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幼馴染の親友  作者: 世羅
2章
105/128

105

盛り沢山な内容を一時間ちょっとで駆け抜ける様に終わった悲劇が幕を閉じた後は、皆、言葉が無かった。観客の女の子等は殆んど泣いてしまっていた。


独自の解釈の源氏物語は、主人公が鈍感で人で無しって思われそうな内容だった。せりかからすると、この時代の常識として仕方が無い部分もあると思う。四人迄奥さんがいても良い国も現在も存在する位だし、悲劇的にし過ぎでは無いかというのが、正直なところだ。


しかし、観客の皆様は、せりかの様に何回もこの芝居を見た訳では無いので、悲恋に救いの無いまま、源氏の君が紫の上をゆすって泣き崩れて終わってしまったら、もう泣くしか無い気もしてくる。拍手も起きない劇は、失敗だったのかな…と少し不安になり始めた頃、少しずつ拍手がパラパラと起こり、最後はカーテンコールを要求する手拍子になっていった。良かった~~!!ちょっと引かれちゃったのかと思ったせりかは、荒井と北川と共に安堵の笑みで顔を見合わせてしまった。


「良かったね~!!荒井さんも北川君もお疲れ様」とやっとせりかも声を発する事が出来た。二人も終わり方については随分悩んだが、途中が紫の上にとって辛い事ばかりなのに、最後だけ綺麗にしたく無かったらしい。流石にこだわりが強いかもしれないと何度も試行錯誤した結果、悲しい映画が悲しいまま終わってしまうように、この物語も収拾は付けずに悲しく終わる事でリアル感を出したかった、と北川は言った。


「それにしても橘君ありきの話だったよねぇ」とせりかが言うと荒井は笑って「最初からそう言わなかったっけ?」と当たり前の様に返された。


北川も「今日の橘は練習の時よりも、更に役に入っていてすごかった」と大絶賛だった。真綾もあれだけ、北川にしぼられたのだから誉めてあげて欲しいところだが、北川の興奮は、成り切りの光源氏に集中していた。北川曰く「有り得ない程、良かった」そうだ。荒井とせりかは、去年に舞台を一緒にやって居たので、彼が舞台の上でどれ程綺麗に見えるのかも、割合、舞台度胸も有り、演技もすんなりこなすのを知っていたので、良かった事は予想通りだった。


カーテンコールに応えて、橘と真綾が出て行くのが見えた。


橘は衣裳も化粧もそのままなのに、纏う空気は、もういつもの清廉な物に変わっていた。やっぱり素質があるんじゃないの?と思ってしまう。それにしても切り換えが早い。さっきまでの妖艶さは何処に流されて行ってしまったのだろうかと、お客様まで残念顔になってるし、もうちょっと源氏の君でいてくれた方が皆の為だったと思う。


しかし、多分、意図的だろうと思い直す。あの虫も殺さぬような雰囲気に騙されがちだが、橘は利用出来るものや、この様な利用出来そうな状況は無駄にしない。


選挙の事や今後を考えれば、女たらしで人で無し設定の光源氏は、別人格であると早くに印象づけた方が良いと判断して、カーテンコールは素の橘で出て行ったのだろう。笑顔も歩き方も何もかもが先程と違った。真綾と二人で出ても間に一人くらい入れそうな、かなり他人な距離感だった。


真綾も橘と同じ様に、悲劇的な最期で死んでしまう役だった為か、かなりにこやかに弾む様に歩いて来た。二人ともここの所の特訓の成果で普段も怖い人になりそうな予想が、当たらない事を祈った。


二人は深々とお辞儀をしてから、笑顔で声援に応えて手を振る中、もう一度、幕が下りた。


終わった!せりかも白装束の美久に近寄って片手を挙げると美久からハイタッチして来た。美久も難しい役を、うまく出来ていて、正直驚いた。そしてかなり怖かった。美久にあんなに憎しみのこもった表情で見られた事が無かったから、演技とはいえ、悲しくなった。


真綾も良かったのだが、本人には絶対に言えないが、北川が絶賛する隣にいる橘の所為で、少し見劣りしてしまうのだ。せりかも、それを思うと自分も同じだっただろうと予想出来て、かなり見劣りした事だろうと思った。結局主役の為に、脇役が居るんだし…と心の中で真綾と自分を慰める。


そう思うと美久はかなり上手だった。あの生き霊もこなす役に抜擢されるくらいだから、荒井は何と無く隠れた才能を理解して居た様な気もして来た。演出も自然とフォローの入ったものだったし、流石、プロ志向というだけは有る。


打ち上げはやるだろうから、今回は生徒会でクラスに迷惑をかけたので幹事を名乗り出よう。


そう思ったのが顔に出た訳では絶対に無いと思うが、本庄が「真綾が椎名さんと一緒に打ち上げの幹事やりたいって言ってる。俺も勿論やるけど良い?」と聞いて来た。仕方が無いので頷くと「後は荷物持ちに、男何人か声かけるけど、斎賀さん達も誘う?」


