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幼馴染の親友  作者: 世羅
2章
125/128

125

「おはよう。椎名さん昨日は色々ありがとう。俺と玲人まで押し掛けたから、宮野の店にも長居しちゃって悪い事してしまったね」


「ううん。あの時間帯は丁度混まないから、気に病まなくても大丈夫よ。それより私用で部活を早く切り上げるなんて橘君らしくないんじゃ無い?」


「たまには、羽目外しても許してよ。後輩達もこっちがあまりにきっちりし過ぎだと息苦しくなっちゃうから、少し位、悪い先輩の方が気分的に楽に成るでしょう?」


「…本当に橘君には敵わないわ。玲人も同じ事を昨日の帰りに言ったけど、言う人が違うと受ける印象が全然変わるわね」


「それじゃ玲人が気の毒だよ。新部長になってから頑張ってるし、昨日だって時間は早く上がったけど、練習メニュー自体は通常通り終わらせるって頑張ったんだよ。俺は別にたまの事だし、少しは良いんじゃ無いのって言ったのに」


せりかはくすくすと笑って、橘に甘い事を言われる程、玲人が意固地に成ったのが想像出来た。玲人は楽観的ではあるが、根は真面目な性格だ。目測が甘いと感じる所も無くはないが、サボろうと言われて、それに乗るような部長では無い。それを分かっていてわざと悪ぶる橘は、ただ単に玲人の責任感を引き出させる為にそうしたのだろうと思った。


せりかの笑いに観念したのか、橘は「椎名さんは玲人の性格分かってるしね」と手を挙げて降参のポーズを取った。


「昨日は春奈先輩とお話出来て嬉しかったわ。橘君も来てくれて有難う」


「結構無茶振りされて困ってたじゃん!」


「聞こえてたのー?!」


「まあね。聞き耳立ててたしね」


「何だか橘君がそういう事言うと、おかしくなっちゃうわね。普段と余りにも違うから、さっきから何だか遅く来た反抗期みたいに感じるわ」


「俺は、椎名さん達に会う前に反抗期は来てるよ。母親だって、学校に行くと、今の俺の話を聞くと、辛いって言っていたの知ってるでしょう?」


「そうね。優秀な息子さんが誉められ過ぎて、痒く成るって言ってたわね。綺麗なのに楽しいお母さんよね…最近はお会い出来ないけどね」


「無理にとは言わないけど、玲人とかと一緒で良いから遊びに来てよ。俺も昨日の話とか家でしてるから、思うよりは気まずく無いと思うんだけど」


「そうね。そちらに伺うのはまだ無理かもしれないけど、私の方も両親には私が悪いのは、はっきり言って有るから、玲人のところとかで会う事が有っても、親の方が申し訳無くてギクシャクする様な態度は取らないと思うわ」


「それは本庄の事まで話してるって事?!」


「ええ。其処まで言わないと、何処から見ても完璧な彼氏を、娘の方から振ったとは、親は納得してくれないもの」


「俺が、酷い彼氏だから別れたって言ってくれて良かったのに…」


「学校では橘君の影響力が大き過ぎるから、あの言い訳で通したけど、家で迄、貴方に迷惑掛ける訳にはいかないでしょう?玲人の所にも来辛くなっちゃったら悪いもの」


「椎名さんは真面目だよね。親に言うには随分言い辛い内容だっただろうに、そのまま言うなんて思わなかったよ。相談してくれれば、もうちょっとそれっぽくて、角が立たないのを考えたのに!」


「ねえ、何でそんなに私に優しいの?橘君は誰にでも優しい人って訳ではないでしょう?」


「裏が有るって警戒してる?」


「いいえ。そうで有っても、橘君が何らかの含みがあっても受け入れるつもりだから、警戒なんてしないけど、それでも優し過ぎだと思うわ」


「付き合う時に、別れても親友に戻るだけって約束したのは、覚えてる?」


「覚えてるけど、私の方にだけ都合の良い約束で、貴方がそれに縛られる必要は無いと思うけど」


「ううん。悪いけど守ってもらうよ。あれは俺だけが守る約束じゃ無くて、椎名さんの方もそう言った事を遵守して貰わないと、約束違反だからね!」


「厳しいわね。橘君らしいけど…」


「椎名さんは、俺に悪いと思っていたみたいだけど、自分も守らなくちゃいけないのは、結構大変な事だって気が付いた?俺はそんなに甘く無いって知ってるでしょう?」


充分に今迄、せりかに甘かった彼に言われると、少し泣きそうになった。それが分かったのか橘が言葉を続けた。


「ただ、親友に優しいのは、人としては当たり前の事だから、椎名さんが気にする必要は一切無いよ。もしも俺が困ってたら、助けてくれるでしょう?今でもそれは変わらないよね?」


