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「お嬢さんさぁ、そろそろ橘達のこと許してあげないと、せっかくの修学旅行、楽しく行けないと思うよ?」
「別に怒ってなんかないわよ?むしろ玲人には、こっちの我儘で迷惑掛けちゃった訳だし、出来ればこっちが許して貰いたいわ」
「…じゃあ、怒っているのは、橘に対してだけか…。気持ちは分かるけど、あいつも考え無しな奴じゃないし…」
「それはいつもだったら、彼の事信頼しているし、例え目的が真っ黒な事だったにしても付いて行けるけど、今回はとてもじゃ無いけど大丈夫なんて思えないわ!橘くんの彼女って思われたら、私に普通の幸せなんてやって来ないと思わない?」
「それは言い辛いけど、お嬢は気が付いてないけど、そういう風に既に少しは思われてるよ?この間の時も、まだ付き合って無かったのか?って少し噂になった時の感想がそれだったらしいから。だから、あまりにも今更な感じな話で、広がらなかった訳だけどね。まあ、お嬢さん達は一緒にいるとバランスがいいし、雰囲気がしっくり来るからね」
「それは、クラスのみんなは違うって分かってくれてると思ってたわ!」
「うん。クラスのやつは、普段のじゃれ合いというか、ど突き合い?…を見せられてるから、仲が良すぎて逆に違うだろうって思ってるんじゃ無いの?」
「じゃあ、他のクラスとかっていう事?」
「全部じゃないけど、曖昧に、つきあってるのかなぁ?位の認識だよね。もちろんみんなの関心が薄い訳では無いけど、橘が一緒に歩く女の子はお嬢さんに限定されてるからねぇ。段々には、じわじわとそう思われて行っても仕方が無いけどね…。そんな曖昧な感じなんで、お嬢さんのファンとかは違う!って思ってるらしいよ。人ってはっきりしない事については、自分が信じたい方に解釈しがちだからね」
「ああ、伊藤先輩が言っていたサッカー部の奇特な人達の事ね」
「そこが今は中心みたいだね。お嬢さんも橘程じゃ無いけど猫被りだから、聞いたらちょっと引くかもって思う、ずれた認識されてるみたいだよ?」
「本庄君に言われると、そこは傷つくものがあるわね!橘くんとか美久とかには何とも思わないけど、やっぱりせんせいも私の事をそういう風に思っていたわけね?」
少し咎めるような視線を向けると、本庄は苦笑しながらも、「でもね」と話を続ける。
「情報が全て間違って流れてたりしてる訳じゃないから、気を悪くしないで欲しいんだけど、ちょっと誇大広告に近い感じなんだよ。俺からしたら、そんな理想をしょって歩いてるみたいな子って既に二次元の世界にしか居ないと思うけど…。せりりんって言われてるのは知ってるよね?情報で聞いた事をそのまま言うけど、…せりりんは美人で可愛いくて、学年首席を取る程頭が良くても、それをひけらかしたりしない慎ましくて控えめな性格で、それにシンデレラより白雪姫のが似合うんだって!まあ、おおまかには間違ってはいないから否定のしどころも無いけど、後半は少し思い込みが入ってるよね?控えめな上品な人だと俺もお嬢さんの事をそう思ってるけど、それと相反する人間的な部分も見てる訳だよね?対して、片側からしか見て居なさそうな、そういう盲信的な思い込みってちょっと引くでしょう?!」
「…かなりドン引きだわ!何でまた、そんな極端な話が流れてるの?誇大広告なんてものじゃなくて、詐欺に近いんじゃないの?!その美化っぷり、どうかしてるんじゃ無いの?寒気がするわ…」
「だから、気を悪くしないでって言ったじゃん?」
「それは、せんせいの私への見解の思考が駄々漏れになるけど、許してって意味かと思って聞いてたもの!」
「それは、それも含めて許してくれると助かるけど、元々、解っても困る様な見解はして無いよ、多分」
「相変わらず、その辺り完璧なのよねぇ~。将来が心配になるわ。勿論真綾さんのだけど!」
もしかして良い様に掌で転がされているんじゃないかと思うが、決してこちらを不快にさせない本庄をいつもの事ながら見事だと思う。
「それで、ここから本題ね!」
「まだ本題に入って無かったの?もうお腹いっぱいだわ!」
「サッカー部を中心にってさっき言ったけど、今はそこが戦場化してて高坂と橘で応戦してるんだって!ちょっと訳が解らない話で、最初聞いた時は俺も中々理解出来なかったんだけど」
「戦場化って、戦いってことよね?!の平和な日本の高校にまた似合わない大袈裟な言葉が使われてるのねぇ。感心しちゃうわね」
「それが、一概にそうとも言えない所があるんだ。二組の安藤って知ってる?」
「ううん。悪いけど…」
「その安藤ってサッカー部の一人なんだけど、お嬢の事を紹介しろって高坂に詰め寄ったらしいんだ。サッカー部だけで彼氏募集中の噂が流れてるじゃん?あれって不思議に思わない?」
「あれは伊藤先輩が、競争率下げるために他には言うなって言ってくれたから、そこで止まってるらしいわ。真綾さんの時といい有り難いわね」
「それが成立したのって、うちのクラスの奴と、その安藤しか目撃していないからなんだよ。高坂に用事があってうちのクラスに来たところで、あの遣り取り見られたらしいから」
