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真宏や橘に背中を押されて本庄との関係の進展を考えたが、せりかが、自分がどうしたいかと思う以前に、本庄に付き合って欲しいと直接言われた事があっただろうか?玲人から間接的に聞いた事と本庄自身からの思わせぶりと言っては言葉が悪いが、ほのめかされた事しか思い出せない。
春奈にストレートに言われて、初めてその事に気がついた。何だか今迄悩んで馬鹿みたいかもしれないと思う。
色々と春奈にフォローしてくれた本庄に感謝の意を込めて微笑むと、春奈が「もしかして私、お邪魔かしら?」と黒く笑った。
「いいえ。とんでも無い!春奈先輩を邪魔だと思う人間は、まず、うちの学校にはいないですよ。私だって久しぶりに、こんな長い間お話出来て嬉しいです」
せりかが心からそう言うと春奈は珍しく照れた様子を見せて可愛らしかった。橘との事も、嬉々として振りまわしている話をする分には照れたりはしないのだが、流石にそれは、せりか相手だからだろうか。
「せりかちゃん、私達、周りからは関係が微妙なものだと認識されてしまっているけど、私はせりかちゃんに後ろめたい気持ちも無いし、一番最初から生徒会のお手伝いに来てくれて助けてくれた可愛い後輩だと思ってるのよ」
「勿論、私も周りが言っている事は聞こえてきますけど、橘君と春奈先輩がお付き合いを始めたのは、私と、もう別れた後の事です。だから私の方も気にしていませんから」
「そう。良かった。はっきり聞くとやっぱり安心するわ」
本庄は二人の話を聞きながら、せりかが少しでも橘に気持ちが残って居ない事に、情けないと思いつつもホッとした。別れてからの二人は以前よりもとても仲が良い。それは付き合って居る頃よりも顕著で春奈では無いが、そうだろうと有る程度認識していても、聞くと安心はやはりするものなのだなと思った。今日は多分、三人全員にとって有意義な日になっただろうと思う。やはり春奈に声を掛けて良かった。
「橘とは案外うまく行ってるんですね」
「そうね。とても合いそうにないし、何より責任を感じて付き合い始めてくれたから、実際は私も始めは、うまく行くとは思わなかったのよ。でも私達の学年は彼のお兄さんのファンが多く居て、その子達がかなり彼に移行してしまって、流石に年上だから今迄告白とかは無かったんだけど、卒業するから記念告白しようって話しているのが聞こえて来ていたから、良い防波堤くらいには成れるかしらと思って持ちかけた話だったんだけどね」
「ああ、その話、佐々岡先輩が橘に言ったら、橘が機嫌悪く成ってたんで、本人には、しない方がいいですよ」
「ええ。百合から聞いてるわ。勿論、私がそんな献身的な気持ちだけで付き合いを申し出た訳では無いのは彼も分かっては居ても、プライドが傷付くわよね。特別プライドが高い人ではなくとも男性のそういう部分は解っているつもりよ。元々付き合っていた人に振られた理由だって、橘君と二人で居たのを疑った訳では無くて多分彼のプライドが傷付いたからでしょうしね」
「気持ちは分からなくも無いですね。年の離れた彼女の横に橘の様な奴が隣にいたら、身も引きたく成ります」
「別れた後に、元彼に、責任を取って彼に付き合わせたって言ったら、春奈らしいって笑われたわ。でも自分が勝手な事をしてごめんって謝ってくれたの。彼も周りに結婚する人が居たりで、そういう事を現実に考える様に成ってから、付き合いに悩んでいた所があったみたい。勿論、彼もまだ若いし直ぐにどうとかは思わなかったみたいだけど、将来を考えたら私との結婚は考えられないって悩んでいたところに私と橘君を目撃してしまったら、本当に勝手だけど春奈と合う奴が居るなら別れたいと思ったって、とても正直に言われてしまって少し傷付いたわ」
「たしか社会人二年目ですよね。若宮先輩との結婚を考えたら、大学卒業まで四年で社会に出てから二年くらい最低は待ったとして、最短でも六年は無理だと思うと相手の方も迷いが出て来てしまったんでしょうね」
「確かに最初の方はそういう悩みだったのが、考えて行くうちに、どうしても私との未来が見えなかったって言われたわ。嫌いになった訳では無いから、あっちも別れ自体は自分で言い出して置きながら辛いらしいけど、先が無いのに付き合うのもお互いの為に成らないから、今は寂しいけど私に、もう既にお似合いの彼氏がいるなら良かったって言ってくれたの」
「いい方だったんですね」
本庄がそう言うと春奈は「私も今はそう思うわ」と言った。流石に急に別れを言われた直後は天地が逆さに思える程の衝撃を受けた。それにやっぱり悲しくて沢山泣いた。この話を別れた後に聞いた時もやっぱり泣いたが、彼なりの誠意で別れを切り出してくれた事だけは春奈にも分かった。何故なら、その時の彼は春奈よりも辛そうな顔をしていた。しかも受験前だった事を酷く詫びられたが、家庭教師をしてくれて居ただけに、春奈だったら、もう充分志望校に合格圏内だろうけど、と先生だった時と同じ口調で言われたのが、とても懐かしい気持ちになった。
