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切り所がなくてかなり長いのでご注意ください。
帰ってから直ぐに玲人は橘からの伝言をせりかに伝えた。
せりかは、もう相手に気付かれてる可能性は考えていた様で驚きはしなかったが、無言で幾筋も、幾筋も、止めども無く静かに涙を流した。玲人は、今迄見た事のなかったせりかの大人な泣き方にたじろいでしまう。
せりかもずっと隣の玲人のものだった女の子では無くなってしまった事を寂しく思うのは、玲人の我儘だろうか?
タオルで一気に涙を拭いたせりかは、まだ涙を溜めていたが、自分が泣いてしまう事に罪悪感を持つように頭を振った。
「無駄な事をしている自覚はあったのよ。だけど、とても忙しかったから何分の一かは彼に悟られない可能性にかけていたんだけど、そんなに早くに判られてるとは流石に思わなかったわ。でもいくら忙しいからっていっても、合宿に行った時でさえメールをくれて居たのに一件も来ないのは、やっぱり変だったのよね。こっちが避けてるつもりが、橘くんの方に今迄避けられてたのね」
「忍は多分せりが、そうして欲しいと思ってるから、メールとかして来なかったんだと思うけど」
「多分そうね。橘君の話は、全部わたしの為の事ばっかり!やっぱり橘君とは釣り合わないって再認識しちゃったくらい。いくら思われていたとしても、玲人に負けちゃう位の想いしか返せなかったのを思うと申し訳無さ過ぎて、親友に戻るなんて虫が良すぎてやっぱり無理だと思うの!」
「忍はせりが罪悪感持つから言うなって言ったけど、俺がどうしてもせりに忍の思いを分って欲しいから言っちゃったけど、本当にそっちに行っちゃうんだな。マイナス思考同士で似てるから相手が堕ちた時に引き上げられないから、やっぱりつきあい自体が無理だったんだろうって忍は言ってたけど、せりのポジティブな部分って俺が全部持ってったから、もしかして、そんな駄目駄目な訳?」
「あ・の・ね!駄目駄目って玲人に言われたく無い!それに橘くんは思慮深い所はあるけど、本人が言う程ネガティブじゃないわ。玲人とかお兄さんの一樹さんが、超が付く程無駄に明るいから、比べる対象よりちょっとワット数が少ないだけよ」
「お前、人んちの兄貴迄引っ張りだして結構酷い事言うよな」
「会ったら直ぐに分るわよ。全然、橘君と似て無くて、むしろ玲人よりだから!」
「そうかなぁ?忍って結構ブラコンだろう?よく兄貴の話が出て来るじゃん」
「お兄さんの方が、私から見たらブラコンなのよ。最初のデートのお膳立ても全部してくれたくらいだし、お母さんか?!ってくらい何にしても構ってくるしね。当然わたしも結構絡まれたわよ。橘君が怒るから度は超え無かったけどね。お兄さんの話しをよく私達にしてくれるのは、私達が兄弟が居ないから、興味津々で聞くから話題提供してくれてる部分も大きいと思うわよ」
「そっか。俺達の食い付きがすっごく良いから、面白い所だけ話してくれてたのか…」
「そうそう。私に対する気配りといい、精神年齢が少し上なのは間違いないわね。本庄君は特殊過ぎて比べる気にも成らないから話に入れないでね」
「そういえば明日はみんなで回ろうって話、本庄と真綾にも言って置いた方が良いんじゃないのか?」
「本庄君には明日の事お願いしてるから、玲人の話を聞かなくても、大人数で模擬店を練り歩く予定だったの」
「…せりは俺じゃ無くて、本庄を頼ったのか?可笑しいだろう?!それは!!」
「おかしいのは、元々がおかしな状態だって良く分ってるわ。本庄君だって橘君が気が付かないと思っていた訳では無いと思うの。だけど、あえてお互いが見ない振りで来たからこそ、源氏物語の舞台が終わる迄、クラスの雰囲気も悪く成らなかったのよ。…橘君に皆で気を遣ったり、私の事を白い眼で見られたりしたら、劇の準備どころじゃ無くなるから、橘君も気が付かない態度でいてくれたし、本庄君も分ってて、小さな希望に縋る私を頑張らせたんだもの。私が本庄君を当てにするのは橘君の為に目的が一致してるからだから、色々諸々仕方が無いとしか私も言い様が無いわ!」
「分かったから、落ち着いてくれ。本庄が裏で糸を引かなくても自然とみんなで打ち上げノリになると思う。俺と忍は打ち上げには出れない。平日は勿論、振替の休みの日も特訓があるから、明日はその替わりに身内の打ち上げにしようかと思ってるんだ」
「そっか~!直ぐに決勝で大変な時期だもんね。でも主役と盛り上げ役の玲人のいない打ち上げじゃ盛り上がらなそう。打ち上げ自体無くするっていう事も本庄君と真綾さんに相談しようかな?私達幹事になったのよ」
「俺達たった二人居ないからって止めるのはあんまりじゃ無いのか?唯でさえ、今迄部活優先させてもらってるのには、俺はやらないのは自由だから別にいいけど、忍が気にしそうじゃないのか?」
「橘君にも明日言ってみる。荒井さんと北川君とか、周りにも明日リサーチしておく。去年は優勝したから流れで打ち上げになったけど、やらなかったクラスもあるんじゃ無いの?」
「俺ん所の一組はカラオケ行ったけど、他は、クラスでジュースで乾杯した位っていう所も有るんじゃないのか?」
「あ!それ良い!皆も去年は少し背伸び気味だったけど、今年は空き教室で、いろんな所の食べ物調達して来て、三時から五時とかで部活の当番の人とかは抜けて良いとかってすれば安上がりだし、急だけどみんな参加出来るしね」
ちょっと電話掛けるね。と言ったせりかは本庄と真綾と話し、真綾と一緒に会場を少し飾る算段を付けて、明日早めに行く事になった。本庄が荷持ち持ちして貰おうと言っていた日野と藤田には、飲み物と食べ物を本庄と一緒に人数分買って来て貰う事になった。荒井と北川にも許可を取り、ちゃんとした打ち上げをしたいという声が上がればもう一度やろうという事で話がついた。真綾は飾り付けを張りきっていて、家に有るハロウィンの飾りなどを車で運んでくるつもりらしい。勿論せりかも早く行って飾り付けは一緒にやるつもりだ。なんだか楽しくなって来てしまって、あれもこれもしたくなった。ビンゴゲームとかもしたいけど賞品が無い。真綾に言ってみると、会費を集めて、売ってるものを賞品にしても良いんじゃないかと言ってきた。それこそ豪華賞品で無くとも駄菓子盛り合わせとかでも十分盛り上がると思うと言われると、確かに当たったりする事に意義があって賞
品などは、少しうれしい位の物の方が良いかもと思った。真綾の家にビンゴセットもあるから持って行くと言われてしまい、いったいどの位の荷物で来るんだろうと心配になる。
玲人は脇で聞いていて、もう本庄がせりかに真綾をだしに近づいている事が面白く無かったが、怖い告白を聞いてしまっているので、この辺りはまだまだ序の口なのだろう。本庄とせりかが纏まったら、やはり嫌だし、橘も流石に近くにいるのは辛いだろうと思うと、やっぱり、本庄の味方にはなれないと思ってしまった。邪魔をするべく明日の幹事は自分も混じってやろうと思い、久しぶりにせりかと朝一緒に行く約束をしてから、少し身体が鈍っていると感じてトレーニングの為に少し近所を走ってから、家に帰った。
翌日はとても早くに行き、学校の裏口で真綾を待っていると本庄も一緒に現れた。真綾の父が運転して来てくれたと言うのでせりかが愛想良く「すみません。お手数お掛けしてしまって。私、真綾さんと同じクラスの椎名せりかといいます。真綾さんと本庄君にはお世話になってます」と挨拶すると、あまり真綾と似て居ないが、整った顔立ちをして、柔和な印象を受ける優しそうなお父さんが、にこやかに外まで出て来てくれた。
「いえいえ、こちらこそ、うちの我儘娘と綾人君がお世話になって、どうもありがとう。椎名さんは真綾の話題によく出て来るから初めて会った気がしない位だよ」
玲人もこの機会に真綾の父親に挨拶しようと、感じ良く会話の輪に入って来て喋り出す。
せりかは全く緊張しない玲人が、予想通り過ぎて笑ってしまった。本当に玲人らしすぎる!!
