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幼馴染の親友  作者: 世羅
2章
117/128

117

金曜日の夕方から、土曜日に掛けて本庄の誕生日会という名目のお泊まり会が開催された。


主賓である本庄が自宅に皆を招いたが、本庄の家以外だとせりかと玲人の家で共同とかでないと、実施は難しかっただろうと此処に来てせりかは思った。


分かっていた事だが、家がとても広い。家具やインテリアを扱う会社の社長宅なので、とても洗練された広々としたリビングに客室が沢山あって、この人数でもゆったり泊れそうだった。一応二人部屋にしてくれているが、落ち着かなかったら、一人用の客室もあるよ、とまるでホテルの様な事を言われた。


「橘君は来た事あるの?」とせりかが聞くと「うん」と答えた後に、ここを設計した人の話をし始めた。せりか達には全く分からない世界だが、本庄曰く、まあまあ有名な人に頼んで造って貰ったとの事だった。本当に有名な日本人の建築家では、個人宅は中々難しいらしい。大きな物しか手掛けない場合も多いし、橘が師事したいと願っている神戸の教授のように、教える側に回っている場合もあるからと本庄が教えてくれた。


「それにしてもおしゃれよね~。一年生の時の坊ちゃんの話も伊達じゃ無かったのね」


美久が言うと、弘美も「すごいよね。ワルツ踊れるのって!」と言ったので、弘美の中で家よりもワルツの方が上かと、せりかと橘でおかしくなって二人で目が合ってしまいくすくすと笑ってしまった。


玲人だけがクラスが違っていたのでピンと来ないようだ。


「なんだか疎外感あるな。これだけ広いと踊れそうだし踊って見せてくれよ」


お前はジャイアンか!と皆が突っ込みそうな中、機械を操作して、シンデレラで踊った曲を本庄が掛けた。


真綾を呼んで、二人で優雅にクルクルと踊って見せてくれた。流石に俄か仕込みのせりか達と違って、とても上手で皆で拍手すると、真綾はにそれに応えてスカートを抓んで膝を少し折った。


踊れと言った玲人だけが不満そうで、皆は懐かしさと素晴らしさで、何とも言えない気持ちになった。せりかと橘は特に死ぬほどと言っても大袈裟では無い位ステップを踏んだので、懐かしい気持ちが強かった。せりかが「まだ踊れるかしら?」と聞いたら橘は「本庄のリードなら踊れると思うよ。ワルツってリード側がうまければ何とか成るし、踊ってみれば?」と言ってきた。せりかは、たどたどしくとも、橘を誘ったつもりだったのに、うまく交わされてしまった。今は春奈がいるし、別れた元カノとは踊れないのだろうかと、少し寂しい結論を出すと顔に出てしまったのか橘が「本当に俺じゃリード出来ないよ。一年以上前なんだよ?」と言うと、美久から真綾ちゃんに踊って貰ったら踊れるんじゃない?と嫌な振りを受けた。


「一応やってみるけど駄目なら途中で止めるからね」と言って、真綾に承諾を得て、最初の型を取った。音楽に合わせて踊り出すと、せりかは本庄のリードで難なく踊れたが、橘達は、踊り続けては居るもののせりか達とは大分見劣りした。でも、橘も四苦八苦しながらも楽しそうで、音楽が止まってからも、もう一回と言って真綾を付き合わせた。二度目は勘を取り戻したらしく、かなり優雅に見える。美久も踊ってみたいと言って、本庄のリードで何と無く踊れている錯覚くらいは味合えたからと弘美にも勧めて、くるくるとまるでシンデレラの舞踏会の様に踊り出したら、皆楽しく成って来た。


玲人も真綾に手ほどきを受けながら楽しそうなので、せりかは久しぶりに慣れて来た王子様と踊ると、お互い苦労を思い出したのか踊りながら笑ってしまう。高校に入ってから橘とは、苦楽を共にして来た戦友みたいな感情が芽生えていた。まだこれからもそれは続いて行く予定だけれども、今はただ懐かしくて楽しかった。


しばらく踊って、本庄がずっとリピートにしていた曲を止めると同時に皆で倒れ込んだ。


「「「喉乾いた―」」」と数人が騒ぐので、冷蔵庫から、飲み物とコップをせりかが運んで、皆で各々、好みのものを注いだ。本庄の分だけ、一応の主賓に気遣うと「ウーロン茶でお願い」と言われた。流石に慣れない二人の指導は、ばてたらしく、うっすらと汗を掻いていた。


皆そのまま飲みそうな勢いだったが、玲人が「本庄の誕生日を祝って乾杯!」と言ったので皆も「「「「「乾杯―!」」」」」と言ってから飲み始めた。


料理は各自得意な物を作って来るという事になっていた。前菜はカナッペにした。スモークサーモンや、クリームチーズを載せて、プチトマトやミントの葉などで綺麗に皆で整えた。


玲人や橘まで母から料理を持たされて来ていた。せりかは、骨の付いたチキンを揚げたものと、お祝いなので、お赤飯をおむすびにして胡麻を上に振りかけたものをタッパーに入れて来た。


橘は煮込みハンバーグを鍋ごと持って来て、ここで温めたので湯気が出ていて美味しそうだ。玲人は玲人の小母さんの得意料理である春巻きとシュウマイを持って来た。


弘美はケーキを焼いて来てくれた。二段に成っているが、どうやってここ迄持って来たのだろう?後から聞いてみようとせりかが思っていたら本庄が「すごいね!」と褒めると、ここで前菜を皆が作っている間に二段にして飾り付けたのだと答えた。


美久や真綾も皆と被らないものを大量に持って来てくれているが、食べきれるのだろうか?皆が、人数多いしと多めな気がして心配になった。


本庄は、俺は飲み物担当ねと言って色々と冷蔵庫に入れてくれていた。


「とりあえず食べようか?」と本庄が言い出して、皆も近くにある物から食べて見る。皆気合いが入っていて美味しい。せりかは少しオーソドックスにし過ぎたかと敗北感が漂うが、他のものと被って無いし、良しとした。


真綾は、野菜不足になりそうだったからと、ここでカリフラワーやブロッコリーを茹で、レタスやルッコラなどの野菜にエビやタコや海藻を載せてシーフードサラダにしていた。ドレッシングはお好みでと、数種類市販のものを用意して来た。素晴らしい!せりかは真綾のサラダに目がきらりんとなると玲人が笑って、「ほらな!俺が言った通りだろう?」と真綾に言った。