橘が困る事なんて、殆んど無いし、橘が困った時に助けるのは、本庄か玲人だろうなとは思うが、それでも出来る事はしたいと思う気持ちはある。


「何があっても、貴方の味方になるわ。たとえ本庄君と揉めたとしても、貴方に付くわ」


橘はかなり驚いた顔を見せた。友人として彼に示せる誠意を出来得る限りでせりかは伝えたつもりだった。


橘は衝撃で言葉が出なかった。恋人としてはせりかに選んで貰えなかったが、友人としては彼より優先される立場だという事実に心が震えた。今迄の事は、無かれば良かった気まずい事では、やっぱり無かったのだと思った。


何か言わなくてはと思っても言葉に出来ない。彼女は、橘が持っている本庄に対するコンプレックスも吹き飛ばしてしまった。今の気持ちを言い表す事が出来ない。


「今日のお昼、一緒にしても良い?」ようやく話し始められたのは、せりかとの約束を請う言葉だった。


「ええ。話があるって事でしょう?二人で行くのは禁止されているから、一応玲人が三組にお昼に行く前に、生徒会室まで付いて来て貰いましょうか」


「本当は今、話そうと思ったんだけど、人が多く成って来ちゃったしね。本題に早く入ればよかった」


橘はそう言って笑って見せたが、全くそんな事を思って居なかった。そんなどうでもいい嘘を吐いてしまう位、心の中が、先程の思いも掛けなかったせりかの言葉に満たされていた。


大人気無いのは充分承知しているが、これは些細な勝利などでは無い。彼女がずっと心酔して来たといっても過言では無い本庄よりも、自分を大事に思う部分が有るという事実に、橘は胸を打たれた。付き合い始めから辛い関係であった事も、別れた後、二人を見守る立場に立ってしまった事も何もかもが必要な事で、それがあったからこそ、自分と春奈の付き合いもあると思うと、回り道をした訳では無く、進むべき道筋をせりかと共に歩んだのだと、はっきりとそう思えた。




せりかは、橘に対して恋人としてあれ程不誠実だったせりかに対して、彼自身は本庄の気持ちを知りつつ付き合いを続けてくれた橘に自分が応えられる感情は、友情でしか無いと感じた。彼が親友だと言ってくれるのならば、彼には揺るぎ無い信頼と礼節を持って、胸を張って彼の親友でいようと心に堅く決めた。玲人としか絶対に分かち合えないと思った感情を、橘に感じられた事はせりかにとっても今迄の人生の中で、数えられる程の僥倖といえた。




昼休みに入り、美久と弘美に断って、橘と玲人と教室を出た。二人が歩く後ろを歩くと、玲人がせりかの腕を引いて隣に並ばせた。「ちょっとっ!」と少し気を使えと怒ると「やましい事が無いのだから隣を歩いた方が良い」と橘が穏やかに言い、玲人もそれに深く頷いた。そうして付き合って貰って生徒会室の中まで三人で入り、玲人は帰りに迎えに来てくれる約束をして出て行った。家族の様に思う相手だからか、あまり済まないという気持ちにはならずに「宜しく」と軽く手を振った。


「もしも、二人で居るのが先生に分かったら怒られちゃうかしら?今日は怒られても仕方が無いけど、仕事でこういう状況はいくらでも有り得る事よね」


「うーん。そこは、出入りだけは気を付けないと、見られた時に有らぬ誤解を受け無いとも限らないから、気を付ければ良いと思うけどね。実際はうちの先生も怒るよりも、指名制で仕事を引き受けた俺達が、妙な中傷を受け無い様に注意してくれてるだけだろうしね」


