1高校一年生
高坂玲人と椎名せりかは産まれてからこのかた16年のお付き合いである。
いわく、隣に住む幼馴染の高坂玲人は眉目秀麗で、頭も良く、サッカー部のエース格でいつも黄色い声援を浴びている。
彼は178cmと長身ですらっとした細マッチョ!!これは幸いせりかも163cmと並んでも見劣りしない。しかし、太らない様に毎日の半身浴、こっそりとビリー隊長に入隊したり、コアリズムをしたりとその時々の流行を追いながら、美容にもかなり力を入れている。
まあ、今時の高校生なら当たり前だが、せりかの場合それは小学生の時からの日課で、パックをしたり、日焼け止めを欠かさなかったりとそれはかなり異常な頑張りであったと今になって本人でさえ思う。
その甲斐あってか近所では綺麗な娘さんねと言われている様なので、親もまあまあお隣さんに見劣りしない分卑屈にならずに済む様なので、努力はある意味報われてはいるとせりかも思う。
本当は、高校も別の所に行きたかったが、優劣の差が出ると近所付き合いにも影響が出そうだったので、彼と相談して県下一の公立高校に決めた。
そう。ある時期から玲人とせりかは共同戦線を張る様になったのだ。お互いの親同士の平和の為に勉強は二人で分からない所を教え合い、ほぼ同じ点数を取れる所まで徹底的にやるので二人とも苦手教科が無くなった。水泳の苦手だったせりかを玲人が特訓してくれて今では平均よりも早く泳ぐ事が出来る。周りは二人仲良く遊びに行っていると思っていたが、その実はそんな事をして二人で助け合ってきた。
当然、一緒にいる時間が兄弟がお互いいない事も手伝って長くなる。
そうすると、どうしても出てくるのが、付き合っているのか?恋人なのかという周囲の関心がくるが、これも二人で話し合って曖昧に、付き合っているかいないか中間の態度を取りつつ、はっきりと問われた際は否定するという結果になった。
なぜ曖昧に付き合っている風にしなくてはいけないかについては、あまりにも一緒にいる時間をどう説明するかが他人に説明が出来ないからだった。
戦友と言って理解が得られないのは分かっていたし、せりかも玲人も幼い頃から結んだ協定や影の努力をさらけ出す気は毛頭ない。
お互いの家も頻繁に行き来する為、年頃になった今は、母親達だってそれらしい事を水を向けてくるが、ここは身内なので、はっきりきっぱりお友達、幼馴染、兄弟みたい、の域を超えない事ははっきり告げておく。身内にまで曖昧にすると将来は…などと、どつぼに嵌まってしまっては適わない。
今日も玲人がせりかを迎えに来てくれて学校へと向かう。
近所のおばちゃん達に愛想よく挨拶しながら駅へと向かう。今日も玲人は爽やかだな~と笑いたくなるが、それはお互い様らしい。
「いつもせりの猫被りに笑いそうになるから、自然と笑顔になって助かるよ」
「玲人の言葉そのまま返させて頂きます」
「うちの母親も、せりちゃんがお嫁に来てくれたらいいのにとか言ってたぞ、今朝」
「え゛、それはさー、玲人も親にはちゃんと付き合ってないって言ってくれてるよねー?!」
「もちろん。協定通りにはっきり言ってるけど、これくらいの歳の息子は照れてホントの事をいわない、みたいな話をうのみにしてるんじゃないかな?多分」
「あー、そういう結論にいっちゃうのか~。うちは女同士だから、そういう事はないね」
「しばらくそっちの家に行く事にするよ。せりんちはおばさん最近出掛けてるんだろう?」
「区民センターにイケメン講師が来てくれてるからって今更、英会話だよ?」
「いいんじゃない?幾つになっても海外旅行とかには役に立つよ」
「今だけブームだし楽しそうだからいいんだけど若干引くっていうか…」
「うちだって韓流スターのナントカのポスターやらDVDとかで溢れてるよ」
「どこのおかんも似たりよったりって訳ね。仕方ないか~」
電車で学校の最寄り駅に着いた所で玲人の親友の橘に後ろから声をかけられた。
「「おはよー」」
玲人と私とでハモると橘は柔らかい笑顔を見せた。うわぁー!!顔赤くなりそう。
だって、だって、せりかの片思いの男の子はこの橘忍なのだ!!