「誘わない方向で、お願い。後、みんな着替える前に写真撮らなきゃなのよ。道具類を撤去もしなきゃいけないから、次のブラスバンドの舞台までに綺麗にしないと!」


「クラスの写真部の奴に頼んでるんだろう?河野(こうの)だっけ?何処にいる~?」


「悪い!此処にいる。主役から一人ずつセットの前に並んで?俺が動いて行くからみんなは、止まったままで良いから」


そう言って河野はパチパチと手際良く一人三枚位づつ程、撮って行き、撮り終わると集合写真を取るから固まる様に言われた。せりかは主役の橘の隣で少し居心地が悪いが、カメラにはにっこりと笑顔を作った。これは記念写真では無く、手芸部にプリントアウトして直ぐに脱いだ衣裳と共に飾る約束になっているのだ。こちらからも出来る事が無いか相手先に聞いたら、着ている写真が欲しいと言われたのだ。ギブアンドテイクで、これで気分的には少し楽になった。


河野が撮った写真は橘のだけ取り敢えず見せてもらうと、全身が綺麗に撮れていて、本人よりも衣裳が主役で撮られる本人がすごいのか、撮った河野がすごいのか分らないが、あちらの希望に合ったものだろうと思う。


自分のは、明日、みんなと一緒に手芸部にお礼がてら、伺う事にしようと思って、見ないで置いた。


撮影会が終わったら、皆でセットの撤去作業に入った。一時的に端の教室に置かせてもらって、全員で片づけるつもりなので、持てる小物類を持って、空き教室に走って向かう。鍵はせりかが持っていて閉めたままなので、一番前を走り抜ける。鍵を開けて小物類を整理している所へ大物を何人かで運んで教室にやって来た。最後の講堂の確認は橘に頼んだので心配要らないだろう。


運んで直ぐに分別しながらゴミと借りものを仕分けする。借りたものはこっちのリストと照らし合わせて、帰って来た物にチェックを入れていった。取り敢えず借り物が全て揃った時点で、せりかは更衣室に行き、衣裳から制服に着替えて化粧を落とした。直ぐにハンガーにかけて、スチームアイロンで出来る限り皺を伸ばして行く。皆の分もやってあげると言うと、貸して貰えれば自分でと言うが、結構コツが居るし、慣れない人間には危ないからと無理矢理引き受けて、終わったものから、手芸部に運んで行ってもらうと、流れ作業のお蔭で、速やかに全部が綺麗に片付いた。せりかがアイロンをかけている間に借り物リストの物も、誰かが返してくれて、きっちり終わっていた。ゴミも今はまだ出せないが、定時をすぎれば、焼却炉に持って行くばかりになった。


去年も大変だったけどクラスの団結力が出来て、やって良かったなぁと思った事を思い出した。今年もとっても気持ちが充実していた。今迄、話さなかった北川とかとも、よく話す様になった。手芸部ともすっかり荒井も含めて、仲良くなった。今年はせりかは去年程の苦労はしていないのに、良いトコ取りで悪いなとは思うが、それでもクラス委員の責任として舞台が無事成功した事にホッとして力が抜けた。今年は去年の経験者が多く居た為、結構良い物になったのでは無いかと思う。


それに一般公開日を避けた為、親達にも見られないので助かった。流石に源氏物語を親の見ている前でやるのはとっても抵抗があった。橘も、一樹が来なくてホッとしただろうと思ってみると、担任に根回ししたんじゃないだろうかという疑いが出て来た。あの時、流れで多数決を取ったが、橘は明らかに今日やる方に誘導していたと思う。皆には申し訳無いが、次期生徒会の役員が殆んど揃っているクラスが、生徒会主催の順位付けに一位を取る事は出来ない。橘もサッカー部で時間が無いながらも頑張ったのは、多少罪悪感が有るのでは無いかと睨んでいた。せりかもその点は皆に申し訳ないと思う。一般公開にしていたら、内容が多少変わっても一位を取れたんじゃ無いかと思う。


明日はフリーで遊び放題で片づけも終わっているので、なんの憂いも無い。少しお財布の紐が緩くなってしまいそうだが、明日が楽しみだった。各クラスの模擬店や文化部の展示も網羅出来るかもしれない。


ここまで考えて、弘美達と遊ぶ気満々だったが、橘と一緒に回らないと変だと思われそうな事に気が付いた。いざとなったら大人数で皆で回れば良いかと思うが気を使われる恐れがある。せりかは明日の事は明日考える玲人のような楽天さは持ち合わせていない。どうしようかと考えて、一番駄目な本庄に相談するという結論しか、色々考えても、無理だった。自然と皆で回る様に誘導出来て事情を知っている彼に頼むしか無さそうだった。玲人は、歩いているだけで皆に捕まるのであてに成らない事も大きい。結局本庄にメールでお願いすると、快くOKの返事が来た。


こんな時ばかり友達面してお願いしてしまう事に、自己嫌悪に陥りそうになるが、彼は橘の為に協力してくれて居るのだと考え直して、少し浮上に成功した。




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