「はじめまして。真綾さんとお付き合いさせて頂いてる、高坂玲人です。ご挨拶遅くなってすみません。これから宜しくお願いします!!」
はきはきと物怖じしない玲人に、お父さんも目を丸くするが「雑誌に一緒に載ってたけど、本物の方が迫力があるね。真綾が世話になってて悪いね。綾人君から、保証付きでいい子だって聞いてるから、私の事は気にしなくとも大丈夫だよ。点の辛い綾人君が一押しだって豪語していたけど、なんだか本当に好青年過ぎて、返って引いてしまったよ。うちのにも話しておくから今度良かったら、遊びに来てくれ。椎名さんとは幼馴染なんだってね?」
「はい。家も隣なんです。今度本当にお邪魔させて頂きます。今は部活でちょっと無理なんですけど」
「ああ!県大会の決勝迄来てるんだってね。娘から聞いてるよ。すごいねぇ。こんな進学校なのに」
「元々、ここの高校が公立の割に強豪なのを知ってる仲間が集まって来るんです」
「お父さん、高坂君も時間無いから、その辺で、話しはまた今度の機会にして!荷物は後ろから降ろすから、持って行って欲しいんだけど」
そういって真綾が荷物を玲人に渡してしまったので、玲人は真綾の父に「失礼します」と頭を下げて、教室に向かった。
「爽やかだねぇ…。礼義正しいし、人好きするタイプだ。綾人君から聞いて居たけど驚いた。真綾も結構やるものだね」
「お父さん、こんな所で冷やかさないで!彼すごくモテるから、学校では付き合ってるの内緒にしてるんだから!」
「まあ、モテそうだね。綾人くんを振って付き合い始めた位だもんなぁ?」
「叔父さん!それはもう言わないで下さい。それに裏門とはいえ、他の生徒もそろそろ早めに準備に出て来ますから」
「じゃあ、椎名さんも遊びに来てね。それから、色々と雑誌の件とかで真綾がお世話になったって聞いてます。有難う。うちのは、はねっ返りで椎名さんみたいに落ち着いて無いけど仲良くしてやってくれると嬉しいんだけどね」
「はい。こちらこそ。真綾さんのお父さんも、うちのクラスの催し物の為にお手間を取らせてすみません。有難うございました。実は真綾さんのお宅には何度かお邪魔させて頂いちゃってるんです。ご挨拶が遅れちゃいましたけど」
「じゃあ、場所とかは大丈夫だね。いつでも遠慮無く来てね」
「有難うございます!お言葉に甘えてまたお邪魔します」
「それじゃあ、またね」
真綾の父は、荷物を持って去っていくせりか達に手を振ってから、車を発車させた。
「お父さん、せりかさんと話し過ぎ!」
「同感!叔父さん、椎名さんの事気に入ったの丸分かり!高坂の事は内心複雑そうだけど、彼、非の打ち処が無いからね」
「そう?本庄君と比べると子供っぽいし、がっかりしたんじゃないかしら?」
せりかは、玲人に非があるとは思っては居ないが、今迄本庄と婚約させていたんなら、玲人では少し頼り無く思ってしまわないかと考えたが本庄は、「それは絶対無い」と言う。
むしろ子供の頃から子供らしく無い自分よりも、年相応さが健全に映って、印象はかなり良かっただろうと言った。そんなものなのか少々疑問だが、せりかも玲人のそういう所は好きなので、本庄の言いたい意味は分かる。真綾はしきりとせりかに恐縮していて「お父さんがごめんね」と別に謝らなくては成らない所は無かったと思うけどと言っても、「とりあえずごめんなさい」と訳の分からない謝罪を繰り返した。
「素敵なお父さんだし、玲人の幼馴染だから、内緒で私に玲人の本性聞きたかったのかもしれないわよ?」
「綾人がだいぶ話して居るから、裏表無い事は父も知ってるから、そんなんじゃ無いの。単にせりかさんみたいな娘が居たら良いな、とかってそんな事を夢見ちゃってるだけだから!」
「真綾さんも面白い事言い出すのね。玲人の家でも有るまいし、可愛い真綾さんがいてそれは無いでしょう?」
「真綾も可愛いけど、無い物強請りってあるでしょう?叔父さんが落ち着いた美人の娘にちょっと夢見たとしても、責められないと思うよ。息子は、俺が息子みたいに育って来たから、特には願望薄そうなんだけどね」
「二人とも、誉めても何も出ないし通常通りにしか働かないわよ?」
「本当なんだけどなぁ。でも感謝はすっごくしてるから」
「そうよね。お父さんも良いお友達に恵まれて良かったなぁって雑誌事件の後から、しきりと言ってたしね。今日もお母さんでも車の運転良いのに、張りきって自分が行くって言い出した位だもの。高坂君が今日来るのは知らなかったから、彼を見てみたいっていう訳では無いのよ。綾人の言葉って娘の私よりも全然信用度が高いしね」
「それなら、私も玲人も合格点が出て良かったわ。真綾さんは、お嬢様校から、いきなり公立高校だから、お父さんも心配されていたでしょう?」
「綾人が居たから、そんな心配はされて無いけど、私は、最初の方はかなり勘違いして大人しくしていたけど、何処もそんなには変わらないっていう事が分ったわ」
「そうだな。それが分かれば、これからの選択肢も広がる。自分が世間知らずだって思って引け目も感じないで、生きていけるしな」
「綾人もそう思って公立に移ったのね。でも最初のうちは委縮してしまって思う様に動けなかったから、これが社会人になってからだと問題大有りだから、勧めて貰って良かったわ」
せりかは、二人の会話を聞きながら、逆の事を思った。大体県下一の高校の此処は、かなり異質な方だとせりかは感じていた。クラスは成績順だし、生徒会も指名制だ。その上、運動部でサッカー部だけが盛んだが、他は同好会レベル。みな文化系の人間なのか、乱暴な男の子も皆無だし、他の子達も割合大人しい子達ばかりだった。此処が普通と考える二人は、やはり普通とはずれて居るのでは無いかと思うせりかだった。
その後、お家のハロウィンパーティで飾ったという飾りを教室に飾り付け、黒板には「二年一組文化祭打ち上げ会」と大きく書いて、会費五百円。参加自由。時間三時から五時まで。幹事名を玲人と日野と藤田の名前も加えて書いた。何かあれば幹事までお願いします。と書き添えた。
会場はすっかりハロウィン仕様で他のお客さんが間違って入って来てしまわないか心配になったので、関係者以外立ち入りご遠慮くださいと太いマジックで書いた紙を入口に貼った。
「日野とかと仲が良いのか?」
玲人が本庄に聞くと「出席番号が近いから自然とね」という言葉が返って来たので日野、藤田、本庄か!とあいうえお順で確かに近いのを思って妙に納得した。人間、気が合うかなんて話さないと解らないし、始めに話し出すのは、確かに席の近い人間からだろう。それに元々、日野も藤田も一年の時は五組だった事を思うと仲が良いのは自然な事だろう。本庄は普段から誰にでも愛想が良いので、こういう時に仕事を頼む相手に玲人は興味が湧いて来た。
本庄は既に、此処の使用許可を生徒会と担任に取り、あと担任から一万円のカンパを取り付けていた。
「いくら先生でも、一万円はきつく無いか?」
玲人が少し非難めいた口調で言うと、にっこりと黒い微笑みを浮かべながら「こういう時に頼ってあげた方が、親切ってものなんだよ。もちろん人にも依るから、俺だって無理矢理貰った訳ではないよ。こういう会をクラスで開きたいんですが、許可いただけますか?って言った後、一拍間を開けるだけだから、しらんぷりしようとすれば可能だけど、一年に一度の事で、格好が付くなら、出して置きたいと思うのが普通だよ。まして来年も担任決定だしね。何も無い時にこういう事って出来ないから、声を掛けて相手が乗ってきた場合は、俺は親切出来たって思ってやってるんだけどね」
