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「いらっしゃいませ」
「来たよー!せりか、制服可愛いわね」
「美久ありがとう!なんとか、様には成っているでしょう?奥に予約席入れて置いたから此方へどうぞ」
美久と弘美と沙耶が来たので奥の席に案内する。気取って「ご注文いかがなさいますか?」と言うと「お薦めは?」と聞かれたのでケーキセットを勧めた。ケーキもお薦めのものにしたいが、それは写真入りメニューから選んでもらう。
「せりかちゃん制服似合うわね~!玲人君が一緒に行きたいって大変だったのよ」
沙耶が苦笑気味に言うのをせりかも生温かい口調で「そういえば朝からそう言ってたわね」と沙耶達に迄まだ言っていたのかと呆れ気味に答えた。
「高坂君はせりかの働いてるところ見てみたいって言ってたから、もしかして部活早めに終えて来ちゃうんじゃないのかしら?」
美久が冗談に成らない事を言う。大きな大会前ではないし、玲人は部長でもあるので出来てしまいそうなところが厄介である。
「真綾さんは誘わなかったの?」
「もう少ししたら本庄君達と来るんじゃないかしら」
「本庄君達?」
「うん。日野君と藤田君も誘ったみたい。本庄君も橘君が来れないと、これだけ女の子だけのところには来辛いでしょう?」
「日野君たちもせりかちゃんのバイト姿に興味あるみたいだったわよ」
沙耶は軽くそう言うが、玲人や橘や本庄には抵抗感は無いが、このコスプレもどきの姿をクラスメイトの男子に見せるのは若干の抵抗がある。本庄はそういうところの機微にはとても細やかな人なので分からない筈は無いと思うのだが、この姦しい女子集団に入るのは辛いと思ったのだろう。日野も藤田も元五の仲間で文化祭では一緒に打ち上げの幹事も手伝ってくれた仲では有るし、ここで親睦を皆と深めるのは悪くない選択だろう。ソツの無い本庄の決めた事ならそれで正しいのだろうと思ってしまうせりかは、自分でも溜め息を吐きたくなる程しょうがないなと思う。真宏に数日前に言われた事で更に頭の中はオーバーフロー気味なのに、今日はちゃんと仕事が出来るのか不安になる。
真宏に三人の注文を言うと自分はお店に出られないから宜しく言っておいてと言って注文の品を作り始めた。
せりかはその間に常連の高校生のお客さんが来たので、注文を取りに行く。
「あー、せりかちゃん、いつものお願い」
「他の方も?」
「うん。いつものね。ここのブレンド美味しいから」
この子達は、近くの割と良い目の私立の付属校に通う常連さん達で、男女二人づつだが、コーヒー好きの友達同士らしく、余程の事が無い限り日替わりのブレンドを頼んでその日の味を楽しんで行く。週に二回は来てくれるのでせりかも、もうすっかり顔見知りであった。
「奥の方の子達ってせりかちゃんの高校の子じゃないの?」
一番良く話す女の子が耳打ちして来たので、にっこりと「友達なの」と言うと男の子達の方が「せりかちゃんのお友達って類友でレベル高いよね~!紹介してよ~」と言って来たので「目の前に可愛いお友達が居るのに何言ってるのよ」と窘めると、遠回しなお断りに気付いてくれた女の子から軽くはたかれて「ごめんね~」と軽く笑った。多分、そんなに本気じゃ無いのだろう。社交辞令のもう一歩先位といった感じだ。
注文が分かって居たので真宏はせりかが目を合わせただけで通じた様だった。
「森崎さん達の出来てるよ」
「有難う。直ぐに戻って常連さんのブレンド持って行くから」
「お待たせいたしました」
慣れた動作でケーキや飲み物を置いて行くせりかに三人は少し目を瞠った。
「なんか、せりかじゃないみたい」
弘美が感心した様に言うのでせりかも少し気分が良い。
「そーお?大分慣れて来たからね。結構楽しいのよ」
「きっとせりかの猫被りが接客業に向いてるのよ」
「あのね!…ごめんなさい、行かなくちゃ!」