せりかには、まだ結婚など、とても現実として考えられないが、春奈と本庄はやはり精神的に大人なのか、春奈の元彼の気持ちも理解出来るようだった。でも考えてみれば本庄には真綾という婚約者が居たのだし、春奈にしても年上の彼氏との結婚時期について一度も考えなかった訳ではないのだろうと何と無く納得出来た。
「あー、結局本庄君に乗せられて自分の事ばっかり喋っちゃったじゃ無い!」
「俺達のほうは、お話出来る事が無いのですみません」
「じゃあ、期待して待ってるわ」
「期待にはお応え出来る様にします」
本庄の強気な発言に春奈とせりかが目を丸くしたのを見て本庄が笑った。
「始めから諦めている人間に結果は付いて来ませんから」
「それもそうだけど、私より自信過剰な人を見たのは初めてよ。伊藤君も張るけど、彼は少し打たれ弱いわよね」
「ご自身で自信過剰だと仰る方は、そう周りに見えるだけで実際には違うと思いますけどね」
「あー!これが玲人の言っていた本庄君との禅問答ね?!」
「前に高坂に話していた時に言われた事が有るけど、俺は少し理屈っぽいから、そう揶揄されたんだろうけどね」
「高坂君は、面白い例え方をするのね。生徒会に入ってくれないから直接話す機会はあまり無かったけど、伊藤君が彼の事をよく話してくれるから結構知ってるのよ。せりかちゃんと知り合う前から『玲人の幼馴染の子』だって教えてくれて、せりかちゃんの顔も入学当初から知っていたくらいなのよ」
以前、伊藤が本当に気に入っているのは玲人だと橘が話して居たのを思い出す。本庄から見て、橘に部や生徒会の後継者として期待している様に感じていたので、橘のネガティブな考えからの発言だと思っていたが、どうやら本当の事だったらしい。人の心は誰にも動かせるものでは無いが、何だかあれだけ慕っている橘と涼が少し不憫になった。
隣のテーブルにいる三人を見ると、此方と同じ位声を落していて、声は聞こえるが内容は聞き取れない。橘がいるので、何か悪だくみでもしてるんじゃないかと予想をつけた。いくら何でも酷い予想だが、真綾を見ると、高坂では無く橘の方をずっと見て話している。普通彼氏が横にいて、他の男の方をずっと見ているのは不自然だ。何か真綾の面白がりそうなプランを練っているとしか思えない。それは確実に今、一番関心がある自分とせりかの事が関係している確信が有って頭が痛くなった。橘だけなら無茶な事はしないし、真綾だけなら事前に気が付いて止められるが、結託されると勝てる気がしない。高坂にでも探りを入れようかと考える。高坂自身は、本庄の事を性悪小舅だと思っている様だが、本庄の方は真っ直ぐで屈託が無い玲人に好感を持っているし、橘や真綾が何かやらかしそうな時は多分、本庄に教えてくれる人の好さもあるので、聞く相手はやはり高坂だろうと思う。
随分と遅くなってしまったので本庄がそろそろ帰ろうと促がすと、皆が同意した。真宏と真宏の母に出る前にお礼を言った。皆も後に続くが、真宏の母は「子供が気にしなくていいのよ」と朗らかに言い、真宏も怪我を押して、裏口から出て、表の店の玄関前まで見送ってくれた。
せりかは気恥かしい面もあったが、今日はとても楽しかった。玲人と一緒なので、母には元々遅くなるメールの後に迎えは要らないというメールをしたら、玲人君から聞いて知っていると返って来た。本当は玲人は彼女である真綾を送っていくべきなのかもしれないが、当然の様に真綾は「綾人と帰るわ」と言ったので、こちらも当然隣の家なので玲人と帰る事になった。橘の普段の話から春奈を送って行くのだろう事も分かるので、三組で最寄り駅で別れた。春奈とは、当分会えそうにないので「受験頑張ってくださいね」と手を握ると、春奈からも空いている方の手で頭をぽんぽんと触れられて「私も頑張るからせりかちゃんも頑張って」と励ましを受けた。生徒会の事かな、なんて気楽な事は流石のせりかも思わない。本庄との事を言われているのだ。どうなるのか分からないが、自信満々で始めから諦めている人には結果は付いてこないと言った本庄の言葉を思い出し、それは確かにとても納得出来た。せりかも、始めから失望されて嫌われてしまうと思っていても事態は好転しない、と腹を括る事にした。何から頑張るかは、これから流れに逆らわず、自分なりに良いと思う方向に漕ぎだして行こうと心に決めた。これからは本庄に押されてばかりで居るつもりは無い。別れ際、彼の方に『覚悟して置いてね』と心の中で囁いた。春奈や周りからこれだけ応援されている自分は、なんて贅沢者だろうと改めて周りの人達に感謝する一日にもなった。