「本庄の常識って社会人常識で、少しずれていると思う。生徒が好きでやる打ち上げに、先生が大金を出す必要は俺は無いと思う」
「玲人、でもね、去年の女性の先生だって、助けて下さったのを考えると、うちって元五組の子が多いから、先生がケチだとか頼りに成らないとか、生徒思いじゃ無いとかって思われる可能性が高いのよ。去年の先生は割と冷たいイメージだったけど、その後からは、みんな生徒思いだけど押し付けがましくないしっていう見方になって、相談とかもする生徒も増えたし、雑談とかも出来る様になって先生とも関係がとても良くなったのね。玲人の言う事も、もっともだと私も思うわよ。だけど、そういう些細な事で先生の方もやり辛くなったり、やりやすくなったりする以上は、一応遠まわしなんだし、聞いてみてカンパされる意思の有無は問わないと、特に男性教諭の場合は失礼じゃ無いかと思うんだけど」
「そんな事で、生徒思いじゃ無いって思う方がどうかしてるよ。みんなから会費集めるんだし、それで足りないなら、会費の金額上げれば良いだけだろう?こんなの、おかしいよ。やっぱり!」
玲人の潔癖さは、みんなを若干引かせてしまう。『これを止められるのって橘君だけなんだよなぁ』と思ったら橘が丁度やって来た。
「今日って幹事じゃ無いけど、俺と玲人の為に今日にしてくれたんでしょう?手伝わない訳にいかないと思って」
顔を合わせるのは、昨日の今日でかなり気まずいと思っていたのに、こんなナイスなタイミングで現れた彼は、救世主の様に後光が差して見える。
「おはよう。橘君。早速で悪いんだけど、相談したい事があるの!担任にカンパをして貰ったら、玲人が自分達の会費を上げるべきだって怒り出しちゃってね。玲人が言う事も分るんだけど、もう貰っちゃったし、去年の事を思うと、声だけ遠まわしに掛けた方が良いからって本庄君が気を遣ったんだけど、どうしたら良いと思う?」
「確かに、いくら俺達が子供だからっていう理由でタカる様な事をするのは、俺も良く無いと思う。でも本庄はお金が欲しかった訳じゃなくて、先生の名誉を去年はうまく作り上げた。それ自体は向こうにそういう意図は全く無かったけど、優勝して盛り上がってたし、担任の先生も何かしてくれたくなったんだと思う。でも今年は、担任の先生の明確な点取りでくれたものだろう?言い方は良く無いけど利害が一致している。玲人は会費を上げたらって言うけど、後日に行われる外でやる打ち上げなら、出席するのも欠席するのも自由だけど、今日のこの場は自由とうたいながらも、ほぼ強制に近い。それにメールで昨日、今日の事を回したけど急な事で高い会費を請求されたら、辛い奴も結構出て来るんじゃ無いかと思う。出来るだけ低予算で楽しくやりたいっていう本庄達は、そういう事も考えてたんだろう?それに、今回の元々の幹事は、更科さんと本庄と椎名さんなんだから、後から手伝いに加わって発案者に文句を付けてたら収拾がつかなくなってしまうから、今回は玲人が引くべきかなと俺は思う」
「なんだか俺だけ去年クラスが違ったから、流れがきっと読めてないんだな。本庄、悪かった!後から口出されたら困るよな。次回から口出しする時は最初から発起人になる事にする。さっき言った事は忘れてくれ」
あっさりと玲人が怒気を押さえたのは、橘の言う事は何でも正しいと思っている訳では無い。玲人のツボを橘が心得ているのだとせりかは思う。『後から加わって文句言うな』なんてせりかや本庄ではとても言えなかったし、真綾は玲人のいう事も決して間違って無かったので、どちらの方にも付かずに傍観を決め込んでいた。
「ありがとう。橘君が来てくれると、色々と助かるよ。玲人の言う事も私達も分るだけに説得が出来なかったのよ。橘君が言ってくれるのって体育会系の二人にしか分かり合えないところでお互い納得してるっていう感じで助かったよ」
「でも、去年ちゃっかり担任にカンパして貰った挙句、知り合いの店だからって、高校生には分不相応な打ち上げをしたのが元々良く無かったと俺は思ってる。それこそ幹事じゃ無かったんで何も言える立場じゃ無かったけどね」
「あれは綾人も私も親戚のお店だから、タダで使っても良いって言われたからだもの。橘君が不満だったなんて一年経って知るなんてショックだわ」
「でも、真綾さん達とやっぱり感覚が違うのは確かなのよ。皆、あの少ない金額であの豪華さは嬉しい半面、違和感はあったのよ。とても楽しかったし、普段出来ない経験をさせて貰えて、良かったんだけど、でも幹事になって今年もあのお店を貸してくれると、もし成っても、私反対するつもりだったのよ。普通にカラオケとかでって勧めるつもりだったわ。私達の年齢や財力で経験出来ない事は、大人になってからした方が良いと思うの。真綾さんや本庄君は親戚のお店で気軽い場所なんだと思うけど、私からしたら、だいぶ気後れしちゃうしね」
「俺と真綾は、世間知らずからは脱却出来たけど、感覚のズレはあるみたいだね。二人とも気を付けないとね。真綾もショックなのは分かるけど、橘や椎名さんが去年の事を、わざわざ言ってくれるのは、友達だから俺達がちょっと違っているのを柔らかく指摘してくれているだけで、親切心からなんだ。べつに昔の不満なんて言う必要無いし、二人も今年俺達がちゃんと変わってたら嫌な事を言い出したりして無い。そう思うとさっき二人で自画自賛したけど、去年から成長出来て無いのかもしれない。何が普通なのか正しいのかは、決めるのは難しいけど少なくとも俺達が此処に来た理由を考えたら、橘と椎名さんが言う方が、一般的なんだと思う」
「この飾りとかは、大丈夫なのよね?何だか何が良くて何が駄目なのか、ちょっと混乱して来ちゃったわ。。。。」
「更科さん、ごめんね。去年幹事やってくれて、今年もいろいろと面倒見てくれて感謝してる。本当は何が正しいのかなんて誰にも決められない。強いていえば多数決だろうけど、少数派を無視出来ない事柄も有るから、難しいんだよ。去年の楽しい思い出に墨を塗る様な事を言った俺が悪い。昨日椎名さんに振られちゃったから、俺もちょっと混乱してて、わざわざ言わなくてもいい事を言ってしまったみたいだ」
「っ!!!せりかさんと別れたって事?!橘くんが?」
「これだけ放って置いたら、振られても仕方が無いけど、付き合う時から、別れたら友達に戻るっていう約束してたから、更科さん達も変に気遣いしないで貰いたいんだ」
「ええ。でも、橘君はそれで良いの?だって……」
「真綾、踏み込み過ぎだ。橘が振られたって言ってるのに、傷を抉るような事をするな!!」
「真綾さん。私からもお願いしたいの。出来るだけ橘君とも仲の良い友達に戻りたいの。都合が良過ぎって思われそうだけど、橘君もそうしたいって言ってくれてるから、出来るだけ普通にして貰いたいの」
「ええ。分かったわ。なんだか色々とごめんなさい。橘君の指摘は親切で言ってくれてるって分かったから!大丈夫よ」
他の生徒も登校して来たので、この話題を止めると、美久と弘美が、昨日電話で橘と別れた事を告げていたので、せりかの元へ寄って来た。しかし、橘が横に居るので、驚いてしまって慰めようとしたのを慌てて止めて、皆にぎこちなく挨拶をすると、橘が「気まずい思いをさせたみたいで申し訳無いけど、椎名さんから聞いてると思うけど、俺達仲が悪くなった訳では無いから」と何時に無く必死に言うので、美久達も何と無く橘の気持ちは汲んでくれた様だった。
