21
「せりかちゃん、最近男子に『せりりん』って呼ばれてるわよ。何かのアニメキャラらしいんだけど名前と見た目が似てるらしいの」
石原沙耶が、親切に知らせてくれた。この子は一年の時の一組の副委員長だった子で玲人の元、相方だったので、委員の仕事を玲人が部活にどうしても行かなくてはいけない時など融通して助け合ってきた。逆の場合もこちらも手伝ってもらっていた。今は、純粋にクラス委員の私の手伝いをしてくれている。前もあったが、最初はやはり忙しい。彼女もそれを知っているので当たり前の様に手を貸してくれる。橘が部活より此方の仕事を優先しようとしたのを、沙耶と二人で追い払う様に部活に行かせた。一年の時の様に気まずさは無くとも、彼はレギュラーなのだから行かなくては多少の弊害は出て来てしまうだろうと思う。
「なんだか、玲人にデコピンしたのを見られた所為で一年生からは『女王様』って言われてるらしいから『せりりん?』くらいはどうって事ないわ。愛称で許される範囲じゃない?」
「ああ、……玲人君ちょっとしつこかったものね。せりかちゃんが困るの分かっても納得するまで少し子供っぽいしがみつき方だったもの。怒っても仕方が無いわ」
「玲人は基本的に人目が気にならない羨ましい性格だから、根本的には理解できないのよ。今も私が気にし過ぎって思ってる節もあるんだもの」
「私も玲人君と一緒にいると結構やっかまれたから、せりかちゃんの気持ちはわかるわ。彼って全然気が付かないんだもの。自分以外の事にあまり目が行かない方みたいね」
「そうなのよ。ごめんね!沙耶ちゃんにもやっぱり玲人の奴、迷惑掛けてたのね。うちに帰ったらとっちめておくから!!」
「ううん!玲人君は悪気は無いんだし、無邪気で一緒にいて楽しいから、そんな事言わないでおいてね。二年になったらせりかちゃんと一緒になったから、そういう事も無くなったしね。玲人君最近すごい人気があるから、ちょっとどうしようかなって思ってたから助かったわ。流石に謂われの無い嫉妬は恐いものね」
「そうだよね。みんな一回でも私達の立場になったら、羨ましいなんて絶対言えないと思うわ!橘君と一緒に委員の仕事も泣き付かれなかったら絶対引き受けてなんか無いのに…」
「あの橘君が、泣き付く所、見たかったわ♪想像できないもの。出来過ぎ君って心の中で思ってたのよ。実は…」
「私も思ってた~!!最近はそういう所も見えるから、安心するけど、最初半年くらいは近寄りがたい感じだったもの」
「そんなに長かったの~?今の仲の良さからは、考えられないわね!」
「うん。見た目が気にならなくなる迄に結構かかったかなぁ?あのフェロモン駄々漏れで近距離で微笑まれると普通、固まるわよ!それは玲人じゃないけど其処だけは彼も自覚薄いから、なんて言っていいか分からないんだよね。彼の場合は結構注目浴びるのは、気になるみたいだし、一緒にいる私の事も気遣って対処してくれるから玲人とは比べようも無いけどね」
「せりかちゃんって玲人君に厳しいわよね~。少し気の毒かも。あっちはあんなに懐いてるのに…」
「そんなこといったって同学年高校生男子に懐かれても可愛いなんて全然思えないし!ちょっとは、クラスが遠くなってお互い少し距離が出来たと思ってたのに、また同じクラスじゃない?私は玲人のお姉さんでも妹でも無いんだからある程度の距離を保って欲しいのよね。どうも未だに奴は幼稚園児の時の感覚と一緒な感じなのよ。橘君の存在に今は助けられてるけどね。彼は玲人の調教も上手いから」
「せりかちゃん、やっぱりひどーい!」
そう言って沙耶と二人で笑った。玲人に酷い目に遭わされてる被害者同盟だからこその愚痴のいえる相手だった。本当に有り難い。おまけに仕事もこうして手伝ってくれるのだから本当にいい子と巡り合えたと感謝してしまう。
「あっ居た居た!!せりりんと石原さんお疲れ様!」
「本庄君、せりりんってやめて?何かのアニメキャラなんでしょう?」
「なんだかずっと椎名さんって呼ぶのも寂しいかと思ってたから、可愛いし、いいかなって思ったんだけど?」