お弁当を広げて、とりとめなく、これからの行事のスケジュールや、生徒会だけの送別会の事などを話しながら食べ終わった頃にせりかは「それで?」と切り出した。


「更科さんが大分焦れてる。本庄が攸長な分、周りがもどかしくなってる、本人達にはちょっと有り難く無い状態だよね。突飛な提案をいくつかされたから、なだめて置いたけど、実は俺も少し、じれったい。大きなお世話だって分かってるけどね」


「玲人と真綾さんと三人で真剣に話してたのは、その所為だったのね。真綾さんや橘君には、そう思う権利も有ると思うけど、もしも私と本庄君が付き合ったとして、周りに良い事って有るのかしら?」


「そうだね。更科さんは、せりかちゃんフリークだから、従兄の彼女になってくれたら、先々親戚になれるかもって期待してるみたいだね。付き合いも始まる前から随分気が早いと思うけどね」


「真綾さんは婚約者だったのだし、結婚を考えないお付き合いは無いと思って居るんじゃないかと思うわ。私からすると、何故そんなに真綾さんに好かれているのかの方が疑問だわ」


「俺は何と無く分かるかな。好きなのに理由ってあまり無いと思うよ。感覚的なものなんじゃ無いの?」


「そうかもね。本庄君と別れた事も、憎まれても仕方が無いと思っていたのに、感謝してるって言われて、とっても驚いたの」


「更科さんは、自分の欲求に忠実で、羨ましく成る位、正直で真っ直ぐな人だよ。俺達も少しあやかった方が良いんじゃないのかなって思うよ」


「聞いてみたい事があるんだけど、良いかしら?」


「わざわざ、そう言うって事は、付き合っていた時の事?それは俺の中では辛い事では無いから、構わないよ」


「……ありがとう。貴方は私と付き合っていた時、思っていた所と違って後悔した事は一度も無かった?それとも、そんなに期待してないから大丈夫だとか、そう思って付き合ってくれてた?」


あまりにも自信の無いせりかの言葉は、まるで鏡を見ているように感じて溜め息が洩れた。自分も似た様な事はせりかに対して思っていた時期はあった。


「一回も椎名さんに失望なんてしなかったし、今でも付き合えた事は、良かったと思ってるよ。本庄に、もしもそう思われる事を危惧してるのなら、あまり心配しなくて良いと思うけど」


「でも、彼は私の事を玲人に『赦しの聖女』だと言ったのよ。それでがっかりされないとは、とても思えないわ。どう見ても盛大な誤解をされてるのだけは、はっきりしてるんだもの」


「椎名さんは、俺からみても聖女の様な人だったから、一概に誤解でも無いんじゃないの?でも、俺が好きだったのは、そういう所では無いよ。さっきも言ったけど、もっと感覚的なものだったし、聖女の様だという風に思ったのは、むしろ付き合い始めてからだから、自分の事は分かりづらい部分も有るんじゃ無いのかな?」


「じゃあ、橘君の思う聖女ってどういう人の事を言っているの?!」


「こういうと本気にしないかもしれないけど、『罪を憎んで人を憎まず』みたいなところかな」


「それって、水戸黄門じゃないの!」


「まあ近いよね。後、困ってる人を放って置けない所とか、自然と面倒見が良かったり、それにこうして別れた俺とも親しくしてくれるところとか?」


「それは、橘君が優しいからよ。こっちからしたら図々しい事この上ないわよ。周りからだって厚顔無恥だと思われてるわ」


「そんな事無いよ。クラスの事だって生徒会だって、部活を優先してしまう俺の事を責めもしない。こうして付き纏う様に傍にいても不愉快な顔も見せないんだから、人が良過ぎだよ」


「橘君の方が、人間の出来が違うのよ。初めて会った時から、選ばれた特別な人だと思ったわ」


「それは、自惚れてると思われるかもしれないけど、多少なりとも俺に好意を持ってくれたから、思った事だと思うよ。春奈さんが俺の事を神から特別に愛された人だと思うって言ってくれてね、聖女よりも、すごい勘違いだと俺は思うけど、それでも、好きな人には、その位の価値が有ると思われているんだと思う事にしたんだ」


