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今日は、珍しく若宮から、生徒会のお手伝いの声が掛かったので、昼食はそちらで取る事になった。
昨日は玲人の強引な行動に吃驚したが、橘の了解を何て言って取ったのかを、いくら聞いても教えてくれなかった。
幸い、せりかの困惑の様子を見て取った、沙耶が、「とにかく強引にせりかちゃんの彼氏は、橘君って決めるのは、いくら何でも選択肢が無さ過ぎだから、保留にしてあげなさい!!」と玲人を叱ってくれたので、あの後は、なんとか収拾がついた。
玲人と長い間、組んでいただけあって、沙耶は自由人な玲人の扱いに慣れているし、玲人も色々と世話になっているので、頭が上がらないお姉さんの様な存在なのだ。しかし、普段の穏やかな性格から、あんなにはっきりと玲人を叱った事等、今迄無かった。やんわりと苦言を呈していただけの様に思う。
友の厚意が、せりかの窮地を救ってくれた…。沙耶にはあの後、沢山、お礼を言ったが、突然の玲人の暴走の原因を聞かないでくれた。何か有ったのは、想像に難くない筈だったが、こちらからの、相談が無い以上、踏み込んでこない沙耶の優しさがせりかの心に沁みた。玲人が、せりかの事を真の意味で許してくれて、この騒動が治まったら、沙耶には本当の事を話そうと思う。
橘には、近寄らない様にしてあの後、一日を過ごした。周りに付き合っていると周知されてしまったらもう、逃げ場が無い。いつも殆んど一緒なのに却って不自然では有ったが、周りにも、玲人と橘が、せりかをからかって居るだけ…というのには苦しい状況だが、それでもせりかが困るのを分かっていて、玲人の言う事を受け入れた橘の傍に居たく無かった。
いつもは一緒に生徒会室まで橘と行くが、今日は、直ぐに教室を出て、一人で生徒会室に向かった。
丁度入口のところで、若宮と伊藤と会った。
「ごめんなさいね。急に呼んでしまって…」
「いいえ。用事など特に無いですし、大丈夫ですよ!」
中に入って昼食を食べ始めた。
「今日は、せりかちゃんにしか声を掛けてないから橘君はこないから」
安心してっていう笑顔でせりかを見るっていう事は、三年生にまで、昨日の事が伝わっているのだろうか?!と思い、驚愕の表情を向けると若宮は軽く首を振った。
「大丈夫よ!噂で聞いた訳ではないから」
ホッとして力が抜けるが、昨日の一件を若宮は知っているようだ。
「伊藤くんから、聞いたのよ。サッカー部では、少し話題になったらしいの…」
驚いて、伊藤の方を見ると、伊藤は、いつものからかいの色のある笑みを見せた。
「俺が聞いたのは、せりかっちが彼氏募集中で、玲人が幼馴染で過保護にも、橘と無理やりくっつけようとしてるから、自分達も立候補したいって言ってる部員がいて、揉めるまでは行かないけど、玲人に詰め寄ってたんだよ。俺からすると、玲人にせりかっちの彼氏を決める権利があるのかって言ったら、まさか無いだろうから、せりかっちの事、気に入ってるなら自分で直接行けって、言ってやったんだ!だから、急にそういうのが、うようよ告白に来られたら吃驚すると思って、今日は、此処に来てもらったんだ。昼休みとか教室にいるとやばいからさぁ!」
「………………有難うございます」
「何で、玲人がせりかっちの彼氏選定委員みたいになってるのかは、分からないけど、どうせ、玲人が誤解して、仲を取り持ってやろうとかって盛り上がっちゃったってトコだろう?玲人ってそういうお祭りっぽいの好きだからさぁ!でも俺とかは、二人の関係見てるから、ちょっと解せないっていうか、妙な物を感じたから、この間のお友達みたいな騒ぎになる前に話を聞いておこうと思って来てもらったんだけど、もしかして話したく無い事だったら、無理には、いいから聞かないけど、でも、力になれる事もあるかもしれないから、他の奴に絶対に洩らさないって誓うから、話せる部分だけでも話してみてくれないかな?」
せりかは、真綾の事件を収めてくれた、伊藤が、此処まで真剣に言ってくれているのに、誤魔化したりなど出来る筈も無かった。
「実は、玲人と橘君には、半年くらい前に告白されて、それを断っているんです。好きな、人が居るので…」
さすがにせりかの告白の内容は二人の予想を超える物だったようで驚きに伊藤と若宮は、顔を見合わせた。
「でも、好きな人には、好きになった時点で、もう彼女がいたので…気持ちだけは伝えたんですけど、結局振られてしまったんです」
まあ、判っていた事だし、当たり前なんですけど…と付け加える。
「それは、せりかちゃんも辛かったわね。友達二人に告白されて、断るのも、辛いし、恋人のいる人を好きになっちゃうのも…ねぇ」
「それで、あの二人共、振っちゃうほど、いい奴なんだ?その好きな奴って?」
「はい…。それで、私はまだ、彼の事が好きなんです」
「はぁ~?!半年も前に振られた彼女持ちの事を???」