本人にはもちろん玲人にだって知られてない。この事を話しているのは、せりかの同じクラスの親友の森崎美久と斎賀弘美だけだ。
玲人にバレるのだけは、絶対避けたい。何故かって、そりゃーいいようにからかわれるのが見えているからだ。玲人に同じ事が起こっても面白くて私だってそういう行動にでると思うから、分るだけに絶対、絶対に秘密なのだった。
何時から橘の事を好きになったのかは、多分、もう半年以上前の入学当時からだったと思う。
彼は、入学式に新入生代表で挨拶をしていた。トップ合格と言う事だ。せりかも玲人も自己採点でいいセン行っていたから、半分以上本気でどっちかだと面倒だよねなんて言っていたけど、心配は杞憂に終わった。
どんだけガリ勉くんなんだと自分の事を棚に上げて彼を見てみると、すっきり通った鼻筋に、綺麗な目元に淵のない眼鏡を掛けた秀麗な容姿の持ち主であった。よどみなく読み上げる声もなかなか良い感じだ。
天は、二物も三物もおまけも与えるのね~なんて思いながら、すっかり見惚れてしまった。他の新入生も多数の女子生徒が彼に見惚れていた。
玲人もすぐ後に『あんな奴いるんじゃ俺モテないな~』なんて言うから、『モテたいの?』と聞くと苦笑して『それは、そうでもない』と言った。玲人は本当は橘くんみたいな、いかにも人気が出そうな男子がいて良かったと思っているから、逆の言葉を言ったのだろう事はせりかには分かっていた。
一緒にいるせりかに迷惑を掛けたくないと思っているのだろう。中学迄は、皆が昔からずっと一緒にいる私達をセットとみなしていたから、あまり問題も無かったが、高校ではそうはいかないだろう。
少し離れる選択も二人で話し合ってはいた。選択肢のひとつではあるが、今迄の事を知っている友達も数人この学校に来ていたので、他人の振り(他人だけど)も不自然だし不便だから問題を保留にして様子を見る事にしていた。
しかし、カメラを抱えながら、両母親が並んで門の前に立たせるのだから、やっぱり他人の振りは無理の様だ。
帰りも当然一緒に帰る事になる。新入生の初日から男女で並んで歩く私達は当然目立つ。玲人が目立つから余計に目立つのよ!と心で悪態を付きながらも、秀麗な優等生の橘忍くんが、明日からの話題の中心だろうと考えると、玲人が彼の影に隠れてくれるだろうと思ったが、これがとんだ誤算になる事はこの時は予想出来なかった。
クラスは玲人が一組せりかは五組だった。寂しいというよりもほっとした。これで物理的には離れていられる。
玲人と別れてクラスに向かうと同中の森崎美久がいた。彼女とは中学の時から親しくしていた。
「せりか、おはよう。同じクラスに知り合いいて良かったよ」
「おはよう。私も美久がいてよかった!」
「でも高坂くんとは離れちゃったね」
「玲人?玲人は離れたってうちが隣だし、学校でまで一緒じゃなくてホッとしてるの。私も高校生になったんだから彼氏の一人や二人欲しいもん」
「そこは、一人で充分でしょう」
「物の例えよ。もちろん一人でいいのよ、良い人ならね」
「そういえば、カッコいい人見つけちゃった♪橘くんって昨日挨拶した人!高坂くんと甲乙つけがたいよね」
「あー!あの人、玲人の何倍もカッコいいひとね。しかも頭も抜群にいいなんてすごいよね」
「せりか…あんた高坂君見慣れ過ぎだからそんな事言うけど同レベルだと思うよ」