どうやら真綾が何を作ろうか玲人に相談したら、野菜と海鮮だったらせりかが喜ぶと言ったらしい。「もう、本庄君の誕生日会なのに、私の好物教えて如何するのよ?!」と言うと真綾はバランスも良くなったから、気にしないでと言った。本庄も玲人もそれを聞きながら、真綾ってせりかフリークだもんなぁと目で会話すると、本庄も薄情な従妹より、皆の作ってくれた物を少量ずつ食べた。せりかのお赤飯は、何だか幼い頃に母親が作ってくれたのを思い出した。結構手間のかかる物だったと思う。


ここにいる全員の為なら、手間を惜しまず作ってくれるだろうが、今回は自分の為だと思うと、思わず笑みが洩れた。「本庄、顔が緩んでる」と橘に肘で突かれた。そういう彼もお赤飯を食べている。絶対、本庄に見せつけている。橘は基本的には、今はせりかと自分の事を応援してくれていると思う。だが、たまに自分とせりかの親しさを見せつける趣味の悪い事をするのを好んでいる様だ。彼の寛大さを考えれば些末な事だと本庄も思うが、それでも少しだけ腹が立って来た。


せりかは、橘が春奈と付き合い始めてからの方が、友人として橘に親しげな様子を見せる様に成って来たと思う。今迄は遠慮していたのかと初めて分かったが、一緒に一年から委員をして、生徒会を手伝ってと、ずっと一緒だったのだから、実際親しくなってもおかしく無いのだが、付き合っていた時は逆に皆の前では一歩退いた態度だったのだと本庄は思った。


橘も、今は何の枷も無くせりかと仲良く出来る立場なのをいい事に、本庄に見せつけて楽しんでいる。全くいい性格をしてると思うが、自分で何とかしないと、せりかを振り向かせられない。


今回は、せりかの気持ちを如何にか動かす鍵を掴めないか、観察しているのだが、橘と思ったよりも友人としての信頼関係が深いという事を思い知らされた。




皆がお腹が結構一杯になった所で、本庄にプレゼントを渡そうと橘が言い出した。何故か本庄が誰のプレゼントを気に入るか見えない勝負をしている様な雰囲気だ。


先に出した方が気楽だからと、美久と弘美が二人でとカシミヤのマフラーをくれた。これから寒くなるし、自分だと選ばないオフホワイトの物で、プレゼントの醍醐味だなと思う。お礼を言うと、今度は玲人と真綾から目覚まし時計を渡された。今ので起きれているが、録音タイプのものなので皆の声で吹き込んで置いたから♪という真綾は流石身内だ。中にはせりかも吹き込んでくれたのだろう。にっこりと有難う!と言うと、真綾達は勝った!という笑みで橘達の方を見た。


橘は少し苦笑いで、玲人達には負けたかな~と言いながら、綺麗にラッピングされている某デパートの紙袋を差し出して、俺と椎名さんと後、来れなかったけど石原さんからだからと言った。


なんだかせりかが同じ様に貰った時に比べると、皆で纏めてくれる傾向だなと思う。


開けてみてと橘が言うので、中の箱を開けると、シルクのパジャマが入っていた。思わず目が点になる。高校生男子にシルクのパジャマって有りなのか?!両親だってそんなものは着て居ない。


「ほら!やっぱり失敗だったじゃ無い?!橘君が絶対これって言うから、沙耶ちゃんと渋々同意したんだけど、本庄君引いてるじゃない!」


「そこ、止めなかったせりも悪いんだから、忍だけの所為にするなよ。良いんじゃ無いの?イメージぴったりじゃん!」


イメージ???本庄はアイボリーのシルクのパジャマを掲げて、疑問符を飛ばすと、他の皆も葉巻があったら完璧だと言った。なんだかマフィアの親分みたいなイメージだなと思う。


橘が「今日着せて見せてよ。御曹司の本領発揮して、それっぽくしてよ。似合いそうだから」と言うと、せりかが「店員さんも着心地良いからって言うから…良かったら着てみて?」とフォローするので、本庄も「期待されてるみたいだし今日から着させて貰うよ」と微笑むとせりかは明らかにホッとした顔を見せた。


それにしても三人で買ってくれたといっても、これ高いんじゃないのか?と思うが、それは後から橘を問い詰める事にしよう。


それから、ケーキを切り分けて紅茶とコーヒーと共に食べると、甘みが抑えられていて美味しかった。本庄は「斎賀さんは薬剤師に成りたいって聞いたけど、パティシエールでもいけそうだね」と感想を言うと玲人や橘も同意した。かなり男子受けした様だ。せりかは実はもう少しだけ甘い方がいいなと思ってしまった。しかし弘美は本庄の為に作ったのだろうと思うと、普段穏やかそうだが彼女の強い意思とこだわりを感じた。


それから洗い物等を流れ作業でして行く。橘は慣れた手つきだが、玲人と本庄は少し怪しいので、悪いが手は足りているので遠慮して貰った。


真綾が居れば、食器の仕舞い方など、困る事は無かった。


追い出された本庄は、奥の温室に玲人を連れて行った。蘭の栽培が趣味の父が道楽で造ったものだが、玲人は温室の存在に驚いていた。


「高坂もあまり家事はやらないんだね。俺も普段はお手伝いさんが来てくれるから、手出ししようとすると仕事を取らないでくれって言われて、手出しさせて貰えないんだよ」


「俺は、せりが大体やってくれる所為もあるし、母親も専業主婦で二人に挟まれてあまりやらないな。本庄のとこは、これだけ広いし、お袋さんも忙しそうだから他人ひとに入って貰うしか無いのは聞かなくても分かるよ」


