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幼馴染の親友  作者: 世羅
1章
13/128

13

せりかは朝からとても忙しかった。まずは軽くシャワーを浴び、半乾きになった髪を綺麗にブローする。髪と肌の手入れは怠った事が無いので、自分的には数少ない自慢出来る艶のある髪だった。長さはセミロングだ。それをホットカーラーで昨日真綾に教わった要領で巻いていく。思っていたよりも簡単で驚いた。後ろの見えないところは如何するのかと思っていたが、別に髪を前に持って来て巻けば済むらしい。それから、試供品で貰ったというリキッドタイプのファンデーションを薄付きに塗った。UV効果もあるもので助かる。あと、整えられた眉に少し足すように眉を書き、瞼に三種類の茶色とベージュのアイシャドウを重ねて行く。すべて真綾直伝の薄化粧に見える化粧法だ。最後は、薄い色のピンクのグロスを乗せた。それから着替えた服は、黄緑色の少しだけエスニック調の長めのワンピース風チュニックに細身の白いパンツに歩きやすいオフホワイトのストラップのついた低い靴をあわせた。


カーラーをとった後、軽く固めるスプレーをする。ほんのり、チェリーの香りのするもので気に入っている。いつもは前髪を整える時位しか使わないが、まんべんなく髪全体にかけた。サイドを少し落とて巻いた髪を黒く光る素材のついたクリップで纏めて止める。結構強力なクリップなので、緩く纏めて見えるが、その実、きっちり留っている。鏡の中の自分はいつもより少しだけ大人っぽく見えた。


昨日、真綾にどんだけフリフリでピンクの洪水もどきの服を着せられるかと思っていたせりかは、このさっぱりとしたコーディネートに少し拍子抜けしてしまった。それでもその落ち着いたオリエンタルな雰囲気はせりか自身もとても気に入ったし、真綾も本庄も手放しで褒めてくれた。


母にこの格好が見つかると厄介だと思っていたが、母は今日は友達と紅葉狩に行くと行って随分早くに家を出た。バスツアーだと行っていたから、多分狩るのは紅葉だけではないだろう。果物狩りもセットだろうと思われた。





待ち合わせの新杉田の駅まで来た。ここからモノレールで一本で着くところに八景島がある。せりかは以前、二度ほど行った事があったが、久しぶりの水族館はやっぱり楽しみだった。天気もいいし、気候も丁度良く気持ちがいい。少し早く着き過ぎたかと思ったが、橘はもう既に来ていた。少し離れた所から見てみると、グレーのパーカーにボトムスはカーキのデニムで中に胸から下だけにボーダーの柄のインナーを合わせた橘は、ファッション雑誌から抜け出したかの様に素敵だった。やっぱりこの間のチャラ男風より、ナチュラルなほうが断然似合う。今日がもしもディズニーランドならあの格好にミニーちゃんの耳を着けちゃうんだけどなぁ~と思った自分が怖い。すこし、真綾に感化されてしまっているようだ。人待ち風な橘を女の子の二人組がチラチラというより、ガン見していて、よくあの視線に自然でいられるものだと感心しそうになるが、彼は玲人とは違い、そういう事に無頓着な方では無いと思い直し、小走りに橘に近寄って行った。


「ごめんね。お待たせー。橘くんも早いね」


「うん。今さっき着いた所だから、気にしないで。椎名さんを待たせなくて良かったよ。落ち着かなくて早く出て来ちゃったから」


見ていた女の子達が明らかに残念そうに去っていく。来たのが同性なら逆ナンでもする気だったのだろう。結構綺麗な子達だったし、自信もあったんだろうなとせりかは思ったが、今日は真綾のお蔭で、何と無く仮装気分なので、釣り合わないとか思われていたのではないかと言う卑屈な気持ちには成らなかった。自然と背筋も伸びて、笑顔になれる。おしゃれってやっぱり大事だなと改めて思った。


