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晴れてサッカー部に入部し、練習に行く二人を見送る。教室に残る生徒からの視線が、かなり痛い。
せりかは、橘と少し近付き過ぎた事に後悔し始めていた。
昨日は薄闇の中で、愚かにも気が付かなかったが、玲人と橘が二人連れだって歩く図は、酷いくらい絵になった。酷いというのは、せりかの心情からでた言葉だが、とても人目を惹く。一人一人でも充分に華をしょって歩いている様な二人が仲良さそうに歩く図は、それはそれは二乗されて麗しく、筋肉質な玲人に比べるとやや華奢にみえる橘は、見方を変えるとやや倒錯的にも映る。
男女限らず振りかえられる二人は飄々と足速に部室を目指す。
しかし、橘も悪目立ちでキツイと昨日洩らしていたところを見ると、こちらからは平気そうでも本人達もポーカーフェイスなだけかなと思う。玲人に比べると橘は中身は繊細そうだった。せりかに話しをする時の距離の取り方や、昨日の玲人の非難に対する対応を見ても、配慮があって大人だと思う。そう思うと玲人は天真爛漫までは言わないが、比べれば無邪気な方だ。すっかり昨日橘に懐いてしまった玲人は、放課後早々に橘を迎えに来たのが、せりかにとっての悲劇であった。玲人もせりかの紹介で橘と仲良くなったからだろうか、せりを先に呼び、彼を迎えに来た事を告げた。目立つ容姿の玲人の突然の来訪に皆がぽかんとしているところに、追い討ちの様に橘に「行って来るね」とにっこりと新婚さんのような言葉を掛けられた。無視するのもなんだと慮っての事だが、かなり要らない配慮だ。
せりかは、部活見学を約束していた美久と一緒に逃げる様に教室を出た。
「すごかったねー♪なんかもう眼福って感じ?W王子様に囲まれて羨まし~」
「そんなにいいもんじゃないの、美久は付き合い長いんだから知ってるくせに」
「いやー二人並ぶと迫力あるから、びっくりしたよ。あの二人もう友達なんだ?なんだか似合うというか、逆に似合い過ぎてちょっとっていう気もするコンビだね」
「私がうっかり紹介しちゃったの。同じサッカー部に入るって聞いたから」
「橘くんってすごいね。トップ入学でサッカー部に入るなんて、文武両道?しかもルックスが抜群だし」
「本当にそうね。たとえ本人の努力が有ったにしても、不条理を覚える人ではあるわね」
「でもせりかも仲良くなったんでしょう?」
「うん。まあね。仲良くっていっても話してみたら向こうがすごく大人な人で、玲人が懐いちゃったのよ」
「性格もいいんだ~。益々ファンが増えそう。競争率高くなりそうだから頑張らないとね」
「私はやめとく。玲人とずっと一緒で大変だったの、やっと少し解放されそうだったのに、これ以上厄介事を呼び寄せたくないもの」
「勿体ないと思うけど、せりかもなんだかやつれてるし、そう思うのもしょうがないかもね~」
「私は、普通にちょっとだけカッコ良くて優しくて可愛い感じの気の合う人がいいの!」
「なんだかせりかって、微妙に残念なトコが可愛いのよね。一見しっかりしてそうにみえるのに」
「何よー。残念な事なんてないわよ。私は普通の幸せを願ってるだけなんだから」
「じゃあ、その微妙な彼を連れて来て見せてくれるの楽しみにしてるからね」
絶対連れて来てやる!と思うが、私だってそんなに全体に丁度いい人が簡単に見つかるとは思ってはいない。玲人や橘みたいな素敵な人達は目立つから直ぐに発見されるだけの事だ。気が合うとかは時間を掛けないとわからないし、やっぱり難しいのかと思う。
家に帰り、夕食と入浴と腹筋などのいつもの自己流美容メニューをすませてから、今日の復習をしていると、部活が終わった玲人がやって来た。
「もう、始めてるんだ~。偉いね~。せりは」
「猫撫で声出すって事は、分からないトコあったんでしょう?今日の分は、聞いてくれて大丈夫だよ」
「流石、せり様。いつもの事だけどホントに助かってるよ」
「お互い様!持ちつ持たれつでしょ」
「そうだけど、せりと一緒の学校にして良かったよ。やっぱり」
「そうだね。違ったら一緒に勉強出来ないもんねー」
「大学もせりと同じ所にしようかな~」
「な、何言ってるの!まだ高校入ったばかりだし、大学は将来の事も考えて選んでよね」
「まあ専攻とかもあるから、そううまくは行かないだろうけど、出来ればって話」
「もう、玲人ってば、いつまで一緒に居る気なの?」
「何だよ。イヤなのかよ。こんなに付き合い長いのに俺、愛されてないんだな~」