そう言って慌てて戻ってコーヒーを運んでいる所に男子全員と真綾と春奈がやって来た。流石春奈は、可愛い子というレベルから逸脱している。店の人達の目が春奈に行くのを流して、元々用意してあった席に案内した。用意していたのが四人席だったので真綾が美久達の席の方に一緒に座った。
「いらっしゃいませ。春奈先輩迄いらっしゃるなんてびっくりです!」
「今日は本庄君に誘われちゃったの。本当は橘君も来たがったんだけどね」
さっき玲人の事を聞いた内容と一緒だが、ここに居る全員が春奈は元彼の彼女という微妙な立場で、せりかにそれを言っちゃうのか…という顔をした。しかし、事実だろうし、実際、春奈とせりかに何のわだかまりも無いのでせりかも「来て下さって嬉しいです。最近は中々お会い出来ませんもんね」と久しぶりの目の保養だなと思った。
日野も藤田も春奈に緊張して居る様で、少し顔をこわばらせて、せりかに「俺達も本庄の誘いで来たんだ」と言ったので、「ここコーヒーがとても美味しいのよ」と微笑むと二人は何処かほっとした顔を見せた。
「せりかさん、ワンピースとエプロン姿とっても可愛いわ」
真綾がお店も素敵ねと言いながらせりかを見てうっとりとした。本庄は横目でその様子を見て苦笑したが、せりかのウェイトレス姿は欲目抜きで可愛らしかった。
「私達も今さっき言って居た所なの。せりかってこういうの似合うわよね」
「有難う。何だかあまり誉められると少し恥しいわ…」
「そんな事無いわよ。せりかちゃんのウェイトレス姿、伊藤君も見たがってたけど流石にラストスパートだから来れなかったのよ」
「そういう春奈先輩だって追い込みですよね?」
「私は、始めたのが随分伊藤君とは違うもの。今は調整段階よ」
「伊藤先輩はサッカー部引退されてから本腰ですもんね、大丈夫なんですか?」
「彼は、なんだかんだ言ったって要領良いし天才肌なのよ。やらなくても出来るんじゃ無いかと思う位だけど、本人に言わせると結構必死らしいのよね。あくまで彼の主観で周りからみたら大してやらないのに物覚えのいい頭で羨ましいわねって言われてるのよ」
そうは言っても、たしか首席は春奈だった。この時期に息抜きとはいえ、ここに来れるのは充分に余裕があるからだろうと思う。極たまに橘とも帰りに寄り道をしている話は、橘本人から聞いてせりかも知っていた。
二人の順調な付き合いの話を聞くのは、せりかの心の和みでもあった。橘も春奈も分かっていて話して来てくれるのだと思うのだが、周りが微妙な空気になるので、気にしないで欲しいところだが、流石に無理そうなので必要以上に、にこやかに聞いてしまう為、せりかが無理をしていると思われているのかもしれない。
皆がせりかの勧めたブレンドを頼んだ。真宏がこっそりとコーヒーと一緒にホットサンドとマカロンをのせた。軽く片目を瞑るのでサービスの心算なのだろう。
皆も頼んで居ないものが来たので驚いていたが、小腹が減る時間帯でもあったので「うまい!」と言って頬張っていた。このお店は食べ物にも拘りがあるのでお昼も繁盛店なのだとせりかの母が言っていた。
本庄が席を立ち、奥の真宏の所迄お礼を言いに言っていた。流石に出て来れない真宏に気遣う辺り、相変わらずと言ったところかと思う。なんと言うかとても本庄らしいなと思った。
春奈も「本当に美味しわ」と御機嫌でマカロンを摘まんでコーヒーを飲む。そんな姿もかなり絵になる美人だ。ただ綺麗な人というだけでなく華というかオーラのようなものがある。周りの席からは後向きに座って貰ったので分からないが日野達は近くでみる春奈に固まってしまっているが、本人はそんな事はなれっこなのか、普段の橘の様子などを二人に聞いて笑っている。本庄もその話に尾ひれを付けて面白可笑しく話して春奈を爆笑させていた。日野や藤田は春奈に遠慮してかなり端折った話だったので実際は本庄の方が正確な話であった。
