
「玲人くんは、良いって言ってくれるかもしれないけど、橘くんは無理でしょうねぇ」
「ふふっ!そうね」
おしゃべりしているとあっという間に新千歳空港に着いた。北海道って近いなぁと思う。確か、前に行った事のある沖縄は倍近く乗った覚えがあった。
空港に降り立って、荷物をとりに行くと、オレンジのバンダナを付けた黒いバッグがくるくると回っていた。同じバッグにサッカーボールのキーホルダーが付いているのが玲人のだった。
玲人が、両方のバッグを抱えて、せりかに「行くぞ」と言って荷物の半券を取った。
せりかは、小走りで後を追ったが、荷物は、玲人がバス迄運んでくれた。人目は気になったが、玲人の気持ちが、少しずつ穏やかなものになって来ている様に思えて嬉しかった。
バスは、玲人が沙耶と隣に座ってしまったので、橘と隣に座った。長い函館までの道中で、少しは関係の改善の糸口くらいは、掴めるかもしれない。バスはクラスの人しか乗っていないので、一緒にいても問題は無い筈だと思う。
久しぶりに向き合う事に僅かな緊張を覚えるが、相変わらず、端正な顔立ちには感嘆する。この人はどんな時でも、美しさを損なうという事は、無いんじゃないかと思う。例え、彼自身がそう望んでいなかったとしても……と考えていると橘から声を掛けて来た。直接話すのは何日ぶりだろう?相変わらず、低音でも高音でもない、耳触りの良い声だった。
「話すの久しぶりだと緊張するね…」
やけにしんみりと、橘が言うので、せりかも少し懐かしさを感じた。思えば、一年以上の間、玲人よりも長く一緒にいた相棒だ。色々と相談し、ど突き合い、からかれたり、遊ばれていた感はあるが、一番話しやすい友人だった。実際に打てば響くといった感じなので、話していても楽しい。彼の黒い計画に巻き込まれながらも、緻密な計画な、それは、倫理的に人間性を疑うものはあったが、他人に損害を与えるものではない事を、一緒にいて誇らしく感じていた。
今回、怒ってしまったのは、明らかに彼が、せりかに害になる計画に乗ってしまった事が大きい。いつもの彼のそういう所を好ましく思っていたのに、ポリシーに反した事を選択した彼に、裏切られてしまった様に思えた。勝手な幻想を抱いた幻滅かもしれないが、せりかに直接関係する事を思えば、せりかの怒りも正当な物だと思う。
「……そうね。久しぶりに橘くんの声を聞いたら、…懐かしいって思っちゃうくらい話してなかったのね。私達」
「うん。懐かしいって俺も、今思ったんだ。だけど、それは言ってはいけないのかと思った」
「私が怒っていると思っているから?」
「いや、気分を重くさせるかもしれないと思って」
「それは、今回は先送りにする事に決めたでしょう?旅行中は普通にしましょう」
「なんだか、こんなに長く、関わらない事が高校に入ってから無かったから、普通がよく分からなくなってるのかもしれない。椎名さんに何処まで踏み込んで話せていたのか、何処まで許されていたのかが思い出せないんだ」
「じゃあ、今日から、新しい関係を始めましょう?それじゃだめかしら?」
「いや、じゃあ、改めて、よろしく。……せりりん♪」
「あのねー!こんなにしんみりしてたのに、よく其処でその冗談が出て来れるわよね!」
「これから、そう呼ぼうかな~♪」
「イメージが狂うわよ?周りを失望させたくないなら止めたほうがいいわ」
「別に誰も失望なんてしないんじゃないの?旅行中だけは、マジでせりりんでいこうかな~?」
「くまと写真撮るわよ?!」
「相変わらず、脅し文句が、面白いね。椎名さんは…」
「やっぱりテディベアとの写真はキツイみたいね?」
「それは、キツイでしょう?部活で、ずっと、せりりんが…って聞いてたら、なんだか俺も、もうせりりんで良い様な気がして来たけど、椎名さんが嫌みたいだから止めるよ」
「実は、今、一番呼ばれたくない呼ばれ方なの。身の毛もよだつせりりん話を聞いたばかりなの。別に、せりかって呼び捨ててくれても構わないけど、せりりんだけは勘弁して!」
「わかった。でもやっぱり、新しい関係を築いたばかりだから、今はやっぱり椎名さんが、しっくりくるかな」
「そう。くまの話は無かった事に今は…するわね?」
「結構、根に持つね?」黒く微笑む彼からは、いつもの色香が溢れ出すが、そんな事に今更怯むせりかでは無い。
「それは、これから始まった、私達の関係性で決まるって事じゃ無いかしら?旅行中には、気も変わるかもしれないじゃない?」
「そうだね。椎名さんの気も変わるかもしれないってことだよね?」
と笑った彼は、先程の笑顔よりも、意識的に相手を絡め取る微笑みを浮かべた。
流石に、それに気付いたせりかは、そういう意味じゃ無いから!と必死に言い募るが、そういう意味ってどういう意味?と言われてしまい、あえなく返り討ちにあった。せりかの中で、橘忍をしつこくからかわない方が身の為だという教訓が刻まれた瞬間だった。
まだまだ続きます。