「しかし橘って器用だよな~。橘の家だって家庭的なお母さんだっただろう?」


「そうだよな。後で忍に聞いてみようか?…」


問い詰める件が一件増えた。今夜はあのパジャマの件と一緒に聞く事にしよう。


「今日は、せりともゆっくり話せよ。二人とも見てると、ちゃんと話せば良いのにってすごく思う」


「うーん。最近嫌われちゃってるから、話してくれるのかな」


玲人に味方になってくれと頼んだ事は有るが、本当に親身に成ってくれるとは思わなくて、つい、はぐらかした。


「あんなに執念深い事言ってて、誤魔化すなよ。本当はそうしたくて、今回こうして機会を作ったんだろう?難しく考えないで当たって砕ける位の気持ちで行けよ!」


「いや、砕けるつもりは無いから」


「…そうだったな。どうにかする根性と自信がお前に有るのは分かる。でも本庄は考え過ぎて、深みに嵌まってる時があると思う。なんだか焦れったくなるんだよな」


そう言われて苦笑するしか無いが、玲人自身がとても楽観的な人間だと本庄は分析しているので、悪いが自分は玲人の様にはとても成れないと心の中で思う。




片づけが終わったからと真綾が温室まで呼びに来た。「真綾、時計有難う」と頭をぽんぽんと撫でると「やっぱり?!綾人が喜びそうなものって考えたんだけど、当たりだったわね。橘君と勝負してたから圧勝だったわね」


「何の勝負してるんだよ?橘とは負けた場合どうするとかいう話にはなってるのか?」


「勿論してるけど綾人には、言わないでおくわ」


「橘と張り合うのは、あまりお勧め出来ない。一時的に勝っても真綾じゃ相手は無理だよ。あまり無理を吹っ掛けない方が良いから」


先日、かなり良い様に遊ばれた本庄は、多少腹を立てても此方が怒らないギリギリで引く、引き際の鮮やかさや、此方のダメージポイントの的確さに加え最後は本庄が自分のミスだと思わせる手腕はすごいと思った。特別な教育は無いとは言っていたが、あの外見で妬まれずにうまく切り抜けて来ているのだから、元来の賢さと立ち回りの良さは、カリスマ生徒会長の兄の教育があったにしても称賛に価すると思う。


「大丈夫。高坂君がいるから。橘君の弱点の一つよね」


確かに、そこは橘を攻撃しようとしたら狙い所だが、自分の彼氏を橘の弱味に使うっていうのは大丈夫なのか?主に彼氏と溝が出来るんじゃ無いのだろうか…。


「高坂は良いの?真綾の我儘に親友が振り回されても」


「限度を超えたら、忍がそのままにしないから大丈夫だよ。部活での忍の恐さを知らないから気にするけど、限度超えると本当に容赦無いから、俺が止める迄も無く真綾が痛い目を見るだけだ」


「そうだな。そう言えば生徒会でも俺達に無い厳しさがあって、頼りになる会長だもんな」


「げー!やっぱり他でもやってるのか?!本庄、少し注意してやってよ。他だと体育会系過ぎて、見た目とギャップ有り過ぎでドン引かれるだろう?」


「そこは本人も自覚有るみたいだから、行き過ぎの時は注意する様にするよ」


「本庄が生徒会に入ってくれてマジで良かったよ。忍が意見聞く奴って、ものすごく少ないし言える奴がまず滅多に居ないから、筆頭のお前がいて自覚も有るなら大丈夫だな」


「私と橘君が揉めても助けてくれないの?冷たくないかしら」


「真綾がすっごい困ったら、従兄と一緒に助けると思うけど、忍は俺達が出ていく所迄はしないからなぁ」


「そう!そこが厄介とも言えるし、良い所でもあるんだけど」


それで何をやらせる心算か真綾に聞くと、約束したのは生徒会室の出入りを許して貰う事だという可愛い内容だったので、本庄も玲人も安堵した。前の源氏物語のビデオの時は本気で怒っていたから、あのレベルの無理を言い出したら、どう宥めようかと思ってしまった。


「そのくらいなら、俺に言ってくれてもいいのに…」


「せりかさんにはもう許可は貰ってるし、綾人はそう言ってくれると思ったけど、部外者だし一応会長のお墨付きが欲しかったの」


「真綾も気を使う様になったんだな。それで橘の要求は?あっちが勝った場合は何かあったんだろう?」


「ううん。自信あるからいいって言われて、こっちのしか言ってないわ」


はぁ~と本庄と玲人は溜息を吐いた。取引はお互いの利害が一致して成立するものだ。真綾はやっぱり甘やかされた女だと橘から見縊みくびられたのだと思った。


真綾に言うか言わないか迷ったが、玲人に委ねる事にした。


本庄は真綾にシャワーの場所を玲人に教えたら、女の子達にも案内してあげてと言って、橘に用意した部屋に向かった。玲人と一緒でも良いと言って居たが、にぎやかな女子達とは違って一人部屋のが気楽だろう。


橘の部屋をノックすると、既にシャワーを浴びて、髪を拭きながら出て来たので、部屋の中に本庄が入った。ソファも置いてあるので其処に座ると、橘はノリの利いたシーツの掛かったベッドに腰掛けた。タオルを洗濯カゴに入れて、「何の話で来たの?」と微笑む。


本庄相手に無駄に色気を振りまかなくてもと思うが先制攻撃かと、呆れて見つめると


「冗談だって!ちょっと絶対安心な相手でやってみたらどうなるのか、一回試してみたかったんだって。。。ごめん、呆れられるんだな…」


「あの冗談みたいなプレゼントっていくらしたの?三人で割っても相当良いものだから、お前が残り分出してるんだろう?」


「やっぱりセレブなんだな!値段なんて判らないかと思ったのに」


「うちは、商売柄、布の良し悪しも分かる。それで、三万は下らないものをくれたのってどうして?!」


「椎名さんと石原さんからは、予算内の額しか貰って無いから…」


「そんなのは、判ってる。それで、バイトしてる訳でも無いんだから親持ちだよな?何でまた、そんな事を?」


「原因は実は本庄にある。ピンとくる事、無い?」


「俺が?何か…って、もしかしてお前のところに遊びに行った時の土産の所為か?でもあれは急だったから貰い物の中から賞味期限が一番大丈夫そうだから持って行ったものだから、申し訳無いとは思ったけど、気にされる程いいものだったかな」


「本庄が持ってきた酒、親父が見て驚いてた。俺も母さんも酒の事とか分からないで貰っちゃったけど、ああいうのって何年物とかで値段が随分するものみたいだな」


「俺も、急いでたから、重さでお酒かなぁって思った位で、開けて無いんだよ。不謹慎だと思ったけど、熨斗が付いて無いのだけ確認して、綺麗なまま渡したかったから。橘の所兄貴も居るって言ってたから、持て余しそうな菓子とかより無難かと思ったんだよ」