「切符、もう買ってあるからいこうか」


往復切符を渡されて、お金を渡そうとするとやんわり断られた。モノレールの中で、打ち上げの時の服はやはり、一樹さんに無理やり着せられて、代わりにバイト代が出たからと今日の軍資金をくれたらしい。何処までも弟思いだと思うが、打ち上げの日の橘を思うと純粋に、そうとばかりもいえないなと思った。やっぱり本人は、相当恥かしかったらしい。『似合ってはいたよ。とっても』というと、『生きているうちに一回くらいは、ああいうのも面白いかもしれないけど、クラスの連中の視線が痛くて打ち上げが長かった』と橘らしい答えが返ってきた。バイトも家庭教師のバイトで中3の子を教えているらしく、受ける高校の過去の問題集等をさせて、持って帰ってきて橘に採点をさせているらしいので、純粋におこづかいをくれたというよりは正統な報酬に近いらしい。要するに受験まで、またよろしくね!という裏の声が聞こえたと言うのが橘の談だった。せりかは兄弟がいないので、微妙な関係姓を興味深く聞いていた。内容は驚く物もあれば、微笑ましいものまで様々だったが、一度会っている所為もあって、光景が目に浮かぶようでとても面白かった。


八景島に着くとまずは、水族館に向かった。結構人が多く、家族連れや、カップルがやはり多かった。友達同士で来た事があったせりかは、その時、「次は彼氏と来よーね!!」と友人達と言い合った事を思い出しておかしくなった。今は叶った事になるんだろうか?隣には、通りかかる人が目を瞠る程の美形の男の子がいる。なんだか現実感が伴わない不思議な感覚がした。


水族館の入り口で人の流れに流されそうになるのを、橘がせりかの腕を捕って、なんとか留まった。直ぐに手を離したが、なんだか気まずい。それこそ、シンデレラでは腕を組むなどワルツの時は当たり前だったのに、本庄の言う通り、全然違う事なんだと実感した。多分、橘も同じ事を思っているとなんとなくせりかは思った。しかし、せりかも、橘もどちらかというと実質を取る方である。はぐれたりしないように、腕を組む事をせりかが提案すると、橘もあっさりと受け入れた。二人は、まるでダンスを踊る時の様に、軽く腕を組んで歩き始めた。やはりこの方が、間に人が入って来なくて楽である。水槽を見ていても、ラブラブに見えるカップルへの気遣いか、家族連れ等は少し離れて見てくれるので、人に揉まれる事も無かった。グラスフィッシュを興味深く見ていると橘も実はこれが結構好きなんだと言って笑った。内臓がスケルトンで面白いのだ。しばらく見入ってしまってから、エスカレーターの海のトンネルを潜る。ここは、下からマンボウや小さな魚の群れが見えて、まるで海の中に入ってしまったかの様な気持ちになる。エスカレーターなのであっと言う間なのが残念だが、階段だったら、ずっといる人達がいて渋滞になってしまうだろうから上手い造りだと思う。


そのあと、イルカショーを見た。こう言ってはなんだが、イルカショーって水族館に行ったら見なくてはいけない気持ちにさせられてそれなりに楽しいのだが、どこの水族館も似たりよったりな気がする。水を被りそうな席は避けて、賢いイルカたちがジャンプしたり、トレーナーさんと一緒に泳いだりするのを程良く楽しんだ。ここは、白イルカもいて、それは結構珍しいと思った。しかし、せりかは実はイルカよりもペンギンがとっても好きなのだ。皆が同じ方向を向いて佇んでいるのが、神秘的で愛らしい。結構長い間、ペンギンに見惚れていると横で、橘はせりかを見ていた。少し焦って、「ペリカンのところ、餌をあげられるんだって!」というと、ペンギンのところにもう少しいようと言われてせりかは赤くなった。お言葉に甘えてペンギンが泳ぐところとか、てこてこ歩くのに歓声を小さく上げて堪能した。やっぱりペンギンって可愛い。そのあと、ぺりカンに小魚の餌をやったら結構、ペリカンって凶悪な顔に見えてきた。手が魚で生臭くなってしまったので、お手洗いに行く事にした。お手洗いに行った後、待ち合わせの場所に行くと橘が土産物屋でペンギンのぬいぐるみを見ていた。ふこふこで本物よりも可愛い。せりかは買って帰ろうかと思ったが、この後、遊園地に行く事を思えば、邪魔になってしまうだろうと思って諦めた。




