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せりかは、しつこく、良く言えば密やかに、ずっと沈めて来た本庄への想いを自覚してしまい、自分自身にとてもがっかりしていた。
橘に好きだと言ったし、恋人らしい付き合いの中で、何度か抱き合い、それを幸せだと感じた。初めての恋人と一緒に過ごす時間は、気恥かしくもあったが、色々教えて貰い、橘は今思うと恋人というよりも指南役とか導き手の様な存在だったかもしれない。常に別れを念頭に置いていたと考えられる彼は、何よりもせりかの認識のずれを矯正する事を優先していた。橘曰く、玲人に囲われ過ぎた影響で世間知らずだ、とよく言い、注意を受けた。囲われるって愛人ですか?!と突っ込んだが、周りを固められていたと言う意味だと説明された。せりかに見えない所で玲人は、せりかに近づく男子を牽制していたらしい。
橘は今だけでは無く、前からだろうし、意識的にでも無くても「玲人が横に居る事で自然にもそういう事は起こるでしょう?」と微笑んで玲人の悪行を緩和する様に話を持って行っていた。橘の無理のある庇い方に、玲人に文句を言う気は起きなかった。それも橘の作戦なのだろうとその時でさえ思ったが、こちらの怒りの勢いを削ぐ効力は発揮した。
そうして、せりかから見れば、多分順調だと思っていた、恋人関係は、橘から見れば最初からヒビが幾つも入っていて、いつ崩れてもおかしく無いという状態だったのだろう。……せりかは、根底では本庄を諦め切れて居ないと橘も考えていただろうし、本庄は真綾を裏切りせりかに気持ちが傾いていた事を知っていながら、せりかと付き合い続けた彼には、翳りのある物憂げな表情をさせてしまっていた。せりかは、付き合う以前の明るさが、なりを潜めてしまった様に感じていた。
そもそもお付き合い経験のないせりかは、その事の重大性を認識出来なかった。元々、だから練習で、橘はリハビリでと付き合いが成立したのだ。
何と無く恋人のいる友人等の愚痴から、友達であった時と恋人になった後では変わってしまうものなのだろうかと、寂しく思ってしまっていた。それでも、これも勉強の一部かと思っていたせりかは、随分呑気であったと悔やまれる。唯一、良いと言っていいか分からないが、それでも良かったと思うのは、せりかの方から橘を解放した事だろう。優しい彼がギブアップする時は、それはもう、ぼろぼろに傷付いてしまった後を超えたその後だろう。
今、友人として話掛けてくる橘の表情は、憑きものが落ちたかの様に晴れやかで、華やかだった。そう思うとリハビリだと言った彼が、「リハビリでも好きな子としたい」と言ったが、それでも彼を最初から深く思う相手を選べなかったのは、誤算では無く、計算内だったのではないかと思われた。自分よりも深く、自らに想いを寄せられる事は、彼のトラウマから考えれば辛い事だからだ。そして、相手の事を考えるとそういう選択肢は無かったから、せりかが選ばれたのだとも思う。橘自身は傷付いてしまう事は判っていただろうが、せりかの憧れる彼は、そういう選択をしてしまう自分に厳しい人だった。
何と無く次にもしも、彼と付き合う人が現れたとしても、相手が橘よりも想いの重量が軽いと思われる人を選んでしまいそうな気がした。
彼の美しさに寄ってくる蝶は沢山いるが、その中からは多分選ばないだろう。付き合っていた時の勘から、確信に近いものがあったが、勘は、実は無意識に分析された結果を勘だと思っていると言われた事を思い出し、何かしら、そう思わせる言動が橘にあったのだろうと思い直した。
後に、橘に彼女が出来たと報告された時に、この勘の事を思い出してしまう、やっぱりせりかの勘が外れていなかった、と思ってしまう相手とだった。
サッカー部は初戦を無事に勝利し、二回戦に向けて練習に熱が入っていた。
しかし、二回戦の相手校は、前回の優勝校で、今年も優勝候補の筆頭らしい。
玲人に「くじ運が無かったね」と言ったら、「優勝候補と試合したくても、望んでも出来るものでは無いから、レベルが違う相手と戦える事はラッキーだ」と言ったのを聞いて目から鱗が落ちた。
玲人には勝つ事よりも、サッカー自体の向上の方が上の様だ。勝ちたく無いとは思って無いだろうが、強い相手と試合してみたいという、玲人の気持ちが、とても玲人らしく思えた。
結果は2-4という残念な結果だったが、伊藤に内容を聞いてみると、攻撃陣はそのチームから前半に二点取って、もしかして勝てるのでは無いかと思わせる試合運びで、四点の失点は、受験で抜けた人達の穴を相手校に研究されて居たのだろうという、今の時点では、仕方の無い隙を突かれた失点が続いた結果だという事だった。だから玲人達、攻撃陣はうまく機能していたのに惜しかったなと伊藤は悔しさを滲ませたが、相手校が実力が勝るのも事実だから、しょうが無いかなと伊藤は言った。受験勉強も追い込みで大変なのだろう、とせりかは思っていたが、いつも通りの飄々とした雰囲気でホッとした。模試も希望校Aランク判定だったから、と「余裕だから大丈夫だよ」とお茶目な一面も健在だった。
負けてしまった玲人達を慰めない方が良いからという伊藤のアドバイス通りに「お疲れ様」と玲人と橘を迎えたら、二人とも晴れやかな良い笑顔を見せてくれた。
その後、三年生との引退試合が有ったり、試験も有り、皆忙しい師走となった。
引退試合は、三年生に花を持たせるのが恒例らしいが、今の三年生は二年生の時に前三年生を打ち破ったそうで、「全力でこい!」とのお達しで、玲人や橘や他のメンバー達も真剣に戦術を練っていたが、伊藤に去年も同じ事を言われたが、勝ってしまってから、やってしまった感が半端無かったので、止めて置けという、有り難い忠告を受けたお蔭で、和やかな追い出し会となった。
三年生が抜けた後、玲人が部長になり、副部長は二組の安藤将太に決まり、新体制になり、涼もレギュラー入りをとうとう果たした。