女の子達の席は各々の違うケーキを皆で味見をしたり、違うクラスの男子の話題と隣の事を忘れているんじゃ無いかと思う程盛り上っていた。玲人もいないし、沙耶の彼も他校だし、気にする人は居ないから良いかと思ったが、さり気無く本庄が従兄妹と目を合わせて自粛を促すのが見え、それに沙耶達も隣にクラスの男子達の存在を思い出した様だった。もう既に時遅しな気もしなくもないが、気が付かないよりは随分マシだろう。
付属校の常連さん達が席を立ってお会計に向かって居たので、真宏の母に「お会計お願いします」と声をかけた。「せりかちゃん、バイバイまたね~」と手を振ってくれて何だか友達みたいで嬉しい。せりかはにこりと微笑んで「有難うございました」とお辞儀をした。
テーブルを片づけに行くと、新たなお客さんがやって来たので、オーダーを取ってから真宏の所に行くと「みんな来てくれてるのにあまり話せないね」と言うので「働く私を見に来たから気が済んだんじゃないかしら?私は元々遊びに来てる訳じゃないしね。あとサービス有難う。みんな嬉しそうだったわ」
「森崎さん達も飲み物だけに伝票書き変えといてね。片方だけじゃ悪いでしょう?」
「美久達のは私が奢るわ。だって私の友達なんだもの」
「じゃあ半分もって貰おうかな?せりかちゃんもみんなに何かしてあげたいだろうしね」
そう言って真宏はケーキセットの差額の半分をせりかに持たせてくれた。
美久と弘美と沙耶はそろそろ遅く成らないうちにと席を立った。こちらの最寄り駅では無く学校の方の駅に戻るつもりらしい。それを聞いて日野と藤田も送りがてら一緒にと帰る事になった。
「椎名さん、ありがとう。宮野にもお礼言っておいて。お勧めのコーヒーも美味しかった」
日野がそう言ってくれてせりかも嬉しかった。
「うん。宮野君にも伝えるわ。美久達の事、悪いわね」
「いや、俺達もあっちから帰った方が定期も使えるから、元々戻るかどうか迷ってたし気にしないで」
「せりか、お会計値段が…」
「ケーキは、まーくんと私のおごりだから。今日はわざわざ来てくれて有難う」
「私達が無理に来たいって言ったのに」
「いいのよ。来てくれて嬉しかったから」
「じゃあ、宮野君にもお礼言っておいてね。ごちそうさま」
「せりかちゃん、ありがとう。このお礼はまた何かで、するわね」
沙耶はそう言うが、今迄、橘との付き合いの頃からといい、沙耶からして貰った事とこれ位の事ではとても釣り合わないし、沙耶にいつに成ったら恩が返せるのかと思う程いつも世話に成りっぱなしな印象だ。ここでそれを言ってもしかたが無いので、せりかは曖昧な微笑みを返した。
本庄と真綾と春奈が残ったので、席を移動するか真綾に聞くと、横で春奈が申し訳なさそうに「実は橘君と高坂君がこれから来る予定なの」と言った。
なんとなくこのメンバーが残った時点で予想出来た事だが、真綾と玲人と春奈と橘のカップルに挟まれて本庄と居るのは居心地が悪い様に思う。せりかが微妙な表情で春奈をみると、「黙っていてごめんなさい。五分五分くらいで来れるか分からなかったんだけど、今から来るってメールが来たのよ」と携帯を軽く持ち上げて見せた。
いくら近々に試合が無いからといっても、こんな事で本当に早めに部活を終わらせてしまう部長ってどうなんだろうとせりかは思う。普段なら橘が許さない所だろうが今日は共犯だからうまくいったのだろう。
一応真宏に玲人と橘が来ることを告げるとせりかも早めにあがって一緒にお茶でも飲んだらと勧められた。着替えると玲人が拗ねそうで後から厄介なので、二人が来てからお客さんの入り状況で上がるか判断する事にした。
今から大勢で座れる席に移るのは、お店に悪いのでどういう風な席割に成るのだろうと思う。橘と春奈と三人でも、ギャラリーが居なければ、気まずいという程では無いが、割合出来たてのカップルだし、元彼だし、やはり真綾の方に座ろうかなと思った。