「うちの母親も開封して無いから、きっと本庄君分かって無いのよって言ってたけど、あれは一年の時で土産に文句を言える程、親しくなかった。だから、俺はもう忘れ掛けてたんだ。でも今回、本庄の誕生日だから何か料理作ってって言ったら、商品券持って来て、これでプレゼント買えって言われて俺も断ったんだけど、親も気に成ってたみたいだし椎名さんと石原さんと合同なら、そこそこの物は買える値段になるから、本庄に気付かれないものを選んだつもりだったんだけどな」


「椎名さん達には事情を話したの?」


「頼んで、一緒に乗って貰った。うちの母親の性格も知ってるから、頼んだら分かってくれたんだけど、彼女は、パジャマは付き合っても居ない異性にあげて良い物なのかって悩んでたけど、石原さんが似合いそうだし、みんなでだから大丈夫だって加勢してくれて、あれになったんだけど気に入らなかった?」


「いや、自分では絶対買わないものを貰うのは、プレゼントの醍醐味だろう?あの馬鹿ぼっちゃまっぽいのは、きっと愉快に成れると思うけど?」


「別に馬鹿ぼっちゃまじゃ無いよ。いいじゃん。本当にセレブなんだし…」


「うちは、特別贅沢してる訳じゃ無いから、誤解しないで欲しい。家が広いのは、その必要が有っての事なだけで、それ以外は特別良い時計とかして居ないし、持ち物だって皆と同じものしか持って無いのに、カシミヤとシルクだろう?貰った物は嬉しいけど、そういうイメージが付く様な事したのって、それこそワルツを教えた時位だろう?」


「本庄自身が品が良いんだよ。劇やった時が顕著に出てたけど、身のこなし方とか、姿勢や仕草が綺麗なの!皆だってそういう所のイメージで、素材の良い物を贈りたくなるんだよ。別に悪い事じゃ無いだろう?そういう所も含めて本庄だって、みんな解ってるし妬んだり僻んだりするような奴とは、そもそも友達になって無いだろう?!」


「確かに、みんなそういう意味では、うちのクラスの他の奴らも、前のクラスの時も嫌味な事は言ってこないよな。なんか、そういうのに慣れて当たり前になってたから、今回のイメージに少し傷付いたのかもしれないな。でも源氏物語の帝のイメージっていう意味なのか」


「元々、修学旅行の時だってエスコート上手いって評判良かったの知らなかったの?玲人だって頭の中将役を真剣にやり始めた時に、お前に綺麗に見える動作とか教えて貰ってただろう?悪いけど劇だけじゃ無くて、普段のイメージだよ。上品で大人っぽいっていう風に思われてるって感じない?」


「橘と変わらないと思うけどね。そういう意味では良い様に遊んでくれた相手に大人っぽいって言われても、嫌味に聞こえかねないよね」


「この間の事、根に持ってる?椎名さんに言ったの怒ってるんだ~?」


「俺のイメージが崩れるだろう!」


「ほらね?本庄自身だって自分のイメージをセルフプロデュースしてるんだよ。みんなに、こう思われたいって言うのが有るのは誰にでもある事だけど、多分本庄は、もう少し庶民的に見られたいと思ってるんだろうな。壁作られたく無いからだろうけど、でも別に虚像じゃ無いんだしセレブリティが、どうとかって実はみんなあまり思って無いよ。これだけ客室が有るのもお客さんが来るんだろうって大変だなって思うし、家具だって魅せる為に配置されているのだって分かる。御曹司とかって言っても夏休み修行に殆んど取られてたし、努力してるのも知ってるから、本庄の方が気負わなくて良いんじゃないのかな?」


「なんだか諭されてる?俺がいつもやってる事をやって、反対にどう思うか確認させられてるのか?!」


ちょっとだけ自分がいつも説教くさかったかもしれないと反省して苦笑してしまった。分析された相手がどう思うのかについて考えさせられた。


「違うよ。俺、最近春奈さんと付き合い始めて思う事があるんだ。俺達ってお互いに、やけに人目を引いてしまう外見してるから、一緒にいる人に悪いなって思ってしまうんだよ。でも相手に嫌がられると、それはそれで傷付くんだ。矛盾してるでしょう?気に成らない相手と付き合って、初めてその矛盾に気が付いた」


「俺もお嬢さんに対して矛盾した事をしてるって言いたい訳か…」


「椎名さんには顕著だよね。こないだ位の事で本庄の価値は下がらないよ。だけど高く見られるのは嫌なんでしょう?矛盾してるよね。しかもこんなに大きな家に招いて坊ちゃんって思われたく無いのも無理だよ」


「それは人数が多ければ、うちみたいに人が沢山入れないと無理だから仕方無くだよ。それに橘が言う様に、俺が友達になった子達はそういう事で俺の真価を測らないって判ってた。なのに、たかがシルクのパジャマが似合うって思われてるんだって思っただけで嫌だと思うのは、おかしいよな」


「そうそう。本庄は人の事は良く見てるけど、自分分析は少し甘いよね」


「橘が鋭いんだよ。お前って何を目指して生きてるのか時々考えさせられて、興味が沸く」


「うーん。これを言うのは本当は嫌なんだけど、危険回避かな」


あまりにも意外過ぎる言葉に本庄は、言葉の意味を考えた……しかし少し考えたら割合直ぐに分かってしまった。


「大変だったんだな。経験則か。俺より上手うわてな筈だな」


「外国で電車で隣合った人に話掛けるのって、フレンドリーだって思うけど、実は相手が自分に危害を加えて来ない相手か確認してるって話を聞いた時に、俺みたいだなって思った」


「それだけ現実にヤバイって事だろう?」


「男だと、こうやって二人きりになれる相手は限られてるし、女の子でもヤバイ人は居るから、俺は本庄みたいに考えて相手を見てる訳じゃ無くて、本能的に危険回避の為に自然と見ちゃうだけ。だから本庄の様に将来を見据えた話じゃ無くて、今現在で直面状態だから、結構必死かも」


「さっき試してみたいって言ってたのも、思ったより真剣にやってるんだな」


「呆れられたやつか…。何も感じない相手でも、ほんの少しでも変化があるのか、僅かな変化でもあったらどうしようかって大変失礼且つ自意識過剰な事を考えました。でも、お蔭で人間不信に成らないで済んだ。玲人にやっても気付かないレベルだから、どうなのかなって思ってて、悪かったよ」


