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「あの、私ね、前から橘君の事が好きだったの…」
せりかと別れたのが知れてから、数日でもう四人目だった。しかし、告白をせりかにされても困る。橘本人にしないと意味が無いんじゃないかと思う。
横にいた本庄が「椎名さんに橘に告白しても良いかっていう意味で言ってるの?でも彼女にはもう、どうこう言える権利も無いし、構わないんじゃないの?取り持って欲しいのなら、俺が橘に言ってあげるけど」
「いいの!ごめんなさい。もう少し落ち着いてから自分で本人にいうわ!」
「そう?じゃあ、本人には言わないでおくね」
本庄は優しげに微笑みながら、相手を追い払ってしまう。美久や弘美等、女子でいる時にはこういう事は無く、必ず本庄と居る時に来るのは何故だろうか。その所為で本庄が助けてくれるのも同じ回数分ある。借りが増えて行く様で嫌なのだが、穏便に収まってしまうので、玲人にばれたら、また怒られるなと、せりかは思うが、本庄は口を挟ませる隙をせりかに与えない。せりかも何も言い様も無いので黙ってしまっている。
「どうして、いつも本庄君と居る時に限って来るのかしら?」
本庄に疑問をぶつけると「椎名さんは優しいよね~」となんだか的外れな答えが返って来た。
「女子で居る時に来たら、あの子森崎さんとかにメッタ打ちに攻撃されて、そのまま橘のとこまで引き摺って『好きなんだって』って言われてるよ。本能的にそういうマズイ事に成りそうって感じるから、俺と居る時に言って来るんじゃ無いのかな」
「でも私に言っても何にもならないわ」
「そこが、女の子の摩訶不思議な所だよね~。本人には告白したら断られて傷付きそうだからって椎名さん相手に告白して、気持ちを昇華させてるのと、後は椎名さんに何で橘を振る様な勿体無い事をするのか聞きたいんじゃないの?」
「勿体無いは分かるけど、どうして別れたのかは、言える訳ないのに!」
「橘的な広め方によれば、一度一年生の時に振られてしまった椎名さんを、高坂に頼んで無理に付き合って貰ったのに、部活が忙しくて放って置いてしまって、椎名さんに振られたらしいよ?」
「何だか、それを納得出来無いから、私のところに来るのね。きっと…」
「迷惑な話だね。本気で橘と付き合う気も無いのに、自分だけ満足して行く子達って。潔く橘に言って来ていた子達の方がまだマシだけど、結構辛辣な断り方するんだよ橘って…。もしかすると、それも噂に成ってるのかもしれないね」
ふぅーと息を吐きながら「もうちょっと優しく断れば良いのに」と本庄は言うが、女性不信だった橘にそれは望めなかっただろうと思う。
文化祭が終わった後、去年は有った表彰式は今回の生徒会は、主催しなかった。片付けがその後残っている状態でイベントをするのを良しとしなかった。せりか達は去年も今年も劇にしてしまったので、比較的終わってから余裕があったが、他クラスはその後があったのは、去年は優勝の嬉しさで気が付かなかったが、現生徒会は気になっていたらしい。結局優勝は、せりかたちも行った三組の執事喫茶が売上トップで尚且つ、浮ついた催し物と違って洗練されていたと教師票も高く見事優勝した。手芸部は二年一組との協力を評価され特別賞を授与された。二年一組に悪いと辞退か共同での受賞を手芸部部長は希望したらしいが、来年度の好きな教室使用権が賞品だったので、二年生であるせりか達には要らぬ権利だった為、手芸部の単独の受賞となった。ちなみに一位の賞品は、今話題のパワースポットの巾着型の可愛らしいお守り袋だった。遠方な為、入手が難しい事もあって、かなり羨ましい。生徒会の身内か近い人が行って買って来て貰ったのだろうが、最後の最後まで、春奈や百合には敵わないとせりかは思う。来年、時流に乗った喜ばれるものを用意出来るのだろうかと考えてしまうが、去年と何もかも今年が違う様に、来年はせりか達が好きにやって良いのだからと春奈達は言うだろう。