橘と玲人がやって来た時は、丁度喫茶と食事の時間の切れ目な為、お客さんは数人しか居なかったが、それでも春奈が来た時の様に、その場に居た全員が顔を上げた。玲人はともかく、橘のテレビでも滅多に、お目に掛からないくらいの迫力の美貌は人目に付かない訳が無かった。せりかも初めて入学式で見た時には本気で驚いたものだ。今は見慣れてしまっているが、初めて見るお客さん達は橘の姿を目で追っていた。これだけあからさまに見られても気に成らないのかと言えば、少しは気にする様だが、玲人と比べればという、とても、せりかの測れる尺度では無い位のものだ。
「いらっしゃいませ」
一応笑顔付きで言うと二人は相好を崩してせりかの周りを取り囲んだ。
「似合うね~!早く練習メニューこなして見に来た甲斐があったよ」
「うんうん。馬子にも衣装だな」
後に続いた玲人の言葉は普通は誉め言葉では無いが、ほぼ身内なので、玲人は充分褒めたつもりなのだろう。表情で二人が讃えてくれているのが分かる。せりかからすると、ドレスを着た訳では無いし、二人とも後ろには彼女が居るんだし…と思うと、かなり褒め過ぎである。
しかし真綾も「そうでしょう?見れて良かったわね」と何故か自慢げだし、春奈も気にした様子は微塵も無い。
橘と玲人は各々のテーブルに別れて座るのかと思って居たのに真綾のところに二人で座った。『どうして~?!』と思うが多分注文した品が別れるのを気にしたんだろうと思う。本庄と春奈は然程気にした様子も無く話しを続けていて、橘には悪いがこちらの方がお似合いのカップルに見えた。学校では皆、美男美女カップルとしてお似合いだと持て囃されているが、せりかからすると似合い過ぎて目に痛いと感じる時がある。その点、年齢よりも落ち着いた印象を受ける本庄は春奈のような女性といてもしっくりくると思う。
そう思いながら二人を見ていたら、「せりかちゃんは、こっちに来て頂戴」と春奈から声を掛けられた。春奈と本庄とせりかの組み合わせって結構微妙じゃないだろうか。
「ご注文は如何なさいますか?」とわざと気取って二人に聞くと「アイスティーで」「俺も」と返って来た。寒くないのかと思うが、部活後で喉が渇いているらしい。
真宏に注文を言うとせりかの分も合わせて人数分のアイスティを片手で手際よく用意してくれ、更に部活帰りの二人に先程男性陣に好評だったホットサンドを付けてくれた。せりかは、あまりの過剰なサービスに「ちょっと、まーくん、やり過ぎなんじゃ無い?」と言ったが「友達が来てくれたら初回に色々サービスするのは商売では基本だから気にしないで」と圧のある微笑みで言われてしまった。せりかもこれを運んだら着替えてこようと急いだ。せっかくの紅茶が勿体無い。
学校の制服に着替えて皆に溶け込むと春奈に誘われて居たので隣の席に座った。本庄は春奈の前に居るので斜め向かいの席だ。恋人同士のところに入るよりはこの組み合わせは心情的なうしろめたさが無ければ中々良い選択かもしれない。生徒会の仲間として一緒に居た時間が長いので違和感が無いのである。思ったよりも気持ちも軽くアイスティにガムシロップを入れて飲んだ。仕事終わりのアイスティはお父さん達のビールの如く美味しい。少し甘めにしたので疲れもとんで気持ちが幾分上向いた。
「せりかちゃん。お疲れ様!せりかちゃんがお客さん達の対応しているの見ていたら時間が経つのを忘れるくらい楽しかったわ!それにしても慣れてるし、完璧板に付いていて、せりかちゃんに辞められちゃったら此処のお店も痛手よね~」
「もともと宮野君の腕が治る迄っていう話だったし、私は続けないのが前提のお手伝いなので随分甘やかされてしまっていて、あまり戦力になって居ないんです」
「そんなことないでしょう?お嬢さんの事、みんなせりかちゃんって呼んで声掛けてたし!」
「あっ、あれは、まーくんのお母さんがそう呼ぶのを周りが聞くから、お客さんもそう呼んでくれる様になっただけで、特別意味は無いのよ。本当は飲み物を作ったり、もっと力に成りたいけど、ずっと続ける訳では無いのには教えて貰う手間の方が掛かっちゃうから諦めたのよ」
「まあ、それは仕方ないでしょう?プロの技に成るのはそう簡単な事じゃないしね。この紅茶も美味しいよね」