「いや、それは、別に構わない。本当に何とも思わないから」


「こんな事試されて、逆に同情して来るのって本庄くらいだと思うけど…」


「うちは海外の人もよく来るから、色んな嗜好の人もいて、特にインテリアとか美容系に関わってる人ってそっち系の人が多い。俺は偏見は持ってないけど、自分に向けられる目にいろが見えるとやっぱり恐い。別に襲いかかってくる訳じゃないけど、そういう対象に見られる時には注意深くなる気持ちは分かるよ。特に橘は見た目が中性的で綺麗だから、元がノーマルな人でも状況によれば、相手の気持ちが動く瞬間が今迄何回か有ったんだろう?多分お前の事だから冗談で済ます範囲で乗り切って来てるんだろうけど、トラブルになる前に用心深くもなるのは当然だと思う」


「普通は考え過ぎだろうって思われるところだと思うけど、本庄はやっぱり同年代と比べると視野が広いよな」


「そういう教育を受けて来ただけだよ。実際、この環境は恵まれているのは分かるのに、皆と一緒と思われたいとかって小学生か幼稚園生みたいな事を思ってるし」


本庄が笑うと橘も微笑んだ。


「本庄は白が似合うって思われてるのも今回発見だよな。マフラーとパジャマ見て思わなかった?」


本庄自身はキャメルや紺など落ち着いた色を選びがちだが、他人から見た評価は確かにちょっと面白いとは思った。


「パジャマ着て見せてよ。みんなにも見せに行こうよ」


「女性陣も寝間着に着替えてる所に行けないだろう?高坂と真綾だけ声を掛けるかな」


「本庄ってやっぱり紳士だよね。でも大丈夫だと思うよ。女の子が他所の家に泊る時ってその家のお父さんとかとも遭遇する可能性ってあるから、部屋着レベルの格好で寝るみたいだよ。昨日、春奈さんが帰りにそう言ってたから」


「なんで寝間着の話に成ってるんだよ?!」


「みんなで泊る話をしたら、向こうは受験生だから羨ましいって言われて、流石に椎名さんとかとパジャマで遭遇したら気まずいかなぁって思わず本音言っちゃったら、『心配無用よ!』って言われたんだ」


「お前それ、うっかりし過ぎだろう?何処から突っ込んでいいのかって位、駄目なんじゃ無いのか?!」


「丁度シルクのパジャマ買った話をしてたら、そういう可能性が浮かんじゃって、流石に何とも思わないで居られるかなぁとか葛藤が有ったんだけど、今カノに言っちゃったのは大幅に間違いだなって思ったけど、向こうは俺が椎名さんと付き合う事になった時に協力してくれた経緯もあるから、俺の悩みも真剣に聞いてくれたんだ。年上だからって甘え過ぎで反省する所も有るけど、そういう話が出来る相手で嬉しい面もあるんだよね」


「若宮先輩は、女性で生徒会長やってた人で、ただの年上女性っていう訳でも無いよな」


「あの伊藤先輩が完全に尻に敷かれてたから、かなりすごい人なのは確かだよ」


「橘は伊藤先輩の事、尊敬してるもんな。俺も生徒会の仕事振りはすごいと思うけど、割合選り好みが激しいお前に好かれてるのが面白いなぁって思ってたけど」


「その割にはあっちからはそれ程気に入られてないけどね」


「そんな事は無いだろう?部活の事だって親身になってくれただろう?」


「伊藤先輩って俺に親切じゃん?本当に気に入ってる人には天の邪鬼なんだよ、あの人」


「ああ、椎名さんとかの事言ってるの?後、若宮先輩の事は分かってるんだろう?」


「玲人にも少し違う。俺や涼は、こっちが慕ってるから応えてくれてるだけってところだな」


「なんだか駄目な鏡を見てる様な気になる。橘って、そういう見ないでも良い所をわざわざ見る所有るよな」


「自分の事、反省してるの?悪いけど反省は一人でしてよ。俺は特に悪いと思ってないから」


事実を言っただけで、特にネガティブには考えて居ないらしい。そしてはっきり反省するつもりなら本庄だけでしろと言う辛辣さは、本庄は面白くて結構気に入っているところだ。


「分かった。一人で深―く反省して置く。じゃあ、遅くならない内に皆にパジャマ姿披露しに行くか」




着替えた本庄と連れだって、皆の部屋に行く前に玲人の部屋に寄るが居ないので、女子部屋に行くと、玲人もそこに居て一緒にお喋りに興じていた。本庄は橘が言っていた通り、あまり気を遣う必要が無かったと力が抜けた。


「似合う―!!」と言われた後、ツルツルの滑らかな生地に皆感心して触ってくるので(最初に触った真綾のせいだが)玲人等は同性で遠慮なくガシガシ触ってくるのだが、美久や弘美は遠慮して触れるので、かえってくすぐったい。せりかは買う時に触ったからと触れて来ないのがせめてもの救いだ。


何だか愛玩動物にでもなった様な気になるが、初めて着た高級シルクは着心地は抜群で肌触りが気持ちが良かった。今度両親にも勧めてみようかと思った。


少し気が引けたが、女子部屋に固まっている五人の輪に入ると、皆は玲人も居た所為で特に違和感は無い様だった。


「なんだかみんなで旅行に来たみたい」と美久が言う。


確かにそんな気持ちになるなと本庄も思う。修学旅行などは男女の距離に厳しいが、校外で友人同士なら、この位は有りなのか?と玲人を見て思うが、玲人が例外なんじゃ無いかという気もして来た。


「高坂ってあまり、女の子の間にいても違和感ないけど、これが普通じゃないよね?」


一応疑問を皆にぶつけると、皆も「ちょっと違うかもね~」と返って来た。


せりかが「玲人はうちによく居るし、友達とか泊りに来ても、共通の友達だと平気で居るから普通なのかもしれない」と言う。自分は真綾の友達で有る程度知り合いでも、こんな風に混じるなんて有り得ないので、玲人の気安さに感心するのと呆れるのと半々だ。


