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幼馴染の親友  作者: 世羅
2章
110/128

110

本庄は任されたとは言っても、一応会長である橘に何かあれば責任が行ってしまう事なので報告の電話を部活終わりの時間にする事にした。


『本庄?今日の件で何か問題でも出た?』


電話越しに聞く友人の聞き触りの柔らかい透明な声に少し溜息が洩れた。


『本庄が溜息吐く程厄介な案件だった訳?』


橘が心配そうな声になったので、本庄は自分の思考を軌道修正する事にした。橘から本庄への方が色々と思うところも有るだろうと思っても、橘は不思議な程自然に本庄に接してくる。しかし本庄からすれば無意識に橘を超えなければ、せりかが手に入らないという愚かな考えがきっと無意識に根底にあるのだと思う。超えた所でせりかの心を得る事など出来ないし、実際は余計に遠ざかってしまう結果になるのは分かりきって居るのにも関わらず、橘を意識してしまい、屈託無く話してくる友人に対して罪悪感が湧いて来る。


「いや、そういう訳じゃ無いけど、何か問題起きた時の為に途中経過を報告しておこうかと思って」


『それは俺の都合で任せてるし、三人を信頼してるから責任が掛かる事は一応会長な訳だし、後処理はするけど』


「橘がそう言いそうなのは分かっては居たけど、途中から首突っ込むのは流石にキツイかなぁと思ってさ」


今日有った事を話すと橘は少し拗ねたような事を言い出した。『そんな楽しそうな事になってるの?』と本気で悔しそうにしたので、本庄も軽く笑ってしまった。


『俺も今日、玲人が何やら一年に聞いてたのは知ってるけど、椎名さんに頼まれたのか…』


「橘だと途端に噂になるだろう?だから悪いけど高坂に頼んだ」


『玲人は相手に警戒心を抱かせないから、妥当な判断じゃ無いの?』


そう言いながらも少し寂しそうにする彼に本庄は、今度は笑うのを堪えた。橘は完璧で出来過ぎな奴なのに、それを感じさせないこういう可愛いと同性からでも思わせる一面が有る。他の人間に対してならば計算かと思うが、本庄に対しては、そういう事をする必要性が無いのでおそらく素なのだろう。一々、彼の美点に反応していては、自分にとっても彼との関係にとっても良く無い。早くこの負のループから抜け出したい。今迄男の嫉妬程、醜いものは無いと思って居たのに、それをしてしまう自分は今迄嫉妬を覚える相手に出会って居なかっただけだと気付かされる。


少し気持ちを切り替えて、次期生徒会メンバーにと考えていたらしいせりかが、涼と同じクラスになったら無理矢理仲良くなって貰おうかと画策していた事を話すと橘も『それは幾らなんでも無理だろう。玲人じゃないんだから』と自分と同じ事を言う。高坂なら可能だと思うと誰に対しても壁を作らない性質の高坂を凄いと思うが、これは努力でどうにかできる性格のものでは無い。同じ事を涼にさせようとするせりかは、高坂のやる事を普通に感じるくらい彼と身近に接していた為だろう。橘も笑いながら、椎名さんはボール一緒に蹴ったら、もう即、友達っていう玲人をずっと見て来てるから、男なんてそんなもんだと思ってるんだよと言った。


『じゃあ、明日はその一年生が抗議に来るのか。昼だったら俺も見物したいけど、俺が居たら中途半端に関わる事になるから、顔出さないで置くから、また教えてくれない?』


「お前ならどうしてた?この案件」


『任せた以上は口は出さないけど、仮定での話なら速攻で叩き返したかな。俺達に替わって直ぐに出すなんて多分舐められてる。普通は旧体制の方が慣れてる分、やましい所が無ければ通り易いだろう?俺達は今回みたいな微妙な物では無くても、最初の案件には大分慎重になってしまうだろうし』


「橘が居たら、結構簡単に片がついたのにな」


『居なくて良かったよ。最初からそんなんじゃ、ちゃんと活動したいと思う人間迄巻き添え食って、申請出来無くなるだろう?』


まあサッカー部以外で迄、橘の武勇伝が広がれば、確かに余計な被害は出てしまうだろう。なんと言っても橘が言ったとなれば広がり方は言った以上のものになってしまうだろうと本庄も思った。


それでも、もしも居たならば、そういう対応を取るだろうと言う橘の厳しさは、見た目に寄らないが自分達には無いもので、高坂が、後輩指導を橘に任せ過ぎだと伊藤から注意を受けて居たのにも何だか納得がいった。










玲人は遅い時間だったが、寝て居るという事は無いだろうと、本庄の携帯に電話を掛けた。


「どうしたの?珍しい!…っていう事は急用だよね?」


そう言いながらも、一回しか鳴ってない電話を取ったのだから、玲人から連絡が来るのは分かっていたのだろう。全く!こいつの小芝居には付き合いきれない。


『せりに言ったんだろう?何でもう少し待たないんだよ!いくら何でも混乱するのは分かってる筈だよな!!』


「そうか。やっぱり相談するのは、高坂か。今回はもしかして真綾とかに聞いて来るんじゃ無いかと思ったけど、少し妬けるかな…」


『あのなぁ!せりは修学旅行の時から忍が気付いてたんじゃ無いかって、何故か確信をもってる。その頃、まだお前と付き合ってた真綾に聞いたりは、出来る筈無いだろう?』


「橘が身を引こうとした事を思い出せば、自ずとその考えには行きつくけど、事実としては認めたくないかなぁ…。そう思っている状態と、事実だと分かる事は似ている様で、結構違うから」