まずい。玲人が拗ね憎になってる。今迄も何度かあったけど、もういい加減子供じゃないんだし、この手の拗ねかたは、無しだと思うんだけど。しかも愛されてないって言われてもね~。愛してるかと言われればそれは違うし、逆に愛されていないのか?と言われれば愛情はあるんだけど…。ムズカシイ。お互いお年頃になって来たんだから?幼稚園の頃と同じ事言うのはやめようよと言いたい!しかし言ったら、もっとメンドクサイ事になるので「そんな事ないよ」と言っておく。
「とりあえず、勉強しよう。ね!」
「数学でいまいち理解しきれなかった所、教えて」
「うん。これは……」
説明を始めると、元々飲み込みの早い玲人は一回ですぐ解るので、教えるのにそんなに手間が掛からない。その後は、他の教科の復習を二人で簡単にさらった。やはり、一人でやるより効率もいいし頭に入る。その後、予習も半分ずつして、半分はお互いにレクチャーしてこれで完璧、と二人とも満足した所で玲人が帰って行った。
なんだか今日の玲人は、幼稚園の頃、せりかが他の男の子と遊んだ時と同じ拗ねかたをしていた。もしかすると橘の事が引っ掛かってるのかな、と思うが、拗ねられる程橘と親しくもしていないし、本来は玲人も恋人では無いんだから、そんなに独占欲を持たれても困るのだが、それを彼に言うのは、築きあげて来た二人の仲の何かが壊れてしまいそうで言えなかった。
玲人は、今日帰り道で、橘がせりかの事を褒めるのを誇らしく自分の事の様に聞いていたが、なんだかもやもやして来た。言われなくても、せりかが優しくて思慮深くて、可愛いけれども気取った所がなく、気さくな性格で、おまけに面倒見も良いと言う事は、最初から分かっている。他人がそれを賛辞するのは珍しい事ではないが、ああ手放しに褒められると、橘は、せりかが好きなのだろうか?と勘ぐってしまう。まだ会って間もない橘に、せりかを取られてしまいそうな気がして、不安定な気持から自分でも自覚する程、子供っぽい行動に出てしまった。自己嫌悪に陥るが、せりかが昔と一緒で「そんなことないよ」と愛情を否定しないでいてくれる優しさが心に残った。
橘は男の自分から見てもかなりの美丈夫で、サッカーも体格にまかせて強引なプレーをする玲人と違い、テクニックに優れていた。自在にボールを操る様は、見ていても気持ちがいい位で、レギュラー入りも、受験の為に早めに引退する、この学校の三年生が引退した後には確実だろう。それを奢った所も見えず、学年トップの成績は受験勉強を、死ぬほどしたからだと、努力を隠そうともしない所が好感が持てる。俺とは全然違うと思う。毎日のせりとの勉強会が無かったら、俺の成績など知れている。お互い助け合ってはいても、サッカーに時間を取られる分、学業面では、どちらかというとせりに助けられていると思う。自分の方が助けたと思うのは主に逆上がりを出来る様にしてやったり、泳ぎのコツを教えたり、走るフォームの改善だったりと、主に体育面が多かった。それでも、せりは今でもその事を話題にして、助かったと言ってくれるし、勉強会も二人だと効率がいいと言って玲人の負担を軽くしてくれるのだ。成績が落ちると間接的にせりにも迷惑が掛かるので、部活動をしながらも精一杯頑張るが、それは水鳥のように下で足がいくらバタついていても見えないし、見せなかった自分と努力を恥じらう事無く見せる橘と、どちらが正しいという事はないだろうが、それでも玲人には、彼が眩しく見えてしまう。今迄は自惚れる訳では無いが、せりかが自分よりも近しい男が出来そうに成っても、それを蹴散らす自信があったし、実際そうして来た。その事はせりかは知らないし、知らせるつもりもない。それ程たいした事もせずに少しだけ付き合っている男の顔で相手を睨めば、向こうが簡単に退いてくれただけだ。そんなつまらない男達にせりかを渡せる筈も無いと、大義名分を自分の中で作って来た。橘忍は、大袈裟かもしれないが、こんな出来た人間が世の中に存在した事に玲人が軽くショックを受けた程、精巧に神が造り出したかのような美しい相貌以外の要素も完璧だった。今迄の大義名分は橘の前では跡形もない。そんな人間が傍に居れば、少なからずとも好意を持つのは、時間の問題だ。既に玲人でさえ、橘忍に魅了されている。せりかが橘と付き合えば、きっとせりかと玲人の関係も変わってしまう。玲人の中でそれを避けられる術を持たない以上、考えれば考えるだけ、思考は深みに嵌まっていってしまうだけだった。