せりかと寝間着で遭ったら気まずいかもと、よりによって春奈に告白していた橘は、言っていた割には平気そうで、「パジャマの事ばれた…」と話している。せりかも本庄の袖口に触れて「こんなに良いものなんだもの。無理だと思ったけど、分かった方が橘君のお母さんの気持ちも伝わって良かったんじゃ無い?」と本庄に言うので、ちょっとドキッとした。体が揺れない様に、動揺を悟られないように僅かに笑んでみせた。


玲人が「弘美ってケーキ作るのマジでプロだけど、学校とか行ってるのか?」と聞いた。本庄の記憶だと、このお泊まり会まで「斎賀さん」と玲人も呼んでいたと思う。珍しく名前呼びしないと思った記憶があった。


「ううん。母が習って来たのを教えてくれるから」と答えた。「じゃあ、他の物も作ったりするの?」と喰いついていて、弘美も笑って今度はマドレーヌ作るからせりかと一緒にあげようかと言った。


「玲人、弘美にたからないでよ。弘美は私達の為に作ってくれるんだからね!」とせりかが割って入ると、それを軽くスル―して「マドレーヌ何時でも待ってるから、頼むな」と弘美に言うので、弘美も笑って「分かったけど、甘さが少しだけ強くなるけど大丈夫だったら」と頷いた。


「弘美もとうとう、玲人に呼び捨てにされる日が来たのね。遠慮が無くなった証拠だから甘い顔しない方が良いわよ」とせりかは真剣に言った。美久も真綾もそうそう!と同調している。


「そんな警戒しなくても、親しくなったら、名前で呼んだ方が短くて楽じゃん」


「そんなの玲人だけだって!本庄君と橘君を見てみなさいよ。誰も名前で呼んでなんて無いでしょう?」


「お前らも面倒だから名前で呼んだら?」


「玲人のそういう大らかな所って良いと思うけど、俺や本庄がいきなり名前呼び、しだしたらすごく迷惑だと思うよ。玲人から呼ばれる分には慣れが周りも有るけどねぇ」


後半は弘美達に向かって言っていた。弘美も「確かに橘君や本庄君に名前呼びされると問題有るかもと思う」と遠慮がちに言った。美久も「そうかもしれないわね…」と言葉を濁しながらも頷いた。


「ほらね。玲人も分かってくれた?」


「普段の行いの問題だな。普段から、せりの事とか一年の時から名前呼びしてれば面倒無いのに…」


「あのね、一年生の時に橘君と本庄君が『せり』って呼んでくれてたら、クラスの女子半分以上敵にまわしてるから。二人はそれが分かるから気を使ってくれてるの!安易に短くて呼び易いとかいう玲人と一緒にされると二人とも困ると思うの」


「俺は結構、高坂の気安い所、羨ましいけどな。橘は目立つから論外だけど、俺は高坂の案に乗ろうかな?」


「良いんじゃ無いの?綾人あやともみんなに反対にそう呼んで貰えば?」


「真綾ちゃん、そんな無茶振り無理だって!」


弘美が言うと、真綾が「せりかさんも?」と聞いてくる。


「うーん。どうだろう。私は、呼ばれるのはいいけど、呼ぶ方はちょっと無理かな」


「じゃあ、お嬢さんの事、『せり』って呼んでも問題ない?」


「『せりか』に出来たらしてくれる?」


「分かった。美久ちゃんと弘美ちゃんも名前で呼んでも良い?」


「ちょっと!本庄だけ、めっちゃずるい!俺だけが迷惑って訳じゃ無いんだからな。椎名さんも駄目だから!」


せりか本人が良いと言った事を駄目だという橘に、せりかも可笑しいのと若干の気の毒さもあって、「橘君が駄目って言うから、当面無しにしない?」と本庄に言った。


「えー!橘の我儘聞くの?!」


「だって、私達に気遣って呼ばない橘君を仲間外れにするのは気の毒じゃない?」


「じゃあ、と・う・め・ん、止める。三年生位になってからにしようかな」


「お前、本当に俺の神経逆撫でポイント心得てるよな。マジで感心する」


「ははっ!この間のと相子にして置いて。負けっぱなしだと口惜しいから」




本庄がそろそろ引き上げようと言うと玲人が「本庄って自分の部屋で寝るの?」と聞いて来たので「そうだけど何で?」と玲人に聞くと「本庄の部屋見てみたい」と言って来た。


本庄は実はそれを言われない事にホッとして居たのだが、やっぱり友人の家でその個人の部屋を見るとその人の趣味の部分が小物などに反映されて居て面白いと思うものだ。仕方なく「じゃあ案内するよ」と言うと、一度来た橘以外は一緒に見たいと言うので、橘だけ客室に戻って行った。「おやすみ~」と皆に見送られた。




本庄の部屋は、扉が童話の白雪姫に出て来る小人のおうちの入り口の様に上の部分が丸くカーブを描いていて、白木のまるでクッキーの様なドアで入る前から、皆を驚かせた。


中は、北欧家具で纏められて、曲線のものが多い。角が無いので、ぶつかったりしなさそうで赤ちゃんがいる家庭に好まれそうだ。暖かく落ち着いているが、スタイリッシュだ。電化製品等は見えない造りにされていて、モデルルームよりも、高級感のある部屋だった。


皆驚いてしまい、実際生活しているのか?と思う位、生活感の無い、掴み処の無い本庄をそのまま現した部屋で、下手な感想は言いにくいが、せりかが「素敵なお部屋ね」と言ったのを皮切りに皆も「外国みたい!」「住んでる感が薄いよね?」と正直な事を言い始めた。


真綾だけが「また模様替えされたの?最新の商品ばかりよね」と言った。


本庄は「前来た時と変わってるけど、冬仕様なんだ。家具も愛着湧く前に撤収されるから、慣れても部屋が変わって暫くは落ち着かないんだよね」と言う。半期に一回は変わるという部屋は、本当にモデルルームの役割も果たしている様だ。


「お客さんが、子供連れで来た場合、俺の部屋でゲームしたりする事になるから、俺の部屋もリビングと一緒で見せる為に作られてるんだよ。だから気に入った造りの時に変わるとショックなんだけど、季節外れな家具や古い型の家具だと問題あるから、もう諦めてるけどね。昔は新鮮だし割と喜んでたけど、最近は勉強も兼ねてるから仕方無いかなって思ってる」


