12
金曜日になると、とうとう明日だ、とそんなに深刻になるような事では無い筈なのに、せりかの中には大きな問題として心の中に横たわっていた。やはり自分は男の子に慣れていないのだなと今迄、思ってもいなかった事を思った。玲人がいつもいて一緒に行動していたから、こんなに自分が免疫不足だと思わなかった。要するに、ビビっているのだ。なんだか改めて自己分析すると恥かしい。
こういう時に喋れる相手は、一人しかいない。もう、最近は人生の師としても仰いでもいいのではないかと思っている本庄綾人だ。
「せんせい~。明日、どうしよう?」
もう最近は弱音を思いっきり吐いてしまう。気取った言い回しをしたところで、彼には無意味だ。
「どうしようって行くしかないでしょ。逃げるなんてお嬢がするとも思えないし、着て行く服の事でも悩んでんなら相談のるよ?」
「ああー!!そこ忘れてた。人生初のデートなのに適当な格好なのも思い出としてどうなの?って感じだよね」
本庄はまだデートする前から思い出にされかかっている友人を思い、不憫になってしまった。少しでもデートを盛り上げるべく、服選びに行こうと無理やり放課後の約束をせりかに取り付けた。
放課後、連れてこられたのは、ショップでは無く、更科と表札の掛かった大きな屋敷だった。本庄は、なんの躊躇いも無く上がり込み、お手伝いさんらしき人に挨拶してから階段を上って、あるドアを空けた。
そこには、予想通り、更科真綾がいた。急に来てノックもせずに入って来たのだから、さぞ驚いているだろうと様子を見ると嬉々としてせりかを迎えた。よくみると広い部屋の中は、色々な服が散らばっている。
「いらっしゃい。お待ちしてました」
「え、えっと何も聞いてないんだけど」
「だって聞いたら、お嬢、逃げるじゃん?」
「逃げるって何から?」
「真綾から」
「なんで、更科さんから私が逃げなくちゃならないのか説明してくれる?」
「今から、お嬢は真綾の着せ替え人形になるから…?かな」
「悪いけどちょっと更科さんは待っててね。本庄くんと先に話をつけるから。それで、とりあえず、更科さんと本庄君はどういった関係で、何故、私が急に連れてこられたのかしら?!」
「真綾は、従兄妹兼婚約者。叔母が母の妹なんだ。それで、生まれた時からの婚約者。同じ綾の字を使ってるのも一応約束の記念か証みたいなものだって聞いてる」
「この間の打ち上げから少しは親しいのかと思ってたけど、この儚げな美少女掴まえて、いきなり婚約者って…私からみたら軽く犯罪者に見えるんですけど、相手の了承得てるんでしょうね?」
「儚げって、そりゃあ、それこそ詐欺だわ!真綾は中学迄、超箱入りのトコ行ってたから今の環境でボロが出ないように大人しくしてるだけで、どんな想像してるか分からないけど結構いい性格してるし、病弱でもないよ」
「それで、再度お聞きしますけど、どうして私が更科さんちに連れて来られてるの?」
「それは、真綾がずっとお嬢と仲良くしたがってて、俺ばっかずるいって言うからいい機会かと思って。まあクラスメイトだし、俺の従兄妹を今更だけど紹介しようかなっと言う訳なんだけど」
「それで、この服の山は、更科さんが私の明日のデートのために用意してくれたって事なの?」
「そうそう!!真綾がいっつもせりかちゃんかわいいから、こういうの着せて見たい!とか髪巻いたら、超似合うんじゃ!とかいってるから、絶好の機会かと思って電話しといたんだよ。とにかく後は、女子二人で着替えてみてよ。俺はあっちの居間でお茶のんでるから。出来たら見せて?」
「……………」
せりかはなんと言っていいか分からない程呆れてしまったが、二人になった以上、とにかく、真綾と向き合った。
「明日、橘君と八景島に行くんだよね?そうするとスカートじゃなくてパンツで上にかわいいチュニックを合わせた方がいいかな?あそこ乗り物もあるもんね」
「本庄くんから聞いたのね。もう、橘君にも悪いと思わないのかしら?」
「絶対、他には言うなって言われてるし、微妙な事情も少し聞いてるから。私の事は今迄あまり知らないだろうけど、綾人の身内だから信用して貰えないかな?」
「うん。本庄君にはお世話になりっぱなしだから、こんな文句言える筋合いもないんだけどね。でも、婚約者ってそれは、恋人ではないんだよね?」
「うん。つい最近迄は、結婚するつもりも無かったんだけど…綾人が、今更だけど付き合ってくれってこの間、文化祭の後言われて…」
そう言って真綾は頬を赤く染めた。これ以上突っ込んで聞けないけど、なんで急に?何故心境の変化があったんだろうか?
