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「何を頼むか決まった?」
「うん。決まりました」
「私も!」
「俺も決まってる」
オーダーを頼むと来てくれた店員さんに各々の注文を頼んだ。
「やっぱりお嬢さんはあっさりと決断が早いね~」
「みんなと一緒じゃないの」
「普通、女の子って色々悩むでしょう?」
「真綾さんが悩んでないのにそういう事言うのって墓穴だと思うわよ」
「確かに!!そういうのは、そっと指摘してくれるといいんだけどな~」
「悪いけどそういう事は、女性の味方なの!」
「せりもそういう所、気が付いても言うなよ!知らぬが仏って言葉があるだろう」
「そっかー!私が気が利かなかったのね。ごめんね、真綾さん」
「せりかさんを責めるなんてお門違いもいい所だわ!!私も綾人の失言だと思うわ。…でも珍しいわね。いつもはあまりそういう事をしないのよ」
「そうだよね~。そういうトコロ普段堅そうだから思わずツッコミ入れちゃったのよね。でも私もちょっと反省かも」
「いいんだよ。お嬢さんには元々ついつい口が滑るだけだから、フォローは、いいよ。大丈夫だよ。真綾もあまり気にしない」
せんせいの過去の女性関係とか、結構濃そうなのでとてもじゃないけど聞けないし想像もしたくありません…(汗)。
せりかでさえ、そう思うのに真綾が気にならないっていうのは男性側の勝手な思い込みじゃないかと思うんだけど…と思って真綾を見るとにっこりと微笑まれたので、気にしないでって事だと思う。
こんなにいい子を泣かせたら、許さないんだからね!!そう思って本庄を見ると微苦笑しているので、せりかの気持ちが伝わってる様だ。
食事が運ばれて来て食べだしたが、お互い笑ってしまって中々食事が進まない。というのも席は、真綾と綾人、せりかと玲人と並んで座っていたら料理が来た途端にせりかは何も言わずにご飯の半ぶんを玲人の皿に盛り、玲人は何も言わずにハンバーグの付け合わせのインゲンをせりかの皿に置いた。前の席を見ると、まったく同じ事を本庄と真綾がしていたので、お互いに鏡を見るようでウケてしまった。自分達は何気なくやっていたけど相手の方を見るとおかしいというのは、それこそおかしいのだとは分かっているのだが、可笑しいものは理由なく可笑しくて皆で笑い出して暫く止まらなかった。やっぱり人目がある時はやめようかとお互いが思ってしまったがそれは口には出さなかった。
デザートも女性陣は食べたかったのだが、映画の時間が迫ってきてしまったので、急いで会計を済ませて映画館に向かった。
映画館ではせりかと真綾を中にして玲人と本庄は端に座った。やっぱり本庄がいると気が利くと感心するが、玲人も今迄はせりかとだったから、エスコートする雰囲気でも無かったのだろう。
何か飲み物とかと本庄に気を使われたが、せりかは映画を見る時は飲食はしないのでお礼だけ言って断った。普段はどうなのか分からないが真綾たちも何も飲まなかった。
映画は皆の好きなドラマシリーズのものだけあって期待を裏切らない出来で、中だるみ感もなく、緊張状態が続く。
大きな画面で見るのは、いつものテレビと違うし、映画の迫力も大きくてとても良かった。少し泣きそうになったところもあったが、それは恥かしいのでぐっと堪えた。玲人とだけなら少し泣いていたかもしれない。
明るくなると急に現実に引き戻された。皆も少し眩しそうな顔をしたのが見えた。
喉も乾いたので、お茶でもしていこうかと意見が一致して、ケーキがおいしそうにみえた喫茶店に入った。外がうす暗くなって来た。玲人が一緒だから遅くなってもいいかと、せりかは思うが、真綾と本庄との関係とは違うのだと思うと随分甘えている様に思えた。
玲人の自分への好意を利用しているような罪悪感が湧いて来た。好きだと言われる前は当たり前に享受出来た事が、受け入れていない身でその恩恵を受けてもいいのかどうかせりかは最近悩み始めていた。断った直後は、玲人と関係もあまり良好とも言えなかったし、失望の方が大きくてそんな事は考えなかった。しかし、二年生になって同じクラスになり、こうして共通の友人と花見や映画など、一緒に遊ぶようになった。一年生の時よりも物理的な距離が近くなった所為で、玲人に対してこれでいいのだろうか?と段々と悪いと思う様になって来た。