見慣れ過ぎは、本当だけどなんだか昨日の橘は、私には蝶の粉が舞う様の様に、煌々(きらきら)と見えた。桜はもう散ってしまったけれど、桜舞う中を歩く彼の姿を見てみたかったなと乙女チックな事を思う。
一瞬の静寂が訪れて皆の視線を見ると彼に注がれていた。
知り合いが数人彼に寄って行くと、ふんわりと優しく微笑んだ。近くで見たそれは、とても綺麗な笑顔だった。
周りもざわつくが、本人は慣れているのか気にした様子は無く、自然体で笑みが絶えない。
「びっくり!五組だったのね」
声を潜めて美久に言うと「知らなかったの?」と返された。玲人と自分のしか見て無かった。
HRが始まり、皆席に着いた。担任は年配の女性教師で、少し厳しそうに見えた。
全員の自己紹介が始まり、出身校の中学名と名前しか言わないから、直ぐに最後まで終わった所で、担任が言った。
「学級委員長はこちらで指名します。委員長は橘忍君お願いね」
「はい」
まあ、みんなも予想通りだなという空気が流れる。
「副委員長は椎名せりかさんお願いしますね」
「…はい」
せりかは思わず舌打ちしたくなったが、これ以外の答えは許されない。以前も学級委員にはなっていたが、雑用が多く、何故自分が…という気持ちが強かった。しかも彼と一緒というのが更に追い打ちをかける。彼と一緒では玲人といるより何倍も目立ちすぎる。元々、玲人の時に若干の嫉妬の混じった視線を受けていたせりかは、いくら橘がカッコよくとも観賞するのがいいのであって、彼氏は自分と性格が合って楽しい人が良いなと思っているので、彼はせりかの中では彼氏候補にも入らない。羨ましいなら替わってあげたいが、実際に委員をやりたい者は少ないだろう。
やはり初日から委員の二人は残らされて、各教科の名簿作りをする。単純作業だが、結構量がある。黙々と仕事を進めると彼が話し掛けてきた。
「やっぱり大変だよね。でも椎名さんが仕事早いから助かった。前も委員とかやってた?」
「うん。こういうの慣れてはいても面倒よね。一学期だけとか言っても一年やる事に成るのは目にみえているしね」
「そうなんだよな。誰もやりたがらないから最初決まった人間が一年なるんだよな。部活も始まるから本当参ったよな~」
「もう部活決めてるの?」
「サッカーやってたから。ここ進学校の割にサッカー部強豪で楽しみなんだよね」
玲人も多分聞いてはいないがサッカー部に入る事になるだろうなと思う。運動部で一年生は準備などあるから、こうして委員の仕事はきついだろうと思われた。
「残れない時は、これ位の事ならやっておくからサッカー部に行っていいわよ」
「それは悪いよ。先輩にも委員の仕事だっていうから大丈夫だよ」
「でも、いくら進学校のうちでも強豪のサッカー部にその言い訳通じないよ。一年生の初めだもの」
「…椎名さんは優しいね。それに運動部の上下関係良く分かってるみたいだけど、椎名さんこそ部活は?」
「私は入っても文化部だから大丈夫。文化部は委員の仕事やってる先輩もいるからそういうの甘いのよ。準備もないしね」
「悪いけど出来るだけの事はするけど迷惑かけちゃうと思う。ごめん。少し落ち着いたら融通効くと思う。部長が同じサッカークラブ出身で知り合いだから」
「無理しなくてホントにいいよ。今迄もそんな感じだったし…」
言いながら玲人の事が心配になった。多分一組で委員の仕事に就いているだろう。副委員の子は玲人を部活に送り出してくれるのだろうか?