「会費はせりかに払えばいいの?」
「ううん。本庄君にお願い。今日のお金の管理は彼だから、頼りになるわよ。担任からもカンパ一万円も貰って来ちゃうんだもん」
「うわー!気前いいね。先生大丈夫かしら?」
「『ちょっと悪いよ』って高坂に説教くらっちゃったけど、折角の御好意なんで、今日のビンゴ大会の景品とか食べ物とかに使わせて貰おうかなと思ってるんだ」
「本庄君が高坂君からお説教ってなんだか不思議な感じね」
「美久!すっげえ失礼だぞ。何で不思議なんだよ?!」
「本庄君が怒られるのに違和感があっただけで、高坂君が相手だからってわけじゃ無いからね」
「うんうん。そうだよ。本庄君っていつも超人?って思ってたから、想像付かないよね」と弘美も加勢したので、玲人は弘美には文句が言い辛いらしく、仕方無く黙った。
二人は「宜しくお願いします!」と五百円ずつ出した。本庄は「確かに」と名簿にレてんを赤で打った。何か遣り取りが商売人っぽいなぁとせりかは思う。
それからは、飾り付けに二人はびっくりしていて、手伝い自分達に言わないなんて水くさいと言われてしまった。「いつも委員のお仕事も手伝って貰ってるから、こういう時に迄巻き込まなくてもいいと思って」と言うと「せりかは気を使い過ぎ!いつもだってたいして頼んで来ないでしょう?」と返された。最初から、いつも悪いからと気を遣ったつもりだったが「片付けの時は手伝うわね」と言われてしまった。「飾り付けもしたかったのに~!」と美久に言われると、確かに飾り付けは楽しかったので、完全に裏目だなぁとせりかは溜息を吐いた。
三時までは模擬店を皆で回る予定だった。幹事メンバーと橘と沙耶と美久と弘美だ。日野と藤田は、一年の頃から一緒なので、橘が注目を浴びるのも慣れていて「今年はいつもの倍は大変だな」と気の毒そうに声を掛けて来た。
「昨日の帰りからもう大変で、玲人が横にいたから、光源氏と頭の中将の人だって全然知らない一年生からも見られて、公園で時間潰して少し帰る時間をずらしたくらい」
本当は玲人に話をしたかったからだが、公園の方に行ったのは見られているので、後付けの理由だが、実際皆と帰る時間がずれて、電車など助かった。
「橘は集団の中の方歩いたら?」今度は藤田が目立たない様に提案してくれたので、皆の中心部に位置を変えると、一番前を歩いて居た時に比べると随分居心地は良い。しかし、総勢十名で歩く団体はそれなりに迫力があった。
橘は元五組の人達はかなり自分にとって良い友人達ばかりだったと囲まれて歩きながら思い出す。一年の時のクラスは全体の雰囲気が良くて、皆、何故か橘を守ってくれていた。今でも不思議に思うが、その名残なのか、日野や藤田は今でもこうして気遣ってくれる。
玲人は予想通り違うクラスの友人達に捕まって、皆から段々遅れていた。
「玲人待ってあげなくていいのかな?」
橘が自分ばかり優遇されて後ろめたいので言ってみると、本庄が「良いから先行ってよう」と言う。少し同情の表情をみせると「あいつと歩いてると普段だって真っ直ぐ歩けないのに、今日みたいな日に待ってたら、キリが無い」と言う。橘はまた不思議に思った。玲人が自分と二人で歩いている時に注目はされても、足を止められる事は無かったからだ。それを皆に言うと、本庄はものすごく驚いたが、それ以外は納得顔だ。「橘といるのに、高坂に声掛けるのって邪魔になる気がして出来ないよ」と日野が言うと皆が頷いた。せりかも実は玲人と二人で歩いても、あまり止められないので、それに近いんだろうと予想が付いた。本庄は、別に二人の邪魔は出来ないという発想が皆無なので却って分からなかったみたいだ。普段何でも人より分かる本庄が一人、分からないという状況はなんだか面白かった。皆も意外な顔をするが、本庄は「何で邪魔しちゃいけない訳?」と純粋な疑問をぶつける。橘もそれは聞いてみたかったが、ずるいが自分も分らない事を言わなかった。「一年の最初から一緒に歩いてるから、相当仲が良いと思われてるし、大抵部活に行く前で急いでいる時が多いだろ?それに女子達が二人並ぶのは目の保養とかって言ってるのが聞こえるから、止めた奴は、女子の怒りを買いそうで、橘の時には止めないルールでも多分出来てるんじゃ無いの?暗黙の了解で」藤田がおそらくだけどねと言いながら本庄に説明すると、本庄も納得した。「さすがだね」と誰に対してか何に対してか分からない感想を洩らした。
なんだか嫌な暗黙の了解だと思うが、橘も今迄知らなかった事を白状すると本庄が「橘は知らない方が良かったんじゃないの?」と言い出した。確かに玲人と二人の時は邪魔出来ない空気を作っているのかと思うと、少しそれはイヤだなとは思う。「これからは、少し離れて歩こうかな…」と言うと、沙耶が珍しく「玲人君が不憫だから、それはちょっとどうなのかしら?」と橘に「言わないであげて」と言う。せりかの方を見ると「いいんじゃないの?橘君の良い方で」ときっぱりと言う。なんだか板挟みでどうしようかと他を見ると、美久はせりかと同調して「別に大丈夫じゃないかしら?」と言うが、弘美は「あんなに懐いてるのに可哀想じゃ無い?」と言って皆を笑わせた。本人は本気の本気で言った様で、皆の爆笑に何かまずい事を言ったのか?と困惑顔だった。女子は二対二なので真綾に最後に聞くと少し困った顔をした。真綾は玲人を引き留める女子からも橘が守ってくれるので、実際は切実に一緒に歩いて欲しい。しかし、ここには玲人と付き合っている事を知らない日野達もいるので、答えあぐねていた。橘は真綾にそっと「分かったから」と言った。分かって貰えたのが分かると調子良く「弘美ちゃんが言う様に可哀想かもね」とさっぱりした真綾らしく無い返答をしたが、橘は「多数決で今迄通りに決定かな」と少し笑った。藤田からは「何で女子票だけなん?」とおどけられたが、橘が「女性の意見を尊重するのが、賢い選択なんだよ」と返すとまた皆が笑った。玲人はまだ追いつかないので手芸部に顔を出して置きたいのだが、とせりかが言うと、橘が玲人に向かって「玲人、俺達手芸部に行ってるから」とよく通る声で言うと、捕まえていた友達が案の定玲人を離して「また後でな」と言った。「玲人も合流出来そうだ」と橘が言うと本庄が呆れた顔で「今、仕入れたばかりの情報を上手い事使いはりますなぁ」と都言葉風で嫌味を言う。橘は苦笑いしてから「玲人来たんだからいいじゃん」と言い返した。
玲人も合流して一階の入り口から一番近い、相当いい場所に手芸部はあった。皆で「こんにちは」と入って行くと、すっかり顔馴染みの面々に「お世話になったお礼に源氏の君を連れて来たわよ」と言うと、皆で「本物だ~!」「すごい!」等、声が上がった。採寸はクラスの子にして貰ってしまったので、橘自身は手芸部には直接お礼は言えてない。舞台でした様に恭しく頭を下げた。顔を上げて「ありがとう」とにっこりと笑う様子は橘では無く昨日の舞台を思わせる色香漂う源氏の君だった。仲間うちからでさえ、感嘆のため息を吐く程素晴らしい変わり様に、手芸部からは、黄色い声が上がり掛かるが、部長が駄目!!と他のお客さんも居るので慌てて止めた。お客さんの方は展示物と写真を見ているので却ってそっちの方から歓声が上がった。ギャラリーは写真の中の光源氏が現れたので大喜びだった。