「しつこいですよね~!自分でもそう思ってますし、気持ちも最初の頃より、ドロドロして来ちゃって、流石にもう諦めなくちゃいけないと思い始めて…それで、新たな恋を探そうかなと思う。と言う様な事を、玲人に話したんです」
「その、好きな奴って、近くにいる人なの?」
「はい。同じクラスで、彼女の方も同じクラスで友達なんですけど、彼女は私の気持ちは知りません。彼女はこの間、玲人と噂になって助けてもらった子なんです」
「「!!」」
「その位近い距離にいるので、たまに無性に彼女が羨ましくなってしまったりする自分が嫌なんです。無理やり恋愛するっていうのは、おかしい事なのは判るんです。でも……」
「それで、玲人が、橘を無理やり勧めて来た訳ね。…アイツよく自分が立候補しなかったなぁ?」
「それは、されたんですけど、」
「「やっぱりされたんだ!」」
「でも玲人は私にとっては家族と同列の存在なので、恋愛対象にどうしても見れないって断ったんです」
「「…………」」
二人は玲人が可哀想過ぎて黙ってしまった。ずっと長い事、思っていた幼馴染に二度振られるだけでもかなりの事なのに、その上、彼女には、恋愛対象から外されるって、望みが無さ過ぎて不憫過ぎる。
「そうしたら、玲人が橘君にしか私を任せたくないから、橘君と付き合えって無茶な事を言い出して…余りにも無茶だったんで、相手もある事だし、撤回してくれるの待ったんです」
「うーん、たしかに玲人はちょっとネジ跳んじゃってるねー。そりゃあ、ちょっと無茶苦茶だよな!橘だって半年前に断っちゃってるんだろう?」
「はい。でも、昨日いきなり玲人がみんなの前で「忍が付き合ってくれるって!」って勝手に承諾を取り付けて来ちゃって…もう、あの猪突猛進な玲人が、何と言って、橘くんを口説いたんだか分かりませんが、結果玲人の思惑どおりという事になりそうだったんです。無理やり、外堀埋められて……!」
「結果、助かったって感じだけど…サッカー部の後輩達の間じゃ、『椎名さん争奪戦』が繰り広げられてるよ。他に飛び火しない様に、ライバル増やすなよ?!って他に言わないように一応言い含めておいたから、今のところはサッカー部内の一部だけの話なんだけど…」
「一応、友達が、ネジ跳んだ玲人の強引な行動を、おかしく感じたみたいで止めてくれて、保留って事になったんです。でも玲人を止められる子ってその子か橘くん位なので、片方はもう、向こうとグルなので、その子が止めてくれなかったら、募集中どころの話じゃ無くて、私は、橘君の彼女って噂が、ぱぁーっと流れてますよ!!」
せりかがそういうと不謹慎だが、伊藤が吹き出した。
「グルって、あれだけ仲良いじゃん。せりかっちと橘って…」
「兎に角、あんな裏切り者知りません!私は、普通の人がいいんです!橘くんの彼女なんて称号貰っちゃった後じゃあ、普通の恋愛なんて夢のまた夢です!彼だって分かってる筈なのに、いけしゃあしゃあと、『気にしないで、大丈夫、自分も丁度修学旅行前で彼女が欲しかったし…』とかって最もらしい嘘八百言っちゃって、真っ黒な笑顔で、私が否定しようとするのを止めるんです!」
すこし、興奮して、橘への怒りを露わにするせりかに、二人も同情の目を向けた。
橘忍、……あの天使のような風貌で、やる事が黒過ぎる…。元々、そういう種類の人間であろう事は、若宮と伊藤は判っていたからこそ、会長候補にしたのだが、実際に身内のように思っている、せりかに、実害が及ぶと、話は変わってくる。会長として必要な資質とは、全くの別の話だ。
「あのっ!!サッカー部のその、私の彼氏に立候補してくれそうな奇特な方々の中で、橘くんと張り合えそうな人っています?!勿論、顔じゃなくて、腹黒さ加減でっ!」
二人は可哀想な子を見る様な目で、せりかの事をみつめた。
この可愛い子の彼氏が、橘に勝てる腹黒いのが決定打になるって、それは、玲人じゃなくても止めたくなるだろう!二人もせりかの事が心配になって来て、玲人の気持ちが少しというか、大分解る気がした。橘も、そうだから引き受けたんじゃないのか?と先程まで、棚ぼたをうまく利用する腹黒王子の図…から、考えを改めた。
「とにかく、橘に敵う腹黒くんと付き合おうなんてチャレンジャーな事は、止めて、もう少し落ち着こうよ…。ね?!」
「そうよ。せりかちゃん!自棄になっちゃ駄目よ!」
自棄になった覚えは何処にもないのだが、先輩達が必死で止めるので、取り敢えずコクンと頷いた。伊藤が玲人と橘に一応、釘を刺してくれるという話になったが、既に、せりかの彼氏選定基準が心配になってしまっている伊藤が、二人を食い止める道を選べるのかが一番難しいと若宮は思った。
それにしても、せりかの波乱万丈さに、せりかに対する印象が、また大きく変わった。こんなに話してくれた以上、力になりたいが、せりかがエナミ―認識している二人と一緒に、違う道を模索するのが、一番良い道なのでは無いかと思った。