「コーヒーも美味しいけど、ずっと喋って喉乾いてたから冷たい紅茶が来た時は、申し訳無いけど、やったー!って思っちゃったわ。受験が終わったら、ここのお店のお客さんに成らないと悪いわね」
そう言って美味しそうに紅茶を飲む春奈は、じっとせりかを見てからにっこりと人の悪い笑みを見せたので、せりかはちょっと身構えた。経験から言って伊藤程では無くともこちらが驚く事を言い出す前触れだ。
本庄もそれに気が付いた様で、「先輩、お手柔らかに」と先に牽制をかけた。
「そんなに構えられると期待に応えないと逆に悪いんじゃ無いかと思っちゃうじゃ無い」
「いえいえ若宮先輩に期待なんて恐れ多いですよ」
「思っても居ない事を良くいうわね~。それで、せりかちゃん達はどうしてうまく行かない訳?今日はお姉さんが聞いてあげるから言って御覧なさい」
ほほほと高笑いが後に付きそうな春奈らしい超上から目線の言いっぷりで、しかもストレート過ぎる言い方に気まずく成るよりも何だか力が抜けて笑ってしまった。
最初は強張った顔をした本庄もせりかが笑っているのを見て力を抜いた。
「会長、そういう事は、二人一緒の時じゃ無い時に聞いてくださったら、とても有り難いんですけどね」
「本庄君に会長なんて呼ばれると、ついこの前迄の事なのにとても懐かしくなっちゃうわ!でも話は逸らされないわよ?」
「それよりも橘と先輩のお話を後学の為に伺いたいですね」
「私達の事は全然話しても構わないけど長くなるから、また次の機会にね。それでせりかちゃんはもう本庄君の事は何とも思って無いの?」
春奈先輩は紅茶で酔える体質なのかと思ってしまう位、酔っぱらった両親達に玲人の事で絡まれた時と良く似ている。しかし玲人には遠慮も気持ちも無かったので、はっきり否定出来たが今同じ事は出来ない。しかし本人を前にして言う訳にも行かない、とちょっと答えを躊躇ったら本庄から助け舟が出た。
「先輩と橘がうまく行っているから、もしかして俺と椎名さんに悪いとか思ってるんですか?」
「悪いとは思って無いけど、卒業する前に纏まってくれるのを見たいとは思ってるわね。だから出来たら早めにお願いしたいの」
ちょっとだけ本庄は吹いてしまった。思い遣る気持ちなんだか自分が満足したいのか、そういう気持ちを全部差し引いても、かなり身勝手だろうと思う。しかし、前会長の手腕は伊達では無く正直に攻めあぐねて居るのを白状すれば助けてくれる気が有るのだろう。それも分かっていてせりかの方に探りを入れている様に見える。
せりかが自分の方を向いてくれるなら手段は問わないつもりだったが、玲人が無理矢理せりかと橘をくっつけた様な事をされるのは、ちょっとうまくない。後からお互いの気持ちからでは無いというのは、些細なヒビに成りかねない。
「若宮先輩は卒業されたら、もうこちらに遊びに来て頂けない訳じゃ無いですよね?でしたら楽しみは後にとって置かれても、いいのでは?」
「また上手いわね~!確かにじわじわ追い詰めて行くのを聞いた方が楽しそうね」
話が不穏な方向に向いて来てしまった。せりかは追い詰められるって自分の事を言っているのよねと考えるが、そこまで追われる価値が無い自分を時間を掛けて解きほぐそうとする本庄は奇特な人だと思う。橘の様に本庄に合う人が現れたら即、身を引いた方が良いと思う。そうは思うが、その時の事を考えると胸が痛い。彼から逃げながらも追って来てくれるのを嬉しいと感じてしまう自分は、なんて浅ましい考えなのだろうと自喋してしまう。こうして待たせるくらいなら、春奈の言う通り、さっさと付き合ってみて、早めに相手にがっかりされる方がましかもしれないという考えがよぎる。いい加減な気持ちで付き合いを許諾して橘を傷付けて置きながら、自分は傷付きたく無いと思うせりかは、きっと本庄に直ぐに失望されてしまうだろう。勝手なのは分かっているが、彼に失望されてあと一年同じクラスで過ごせる自信は無い。せめて三年から違うクラスになったら良かったのにと、相手の気持ちが自分に向いていなかった時と、まるで正反対の事を思った。