「橘君。こちらこそ有難う」と先輩である部長から満面の笑みで言われると、橘は「微力でもこちらのお役に立てる事があって良かったです」と謙虚な返事を返した。
すっかり雰囲気の戻った橘に手芸部の部長は微笑みながら「舞台より近くで源氏の君が見れて嬉しかったわ」と橘の即興のお礼を褒め称えた。橘は僅かに笑んで謙遜する様に首を振った。
その後、衣裳と写真の展示を見て回ると、橘の写真は見ていたので、せりかは自分のが気になってしまい捜すと、詐欺なくらい写真の出来が良くて、写真部の河野はやはり腕が良かったのだなと思う。
他も皆自分のが飾られているのかと思うと心配なのか、確認して胸を撫で下ろしていた。登場人物の女性役がやたらと多いので五人とも役に付いていた。皆自分のを見てから、余裕が出た様でほかの者の写真を見るとやはり写真家の腕前を褒め出した。
「写真部って実のところあまり活動してるのか、怪しいと思っていたんだけど、やっぱり素人が撮るのとは違って、本物より良く見えるわね」
美久が口の悪い事を言ったが、皆も同感だった。唯一橘だけは、これ以上無い位の本人の美しさの所為か上がる余地は無く、そのままの源氏の君だった。皆もそう思っても、今日今迄の注目具合を見ても、それを橘に言う者は居なかった。昨日の橘は文句なく最高の出来だった。「ビデオカメラとかで取って置けば良かった」と写真を見ながら、せりかが言うと、本庄が「撮ってあるよ」と簡単に言った。そんな予定は無かった筈だが、どうやら真綾の両親が見たがった様で、他には撮影は控えてと言っていたのに、河野に写真と共に依頼したらしい。
「そんな事がばれたら、うちの両親達が大変な事になっちゃうわ!」と慌てると「ビデオ撮っておけば良かったって言ったのは椎名さんなのに」と真っ当な返答が返って来た。無いと思ってこその惜しむ気持ちから出た言葉だったので、本心であっても本気では言ってない。橘も横で嫌な顔をしている。あれが残るのは彼にとっても結構な衝撃のようだ。
「それって誰に所有権があるの?」
「橘、目が据わってて怖い。勝手に撮って悪かったよ。真綾の両親以外に見せないから勘弁してよ」
「その約束忘れないでくれ。撮影禁止にして居たところを無断で撮ったんだからな」
「今日の打ち上げで流そうと思ってたのに!準備もして来たのよ」
真綾が悪びれず言うのを、橘は「もう一度言うけど、撮影は了承もしてないし許可も出ていない。他の人達にだって無断で撮ったのなら、全員に詫びないといけないね」と真っ黒なオーラ全開でにっこりと底冷えがしそうな程怖ろしい笑みを見せた。真綾もびくっと固まってしまい怖ろしさのあまり言葉が出なかった。橘が従兄と同じ人種な事は知ってはいたが、直接怒気を向けられた事が無かった為、驚いて声も出ない。
「橘君。真綾さんが驚いてるから、その怖い笑い方止めてあげてよ。真綾さんもお家以外では見ないし、存在も撮って貰った人に口止めしてくれるわよね?」
「ごめんなさい。皆が喜ぶと思ってサプライズにしようと思ったのよ」
「真綾が軽率だったよ。忍が嫌がるのは、目に見えてる。流石に俺も嫌だな。真綾のお父さん達に見せるのかと思うと」
玲人が言うと真綾は流石に、しょぼんとしてしまった。『付き合ってるの内緒なのに呼び捨てって大丈夫なの?』とせりかはあせるが、玲人は女の子の名前は基本呼び捨てにしているので周りもあまり気が付かない様で内心ホッとした。
「そういう事だから、従兄のお兄さんは、撮影許可が下りなかったって叔父様達に謝ってくれるんでしょう?」
せりかが冷たい視線を本庄に向けると
「了解。三人がかりで来られたら、こっちは手も足も出ない。オリジナルは消去してコピーは折る。河野には撮影禁止だったらしくて、やばいから撮った事は言わないでって言い含めて置く」
「流石、本庄君は、話しが早いわ。橘君もそれで問題ないわよね?」
「ああ。完璧。更科さんはそれで良い?」
「………は……い」
「橘、悪かったから、真綾脅すの止めてよ。俺みたいに耐性付いて無いし、女の子なんだから」
更に笑みを深めた橘は「脅すなんて人聞きが悪い!」と言ったが、脅して無いとは言わなかった。せりかは妙に誠実な所がある元、恋人である橘のそういう所が好きだったと思った。
しかし真綾には、そんな誠実さは伝わらないだろう。流石に助け舟を出すべきだろう。
「真綾さんは悪気は無くて、皆を喜ばせようとしたんだから、橘君もその辺にして置いてあげないと、本当に怖いわよ。魔王様が笑ってる時の様な、今のあなたを映して残してあげたいくらいだわ」
「それは、椎名さんも随分趣味が悪い。賢明な相棒が俺の不利益になる様な事をするとは信じられないけど」
本庄は、今日はやっぱり、橘の機嫌が最悪なのだと思った。普段の彼よりもオーラが十割増しで怖かった。朝、せりかに振られて混乱していて要らない事を言ったといったのは、あながち嘘では無かったのかもしれない。そのくらい橘の機嫌は底辺を這っている。平気そうに見えても、せりかの為にそう見せているだけなのだろう。
それにしても撮影は真綾の父親に頼まれて、撮った事はあまり公けにしないでおこうとしたのだが、せりかがビデオに撮っておけば良かったと言ったのを、真に受けてしまって、せりかが喜ぶと思って撮って有る事を言ってしまったが、完全に失敗だった。真綾のいう上演会は、打ち上げの時間が短いし、他にも問題あるからと昨日から止めていたのだが、自分がせりかに言った事で、真綾も大丈夫という判断をしてしまったのだろう。
最近橘の事で、せりかに頼られて少し良い気になっていて見誤まったのだと自喋してしまう。もっと良く考えれば、真綾は抵抗感が無くともせりかは両親に映像を見られるのは、希望しては居なかった。許可は実は荒井にはこっそり取っていたが、委員長で主役である橘の発言権は強い。今日、こんなに橘が不安定な事は想定外だが、一応は考慮すべき事柄ではあったのだ。色々と反省要素が次々と出て来て、本庄も最近に無い位落ち込んで来てしまった。
「忍、カリカリするなよ。珍しい。普段女子相手にここ迄怖い事しないだろ?部活とかでは先輩相手でもしょっちゅうだけどさぁ!」
せりかは、多分伊藤か玲人か同級生相手には、遠慮が無く、前に言った玲人への部活の嫌がらせ高度バージョンをしているのだろうと思うと、それはそれで心許せる人達に囲まれているのだと安心する気持ちになった。自分が支え切れなかった彼に他の人達の助けを期待するのはずるい事は判ってはいるが、それでも我儘を言い合える仲間達の存在は、せりかの気持ちを少しは楽にしてくれる。
藤田が玲人に橘の部活中の所業を聞きだして大笑いしていた。皆もおかしくて爆笑していると「玲人、話し盛り過ぎ!」と軽く橘から注意が入った。
玲人もこれ位でフォローはいいかと暴露はこの辺にしておく事にした。
藤田が「超体育会系の橘って面白い!一年生呼び出しってクラスの優等生委員長の仮の姿とは結びつかない!」と言うと沙耶が「仮の姿は無くなーい?」と橘を擁護した。
「石原さん、いいよ。大丈夫だから。元々、部活は今の二年が先輩達に比べると温厚っていうか厳しい事言う奴が居ないから、部長職とかに付かないって決定している俺が、ある程度は憎まれ役を買うのは覚悟でしているだけだから仕方がないんだ」