昼食を取る前に、絶叫系の乗り物を乗ってからゆっくりと空いたころに食事にする事になった。こういうところは、気が合うと思う。がっつりハンバーガーなど食べた後に乗り物など乗せられては堪らない。昼食時も混んでいる時間帯はとてもではないが、ゆっくり食べれたものではない。




まずは、海上コースターに乗るが、上りが地味に怖い。落ちる瞬間よりもじりじりと直角に上っていく瞬間が一番怖いと思うのはせりかだけだろうか?お昼時で、空いていたので、続けて二回乗ってしまった。あとは、船が上下に揺れる、海賊船のようなどこの遊園地にもある乗り物だか、これが、ここのは元の高さが高くて怖い。せりかは、絶叫系は苦手な方ではないが、この高さは流石に怖かった。一番怖そうなタワーで落ちる乗り物だけは、パスさせてもらった。見てるから乗って来てもいいよと勧めたが、怖そうだからやめておくと言われた。きっと気を使ってくれたのだろう。バイキングに乗っている時も少しも怖そうでは無かった。後は、結構、ほのぼの系の乗り物を乗ったあと、昼食を食べる事にした。結構、遊園地にしては落ち着くレストランが多い。ブュッフェレストランの店を選んだら、海の見えるテラス席に案内された。もうお昼とお茶の時間の中間の為、とても空いている。パスタやフルーツやデザート等、種類も豊富なのに適当な値段である。御機嫌で、好きな物をお皿に載せて取ってきてから、入れ違いに行った橘を待って、飲み物を飲みながら心地よい気持ちになっていた。


「大丈夫?色々、連れまわしてしまって、疲れてない?」


「大丈夫。有難う。すごい楽しいよ。天気も良くて良かったよねー!風も気持ちいいし」


「そうだね。気持ちいいね。あの、今更だけど、今日の格好可愛いね。いつもとイメージ違うからなんだか余計落ち着かないけど、良く似合ってるよ」


「今更~?!って、うそうそ!有難う。お友達の協力を得て、橘君に見合うべく、頑張ってみました」


「髪型変わるだけでも女の子は随分変わるね。最初会った時言いたかったんだけど、なんて褒めるのがいいのか分からなくて、少し大人っぽく見えたしね」


「あんまり褒められると、更科さんと先生が後から恩着せて来そうで、怖いから」


「それ、やってくれたのあの二人なの?!」


「うん。そうなの。なんだか訳分からないうちに、真綾さんとは友達だし、本庄君は、飄々としてて協力してくれてるつもりなのか、唯、遊んでるだけかよくわからないし、今日の報告もお礼にする約束して来ちゃったの。「超楽しかった!」って報告で許してくれるのかなぁ?あの二人の話は聞いてるだけで、こっちが恥かしくなるからあまり突っ込めないし、服貸してくれたり、面倒みてもらっちゃってるから色々、聞かれるのは必至だなぁ」


「あの二人、とうとう上手く行ったんだね」


「あ、うん。最近らしいけど、そういう素振りも真綾さんからしたら、無かったらしいから。よく知ってたね。先生が何か相談してたの?」


「まあ、そんなトコかなぁ。出来れば更科さんと親しくして欲しいって言われてた。本庄曰く俺がいると男避けになるらしい。見た目と結構ギャップがあって驚いたでしょう?」


「ああ、そうね。儚げな美少女っていったら、せんせいに詐欺だって笑われたわ。本人は、さっぱりしてて面白い子よね。私の事を何故だか、妙に気に入ってくれてるらしいのよね」


「そうそう、いつも俺にも椎名さん情報を聞いてきて、男だったらヤバイ感じだった。自分で声掛ければいいのにっていっても、其処は普通の女子の掟がまだよく分からないからとか言うから、少しウケたけど、やっと声掛けれたんだね」


「先生に無理やりお家に連れて行かれたから、声掛けられた感じではないけど、もう、がっちり友達にはなったわね。先生の従兄妹で婚約者で彼女でしょう?友達の友達はみんな友達の感覚に近いけど、可愛いのに、女の子にしては、はっきりした物言いをする子は嫌いでは無いしね」