文化祭が終わって直ぐの金曜日に、生徒会選挙があり、演説など多少気恥かしい面もあったが、源氏物語の舞台に比べれば、橘もせりか達も皆、余裕で切り抜けて、無事全員が信任された。涼も唯一の一年生ながら、流石帰国子女だなぁとせりか達が思ってしまうくらい堂々としていた。
前生徒会の慰労会は、受験後にする事になり、春奈や伊藤やその他の生徒会役員は受験勉強に専念出来る事になった。文化祭直前まではそれほど忙しくなく、塾等も優先して行っていたし、後は最後の追い込みだと言っていた。伊藤以外は、それ程大変という訳では無かったらしい。
それでも自分達が現役員になった生徒会室は人が少なくて寂しく感じてしまう。橘は、皆で集まって「一年間よろしく」と一応会長らしく挨拶をしたが、後は、おいおいで、椎名さんにしばらく色々な事はお願いしたいと言った。皆も頷いて直ぐに解散となった。一回目の顔合わせは、必要が無い位形式的な物で終わった。
「何だか拍子抜けしちゃうわね。あれ程好感度とか気にして頑張ってたのに…」
せりかがそう言うと、橘は軽く笑って「俺達二人は生徒会から声が掛かる迄が勝負だったからね」と言う。確かに当初は真綾も付けてあげると本庄に言ったが、玲人との騒動でそれは無理になった。
せりか達は、それ以前が重要だったから、一年生から二年の初め迄、頑張らされたのだと納得がいった。これからは通常運営で年度末にまた忙しくなる予定だった。
生徒会室は役員なら誰でも勝手に使えるが、男女二人きりでは入らない様にという注意が顧問からあった。顧問=担任な為、せりか達を疑う気持ちは全く無いが、外からの外聞が悪いらしい。確かに今迄は先輩達もいて大人数だったが、誰かと二人きりになってしまう可能性は仕事をして居れば出て来そうで、制約としては当たり前に思えるが、少しだけ面倒でもあった。
翌週の日曜日に行われたサッカー部の県大会の決勝は、ぎりぎりで競り勝ったという報告を玲人から受けたせりかは跳びあがって喜んだ。携帯でだが電話の玲人の声も弾んでいた。急いで橘にメールをしようと思ったが、考えて止めて置いた。普通の友人ならば当たり前の事だが、この試合の為に別れを延ばしていた事を思えば、明日皆と一緒に祝いの言葉を言うのが妥当だと思った。
この決勝は、伊藤と三年生の二人が急に抜けた事でポジションの変更等もかなり有って、勝つのは難しいかもしれないと玲人から細かく聞いていた。それでも副部長と橘が伊藤のアドバイスで、ポジションを交替してからは、随分良くなったから、それがもしも無ければ勝てなかっただろうと玲人は帰って来てから言うくらい接戦だったらしい。元々の実力からいえば、元のチームならば、勝てる自信のある相手だった様なのだ。それ程、伊藤達の抜けた穴は大きいが、ここ迄来れた事自体が奇跡でもあり、伊藤達の力もあっての事だと玲人は言った。橘はせりかとの事等堪えていないと思いたいが、それは橘の性質を思えば有り得ない。なので、試合に負けなかったという事実はせりかの橘への友情が少し報われた気がした。頑張ったのは橘や玲人なのに、自分がほんの少しでも関与していたと思う程図々しく無いつもりだが、邪魔をしたく無かったという気持ちが大きかった。
月曜日は学校を挙げて朝礼で、サッカー部の壮行会が催された。前に並ばされた部員達は、少々気まずげだが、玲人と橘が並ぶと劇の影響からか、どよめきが起こり、多分劇を観賞してくれたであろう校長も苦笑気味だった。校長先生の激励の言葉に皆が拍手で盛り上げるとサッカー部員全員が、綺麗に揃ってお辞儀をして部長が「ありがとうございます。頑張ってきます」と応えた。
