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せりかは更科邸に来ていた。服はクリーニングからまだ帰ってきていないが、ホットカーラーだけ返す事にしたのと約束通り、更科と本庄に初デートの報告に来たのだ。二人は唯、せりかの話す事を淡々と聞いてくれた。少し気持ちが重い事も正直に話した。やっぱりなんだかんだと本庄を頼りにしてしまう所はせりかも最近自覚していた。彼は、元来の性格なのか、せりかに対してある程度特別なのかは分からないが、とても正直に見たままを言ってくれる。しかもそれは、せりかの立場に立った場所からの見解で、いつも親身になって相談に乗ってくれる絶対的な味方であった。真綾には悪いと思うが、今一番気兼ねなくなんでも話せる友人は間違いなく本庄だった。
「お嬢は考え過ぎなんだよ。寄せられた気持ちに応えなくちゃならないって思うから重たいんだよ。相手が勝手に想って来るんだから同じだけ返せなくても仕方の無い事だし当然だと思うけど」
「それは、そうかもしれないけど、人の好意には応えたいものじゃない?もちろんそんなに博愛主義って訳じゃないよ?だけど相手に好意を持っている場合は自分はそれ程でもないとかって切り捨てられないよ」
「そこがお嬢の良い所だとは思うよ。でも男の好意なんて下心付きなんだから、そんなに思いやり見せなくてもいいんだよ。もちろん真剣な気持ちを踏みにじれって意味じゃないのは、分かるよね?」
「うん。でもどの位、待って貰ってもいいのかなぁ?はっきり即決で無理とかOKとか出来ない以上、相手にもその間、ツライ思いをさせるし、他に目を向けるチャンスも奪ってる気もするし」
「中途半端に返事する位なら、いくらでも待たせていいんじゃないの?待てないなら、それまでの話だし、そんなのそれこそ見切っていいんじゃ無いの?勝手に橘が思い続けても、止めても、それは向こうの意思も尊重されるべき事ではあると思うから、もし一年位このままで、違う想う人が返事貰う前だけど出来ましたって言われても仕方ないよね?その時、逃がした魚が大きく見えるかもしれなくてもね」
「もともとお魚が大きいのは分かってるけどね。誰の目から見ても明らかじゃない」
「でも、例えば、真綾は、橘より俺を選んでくれるわけじゃん。少しは心動くかな~と思ってた所はあったんだ。すっごい引力あるでしょ?彼」
「やだ、綾人そんな事思ってたの?」
ビックリした真綾は今迄、話を聞くのに徹していた様だったが、流石に声をあげた。橘には男避けに親しく出来たらしてって言っていたと聞いたが、そんな、自虐的な目的が有ったとは知らなかった。
「それは、そう思うでしょう?あれだけ、顔良し頭良し性格良しでおまけに声も良いよな…あとはなんていうか唯、カッコいいとかじゃない艶があると思う。それと、何気に危うい感じがする所が逆に隙になってて、惹き寄せられる要素になってるんだよなぁ」
「…せんせいが危ない方にいかないか、真綾さんがいなかったら心配になる分析だよ。それは……」
「実際、そういう奴もいるんじゃないのかなぁ?男子校とかいってたらあいつマジでやばいと思う。共学来て正解じゃないの?でも橘って見てると意外と女の子苦手そうだけどね。特に自分に言い寄ってくる子とは、話すのもしんどそうだもん。最初は断るのが苦手なのかと思ったけど、断るスキルは有るって本人も言ってたし、そう思うと嫌悪感がある様に見えるんだよね。断る時悪いとか全然思ってなさそうだしね。普通はお嬢さんほどじゃなくても相手の好意に応えられない罪悪感が湧くもんでしょ。それが、全然無さげで、断り方もさっぱりしてるから…あ、俺がいる時、何回かそういう事有ったから知ってるんだけどね、相手の子は緊張してるから分からないと思うけど、言葉は普通だけど、顔見ると嫌悪感を感じてるのが分かるんだよね」