「椎名さんらしいね。ちなみに男だったらどういうタイプがいいの?俺が聞くのも微妙だけど…」


「前に美久に聞かれた時に答えたのは、「普通にちょっとだけカッコ良くて優しくて可愛い感じの気の合う人がいい」って答えたら「せりかって残念な子ね」って言われちゃったの。意味は自分でも分かっているの。そんな人が見つかる確率なんて、とっても低いし、その人が自分に好意を持ってくれるかってなると更に確率落ちるものね」


「…俺は当てはまってないのかな?ある程度は好意を持ってくれてはいるんだよね?」


「はっきりいうと、さっき言ったタイプからは大きく外れてると思うわ。悪い意味では無いんだけど、この事を言ったのは橘くんの話になった時だったんだもの。相手にも失礼な言い方だけど自分に見合う人の方が楽かなって思ってしまうものなのよ。橘君に告白して来る子達は、みんなすごく美人で、モデルさんみたいな子達じゃない?とてもじゃないけどあんなに自分に自信無いし、実際、私みたいに告白されてもしり込みしちゃう子の方が多いと思うわ。橘君にとっては理不尽な話だと思うけど。橘君は、橘君の近くにいて惹かれない子はいないんじゃないかと思う位、理想的過ぎるのよ。見た目だけの話じゃなくて、私も橘くんみたいになれたらいいなっていつも思ってるし、決してレベルダウンして欲しいとかは思ってないのよ?なんだか今日も一緒に歩いて居た時思ったんだけど、ふわふわしてしまって現実じゃないみたいに思ってしまう感じなの。本人にこういう本音を言うのも本当は止めるべきなのかもしれないけど、思っている事をちゃんと言うのが誠意だと私は思っているから、気を悪くしたら、もう少し、自分を見直すから、橘君もはっきりと不快に思う事は言って欲しいと思ってるの」


「不快では無いけど、かなりショックかもしれない。其処まで言われる程、自分が彼氏なのは無理って思われてるとは思わなかったから」


「たぶん、もう少し、大人になるとこんな見栄っ張りに近い気持ちは無くなると思う。それくらい馬鹿馬鹿しい事を思っているし、言っているのも分かるんだけど」


「椎名さんが思う程、俺は立派な人間じゃないし、清廉潔白でもないよ。前にキスした時、初めてだったら悪いって謝られたけど、殆んどなんとも思わない兄貴の女友達と興味本位でつきあったりしてたから、気にされるほど綺麗な訳じゃない。椎名さんとっていうのには意味は大きいけど、却って悪い事をしてしまったと思ってるんだ。わざとじゃ勿論ないけど相手が違う人だったら多分、もっと頑張って避けたかもしれないと思うから」


「あれは、頑張って避けちゃったら、せっかくみんなで頑張った劇が終わっちゃうでしょう?!ギリギリ頑張ってくれたの私にだって分かったよ。全面的に私がバランス崩した所為だし!それに、自分基準で初めてなのかなって決めつけたのだって、男の子にはすっごく失礼な話じゃない?あの後、反省したの。余計な事言っちゃったって。だから、過去のお付き合いした女性が十人単位で出てきても、橘くんならありかなぁと思うよ。年上にもモテそうだもん。うちの母や玲人のお母さんだって騒ぐくらいだし」


「流石に十人単位では居ないけど、数ははっきりは言わないけど数人いたうちの一人がストーカーになっちゃった人が居たんだ。刺されそうになったところを警戒してた警官に助けられて、中2の時だったかな?結局半径100M以内には寄らないって念書を書いて貰って告訴とかはしなかったんだ。結局いい加減な付き合いをしてた俺が悪いのに、俺が中学生ってだけで全面的に被害者だとみんな思ってるから、兄貴にもすごく謝られちゃって、それから絶対うちに女の友達連れてこなくなったし。俺は、反省したのもあって家族にも迷惑かけたし、勉強位頑張ろうかなって思っただけなんだけど、やっぱりそれから少し女の人が恐くなって、それは家族も道とか歩いてても自然と避けちゃうから分かるみたいで、胸が痛かったみたい。特に兄貴が。だから今回、初めて自分から家に椎名さんを連れていったから、みんな浮かれちゃって、こんなに過剰に世話焼きな訳。ちょっとブラコンかと思われるでしょう?やり過ぎで」


