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少し短めです。
体育祭の後、暫くして行われた中間テストの結果が廊下に張りだされた。
せりかは、今回、たまたま掛けたヤマが当って結構良い出来だったので、御機嫌で結果を見に行くと、結果を見て固まってしまった。1年生の時は橘が不動の首位だった。今回もそうだろうと見ると怖ろしい事に、自分の名前のほうが先にあったのだ。……呆けてしまって言葉もない。
よくよく見ると、橘はたった1点差で2位だった。せりかは、あと1問取ってくれてさえいれば…と思わずには居られなかった。自分は首位等でなく、いつも2位から5位くらいをうろうろしているのに、橘の連勝記録を途絶えさせてしまった。
すぐに教室に戻ると、橘と本庄が「おめでとうー!」と手を振っていた。
「1点差だよ?勿体ない!!連勝記録が、かかってたのにー!」
「なんだか、お嬢が意味不明な事、言ってるけど…嬉しくなさそうだねぇ」
「それは、そうよ!競馬とかだって二冠とったら、三冠取って欲しいって思うの当然でしょう?調子がものすごく悪かったなら、諦めも付くけど一点差じゃ、収まりがつかないわ!」
「たちばなー、これ何て言ってるのか通訳出来る?お嬢さん、怒ってて言ってる事が理解不能なんだけど」
橘はふんわりと笑った。その顔に悔しさなど、何処にも無い。
「椎名さんは、俺に三冠馬になって欲しかったんだって!って競馬詳しいね。お父さんとかと、もしかしてテレビで見てたりして知ってるの?」
「うん。たまに大きなレースは一緒に見てる。もちろん賭けたりはしてないけど…」
「ははっ!お嬢、1位の喜びゼロなんだー!相変わらず難解な思考してるよなぁ!それに言うに事欠いて三冠馬って、既にうら若き乙女の言葉じゃないよ…」
「確かに!予想をことごとく裏切る所は椎名さんらしいけど、三冠馬になれ!!って言われたって言ったら、伊藤先輩とか笑い死にそうだな」
「…橘君は悔しくないの?!三冠馬からは離れてもらう事にして…ずっと首位だった訳でしょう?」
「それを、抜いた椎名さんが、言うのは、かなり可笑しいけど、俺は悔しくないよ。負けたのは椎名さんにだし、いつもより出来が悪かった訳でも無い。しかも、ずっと1位キープが当たり前って思われてるのもプレッシャーだから、良い機会かなって感じなんだよね」
「今回はきつかったよね~。部活も有るのに生徒会のお手伝いも有ったし…」
「生徒会は体育祭から、しばらくお休みだし、部活はいつもの事だしねー。別にいつも通りだよ。椎名さんが頑張った結果なんだから、喜んでよ。そんなに言うなら、期末は負けないであげるからさ」
「聞いた~!すごい宣言だなぁ。橘って何気に結構、俺様だよなー。今の言葉、絶対実行するのが、また小憎たらしい所なんだよなぁ」
「絶対、誰にも負けないでね!」
真剣に言うせりかに、橘は、苦笑しながら頷いた。多分、彼女は自分が彼を打ち負かしたという所はすっぽり抜け落ちている。しかし、次は相棒の期待に応えなければと橘は思ったが、本庄は既に、早々と思い出し笑いをして、涙を浮かべていた。
その後、クラスの皆から、橘を抜いた快挙をもてはやされるが、到って冷静に、「ヤマが当ってまぐれなの」と、低いテンションで返した。
「すごいじゃん!せりか!」
美久と弘美が、やって来てせりかを祝うが、「うん。ありがとう」と返して、嬉しそうに全くしない様子が心配になり、橘と本庄に相談に行くと、馬の事は普通の女子には分からないだろうと思った本庄が、かいつまんで、「次は1位になれ」と鬼コーチさながらの勢いで橘にせまっていた事を話すと、親友二人は、溜め息を吐いた。
「どうしてせりかって、頭良いのに、そんなに残念な子なのかしら?そこが、愛嬌っていう気もするけど、でもねぇ~」
「そうなんだけど、そこがお嬢さんの、キテレツで面白いところだから、良い所は伸ばしてあげようよ」
と言いながら、声が震えてしまっている本庄の言葉に説得力は殆ど無かった。
クラスの皆は、せりかの事をとても謙虚で慎ましいと、好ましく感じていたが、裏で鬼軍曹に豹変していた事は、極、限られた人間のみにしか、知らされなかった。
ちなみに50位迄が張り出される、それは、1組の生徒には恐怖の張り紙だった。下位でクラスに入ったものは、2組の生徒に抜かされる事が、怖ろしいのだ。やっぱり1組の生徒が2人抜かれていたが、今更、クラスは変わらない。だからこそ、頑張るしかないのだが、それは、まだ、高校生の彼らには、かなり酷な事だった。