本庄はやっぱりするどいな~と感心してしまう。話の感じだと橘が何か話した訳ではなく、自分が見て感じたものから導き出された結論のようだ。
「でもせりかさんに告白してるんだから、女嫌いっていう訳でもないでしょう?それに私とも普通に話してくれるし、私はそう感じた事ないわよ。クラスの子とだって結構フレンドリーな感じだしねぇ」
「多分タイプによると思う。真綾とかお嬢とか自分に明らかな好意が無いの分かるし、クラスの連中は意外と橘の事、なんだか恋愛対象から除外してるところあるじゃん。多分なにか感じる所があるんじゃないのかな?近くにいると」
「そう言われれば、どっちかって言うと頼りにはされてるけど、うちの子達ってさっぱりしてて、橘君に言い寄ってるの見た事ないわね。はっきり好きとは言わなくてもああいうアイドルみたいな人って綺麗な人が張りついてそうよね?」
「橘がそういうのイヤなのみんな分かってるんだよ。なんとなく。入学当初は結構ピリピリした神経質な奴かと思ったけど、いまではクラスでは平和そうでのんびりしてるから、ついからかったら、『俺のオアシスだな。ここは』って言ってたからかなり今の状況は気に入ってるみたい。それは廊下とか歩くと途端に、みんなが目で追って来るから仕方がないのかなとも思うけどね」
「玲人とかは、そういうの全然気にならないみたいなのよね。なんか性格図太いっていうか強靭っていうか一緒にいる私のが辛かったけど、だから橘くんの事もそういうのも面倒って言うのもあるんだよねー」
「そうだよね~!よっぽど好きか、自分ってすっごく綺麗って思ってる子じゃないと耐えられないわよね」
「そうそう!!どっちも無いからやっぱり早めに断るべきかな~?」
「うわっ!冷たっ!可哀想じゃない?あまりにも」
「綾人はそう言うけど、せりかさんは身を持ってあの一組の彼とずっといて大変だったんだから、他の人よりも現実知ってるって事よ。冷たくなんか無いわ」
「そうなんだよね~。なのに奴は涼しい顔してるからいつもムカついてたわ。やっと少しは平和になって来たかと思ったら次は橘くんでしょう?なんだか他の人に言ったら贅沢で絶対に怒られると思うけど、もうちょっとだけでいいから、目立たない人が来てくれないものかしらって思っちゃうんだよね」
「でも高坂とはそれでも離れなかった訳でしょう?耐えられないっていう事は無いと思うよ。多分」
「…玲人と離れる選択が有ったのは、高校受験の時位で、後はもうべったり一緒だから…諦めたのかな……自分の中で」
「じゃあ、せりかさんとお付き合いすると、もれなく高坂君が後ろに付いて来ちゃうんだったら、並みの人じゃそれこそ無理じゃないのかしら?橘くんは、そこは分かってくれてるんだし、かなりの高評価じゃないかしら?言い辛いけど、この先彼氏作るの、せりかさん厳しいと思うわよ」
「そういうの考えて無かったかも!そうだよね~。玲人の事気にしないでいられるのって橘くん位の人じゃないと無理ってなると私の将来暗い事になるよね?今回は、奇跡みたいなものな訳だし」
「そうね。大学生に成るまでは絶対無理よね?」
「あ゛~!大学も無理かも。玲人、一緒の大学行こうって言ってたし……」
「…お嬢さんさあ、高坂と別れるつもりは無い訳?この先も?」
「付き合っても無いのに別れられないよ。それに、うちって両親も仲が良くて学校一緒にした方が優劣つかなくていいんだよね。亀裂が出来ると嫌だから高校も結局一緒にしちゃったんだもん」
「…成程ね。割と思うよりもシビアな関係な訳だ。高坂とは」