橘くんは静かに笑ったけど、そんな事があったら、お兄さんも協力しようと思ってしまうのは当然だと思った。聞いた内容が重い割には話しかたや表情が軽くしていて、深刻にならないように話してくれていた。


「ブラコンとかは、思ってないよ。そもそも如何いうのが普通なのか、あまり分からないしね。橘君みたいな弟さんならお兄さんもいろいろ構いたくなるんだろうなー位にしか思って無かったけど、そういう事があると慎重になるものなんじゃないの?私が橘君のストーカーにならない保証なんて無いんだよ?」


「椎名さんみたいなかわいいストーカーなんて居ないよ!逆に今は、相手が付きまとった気持ちが分かって、悪い事したと思ってるもん。相手の事好きなのに、全然向き合ってくれなかったら辛いだろうし。俺もあの時、今の気持ちが分かれば、せめて向き合って、それでも合わないなら、納得いくまで話して断ったのにって思うから」


「それは、私とも納得いくまで話したいって事だよね。正直、私の事を其処まで思ってくれるのが、不可解なんだよね。何か特別橘君の気に入るような事した覚え無いし、そういう要素も自分に有るとは思えない。別に自分を卑下してるわけじゃ無いし、謙遜でもないんだけど、今迄、告白すらされた事無かったから、どうしたら、好かれるのかな?みたいな疑問がどうしても拭えないんだよね。付き合うのもピンとこないの。こんな子供っぽい私の何処がいいわけ?」


「それは、言ったら、細かいとこから全部好きだよ。それこそ、指の先から髪の先まで」


それは、とてもセクシャルな意味を含んだ言葉だというのが分かる言い方でせりかは瞬時に真っ赤になった。そんなせりかを見て橘は少し嬉しそうだった。先生が橘は少し黒いから認識を改めたほうがいいと言ったのを初めて現実に分かる思いがした。しかし、あまりにもせりかが橘を神聖視しているので、わざと今迄の話や、こういう態度を取らせてしまっているのかもしれないと思うと、自分の偏見の所為で、相手に辛い事を思い出させて、その上で人間らしい部分を見せようとする橘が、痛々しく見えた。



「分かったから、もう少し、猶予を貰ってもいい?後、玲人に相談してもいい?もちろん橘くんの今話してくれた事は言わないつもりだから」


「…いいよ。玲人は椎名さんにとっては家族同然だもんね。今迄黙ってくれていたのは、俺に気を使ってくれての事だろうし、構わないよ」





取り敢えず一応の決着を見た所で、あまり食欲も無くなってしまったのでお店を出る事にした。会計は何も言わずに橘が払ってくれたのを、お礼を言った。雰囲気が払うと言わせない空気があった。今日は何から何まで、奢られてしまって、せめておうちにお土産を持って帰ってもらおうと思い、土産物屋に入って、いるかチーズケーキなるものを自分の家の分とふたつ買った。





帰り、モノレールに揺られながら、八景島を離れていくのが、なんだか寂しく感じられた。気まずくなりそうな車内も混んでいるのをせりかを端に立たせて、負担が来ない様に庇ってくれているのが分かる。なんだか、彼にこれだけ想われて、返せる物があるのか不安になった。



新杉田駅で別れる時に、御家族にとお土産をわたすと橘はとても驚いた顔をした。


「いいの?貰っても?」


「うん。今日はいろいろとありがとう。人生初のデートが橘君で良かったと思ってる。すごく楽しかったし、今迄と違う橘君も知れたから。お兄さんにもお礼沢山言っておいてね」


せりかは、答えを出せないうちにこう言う言い方は期待を持たせて卑怯かもしれないけれど、今日思った本当の気持ちを告げた。しかし、賢い橘はやはり甘い意味には取らなかったようで、淡く微笑んだだけだった。それからポケットから小さい紙袋をせりかの手の上にお菓子を受け取る代わりに乗せた。


「渡すのどうしようかと思ったんだけどやっぱり椎名さんの為に買ったものだから貰ってくれる?」


「空けてもいい?」


「帰ってから見てみて。じゃあ今日は本当にありがとう。気をつけてね」


そう言って反対側のホームに去って行った。




帰ってから紙袋をあけるとそれは小さなペンギンのマスコットだった。それを見て。せりかは、何故か、胸が痛くなって涙が止まらなかった。


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