『どこまでも、知らばくっれる気ならせりに妙な事言うなよ』


「彼女が橘の事をふっ切って、新たな世界に目を向ける前に、こっちに縛り付けないと手遅れになると思ったんだ。出遅れて一回失敗してるしね。焦りたくもなるよ」


『せりが、別れの原因になった自分を責めないかって心配に成らないのか?』


「それよりも橘が別れたいと言ったのを受け入れなかった方を後悔してると思うけどね。真綾の事は、高坂が一番分かってると思うけど、椎名さんが罪悪感を感じる要素は今は無いに等しい。俺の事は軽蔑するかもしれないけど、真綾と椎名さんの付き合いに支障が出ないなら、それは絶対に秘密にすべき事項ではもう無いと思ってる。勿論さっき言った通り、事実と認める気は今の所は無いけどね」


『お前、真綾の事、本当に考えてるんだな。自分の事より優先するくらい大事に想っているのに、それでも恋愛感情には成らないんだな』


「前に言わなかったっけ?俺は真綾が居るから今迄生きる意味が有ると思って来た。恋人じゃ無く成ったからって、どうでも良くなった訳じゃ無い。だけど、自分より優先出来る相手だからって、全てそれが恋愛感情に成らないのは、椎名さんを見ても分るだろう?椎名さんは君を何よりも優先して来たけど、結局橘を選んだんだから」


『せりは、忍の事を気に病んでる。それは、仕方が無い事だと思うけど、そういう状態の時にお前から好意を伝えられても、混乱するだけじゃないのか?』


「それは、それこそ仕方が無いよ。今よりも距離置かれて、心機一転した彼女が『誰か』と恋におちない保証はないんだよ?俺も焦っている自覚はあるけど攸長に何もしないで居られる余裕は微塵も無いよ」


『だけど、お前や忍に、せりは失望される事を怖れてる。それが却って好意や憧憬の裏返しだっていうのは分かる。実際せりだってそれは自分でも言っていた。でも、忍とは別れたのに本庄と付き合う選択肢は有り得ないだろう?』


「可能性は常にゼロパーセントじゃ無いよ。その確率を上げる事も近くに居られる今の状態なら充分可能だと思ってる。彼女が混乱してるっていう風に君から見えるんだったら、もう既に確率が上がって来てる。何も相手にされずに無関心に成られてしまったら、そっちの方が望みが大分薄くなってしまうから」


『お前…ポジティブだよなぁ!お前だって、せりが簡単に忍と別れた直後に他の男と付き合うような奴じゃないのは、判ってる筈なのに…』


「女の子は意外と判らないよ?真綾だって何時の間にか、さっさと君と付き合い始めたし、何が切っ掛けで気持ちのスイッチが入るのか、未知な部分が多いよ。だから今はとにかく押して様子見かな?」


『あのなぁ!様子見って静観する時に使う言葉かと思ってたぞ』


「今、俺の方から退いちゃったら、本当にもう唯の友達になってしまう。彼女から嫌がられても、今は押して行かないと駄目な時期だから、様子見は何処まで押しても逃げられないかの意味での様子を見ながら距離を測って行こうかと考えてるから…」


『本当に執念深いよな。真綾の従兄じゃなかったら、俺のせりにちょっかい掛けるなって言ってやるのに!!』


「それは確かに出来ない撃退法だよね」と吹き出しながら真綾に感謝だなと本庄は思う。流石に本気で玲人に敵に廻られると痛い。取り敢えず彼の許可は渋々ながらも、もぎ取ったも同然だ。多分サッカー部の件で少し手助けしたのが、玲人の中での自分の位置が向上したのだと思われるが、あれは殆ど伊藤の力なので、真綾だけでは無く伊藤にも感謝すべきであろう。


「今日橘と生徒会の事でさっき話したばかりなんだけど、俺の気持ちとか知ってても、橘は全然態度が変わらないんだよ。なんだか、もうそれだけで大分負けてる気分になったよ」


『それは、忍は外見で騙されるけど、性格は男気が有る奴だから、せりの事で態度を変える様な女々しい事はしないだろうよ。反対の立場でも遠慮する様な奴でも無いしな』


「ああ、一年の時の事を言ってるのか。確かに高坂に遠慮も何も無かったな、あの時は」


『振られた後もかなり辛辣だったしなぁ。こっちが落ちてる所に追い打ちビシバシだったからな~』


「ははっ!それは結構、橘らしいかもな。そういう所は容赦が無いし、天使みたいな顔してるくせにサドっ気も有るしな…」


本庄は玲人と話していると、親しくなって来たのは最近だというのに違和感なく本音の言える友人になって来て居る様に感じて不思議な気分になった。勿論こちらの一方的な思いかもしれないが、何の警戒心も抱かせず、橘の親友でありながら本庄にも親身になって公平に見てくれる姿勢は、何処かせりかに似ている気がした。


彼女の信頼をどうやったら取り戻せるのだろう?彼女は自分が失望される事を怖れていると言うが、既に彼女に失望されてしまっている本庄の気持ちは気が付かないのだろうか…と玲人に聞いてしまいたくなる。しかし、いくら親しくなって来たといっても泣きごとを言える程では無いし、そこはプライドもあって言いたく無い。しかし近いうちに、玲人はそんな馬鹿げた壁を易々と超えて来てしまうだろうという予感がした。


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