「そうなの。こういうの恥かしいから言いたくないけど隣で同じ歳の子がいたら、親同士少なからず張り合うものなのよね。玲人と私が頑張ったから、今の平和な御近所関係が有ると言っても過言じゃないと思っているの」
「大人は分からなくても子供って微妙に空気読むものなんだよな~。分かるよ、そういう事が生活上結構重要だって事。俺とかも他の従兄弟達に負けるなって圧力結構あるもんなぁ」
「みんな大変なのね。私は、比べられる存在がいないから自分の好きにやってこれたけど」
「なんだか、激しく納得な感じよね。真綾さんの美徳でもあるけどマイペースでいられるのは羨ましいわ」
「そうそう。こういう競争する意識をもたないでいられるのは羨ましいところだよな。って話がずれて来てるけど、橘にも保留って言ったんだから取り敢えず保留にして高坂に言ってみなよ。何か動くかもしれないしね」
「先生は、あくまでも玲人が私の事、どうにか思ってると思っているみたいだけど、そんな事もないのよ?さっき言った通り意外とシビアな関係なのよ。人には言えないけど」
「じゃあ、賭けてもいいけど、それはお嬢には酷かなぁ?まあ、いいや。俺の見解が当ったら教えてくれる?」
「…いいわよ。これだけ相談乗って貰ってるんだもん。ある程度は報告義務も発生するってものでしょう?なんでもとは言えないけど、万が一、それっぽい感じの事があったら報告します」
「せりかさん、私も綾人から聞いてもいい?」
真綾が遠慮深く言ってきたのを微笑して頷いた。
家に帰って来たので、とりあえず帰って来たメールを玲人にすると直ぐに玲人が家にやってきた。手にお茶のペットボトルを二本持っていて、お茶が軽く汗をかいていた。
一本当然のように渡してくるので、礼を言ってキャップを空けた。
「ここんトコ、せりは出掛けてばっかりで、付き合い悪いよな。文化祭も終わったんだから、少しは時間に余裕出来るんだろう?」
「…うん。あ、あのね、話があるんだけどいいかなぁ?突然で悪いんだけど、相談に乗って貰いたい事が有るの」
「何?…いいよ。もちろん」
玲人は言いながら、嫌な予感がした。こういう日が、いつかが来るかもしれないと思っていたのに、全然覚悟なんて出来ていない自分に気付いて逃げ出したくなったが、それは妥当な解決法では無い。とにかく聞いてみるしかない。
「少し前に、橘くんに付き合って欲しいって言われたのね。…でも玲人とは友達だから相談するの少し躊躇ってしまって直ぐには言えなかったんだけど、どうしたらいいかなぁと思って、取り敢えず一回デートしてみて、考えるって事になって最近出掛けたのね。でも、付き合うってなると先に面倒事の方を思っちゃうのよね。ずっと玲人と付き合ってるって思われてたから、中学の時も大変な事ってあったじゃない?それを乗り越える程、好きなのかって言われるとそうでもないし、自分がもっと綺麗で自信があったら付き合ってみたりしてもいいと思うのかな?とか考えちゃうと、相手は友達の延長で良いって言ってくれているのには、断るのもひたすら自分勝手に思えてくるし、下らない事気にする自分も嫌になるところもあって、答えられなくて保留にしてもらっているんだよね」
予想通りの話ではあったが、少し上回る内容だった。橘みたいな奴と付き合うと大変だから、止めたほうがいいと、止めるつもりだったし、賢明なせりかもそれは分かっていて、たとえ橘がせりかに惹かれるような事があっても受け入れないだろうと踏んでいたのに、一度デートしてみたりだとか、断らない選択肢を残しているのは橘の事を少なからず好きなのだという事実が玲人を打ちのめした。それに、好きな相手に友達で良いなんて筈無いのに、気軽な所から攻める辺りに橘の聡明さが覗える。これでは、せりかが落ちるのも時間の問題ではないかと思われた。
「…せりが、忍の事をどう思ってるのかが一番大事なんじゃ無いの?外野の事を全部無くしたら、付き合ってもいいと思ってる訳?」