「貴方にはその価値があるわよ!」


「それは、買い被り過ぎじゃない?!神から愛されたとしても君からは愛され無かったのに?!」


「!それはっ!私が全て悪いのよ…」


「ごめん。少し意地悪だって分かってて、わざと言ったけど、俺は椎名さんに選ばれ無かった事で、やっぱり自分自身で価値を下げた。でも、それはやはり馬鹿な考えだと思う。本庄に張り合って勝っても、多分どうあっても、君は本庄を最初から選んでた。それはあいつが俺より優れてるからとか、優劣の問題じゃなくて好きになるのは、そういう問題じゃ、きっと無いんだよね?」


「ええ。どうしてかなんて、理由なんて本当は全然無いのかもしれないわ。自分の事なのに全然分からないの。貴方を苦しめて置きながら、こんな言い訳しか出来ないなんて、情けないんだけど。でも、貴方は私の初恋の人で、やっぱり特別だから、私からすると買い被りでは無いのよ。勝手な言い分でごめんなさい」


「そう言って貰えると、俺の気持ちも報われるかな。俺達が今迄通ってきた道は絶対無駄じゃ無い。そうで無ければ、俺は春奈さんというパートナーを得ていないし、椎名さんと親友でいられていない筈だよ」


「有難う。私も春奈先輩や橘君にまで、皆から応援されてるのに、相手からの失望に脅えて後ろ向きになってしまった事、後悔し始めて居るの。片思いの頃はどう思われても良いと思ったのに、相手から気持ちが有ると分かった途端、それからの心配で一杯一杯になってしまって、人間って現金なものよね」


「その気持ちは分かるかな~。俺も椎名さんと付き合う前は、気持ちが無くとも良いと思ったのに、付き合い始めた途端辛く成ったからね。最初から分かっていてもそうなんだから、人は結構欲深だと思ったよ。でも今も違う意味で、欲が深いかな?やっぱり更科さん達からお膳立てされたりしないで、ちゃんと本庄と二人で始めて欲しいと思う。そうじゃ無いと、俺の気持ちが浄化出来ない。勝手なのは承知してるけど、それでも椎名さんにやっぱり聞いて欲しいと思ったんだ。勿論強要でも無い。俺の気持ちの拘りを慮って動いて欲しい訳でも無い。ただ、相手に知っていて貰いたいって思うだけなんだ」


「結局私を許してしまう貴方の方が、私からしたら聖女なんだけどな…」


「男に聖女はないでしょう?それに俺は聖人君子でもないよね。元カノから聖人君子だと言われたら、流石に記憶が抜け落ちたのかと思いたくなるよね」


そう言われて、せりかは顔を紅く染めた。橘のいわんとした事が分かったからだ。別れて友人に戻った相手に甘い記憶を思い出させられるのは、気恥かしいし、気まずい。今迄一度としてそんな事は無かったので、心の準備も全く無く、自分でも頬が熱いと分かりながらも彼を睨むと、綺麗な微笑みで返された。彼と抱き合った記憶も思い出しても、嫌な記憶では決して無い。むしろ大切な思い出になっている。彼がせりかを軽くからかったのは、彼の事を聖女だと言ったせりかの失言の所為か、もしくは、せりかが全て悪かったと橘に対して罪悪感を持っている事を、想い合っていた時間もあった事を、思い出させたかったのか、どちらかなのかは分からない。だけど、せりかの中の柔らかい思い出は、彼との幸せな時間が沢山あって、申し訳無いと思うばかりの時間では無かった事を、思い起こさせた。


「私、橘君と付き合えた事、とても幸せだった。本当に有難う。絶対に、貴方との付き合いを無駄にする様な生き方は、しないと貴方に誓う。そしてもう謝ったりしないわ」


「そうだね。謝られるのは、実は全てを否定された様で辛かったから、そうして貰えると嬉しいかな。そうしたら、椎名さんに出会えた事は、俺の中でもとびきりラッキーな事になるよ。今日は俺の自己満足の為だけに話を聞いてくれて有難う。俺も君に困った事が起きたら、本庄よりも先に助けに行くから。そうして奴を悔しがらせてやるのが楽しみだな」


「ふふっ。その時、本庄君が悔しいって思う関係に成れるように頑張るわね!」


せりかが笑うと橘もふんわりと笑った。その慈愛に満ちた笑顔は、生涯忘れる事は無いとせりかは思った。


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