普通のサラリーマン家庭のせりか達は、思いもしない事に唯、驚くが、確かにインテリア会社の社長宅に招待されたら、その関係者なら子供の部屋にも興味は示すのだろうというのは分かるが、自分の部屋が実際に頻繁にがらりと変わるのは、気分転換になる場合も無くも無いだろうが、落ち着かないだろうなと思う。


玲人が「やっぱり大変なんだな」とぼそりと言うと真綾が「仕方ないでしょう?綾人だって、会社のお蔭で暮らしてるんだから」と軽く流した。真綾の父は関連会社を任されていて、子供が女の子だった場合の時など、一緒にピアノを弾いたり、本庄と共に女の子向けゲームをしたりと遊び相手になるそうだ。真綾も本庄の部屋を仕方が無いと捉える程には、一緒に家業に協力している様だ。


衝撃的な部屋を見せて貰ってからせりかは真綾と二人部屋に戻った。真綾は表には出さないが、せりかと二人で御機嫌だった。それが分かる本庄と玲人は嬉しそうに歩いて行く真綾の姿に微笑を洩らした。




「今日は楽しかったわ。真綾さんも色々ありがとう」


「綾人の誕生日会だもの。お礼はこっちが言わないといけないわ。身内なんだもの。時計も沢山吹き込んで貰って有難う」


「…あれは、みんなで悪フザケが過ぎたんじゃないかしら?玲人も気持ちわるい声で「起きてぇー起き無かったらお仕置きよ☆」とか、もう滅茶苦茶だったし、橘くんはお経読み始めて二度寝させようとするし、本当に起きれるのかな?」


「せりかさんの『起きて。朝ですよ。今日も元気で頑張ってね』って言うのが有れば、それしか使わないんじゃないかしら?」


「あの、…………立ち入った事を聞いてしまうけど…真綾さんが本庄君と別れた原因は、本当は玲人じゃ無いんでしょう?」


「ええ。綾人の所為よ。綾人が私の事を好きじゃ無かったから別れたのよ」


「おこがましいとは思うんだけど、もしかして私の所為で二人は別れたの?ごめんなさい。今更って思うかもしれないけどずっと気に成っていたの」


「綾人がせりかさんの事を好きになった事に気が付いたから、私の方から別れようって言ったけど、それはせりかさんの問題じゃ無くて、私達二人が元々抱えていた問題だから、それはせりかさんが気に病む事じゃないのよ。まして一回、一応付き合うという形を取った事で、曖昧な関係が清算出来た事で今があるんだから、却って良かったんじゃ無いかと私は思っているの。あの時綾人がせりかさんに想いを向けなければ、私はずっと綾人に縛られて居たかもしれないのよ。そう思ったらせりかさんは恩人よ!」


「恩人……」


ずっと真綾に対して後ろめたい気持ちに成っていたが、本人と話すとさっぱりしたものだ。勿論言った事が全てだとはせりかも思わないが、それでも真実だと思った。


「でも彼女が居る人に告白してしまう行為は、人間として倫理観に反していると思うの」


そんな事で真剣に懺悔してくるせりかは、やはり真綾が憧れる、心根の美しい自分に厳しい女性だと思う。でも此処で心酔して居たら、自分の大事な従兄が幸せを逃がしてしまう。


「せりかさんが、そう思うならせりかさんの中では、そうなのかもしれないけれど、私の中では全然違うの。綾人を不実だなんて本当に少しも思って無いのよ。綾人は少し変わっているでしょう?すごく大人びた子供で、小さい頃から自分の存在意義とか価値とかを考えてしまう所が有ったの。環境の所為も否めないんだけど、綾人が私にとって価値がある事で自分の存在意義を感じる様に仕向けてしまったから、私が悪かったところも大きいの。子供の悪意の無い行動だったとしても、相手への影響を考えると申し訳無く思ってしまうけど、綾人にとってはそれが救いだったらしいから、片側からの感情って本人にとって正しくても相手からは全く逆だったりする事ってあると思うの」


「逆なのね。…そうね、今も真綾さんに謝ってるつもりなのに私が慰められてるんだもの。本当に逆なのね」


「慰めてるんじゃ無くて罪滅ぼしなの。これも片側からの勝手な考えからの行動で、綾人は迷惑だと思うかもしれないけど、でもせりかさんが私に謝りたいように、私も綾人に罪滅ぼししたい気持ちなの。無理矢理綾人を好きになって欲しい訳じゃ無いけど、そうなってくれたら私は綾人にもう何も罪悪感を持たなくて良くなるのよ。勝手な話でしょう?」


「そんな事無いと思うわ。私だって橘君と春奈先輩が付き合い出して、ホッとしてるもの。橘君があんなに想ってくれていたのが分かっていても、やっぱり春奈先輩とお似合いだから良かったって思ってるわ」


「せりかさんは、綾人の事、考えてくれる余地ってあるのかしら?こんな事本当は他者が介入出来ない事だって分かっているのだけれど、でも気になってしまうの」


せりかの返事で真綾なりに長い燻りが解放されるのだとしたら、知りたいのは当然の事だろう。


「私、まだ本庄の事、好きなの。橘君と付き合ってる頃も、心の底では彼の事を思って居たの。酷いでしょう?でも橘君は分かっていて付き合っていたから、自分に悪いと少しでも思わないでくれって言われちゃったの。真綾さんの言う通り、あちら側から見た景色は多分私が思うものと全然違うんだと思う。でも、私側から見えるのは、とても酷いものなの………なのに赦しが必要なら俺が赦すから自由になってくれって…」


真綾は橘の懐の深さとせりかへの思い遣りに愕然とした。春奈の存在が有っても、橘はせりかを見捨てない。良き友人、元恋人であろうとする姿勢は驚嘆すべきものだった。それでもずっと綾人を心の底で思い続けていたとしたら、せりかが気にするのも納得してしまう。


でも橘は赦すと言い、せりかの自由を望んでいる。せりかの自由の意味するところは、素直になって綾人を選べと言っているのだと分かる。真綾は天を仰いだ。今の話を聞いて、自分の都合を押し付ける様な事は出来なくて、せりかと共に黙りこんでしまった。泣いているのかと思ったせりかは涙は零していない。きっとこの事でもう涙が尽きる程泣いてしまったのだろうと思った。