クラスでも橘と玲人は囲まれていて、容易に近付けない。玲人には昨日既にお祝いは言ってあるし、橘とも後で話す機会は有るだろうと諦める。別れたばかりの恋人が前に出ては、クラス全員が気まずくなってしまいそうだからだ。少し離れて見ていると、案の定、本庄が寄って来た。最近の彼は、玲人や橘が傍にいない時は、せりかを守る様に傍に居る様になってしまった。橘の流した噂と態度のお蔭で、特に厄介な事は無いのだが、それでも本庄は心配してくれているらしい。本庄の所為で橘と別れた訳では決して無いが、引き金を引いたのは間違い無く彼だ。もしかして責任を感じているのかもしれないという思いが過ぎるが、それは違うと即座に頭の中で否定した。本庄程、勘の良い人が、自分に関わらない別れ等に責任を感じたりしないと思った。引き金は彼が引かなくても他の事で、別れが訪れただろうという事は本庄には判っている筈だ。
「良かったよね!椎名さんもあんなに頑張ったんだもんね。俺とも嫌々一緒にいたのは、この為だったから、何と無く報われた感じがしない?」
「それって本人に言うセリフなの?!思っていても言葉に乗せると酷過ぎる気がするわ」
「慣れって怖いよね。あんなに避けられたのに、今は普通になったでしょう?」
「橘君とだって避けてなんて居ないのに、本庄君を避けたら、周りに変に思われるって気が付いたのよ」
「流石お嬢さんは判ってるね!橘にしか意識が向いて無かった時には気が付かなかったかもしれないけど、今となっては、変に勘繰られるって気が付いたんだ?結局お嬢さんが俺を避けるのは無理だって判って貰えて助かった」
「直ぐに橘君に気が付かれるのを承知で、私を頑張らせたのは劇の終わり迄かと思っていたけど。橘君と良好な関係になった途端に、最初から本庄君には判っていて、そう仕向けたんだと気が付いてからは、感謝してるのよ。本庄君にしても橘君との事にしても私一人がヒステリーを起こしてしまって子供みたいだけど、二人とは同じ土俵には立てないって判っているから」
「何だか微妙に距離置かれてる気がする言い方だよね?」
「最近の本庄君って直球で来るわよね。前はもっと遠まわしな言い方だったと思うけど。私は最初から距離を置かないなんてつもりは無いわ!元々避けたくなる様な誤解をされている人達と、距離を取らないという気持ちには普通成らないでしょう?仕方が無い事だと思わない?」
「俺は、椎名さんがどんな人間だったにしても構わないのに、椎名さんにはそれが通用しないし、信じて貰えないのは悲しい事だよね」
「私が信じられるのは、悪いけど玲人だけなの。玲人は私に過大な期待はしないもの」
「俺や橘には不信感たっぷりな訳か。どう挽回したら良いんだろうね?」
「橘君は分かってくれたわ!何も言わなくても、いつも何でも分かってしまう貴方には、本当は私の気持ちが分かっていてそんな事を言うのでしょう?」
「厳密には分からない。しかも分かったからって納得出来ない。俺は橘みたいに聞きわけが良い訳じゃない」
「本庄君の気持ちは私には全く理解不能だけど、結局私の為になる事をしてくれているじゃない?なんだか辛いのよ。なるべく迷惑掛けたくないの」
「別に俺が好きでやっている事に対して、お嬢さんが気にする必要は無いよ」
「………随分誤解させる言い方をするのね。立ち入った事になるけど、好きな人が居るって言っていたけど諦めたの?」
「まさか!諦めたり出来ないよ。やっと彼と別れてくれたところなのに」
鈍いせりかにも本庄の自分に対する態度と今の言葉が無関係だとは思えなかった。でもまさかそんな事有る筈無い!せりかは茫然と本庄を見ると、彼は何事も無かったかの様に「椎名さんが気にする必要は無いから」と言った。さっきと同じ意味じゃ無い。本庄の気持ちを気にしなくて良いと言われている。間違えて居なければこれは遠まわしな告白なのか、確かめる勇気はせりかには無く、黙ると本庄は労わる様な表情を見せた。
「今は深く考えないで…。とにかく俺を椎名さんの中から排除しないでいてくれたら、それで良いから」
本庄の言葉はせりかに衝撃を与えた。橘がいつも別れの予感を漂わせていたのは、本庄の気持ちを知っていたからかもしれないという思いがせりかの心の中を占めた。