「椎名さんにはいいづらいんだけど、綾人曰く、とんびに油揚げさらわれたら困るからって告白されたの。どう見ても、椎名さんに橘君が告白したことと関係あるわよね?」
「私や、更科さんが油揚げで、橘君がとんびって事?そりゃあ、随分口が悪いわ!」
「そうよね!私も、あまりにもな告白に断りかけそうになったわよ!でもずっとなんとも思われて無いと思ってて諦めてたから嬉しい方が勝っちゃって、悔しいけど受けちゃったって訳。何年もこっちの事、焦らしといて、本当にムカつくったらないわ」
そう言いながらも真綾は幸せそうだった。しかし、本庄は、せりかの事を玲人の油揚げで、橘の事をそれをさらおうとしている、とんびに見えているのかと思うと何だかそれって何処から如何突っ込んでいいのか分からない内容だった。客観的にそう見えるかもしれなくても本庄がそう思うとは思わなかった。
「綾人は、本当は、結婚はするつもりだったけど、後悔しないように私にも誰かと付き合ってみた方が良かったんじゃないかって言ってるの。その上で、綾人を私が選ぶなら婚約もそのままにするつもりだったらしいの。何も政略結婚じゃないし、本人達が断っちゃえば何とでもなる軽いものだったの。唯、うちの親が他所にやりたくないって生まれた時に親ばか発言した所為で、それなら身内にってくらいの馬鹿馬鹿しい話なんだもの」
「うちも、隣の玲人の家に嫁に行かす気満々だから、それはすごく分かるわ」
「でも、橘君と付き合うかもしれないんでしょう?」
「本庄くんからするととんびに成るみたいだけど…。玲人とは今迄、そういう事考えた事ないの。血も繋がってないのに一緒の時間が長過ぎて兄弟みたいな感じで。橘君は、初めての片思いの相手なの。相手から告白されてるのに変なんだけど、今迄、恋愛ってした事ないからすごくどきどきしたり、トキメくって感情を初めて感じたら、もう片思いが楽しくて!でもなんだか、どうしてもその人と居たい、みたいな一般的な強い感情迄はまだ無いみたいなんだけど、橘君がそれでもいいって言ってくれて、とりあえず、お試しなお出掛けをしてみる事になったの。何様?って思われるよね?あの橘君を相手に」
「抽象的な例えだけど、例えばピアノを習い出したばかりで楽しくなって来たところに、急に君は才能あるからもっと有名な先生に習うべきだとか言われて、そこに連れて行かれちゃったみたいな気分ってことだよね?出来ればもう少し、自分のペースで楽しみたかったって事なんだよね?」
「分かって貰える人が居るとは思わなかったけどドンピシャ!更科さんって流石先生と血縁なの感じるわ~。少し言っただけで大体分かっちゃうんだね」
「そんな事はないと思うけど、綾人はエスパーかと思う時あるわよ。ちょっと怖いくらい何でもお見通しなんだもの」
「それは、私は其処までは思った事はないから、更科さんの事は多分よく知ってる所為じゃないかしら?元々、すごくカンが良い人なんだとは思うけど。それに、何だかんだと言いながらも面倒見もいいから、つい私も頼ってしまっているから、更科さんが気を悪くしていないといいんだけど」
「それは、大体付き合えるようになった切っ掛けが、椎名さんなんだもの。いい加減で適当な感じだった綾人が二人の事、気にかけてるのも珍しい事なの。元々、あまり他人に興味持たない人だったし。それが最近私にも微妙に違くなったっていうか優しくなった気がするの。だから、全然気にしないから綾人の事も仲良くして欲しいの。それについでに私とも♪」
真綾はそう言って可愛らしく首を傾けた。せりかは『もちろん』と頷くと真綾は嬉しそうに微笑んだが、その顔が少し本庄とやはり似ているなぁと改めて思った。
それからは色々文字通りお人形となって色々着せ替えられて、薄くメイク迄され、髪をホットカーラーで軽く巻いた上に緩く纏め髪にされて、ふんわりと女の子らしい感じに仕上がった。鏡の中のせりかは明らかに女子度アップした姿が映し出されていた。
「綾人に見せに行こうよ!びっくりするよ。すっごくせりかさんかわいいもん。早くも心変わりされちゃうかも。ふふっ」
随分な過激発言を軽い調子で言う真綾は、とてもかわいらしくて、何年も真綾の事を想っていた本庄が、心変わりする事は万に一つも無いだろうから言える冗談だが、其れ位いいよ!と誉められているというのはよく分かった。
居間には、テレビを見ながら、ケーキを食べている本庄が居たが、待ちくたびれたといった感じが一切なく、爽やかに笑いかけて来たのには、流石、育ちがいいってこういう事なのね!としか言いようが無かった。
「お嬢、超綺麗じゃん。元々、可愛いけどいつもより、倍くらいいいって!明日、楽しみだな~。橘にデートバトンタッチして貰いたいくらい」
「真綾さんの前で何言ってるの?妬かせようとしても無駄だと思うわよ!」
「ははっ。流石お嬢、負けるね。やっぱり」
「こんな別人で行ったら詐欺じゃないかしら?」
「そんな事ないよ。真綾の腕はいいけど、お嬢の素がいいからだし、前、釣り合わないみたいな事気にしてたじゃん?これで自分が気に成らなくなるなら余計に良くない?橘は、ある意味大変だろうけどね」
「どういうこと?」
「うーんと、ナンパに気を付けてって事。出来たらあまり一人にならない方がいいかもね」
「大丈夫だと思うけど、先生の言葉は重く受け止めます」
「明日、とにかく楽しんできなよ。友達っていう選択になっても仕方がないし、友達だったら楽しんじゃいけない事も無いでしょう?もちろん付き合うって事になれたら、それはもっと楽しくなるとは思うけど、こればっかりは、理屈じゃないから感性で感じて結論だすしかないよ」
「うん。有難う。なんか気持ちが軽くなった。真綾さんもありがとね」
「ううん。せりかちゃんが家に来てくれるなんてすっごく嬉しいもの。またいつでも来てね?」
「とりあえず、服とかカーラーとか返しに来るね。その時、色々報告するからね」
「うん!待ってるね。教えてくれるのね。嬉しい!」
「それから、せんせい?私達は油揚げじゃ、ありませんからね!」
そう言って軽く片目を瞑ると、本庄は、苦笑して真綾を軽く睨んだ。