「例え自由になっても、本庄君の気持ちに応える事は出来ない」


せりかが歩き出して、導き出した答えは橘の期待を裏切っているかもしれない。橘は自分が守り切れないからと言ったが、誰しも誰かの庇護の下、生きている訳では無い。しかし誰の助けも受け入れないで生きている訳でも無い。友人としての助けにはお互いが成れたら良いと思うが、橘のいう意味で本庄を受け入れる事は出来ない。自分で何とかすべき事柄でもある。元々身からでた錆なのだ。自分で決着をつけるべきだと思う。




真綾は夜中、せりかが寝入ったのを見てから、本庄の部屋に向かった。


「綾人、起きてるんでしょう?」


鍵の掛かっていない部屋に真夜中とは思えない勢いで、すたすたと入って来た。


「真綾、いくら身内でもこの時間に部屋に入られたら、兄妹って訳じゃ無いんだ。まずいだろう?」


「そんなの分かってるわよ。でも聞いて欲しい事が有るの。緊急なの!」


「椎名さんの事?俺と付き合う気無いって聞いて慌てて来たの?」


「どうして分かるの?!せりかさんは、綾人の事、橘君と付き合ってる間も忘れられて無かったのよ。橘君も分かった上での事だから自由になって欲しいって言われたらしいの」


「橘が気付ていた事、高坂から聞いて何と無く分かってた。俺の気持ちも分かってたから、付き合ってる時から苦しそうだったよ。別れて自由になったのは、むしろ橘の方だろう。椎名さんもそれが分かってるから相手に彼女が出来たからって、直ぐに俺と付き合う気持ちには成らないよ」


「綾人は今回、せりかさんと距離を縮めるつもりで、招待したんじゃ無いの?」


「まずは信頼回復かな。彼女を異様に美化して見てると誤解されて嫌がられてる。それは自分に当て嵌めても嫌だろうなとは思うから、元の親しい友人レベルまで持って行きたいと今回思ってた。思い余って告白とかしちゃわないか自分で心配になったけど、一度断られると距離を置かれそうだから、好意を伝えつつ、すこしづつ距離を詰めるつもりなんだ。真綾には心配かけたみたいでごめん。好かれてる余裕が有る訳じゃ無いけど、ゆっくり行かないと、また失敗してしまうから」


「橘君って振ってしまったのが惜しいくらい優しいのよ。それが今も続いているんだもの。綾人と付き合えない気持ちが分かるわ」


「でも、幸い若宮先輩とひょんな事から付き合いだした。しかも橘の話を聞く限り橘にとっていい方向に向かいそうな付き合いなんだ」


「うまく行ってるのね。せりかさんが気にしても彼の為に成らなさそうね」


「橘の為に成らないから、俺を受け入れてくれない訳ではないけど、橘はもうふっ切ってるから、自ずと椎名さん自身も変わって来ると思ってる。時間が解決してくれる事って結構あるだろう?」


「高坂君が綾人の事執念深いっていう訳だわ!私でも聞いてて重いわよ」


「取り敢えず椎名さんに振り向いて貰える予定の無い俺に、随分な事二人で言ってるんだな」


「彼はポジティブだもの。せりかさんが綾人の事好きで、橘君にも素敵な彼女が出来たから、もう直ぐにでもうまく行くって思ってるわ」


「椎名さんの事追い詰めないでって言って置いて。俺の為に」


「分かったわ。焦って損しちゃった!明日温室で告白でもするのかと思ってたわ」


「真綾に告白なんてしないって先に言ったら、攸長な事言ってると取られるわよって言い出すのが目に見えて言わなかったから、変に焦らせてしまったみたいで悪かったよ。心配するなって言える状況じゃ無いけど、傷が癒えるのを待つようにゆっくり構えていないと勝機が見えてこない。それにこうやって友人としては随分受け入れてくれる様にはなった」


「高坂君にせりかさん攻略ポイント聞いてきてあげましょうか?どこか探れば弱い所が有るんじゃないかしら?」


「それ橘にも言われたけど絶対嫌だから!それから今日これから高坂の部屋に行ったらマジで切れるから」


「兄妹でも無いのにシスコンみたいな事言わないで!…それにこんな真夜中に男の子の部屋なんて行けないわよ」


「俺のところに堂々とノックも無しに入ってきた人のセリフとは思えないんだけど…」


「綾人は、兄妹みたいなものでしょう?」


「いまさっき言った事と綺麗に正反対な事を堂々と言い張れる真綾はすごいと思うよ」


「こんなに綾人とせりかさんの事考えてるのに、真夜中に嫌味言うなら、朝まで此処に居座ってあげてもいいのよ!」


「それはお前の立場の方が心配になるから止めてくれ…」


「そうね。せりかさんに嫌われたら大変だから帰るわ。じゃあまた何かあったら知らせるわね。やっぱりデリケートな問題には情報が大事だと思うの」


「高坂に聞かないならね。本人から聞いた情報は聞きたいかな」


「それじゃおやすみなさい」


「おやすみ。ありがとう真綾」






朝女性陣は皆で朝食作りをしていた。ベーコンに目玉焼きにサラダにスープとパンはトーストかフレンチトーストか分けていた。せりかは昨日の食べ過ぎを気にして普通のトーストにするが、弘美の作るフレンチトーストが美味しそうでちょっと後悔した。玲人は喜んでフレンチトーストを食べている。


にぎやかな朝食後、橘にもいいと断って女性だけでチャッチャと片づけていった。


「そういえば忍ってどうして家事が出来るんだよ?」


「普通簡単な皿洗いくらい出来るし、焼きそばとかチャーハンくらいは母親が居ない時だって有るのには、誰でも出来るよ。玲人は多分椎名さんに甘え過ぎで、本庄がお手伝いさんが居るっていう特殊環境なだけだから」


成る程!橘は何でも器用すぎだと思っていたが、この件に関しては自分達が駄目過ぎなのかと二人で納得した。


橘と玲人はサッカー部の練習に出て行き、少し遅れて真綾以外は皆揃って昼前位までお喋りを楽しんだ後帰って行った。本庄は三人に「誕生日祝ってくれて有難う」と心からの笑みを向けると、皆もふんわりと笑い返してくれた。


夕方まで真綾が寄りそう様に傍にいてくれて、なんだか同情されているのかなと思い「大丈夫だから」と頭をぽんぽんといつものように撫でた。



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