「お前に頼り過ぎだって伊藤先輩からも言われてるから、他の奴らにも言っといたんだけど、忍の方からしたら、やっぱりまだ足りてないよなぁ?」
「玲人は直ぐに部長になる予定だろう?下級生同士のいざこざとかあったら、相談に乗ってやったりして欲しいから、声を掛けやすいあまり怖くない先輩で良いんだよ。第一キャラじゃないだろう?」
藤田は「流石、橘だなぁ!なんか部活でも委員長みたいだな」と感心しきりだ。橘が部活でも結局は責任感の強さから、普段と、らしく無いキャラなのだと思ったようだ。せりかはどっちが素かって言ったら、ある程度の縛りは差し引いても部活の方だと思うのだが。
結局、やはり玲人はムードメーカーなのだと橘は思う。雰囲気が悪く成りそうになると、自然と違う方向に皆の関心を向けてしまう。一種の才能だと思うと羨ましいが、自分がやったら作為的に映りそうなので、お互い向く事をする方が無難だろう。
なんだかさっきから本庄が落ち込み気味なのでフォローしてやって欲しい所だ。普段、それこそ超然とした彼が落ち込むのは珍しい。自分の所為なので橘自身も悪いとは思うのだが、本庄もどちらかと言えば自分やせりかと近いマイナス思考型だと思う。その上考え過ぎる傾向がある。
しかし、本庄はそれを凌駕するほど、自信家だった。そこが自分達とは大きく違う所だろう。今迄、色んな局面を渡って来たであろう実績からくる自信が、彼を支えているのだろう。だが、楽天的な性格では無いので、失敗した時にどうすれば良かったのか、反省が過ぎる傾向にあるのだ。それに比べたら、真綾は先程までシュンとしていたのが、無かった様に皆と笑い合っている。従兄妹でもかなり違うものだと思う。
それから、手芸部で刺繍したハンカチやレース編みの髪飾りや作り襟などをビンゴの景品にと購入してから、屋台風の露店のお店で用意した可愛い袋に駄菓子を沢山入れて、五袋くらいの景品を即席でせりかが作っていた。相変わらず面倒見の良いせりかに荷物を持つと言ったら軽いからと断られたが、玲人が軽くせりかから取り上げて橘の方に渡して来た。「問題は重さじゃ無いんだよ!」と玲人が俺様発言をすると、せりかは橘に「じゃあ、幹事でも無いのに悪いけど」と言った。別れた気まずさからでは無く、断った理由はそれなのかと思うと橘は一気に力が抜けた。彼女らしくて別れた翌日だと言うのに、惚れ直しそうになるが、こちらの態度に未練が有るのが見えたら、友達でいるのは難しい。せりかも納得してくれてこうして友人として接してくれるのだから、出来るだけ気持ちを振り切る方向に持って行かなくては成らない。彼女はもうとっくに気持ちの整理を付けている。自分はそれを尊重しなくては成らないと橘は考えていた。
執事喫茶とメイド喫茶があってどっちに行くか、話し合った。せりかが「皆で行かなくても行きたい方に別れたら?」と言うと美久は「そんなの寂しいじゃないの」と言う。どっちになるかは微妙だが、せりかは勿論メイド喫茶派だ。可愛いメイドさん達にお茶を運んで貰ったほうが美味しいに決まっている。男性陣も同じ意見だから勝てると踏んだが、橘と本庄が執事喫茶を推したので、執事喫茶になってしまった。玲人が「なんでむさい男に給仕して貰って嬉しいんだよ?!」と言うと「静かにお茶が飲みたいからね」と本庄に即座に返された。橘は何も言わなかったが、自分の所為もあるが、玲人も一緒にいったら騒がれて大変だと昨日の帰りで学ばなったのか?と言いたくなる。皆で二年三組の執事喫茶に行くと、白いシャツに黒いエプロンという定番スタイルだが、二日目な所為もあって慣れた様子で大人数の席を特別にあつらえてくれて出迎えてくれた。それだけでかなり良い印象をせりかは持った。席を別れてくれとか言わないのはポイントが高い。恭しく「お帰りなさいませ」と挨拶をする姿もなかなか綺麗だ。可愛いメイドさんも捨て難かったが、こちらにして多分当たりだったとせりかは思った。
皆でケーキやサンドイッチとお茶等を注文すると、ちゃんと茶葉を自分で押さえる本格的な紅茶が提供された。
「三組結構やるわね」と美久が言うので、せりかも同意すると、皆もレベルが高いと唸った。玲人のクラスは去年執事喫茶をやっているので、経験者が改良したんじゃないかと言う。まあせりか達のクラスもそれを言ったら似た様なものだ。進化してこうなのか~と思うと努力の結果だと言う事になる。洗練された執事さんの接客も、実際に本当のお店に行って研究して来たのかもしれない。
「皆様のご注文は、お揃いでしょうか?ごゆっくりなさって行ってください」
腰を軽く折って執事さんは離れていくが「ご主人さまとかお嬢様って言わないのが良いわね」とせりかが言うと、玲人が去年は一応言っていたが、やはり言う側も言われる側もかなり抵抗があって気まずい空気が流れたので、今年は無くしたんじゃ無いかという。「玲人は合ってたから、違和感なかったわよ」とせりかが言うと、橘も「玲人は天然ホスト体質だから」と笑う。
沙耶もつられて笑ってしまい、執事玲人の人気ぶりを思い出して、玲人に接客して貰いたいと言うお嬢様方が多くて、困ったんだけど、玲人が直ぐに各テーブル周って謝って機嫌を取った事を話すと「対応が早くてすごいね」と本庄が妙に感心していた。本庄は玲人とその執事喫茶が初対面で、せりかの幼馴染という意識で会って、そう言えば今日真綾の父親と同じ様な感想を言っていた様な気がした。確か『迫力があって驚いた』と言った気がする。母方が姉妹の筈だから、父親とは義理の関係の筈だが、と思うのだが、何と無くそれを言うと、真綾の両親は遠縁なので、本庄も義理叔父の方とも薄いが血の繋がりがあるらしい。「真綾の両親は、俺の本当の親よりも、俺にとって親みたいな存在なんだ」と言った。皆、本庄の家の事は何と無く知っているので、実の父親とはもしかすると若干溝があるのかもしれないと感じた。
その後、お決まりの、あまり怖くないお化け屋敷や、クイズに正解すると景品が貰えるというゲームは、そのクラスに申し訳無いくらい全員で正解してしまい、景品を貰ったが橘達男子は、知り合いを見付けて景品を返していた。
美術部の絵を見ていると本庄と真綾がある絵をとても誉めているが、せりか達には皆上手に見える。玲人は「俺は芸術はあまりよく分からないな」と言いながら皆を次に促す。本庄達はよく美術展に好きで行くらしい。皆でブルジョワさ加減に若干引くが、家具を主に扱っていると言っていた、本庄の家が美的センスを教育の一環として磨かせるのは当たり前なのかもしれない。先程の父親との関係といい、本庄は大変だなぁと思う。日野が「本庄は大学ってもう決めてるの?」と聞くと、中学の途中まで通っていた付属の大学に戻るから、周りは殆ど知り合いばっかりに成って、新たな出会いとかは無さそうだと今から肩を落とす。「そこに戻らなくてはいけないの?」とせりかが言うと「絶対駄目っていう訳じゃ無いけど、俺と一緒で二世の奴とかが多いし、学閥とかも企業経営者達の中には重視する人達もいるから、商売の伝手作りにベストな所だし十中八九戻ると思う」と言った。皆が「橘は、どうするの?」と興味津々で聞くと、答えないうちから「東大とか京大とか一ツ橋とか良く無い?橘なら行けそうだし」と、がやがや言うが「神戸の大学に師事したい教授がいるから、そっちに受かれば行くと思う」と言う。本等も数冊出している人で、その世界では有名らしく希望者が多く結構難しいと言う。聞くと皆も大体志望校は決まっている様だった。橘や本庄程、明確な理由では無いが、有名処を狙っているらしい。せりかは、今になっても明確に将来を思い描けていないので、道を狭めない様に外国語を専攻した学科に行く事しか決めていない。沙耶にそうぼやくと「せりかちゃん頭良いんだし、官僚とか良いんじゃ無い?」と言う。そういう沙耶も人に無茶な事を振って来るだけあって、せりかと同じ考えの様だった。弘美は薬剤師になりたいので、皆よりも長く大学に通うだろうと以前から言っていた。美久は丸の内OLが良いので、出来るだけ就職に有利な企業受けする大学を受けるとかなりシビアな意見を言った。特別に専門を決めていない者は男子でも女子でも美久の様な事を思っている者は多いのだろう。