ケーキは多分美味しい筈なのだろうが、せりかには少し、しょっぱく感じた。
横で真綾と玲人がぎゃあぎゃあと他愛も無い事で揉めているようだが、(真綾のケーキを勝手に玲人が味見したのを怒っていたようだ)なんだか二人を見ていると玲人もせりかじゃ無い女の子とこんなに楽しく一緒にいられた未来を見ている様で余計に自分の存在が玲人の足枷になっている様な気がしてならない。
本庄は、せりかの落ち込んだ様子に気が付いてしまった様でしきりに目で訴え掛けてくるが、この場の空気を壊しては、なおさら申し訳ないので軽く首を振って何でも無いと伝えた。
外に出るともう真っ暗になっていた。
「夜景が見えるから、やっぱり観覧車に乗ろうよ」
本庄が誘うと元々、そうしようかと言っていた事もあって皆も頷いた。
夜景でこんなに雰囲気が良いのだから、やっぱり本庄と真綾は二人で乗ったほうがいいのではないかと勧めた。
しかし、本庄が「普段と同じじゃつまらない」と言い出した。
「私だってせりかさんと乗りたいもん。綾人は高坂君と一緒に乗りなさいよ!!」
「ウゲー!マーヤそれ相当キツイ罰ゲームだろう?」
玲人が即座に抗議する。それは、真綾の言葉に私も賛同出来ない。…あまりにも二人が可哀想だ。余計な事をいわずにみんなで乗る方にしておけば良かったのかと思うが、もう二人で乗る方の列に並んでいたので、玲人が真綾と一緒に乗ろうと説き伏せていた。男二人で乗って変な目で見られるよりも百万倍、いや千万倍ましだろう。本庄が「つまらない」と言い出した以上、気の強い真綾は本庄とは絶対に乗らないだろう。せりかと乗ると主張して二人を突破して行くのが目にみえる様なので、玲人の説得は正しいと思う。二人とも仲が良いし、こちらも本庄と二人で気まずくなる関係でも無い。
玲人の説得で二人が先に観覧車に乗り込んだ。続いて直ぐに本庄が乗って手を差し出してくれるのを取るのを一瞬躊躇ったが、思い直してお礼を言った。玲人だって先に乗って真綾を引きあげてあげているのを見ていたのに、同じ事に躊躇うのは、気持ちの問題だろうと思う。やっぱり、まだこの人の事が好きなんだと再認識させられた。最近はもう頼れる友達くらいに思える様になって来たと自分では思っていたので少しショックだった。鋭い本庄にも分かってしまっただろうと思うと余計に落ち込んだ。
「どうしたの?喫茶店から急に元気が無くなっちゃって……もしかして具合でも悪い?」
本庄が具合の悪そうな人間を二十分も降りられない観覧車に誘う訳がないので、その聞き方はだいぶ気を使ったものだろうと思った。首を横に振って否定すると少し難しい顔になった。
「真綾と高坂が仲が良すぎて気分が悪いとかじゃないよねぇ」
違うと確信を持ちながらもじわじわと追い詰めて来る。
「本庄君はいいの?私は二人が仲良くしてくれるのは嬉しいけどなんだか本庄君に悪いわ…」
探り合うような会話に緊張感が出て来た。
「俺は真綾に親しい異性が出来た事はむしろ良かったとは思っているけどね。我儘で気が強いから中々、難しいからね」
「そうよね。前にそんな事言っていたものね」
「それで、お嬢さんは何にそんなに悩んでるの?」
今迄がジャブだったのだろう。いきなりストレートに聞いてこられた。
二人きりの空間では逃げ場所がなく、はぐらかしたり誤魔化したり出来ない。この時になって普段と一緒じゃつまらないと言ったのはせりかと二人で乗る為だと気が付いた。元々思い出せば本庄はみんなで乗ろうと言っていたのに、二人で乗るところに並んでから、あんな事を言い出した事自体に不自然さを感じるべきだった。
「玲人に悪くて…」
素直に思った事を言ったが、これではいくら本庄でも何が悪いのかまでは、はっきりとは分からないだろう。
「最近になって急に悪いって思い出したって事は、振ったのを悪いと思っている訳では無いんだよね?それだったら橘にだって悪いと思う筈だもんね」