一応相談に乗る以上、思っている事を言ってみた。せりかが、本当に橘の事が好きなんだったら、自分は諦めるより他ない。せめて懸命に相談に乗る事が玲人に、今出来る最善の事だろうと思う。
「好きだってずっと思って来たの。でも、今迄告白とかされた事が無いから分からないんだけど、相手と明らかな温度差があって、もしかして見ているだけでいいと思う程度のアイドルとか好きな俳優さんとかを思う感情に近い感じもして来て、普通、好きってもっと強い感情のような気がするの。例えば、今すぐにでも会いたいって思うとか…そういう感情は湧いて来ないんだよね。正直」
答えを聞いた玲人自身力が抜けた。こんな答えじゃせりかを諦める気になんてとてもなれない。しかし、同時に諦める必要が無い事にホッとしていた。自分からせりかを取り上げられたら、正直今迄と同じ生活が出来るか自信がない。もっと早くに動くべきだったと思うが、もう少し相手が大人になるのを待っていた。今の答えを聞いたってせりか自身、好きだと想う感情がまだ分からずにいる。橘の事も本人自身、憧れに近い感情なのでは無いかと考えているようだ。早く動いた所で、ずっと一緒にいたから勘違いしているという事で済まされて、今迄と同じ付き合いになるか、気まずくなってしまうかのどちらかだと分かっていたから動かなかっただけだ。しかし、今せりかは恋愛について考えているいい機会だ。これに便乗しない手はない。
「じゃあ、もう少し良く考えてみたら?今迄が全然、恋愛事に縁のない状態だったから分からないって事だろうし。それで、考える時に俺の事も一緒に考えてみて」
「……どう言う意味?!」
「俺は、せりの事ずっと好きだった。実際今迄、せりに言い寄りそうな奴は邪魔して来た。だから、せりが疎くなってるのは申し訳なく思うけど隣にいて同じ気持ちになってくれるまで待とうと思っていたから、忍の事、ショックだけど、せりが決める事だし、俺も言っておかないと後悔するから、相談に乗るって言いながら、余計困らせるの分かるけど、忍への気持ちと一緒にでいいから俺の事も考えて欲しい。本当にずっと、ずっと好きだった…せりがいない人生なんて考えられない。忍は友達でもいいっていってるみたいだけど、俺は、そんなんじゃ嫌だ。将来は結婚も考えて欲しい…」
「ちょっと待って!!いきなり飛躍し過ぎだよ。玲人はずっと一緒にいたから、他人に取られそうになって混乱してるだけだよ。玲人こそ良く考えてみた方がいいよ。幼稚園で他の子と遊んだりして怒っちゃった時と同じ感情だよ」
「ずっとその時からすきなんだから、同じ感情かもしれないのは認めるし、忍に取られそうになって焦ってるからこんな事言っている訳だから混乱もしているかもしれないけど、せりの事が好きで、俺とずっと一緒にいて貰いたいのも本気だから、よく考えて答えを出してくれ。先に言って置くけど、俺を選らんでくれなかった時は、忍との事祝福は出来ないけど、友人関係は気まずくならない様にするけど、せりとこういう風な兄弟みたいな関係は、続けられない。もちろん隣に住んでるから気は使うけど、大学に入ったら一人暮らしする。将来の事も考えたら、遠方の大学も考える。俺も気の迷いとかじゃなくて本当に本気だから」
「…分かった。良く考えてみる。でも、玲人が近くにいなくなるのは嫌だよ。それは考え直して貰えないの?それ込みで考えろってそれは脅しに近いでしょう?」
「そうだな。脅しかもしれないが、それ込みで考えてくれ。俺もそれだけ本気だし必死なんだ」
「答えを出す迄は普通にしてくれるの?今迄と同じに」
「出来る限りはそうするよ。俺も離れる覚悟もまだ出来てないし……」
そう言って玲人は帰って行った。