本庄はせりかにこっそりと、「前向きに考えてくれているんじゃ無かったの?」と言って来る。あの話はまだ有効だったのかと驚くと共に、本気な事にも驚く。冗談で言っていたとは思って居なかったが、あんなに前の話を持ちだされる程本気とは思って居なかった。橘に営業させたいとか言っていたし、夢物語に近い話かと勝手に思っていた。
「それは、まだ、先の事だから、選択肢の一つには考えてはいるけど…」と言葉を濁す。以前と本庄との関係も変わって来てしまっているし、過大評価されている友人の会社のコネ入社なんて無理だと思う。しかし本庄は真剣な様で「選択肢の一番前に入れておいてよ」と懇願する様に言うので流石に「それは約束出来ない」と答えると、とてもがっかりされてしまった。
藤田が「本庄、椎名さんの事何口説いてるんだよ?橘の彼女口説いちゃシャレにならないだろう」とからかうと橘がせりかに「昨日別れたからもう彼女じゃないよね?」となんでも無い事のように振ってくるので「そうね」とせりかも普通に返すと、藤田や日野や沙耶から驚きの声が上がる。そう言えば沙耶に言ってなかったか!とせりかは申し訳無くなった。
「ごめんね。沙耶ちゃんに言ってなかったけど、昨日別れたの」
「最近、うまく行ってないのかなぁとは、思っていたけど、まさかもう別れてたなんて思わなかったわ!」
「でも、別れた翌日にしては、普通過ぎじゃ無いか?」と藤田が最もな疑問を投げかける。こうやって何時間も仲良く一緒に文化祭を見て回った後に、昨日別れたてホヤホヤです。ってそれは確実に変だろうと思われるだろう。
「俺達、付き合い始めの時から、別れたくなったらさっさと言う事にして、もしも別れても、友達だって約束して付き合い始めたから、思ったよりも持った方かなって俺は思ってるんだよね」
「そういえば、高坂に無理矢理くっつけられて、椎名さんは結構嫌がってたよなあ?!」
「藤田、それは流石に、別れた後に嫌がってたって言われるのは、俺も傷付くんだけど!」
「あっ!悪い…思い出したらそうだっだかなって…ごめん!無神経だった」
「ずっと関わらない時間が長くなったら、俺もわるいかなぁって思うし、これからも俺と付き合っててもあまり状況変わらないかなって思ってたら、椎名さんから別れたいって言われて、まあお互いの為にその方が気が楽だから、友達に戻る事にしたんだ」
橘が何でも無い事の様に言ったが、橘が振られたんだと遅れて藤田は理解する。
「橘って絶対振られないしと思ってたのに、なんだか親近感湧くよな」
「それは流石に椎名さんの聞こえない所で、言ってくれよ。俺だって振られるよ。もう二度目だし」
「へ~!前にも振られた事あったんだ。ちなみに相手は誰?」
「去年、シンデレラの時にカチューシャの告白したの覚えてない?あの時に一回、彼女に振られてるのに、今回玲人に協力して貰って無理に付き合い始めたのに、こんな状態だから、愛想尽かされても仕方が無いけど、元々友達の方がうまく行く間柄なのは、割と最初の方から、お互い思っていたんだけどね」
「確かに付き合い始めに、問題有りだよな。椎名さんって、もしかして押しに弱い方?」
「そんな事も無いのよ。橘君は親切だし、少し怖いところも有るけど、それは友人時代から知ってたから詐欺っていう訳でも無いんだけど、彼氏ってなると、こっちも放って置かれる事に不満は持ってしまうじゃ無い?友達に戻った方が、橘君も私も気持ち的に楽なんじゃ無いかって話したら、あっさりと了承されたから、みんなに気を遣われる感じでも無いのよ」
橘の話に合わせて軽めに有りそうな範囲の嘘を吐いた。それは、滅多に嘘を付いたりしない橘が言う嘘に、真実味を加える為の嘘だった。橘が普段、冗談でも嘘を付かないのは、こうしてそれを真実にする為に、また嘘で塗り固め無ければ成らなくなる事を知っているからかもしれない。
藤田も今の説明で納得はしてくれて居ないかもしれないが「橘と椎名さんが険悪な状態の方がクラスに影響あるよな」と今の状態は納得してくれた。
二時になったので、用意がてら戻ろうと真綾が言い出した。日野と藤田と本庄は飲み物を買いにコンビニまで出るらしい。真綾達は、お菓子やおつまみ等を並べたり、ビンゴ大会の準備等をする事になった。
橘は、司会進行は幹事では無いが、自分がやっても良いかと言い出した。真綾は快諾するが、必要以上に目立つ事を嫌う橘にしては意外だった。
しかし、彼の進行ならば、他のものはきっと喜ぶ筈である。橘は見た目に劣らない綺麗な聞き心地の良い声の持ち主だ。役者だけでは無く、司会にも充分華を添えてくれるだろう。
机を縦に並べて会場を作るが、驚く事に欠席者は居なかった。途中最後までいられないと言う者は数人居たものの、朝の時点で当番等は交替して貰ったようだ。やっぱり朝、橘が玲人に諭していた事は正解だったと思う。
全員が揃うという快挙をせりかは、橘に報告すると、彼もとても嬉しそうな表情を見せた。大体の仕切りを真綾と三人で話し合う。司会も一人ではなく、せりかと真綾も少し演出的に加わる事になった。
そうして三時が近づくとたこ焼きと焼きそばが二十個づつ届いた。デリバリーを模擬店に頼んだら、数の多さから喜んで受けてくれた。ほかほかのたこ焼き達と冷たいジュースに色とりどりのお菓子が会場を埋め尽くして、ソースの良い香りが食欲を刺激した。
皆も三時前から、戻って来て何処に座って良いか分からない様で、席の周りに立っていた。皆が揃った所でくじを引いて貰って席に着いて貰う。皆、普段は話さないような人の隣になったりで、結構ぎくしゃくして居たが、紙コップにジュースをつぎ合ったりしている内に、全然知らない人は流石に皆無なので、会場の飾りや、美味しそうな食べ物に気持ちは解れてきた。
「では二年一組の文化祭打ち上げパーティを行いたいと思います。司会は我がクラスの源氏の君が担当してくれるそうなので、椎名、更科でアシスタントに付きますが、どうぞお楽しみください」
真綾と二人で並んで言うと、皆からもどよめきが起こった。橘が自ら司会は、やはりかなりのサプライズの様だ。
紹介されて、妖艶な笑みを作って現れた彼は、光源氏の衣裳で現れた。髪はそのままだが、皆も橘のサービスに拍手で迎える。
「昨日の劇の成功を祝って、乾杯をしたいと思います。カンパイ~!」
皆も「「「「「乾杯!」」」」」と高らかにコップを上げてジュースを飲み、盛大な拍手が起きる。