「今日、お茶してる時に、段々暗くなってきたでしょう?帰りが暗くなっても玲人がいるから大丈夫かなって思ったら、玲人の好意を利用してるように思えて来たの」
「それは、家が隣なんだから、送って貰うわけじゃなくて、一緒に帰るって事だよね?それに遅くなったら方向が違っても俺でも椎名さんの事を送るだろうから、其処は常識の範囲なんじゃ無いの?まして幼馴染なんだし」
「でも相手は私の事が好きなんだよ?それに応えて無いのに調子のいい時ばっかり頼ったりってどうなの?って思う。それに真綾さんと一緒に楽しそうなのを見てたら、そういう子が私との事が無かったら出来ていたと思うの」
「そうだね。高坂は見た目もいいし、真綾の我儘を受け止める度量もあるから、確かに彼女が出来ていても不思議は無いよね」
「やっぱり、そう思うでしょう?そうしたら玲人に悪くて…」
「椎名さんは俺の事を憎いとか、俺さえいなければカッコいい彼氏とか出来ていたのにって思う時ってある?」
「そ、それは、無いよ!こっちが勝手に想ってるだけだもん。却ってまだ諦めて無いのかって思われて避けられないか不安だよ…」
「高坂も同じじゃないかって思うんだ。罪悪感から、避けられたり、遠慮されたりするほうが辛いんじゃないかな?って思わない?」
「……自分に置き換えたらそうかもしれない。玲人に悪くてってこっちが思ってるのが分かっても、それでも傷付くよね。多分」
「やっぱり、普通に接するのが高坂にとっても一番望んでる事だと思うんだよ。だから悪いと思わない努力も必要じゃないかな?」
「本庄君は私に悪いって思って無いけど、それは、そう思う努力をしているからなの?」
「努力っていうと重いね…。ごめん。でも椎名さんに悪いって思う事自体が、椎名さんに失礼な事だとは思うよ。キツイ言い方だけど高坂に対してもそう思うけど」
「私の罪悪感が玲人に失礼な事をしてるって事だよね?」
「うん。高坂の気持ちを踏みにじってるし、否定してるよ。たとえ受け入れられなくても彼の気持ちは彼の物だと思うよ」
「……………そうだよね」
「橘の時も言ったけど、お嬢さんは相手の気持ちに応えたいって思い過ぎなんだよ。その所為で、悪くなって来ちゃうんでしょう?相手に罪悪感があるのを感じたら相当辛いと思うよ。高坂だって」
「そうだよね」
なんだか同じ言葉しか出てこない位に自分に置き換えると、して欲しくない事や、思ってほしくない事をしていた。唯一、お隣なので、避けなかったのが(避けられなかった)救いなくらいだ。
「そろそろ下迄来たから降りる準備した方がいいよ」
本庄が先に降りて手を差し出してくれるのを、今度は躊躇わずに掴めた。
先に降りた真綾と玲人は楽しそうに話の続きをしていた。私達が降りて行くと真綾は嬉しそうに駆け寄ってきたので、本庄がせりかの為に崩してしまった機嫌が直った様で少しほっとした。
「たまには、綾人以外の人と二人で乗るのも新鮮で良かったわ」
「そうでしょう?こっちも楽しかったよ。ね?椎名さん」
「そうね。いつも玲人とばかりじゃ色気がないわよね」
「せり、ひでー!!俺の方も楽しかったけど、そう言われるとムカつく!マーヤとじゃ色気なんて欠片もないもんなぁ」
「なんですって~!あんなに頼むから一緒に乗ってあげたのに」
「ああ、そうだった!ごめん。ごめん。お蔭で変なホモカップルに見えないで済みました。ありがとう」
「あーー!それであんなに必死だったのか…それは仕方無いよね。私が無茶振りしたのね。ごめんなさい」
「今度はみんなで乗った方が楽しいから、次の機会があったらそうしようね」
「そうだよ~。せりかさんと一緒に遊べるって楽しみにしてたのに!次はリベンジするわ」
「八人くらい乗れるから、お花見メンバー誘って乗ってもいいよね。今度は中華街も行きたいしね」
「中華街行きたいー!今度は絶対ね!」
「分かった~!楽しみだね」
次の予定も決めて本庄と真綾と別れた。
玲人は我儘姫の相手は疲れたと帰り道でいったけれど、せりかはくすっと笑っただけだった。
今日受けた雑誌の取材が、学校であんなに大騒ぎになるとは、この時は知る由も無かった。