「それで、その安藤君が部活内で広めたのね?」
「広めたというよりも、高坂に詰め寄ってるところを、せりりん同好会の仲間に見られたってところかな」
「また、気味の悪い名称つけないでよ。趣味が悪いわよ!」
「ごめん!まあ、そんなで五人くらいの知れるところになった訳。先輩とか部長達とかも知ってるみたいだから、もう少し人数が多いかな?」
「それで、別に紹介くらいしてくれたって構わないわよ?実際、彼氏募集中も嘘じゃないんだし」
「~っ!それを言われると高坂と橘が報われなく成るから絶対言わないでやって!!」
「何でか解らないけど、分かったわ」
「それで、高坂に、サッカーで勝ったら紹介しろ!っていう奇妙な展開になったんだよ…」
「本当に奇妙だけど、それって運動部のノリなの?私をだしにして、新しい遊びでも見つけたんじゃないの?」
「まあ、そういう考え方もあるけど、本人達は到って真面目に戦ってるらしいんだよなぁ」
「それって部活で普通にサッカーやってるだけじゃないの?」
「そう言われるとお嬢の言う通りって気が俺もして来たけど、高坂は絶対に紹介したくないらしいんだよ」
「橘くんじゃなくちゃ許さないって言われてるもの。玲人にしては意固地で、しつこい拘り持っちゃってるから、罪悪感があるこっちからすると、はっきり逆らえないのよね。前に話した件じゃないんだけど、無理やり家族愛を強要したのに、私からそれは止めにしようって言って関係がおかしくなった結果が今なのよ。もしかして、せんせいは聞いてる?」
「いや、知らなかったけど、それは結構思いきったね!お嬢だって寂しいだろうし、高坂と気まずくなるのも目に見えてただろうに…」
「そういう自分のエゴで、玲人の事を縛っちゃいけないと思ったの。受け入れる事も考えたから、二者択一だったわね、こっちも。そうしたら玲人からは、自分を選ばないなら忍を選べっていわれたのよ。自分の納得出来る人じゃないと嫌だって言われて、あんたは私のお父さんか?!って突っ込み入れたかったけど、結構雰囲気が深刻になっちゃって、何も言い出せなかったの。久々にそんなんで弱気になってたら、急に橘くんからオッケーの返事が来ちゃうし!あの悪魔、何を考えてるんだか?!聞こうにも今は近付けないし、電話もあるけど口利きたく無いのよ!子供っぽいけど」
「じゃあ、高坂の事を怒って無いんなら、橘と真綾をトレードしようか?そうしたら楽しく行けるでしょう?」
「無理よ!理由は他にもあるけど私達、W委員長チームって言われて、目立ってるのよ。もちろん彼がいればそれだけで、そっちも漏れなく目立つでしょうけど!」
「そこ、忘れがちになるんだよなぁ。そっちは確かに何とかなってもこっちの勝手な班変えは目立つよな。しかも委員長自らじゃシャレにならないか~!」
「せんせいにしては、穴の多い企画ね…他にも色々と成立しないトコロだらけよ?」
「真綾がせりかちゃんと同じ班がいいから、橘に変われって、せっ突いてるんだよ!最もらしく『避けられちゃってるんだから~気まずいでしょう?お互いに!』とかいうから、それも有りかなって思っちゃたんだ。真綾、高坂とも気が合うでしょう?石原さんも大人な人だし、いい機会かなって思ったんだよ。俺がいると、どうしても自立しない所があるからさ。でも野放しに出来る程、安心も出来ないし」
「本庄君も真綾さんが絡むと目が曇るのね~。何だか惚気られたのかしら?」
「まさか!完全に考え無しだっただけだから。これからは思い付きだけで物を言わない様にするよ」
「いいのよ。年相応の本庄君でいても、許される場所では、その方がいいと思うわ」
「…………………」
本庄は一瞬だけ虚を突かれたような表情をしたが、微笑んで「そうかもね」と言った。
「結局、橘君との誤解は、彼の中でも判っていたから、付き合っても大差無いって結論になったのかもしれないけど、彼の中では小さな違いでも、私の中では大きいから、その辺りの溝を埋めるべく頑張ってみる事にするわね。私達の所為で、周りまで気まずくなったら悪いから、溝が埋まらなくても、一時休戦を申し込んでおくわ。大体が、沙耶ちゃんに悪いしね」
「お嬢さんなら、そう言うと思ってたよ」
本庄は、本当は、二人からせりかの面倒をみてくれと頭を下げられていたので、班分けはどうあれ、せりかに付くつもりだった。そして、高坂に真綾の面倒を見てもらうつもりだった。
しかし、せりかが、こういう風に言うだろう事は想像に難くなかったので、結果的にはこう落ち着くだろうとも思っていた。
せりかに、「許される場所では年相応の本庄くんでいたら?」と言われた時、不覚にも泣きそうになった。自分に何かを期待する訳でもなく、無条件に受け入れてくれる存在が他に存在しなかった本庄にとって、せりかは聖女のような特別な存在だった。相手から離れられないのは、せりかでは無く、むしろ本庄の方だった。
本庄にとっての許される場所は、まさにせりかのところだけだった。だからこそ、自分から離れて飛び立とうとするせりかを、知らない誰かに取られたくないのは、高坂よりも自分の方だと、本庄は許されない思いを自覚してしまい苦々しい気持ちになった。