「衣裳は予備のものを借りて来ました。今回協力頂いた手芸部にも、写真部にも深い感謝を述べたいと思います。橋渡しをしてくれた方々にもお礼の気持ちで一杯です。本当に有難う!素晴らしい出来だったと思うけど、みんなが上手過ぎて、問題作になってしまったという話も一部では聞きますが、知っての通り、生徒会には融通が利くので、このクラスに何も言わせないのでご安心ください」
橘の頼もしい言葉に皆も、心配が晴れる。橘の誘導で一人一人に簡易マイクで、感想や思った事など、何でもいいからとインタビューの様に橘に近寄られると男女問わず嬉しそうだ。
「楽しかった!来年出来ないのが残念!!」とか「橘君と更科さんがすっごく泣けてよかった!」「橘君かっこいい~!」という絶叫も有って皆も笑ってしまった。荒井の番になって「本当に忙しい橘君と高坂君がサッカー部もあるのに、尽力してくれて、この劇が出来たと思ってます。個人的にはみんなサイコー!でした」と言うと、皆は荒井に労いの拍手をした。橘が「少しとぶけど北川にもお礼を言いたい」と言うと皆から拍手が起きて、北川にマイクが渡る。「更科さんや、女性陣には厳しい事しか言って無いから、嫌がられてないか心配だったけど、素晴らしい舞台になって感激です。橘の光源氏は、絵巻物から抜け出した様で、舞台の間中、平安時代に引き込まれてしまった様に思う程の出来で、この舞台の演出の一端に関われた事を誇りに思います」と言うと大袈裟だが、関わって来た者達には、北川の努力が彼の中でも確実に実ったのだという事がわかり嬉しくなった。
橘はとばしてしまった子達に謝りながら、源氏の君さながらの色香を湛えた笑顔で、インタビューに戻ると、其処からの数人の女子を骨抜きにして皆から、ヤジが飛んで来たのを機に、チャキチャキとした遣り取りにシフトチェンジした。手芸部の時よりも長い、なんちゃって光源氏は、皆にとっても受けた。男子からは「一日で良いから光源氏になりたーい!」「橘、女子一人占めするな~!」等、おちゃらけたヤジもどきの発言の後に、玲人の番が来た。「俺、主役じゃ無いからって、部活優先で、忍みたいに休み時間まで削って練習とかして無かったのに、皆は俺に何も言わなかった。実際しんどいのも有って、後半迄は何とかなるって思ってたけど、ちゃんと練習し始めたら、みんなに付いて行けなくなってて、すっげえ焦った。でも、荒井さんや北川やみんなが助けてくれて、どうにか頭の中将に成れた。すっげえ感謝してる」感激屋の玲人らしく、とても興奮して皆にお礼を言うと、皆もつられて感激で目が潤んだ。せりかはこんな所でも主役の座を攫って行く玲人に帰ったらちょっと説教だな!と思って渋面を作ってしまった。本庄は「みんなお疲れ様。去年の劇よりも、うんと良かった」と短くソツ無く纏めていた。なんだか流石だ。
最後に司会の三人で、せりかが「去年、シンデレラをやったのは皆知ってると思うのですが、今回は多方面からの協力で去年よりも、何倍も楽をさせて貰ってしまったのに、同じ位の満足感と充足感が有って、少し申し訳無い気持ちと、ポカポカする嬉しい気持ちと両方あります。クラス委員としてはこのクラスになれた事を嬉しく思います。来年は催しは文化祭では有りませんが、他の事でもこの一体感が活かせる時が来ると思うので、この先も宜しくお願いします」と頭を下げると、大きな拍手が湧いた。その後に真綾は泣きながら「北川くんありがとう!厳しかったけど、全部セリフ覚えて指導してくれた苦労は、指導を受けた私達にも分かってるから!未熟な紫の上で、みんなごめんなさい」とはらはらと涙をこぼした。流石に橘に比べれば、位負けはしても、長い歳月を演じる真綾の頑張りは皆も認めていたが、本番の橘の出来の良さが、真綾の中で燻っていたのが、初めて皆にも分かって、周りがざわついた。橘が、最初に一言、言ったけど、と前置いて「更科さんを始め、俺の相手役をやってくれた子達は、少しも触れないと言う支えの無い中、頑張って鍛えてくれたりもしてくれて、感謝を通り越して尊敬して見てました。同僚役の共演者の休み時間も奪ってしまってこっちの都合なのに、厚意に甘えるしか無かった俺を責める事無く協力してくれた、クラスの全員にお礼が言いたくて、無理言って司会を引き受けさせて貰いました。更科さんも毎日昼休みを潰してしまって本当にごめんね。それにもっと練習時間があったら、更科さんの満足の行く出来になったかもしれないと思うとそれも申し訳なく思います。本人には納得出来なかった所もあったかもしれないけど、それでも最高の紫の上だったと皆も観客の皆さんも思ってくれてると俺は思ってる。源氏の君の言葉は劇の中では、紫の上に届かなかったけど、舞台を降りたら、共演者の俺の言葉が更科さんに届くと信じてる。だから、泣かないで欲しい…」
切々と訴える橘は舞台を降りても、橘忍という役の様に、輝いていた。真綾も橘と自分を比べるのはおこがましい考えだったと、考え直した。なんだか感極まって泣いてしまって皆にフォローされてしまっている事に気付くと、慌ててしまいあたふたしたが、それでも橘にエアーのハグをしてお礼を言った。皆は、真綾が、がばぁっと橘に抱き付いたので、一瞬驚いたが、直ぐに劇同様の抱耀に冷やかす声が上がった。
少し落ち着いてから、ビンゴゲームをせりかが開始を告げると、皆、自分に配られた番号の玉が落ちて来るのを見て歓声を上げる。二列完成でビンゴなのだが、まだ成功者は出ない。司会の三人は流石にビンゴに混じっていないが、当選者の賑やかし要員の予定なのだが、まだ出番が来ない。からからと、金属の籠を回すと五番の玉が落ちて、三人が「「「ビンゴ」」」と言った。前に出て来て貰い「おめでとう」と源氏の君の祝福付きで好きな物を選んで行ける。女子には刺繍ハンカチが人気が高い。橘から渡して貰い、何故か握手を求められて、橘も応じていたが、クラスメイトに握手って、かなり変だが、男子も便乗して握手して貰っていた。まるでアイドルの握手会の様で可笑しい。笑うと橘に睨まれたが、劇で触れられない源氏の君との接触は、貴重なものになってしまった様だ。しかもこんな機会でも無ければ、握手も出来ない。そうして当たった全員に景品と源氏の君の祝福と、そして握手が振舞われた。皆も段々おかしくなってくすくすしだした。最後に当たった男子が景品のお菓子を橘から貰って、にやにやと右手を出すと、橘は彼の手を掴んで真綾の様に抱き寄せた。皆は、一瞬驚いた後「委員長さいこー!」と机を叩いて爆笑して、打ち上げ会の幕を閉じた。
皆でてきぱきと、部活で早く行かなくてはいけない子達を促して先に行かせて、飾り付けの方も端から外して行ってくれる。人の手も沢山なので、最後は綺麗に真綾が持って来た何箱かの箱だけになった。みんなが「お疲れ様~」「幹事さん達ありがとう」と言いながら、去って行くのを見送った。
それにしても最後の橘の思いきった余興は楽しかった。抱き締められた本人はエアーでも近くに急に引き寄せられたので真っ赤になってしまって、だいぶ皆に冷やかされた。最後だったというだけで運の悪い事である。
荷物は本庄と日野と藤田で運んでくれるとの事で、机も元通りなので、せりか達は帰る事になった。玲人と橘は練習があるらしく、部室に向かうのでみんなと別れた。二人が歩く時、そっと盗み見たつもりが、皆で見てしまっていたので、橘に相当嫌な顔をされてしまった。………そうそう、邪魔をしてはいけなかったのよね…。
担任の先生のカンパの件は会費回収の際に本庄が宣伝してくれてます!