ずっとお嬢とか、お嬢さんとか呼んでいた本庄だが、クラスが変わった途端にそういう風に人前では、めったに呼ばなくなった。せりかも本庄を先生と呼ぶ事を止めていたので、お互い変に偏見を持たれないように相手を慮っての事だったが、せりりんの定着は嫌だと思う。一部の男子が裏で言ってる分には、そのアニメが終われば多分消えて行くだろうと思う。
「却下します」
「そっか~残念!他検討するから、また考えておいてね。飲み物の差し入れ持って来たんだ~。橘からメールで頼まれたから仕事も手伝える事あったら言って?」
まだ結構涼しい為か温かい紅茶がレモンとミルクとストレートの三種類用意されていた。沙耶に先に選ばせてミルクを取ったのでせりかはレモンを貰った。本庄がストレートの紅茶を空けて飲みだしたので、温かいうちに二人も頂く事にした。
「橘が、石原さんも本当に有難うって言ってくれって言ってたから」
「ううん。委員の仕事って言っても本当はみんなでやっても良い様な事なんだもの。それにせりかちゃんとは、一年の時から一緒にやってたから仕事がしやすいのよ」
「沙耶ちゃんが同じクラスで助かったよ。そうじゃないと橘君、私に罪悪感持ってるから部活に行かないもん絶対!他の子が手伝ってくれても多分譲らなかったと思う。沙耶ちゃんは慣れてるから安心感と後、…少し甘えられたんだと思うよ」
「メールも石原さんと一緒だから大丈夫だろうけど、一応行けたら行ってっていう内容だったから、そうなんだろうな、多分」
「橘君ってやっぱり出来過ぎ君だと思うわ。なんだか完璧よね。気遣いが……」
「そうかもね~。でも、それも彼の美点だからね~」
「そう、そう。橘もずっと一緒にいると結構普通の所のが多いよ。いい所は、長所だと思うぐらいの感じであまり特別視しないでやってよ」
「本庄君は友達想いなのね。少し冷めた感じのイメージあったから意外だわ」
「そうなんだよね。私も頼りにしてるんだけど、沙耶ちゃんも困った事があったら本庄君が一番頼りになるから覚えておくと便利だよ」
「おいおい、その便利屋さん発言はどうな訳?お嬢さん?」
っ!今多分、うっかりお嬢さんって言われたけど、結局彼の中では私の呼び名はそれでせりりんにはならないんだろうなぁと思う。私もその内には多分、せんせいと呼んでしまうだろう。なんといっても人生の師匠である。最初はワルツのだったけど。
「でも何かあれば、出来る限りは力になるから言ってね?」
沙耶に優しくそう言うと沙耶の顔がほんのり赤くなった。先生、罪つくりな事しないでよね!真綾さんの事はみんなには言って無いんだから!!
軽く睨むと目だけで『ごめん』と言ってきた。せりかがお仕事を頼むと本庄は手早く残っていた分を終わらせて職員室に運んでくれると言って、私達は早めに帰る事になった。
「せりかちゃん、さっき気付いたんだけど、もしかして本庄君の事が好きなの?」
沙耶も結構鋭いのか、私が分かりやすいのか、バレてしまったらしい。何かそれらしい事をしてしまったかなぁと思うが分からない。女のカンって奴かな?
「実はもうとっくに振られてるから黙ってて欲しいんだよね。今はもう友達だし」
「ごめん!!そーだったんだぁ!道理で、橘君や玲人くんに靡かないと思った。せりかちゃんってやっぱり趣味がいいわね。私もうっかりヨロめきそうだったわ。彼氏いるのに」
「沙耶ちゃんって彼氏いたの?知らなかった~!!どんな人か聞いてもいい?」
「うん。今は違う学校なんだけど、中学からの付き合いでサッカーしてるのよ。だから玲人くんや橘君の事、放って置けないのかもしれないわね」
「何処が良くてお付き合いしたの?」
「うーんと一番は優しい所だけど、全体的に此処がいいっていうんじゃなくて気が合う所かな?」
「そっかー!いいなぁ。わたしにも早く良い人が出来ないかなぁ」
「せりかちゃんって残念な感じよね…」
美久にも言われた事を沙耶にも言われた。なんだか私ってそんなに残念なのかなぁ?
少し落ち込んでいると慌てて沙耶がフォローしてくれた。
「周りに良い人い過ぎて目が肥えてくるから感覚マヒしちゃうわよね。そういう意味で残念って意味だから、ごめんね」
そうは言ってくれたが、遠慮の無い美久が言った意味と多分近いのだろうとは思う。沙耶は可愛いし性格も申し分無いくらい良いし、彼氏がいても全然当たり前なのだが、なんだか想い想われる関係の人がいる事をとても羨ましく思ってしまった。