「あのね、私の幼馴染が多分、委員になってて、多分サッカー部に入るのね。それで遅れちゃって準備の当番とかこなせなさそうな時は、替わってあげてもらえないかしら?」
「うん。いいけど、多分が多いね」
橘はおかしそうにくすくす笑う。やっぱり笑顔になると彼の秀麗な顔の造りに華やかさが出て、ぐっと妖艶な雰囲気に変わる。せりかにはやはり彼の周りに煌めく粉が降るように見えた。
「それで、その椎名さんの幼馴染くんは名前は?」
「高坂玲人というの。一組なんだ」
「わかった。出来るだけフォローするよ。委員の仕事も多い時は、部活終わったら交代するからね」
「良かった。ありがとう!」
「いや、こちらこそ本当に助かるよ。椎名さんがパートナーじゃなかったら初っ端から先輩ににらまれちゃってたよ」
「新入生代表だもんね。目立ってきついよね」
「うん。実際そうなんだ。いい気になるなとかって思われてるんだろうな」
「それは、否定出来ない。そういう中でやっぱり遅れて行ったらよくないと思ったのです」
急に丁寧語でせりかに諭されると、また橘はおかしくて笑みが漏れる。橘はせりかがそこまで心配する幼馴染がどんな奴かも興味が出てきた。このままいけばチームメイトになるわけだ。
作業が終わって職員室には橘が行ってくれた。駅までは一緒だし送ると言われて、断り切れずに彼の鞄を持って昇降口で待つ事になった。
「せり?」
薄闇の中だったが直ぐに玲人だと判った。
「玲人も委員になっちゃった?サッカー部に入るの?副委員の子は?仕事代わりにやってくれそう?」
「せり、質問多過ぎ~。とりあえず委員になったし、サッカー部にも入る。両立大変そうだけどなんとかなるだろう。副委員の子には協力は一応頼んだ。バス通学で方向違うから先帰ってもらった」
「そうかぁー。心配し過ぎだったかも」
「じゃあ、帰ろうか?」
「まだ帰れないの。相方待ってるから」
「俺が一緒じゃマズイ?」
「ううん、むしろ待ってて。紹介したいから」
「せりのとこの委員長を?なんで?」
「サッカー部に入る人だから!チームメイトになるでしょ。玲人が委員の仕事で遅れた時とかのフォロー勝手に頼んじゃったの」
「それは、せりがそいつの仕事引き受ける前提だろう?そんな事だめだ!」
「玲人が委員長の時の副委員の時は自分は部活行くって言って私にやらせて平気だったじゃない。それに、玲人の事が無くても困るの解るのに放っておけないの!」
「…ごめん。お待たせ。なんか俺の事で揉めてるみたいだから、口挟んで悪いんだけど、なるべく椎名さんが負担にならない様に考えるから」
「お前、新入生代表の奴か?」
「そう。橘忍。よろしく。椎名さんと一緒に五組の委員の仕事する事になって、サッカー部に入る話したら、協力してくれるっていう話になって悪いからって言ったら、幼馴染が入るからサッカー部の準備当番とか助けてくれっていう話になって……君が高坂?」
「一組の高坂玲人。そいつとは、家が隣で生まれたときからの付き合いだ。俺も橘のフォローするから委員の仕事も二人で話し合ってきちんとやろう。もちろんお互いのパートナーにも多少は、迷惑掛ける事にはなるけど協力すれば何とかなるだろう?」
「ああ。そうだな。出来たら俺も椎名さんに迷惑掛けたくないから、高坂と協力してやっていきたい」
「じゃあ、決まりだな。よろしく頼むな」
「玲人、そういう事なら一組の副委員の子とも友達になってタッグ組みたいから今度紹介してくれない?」
「せりが無理しなくてもいいから」
そこからは、歩きながら先にこうなる事を見越して部長に色々としきたりめいた事を聞いてる橘は、サッカー部の大体の仕事の流れと許されそうな範囲を玲人に説明して、二人で打開策を練り始めた。駅に着くころには二人はすっかり相棒と化していて、ケータイのアドレスを交換していた。橘くんはわたしのも教えて欲しいと言ったのでとりあえず私達も知っていた方が便利だろうとアドレス交換をした。




