LOG.60|エスコートしなさい|It's not the first time…
港でたくさん牡蠣を食べて、
満足そうなミカ様。
港を出て、
2人きりで夕方の海へ向かう。
ハンドルを切るたび、
ミカは少しずつ静かになっていった。
でも、助手席の
“足のパタパタ”だけは速くなる。
ミカの足は、感情を隠せない。
楽しいとき、
嬉しいとき、
期待しているとき。
ふいにパタパタ動く。
それを見てると、
なんだか、口説く気を無くす。
自分だけが、汚れて見える。
ーーー
海に着いた瞬間、
ミカは小さく背伸びして、
深く息を吸った。
ミカ
「…海の匂いってさ」
「落ち着くよね」
いつもの強気な声じゃない。
どこか、
ふわりと力が抜けた声だった。
ミカ
「…よしっ」
ミカはハイヒールを脱いで、
砂浜の手前で裸足になった。
タッ!
そのままミカは、
ふっと砂浜に駆けていく。
両手を広げ、少女のように走った。
ミカ
「海だぁ~!」
シン
「おいおい、はや」
ミカ
「つめたっ!」
「でも…気持ちい〜」
波が寄せるたびに
裾をつまんで逃げる。
光に揺れるミカ。
美脚がちらつく。
それを見ながら
俺はカチャカチャと
アイコスを準備した。
ミカは
笑顔で俺に振り返った。
夕日を背にしたその姿は、
魔性の女じゃなくて、
ただの美しい少女だった。
ミカ
「ねぇ、シンー!」
俺の方へ、
てててっと駆け寄ってきて、
袖をちょん、と引かれる。
ミカ
「あっち、歩こ!」
軽いのに、胸に響く。
俺は、
アイコスをポケットに戻した。
人気のない端のほうへ歩くと、
海の音だけが響いた。
ザザーン…
ザザーン…
ミカ
「今日ね~」
「ずっと楽しみにしてたんだ〜」
ザザーン…
ミカ
「美味しい牡蠣も食べれたし、」
「海も来れたし、」
「何も考えないで済んだ…」
「ホントに楽しかった」
「ありがと。」
そう言って小さく笑った。
ザザーン…
ミカ
「アタシ、ずっと待ってた。」
シン
「え?」
俺を?
ザザーン…
ミカ
「こういう、楽しい時間を…さ」
あぁ、
びっくりした。
ミカも、
懐かしさを感じてくれてると思った。
ザザーン…
ふいにミカが俺の手を取った。
ためらいのない指。
絡んだ瞬間、
体温がふわっと混ざった。
ミカ
「…あったかい」
「ねぇ、このまま歩いて?」
指を絡ませ、
恋人つなぎになる。
ミカ
「ほら…」
「アタシをエスコートしなさいよ」
シン
「お、おう……」
少し歩いたところで、
ミカは急に立ち止まり、
俺の胸にガバッと顔を埋めた。
ミカ
「今日、たのしいね」
ザザーン…
ミカ
「ねぇシン…」
「今度は聞かせて?」
「アタシのこと好き?」
ザザーン…
ザザーン…
返事を待たずに、
強く俺の胸を掴む。
ミカ
「どれくらい好き?」
「愛おしい?」
「離したくない?」
「今、幸せ?」
「一生忘れない?」
美しくて、痛くて、脆い声。
ザザーン…
ミカ
「ねぇシン……言ってよ。」
ザザーン…
ザザーン…
シン
「…めっちゃ好きだ」
「初めて会った気がしないよ。」
「上手く言えないけれど…」
「やっと、会えたような気がしてる。」
「数年経って、再会した気分だ。」
「だから、めっちゃ好きだ、ミカ。」
心からの言葉。
その瞬間、
ミカは、ぷっと息を吐いた。
ミカ
「ぷはは!」
「何よ、ソレ!」
「可愛いね、わんちゃん!」
「ミカと再会出来て嬉しいの?」
ザザーン…
ザザーン…
シン
「あぁ、そうだよ。」
「やっと、会えたんだよ。」
俺を笑う、お前が愛おしい。
ザザーン…
ミカ
「……。」
ザザーン…
さっきまでの弱いミカじゃない。
魔性のミカの目に戻っていた。
ミカ
「ふふ…そうなんだね。」
「ホント、可愛いね。」
「ありがと、そう思ってくれて。」
夕日が沈む海を背に、
ミカは歩き出す。
その横顔は、
ほんの少しだけ笑っていて、
ほんの少しだけ寂しそうだった。
ミカ
「よし」
「帰ろっか」
ザザーン…
ーーー
帰り道の車内。
助手席のミカは
窓の外を見て、何も話さない。
ミカの思考が読めない…。
そんな時は
ミカの足を確認する。
足は…
パタパタしていた。
赤信号で
車が止まった瞬間、
ミカが、ぽつりと言った。
ミカ
「ねぇシン」
「ちょっと、疲れちゃった」
その声は、あまりに自然だった。
ミカが
フロントガラスの向こうを指差した。
ミカ
「ねぇ…あそこ」
「休憩って書いてあるよ」
その建物は、
間違いなくそういう場所だった。
休憩4時間3800円。
シン
「え、まじで?」
「だってアレって...」
「ラブ、」
ミカ
「変な意味じゃないよ?」
こちらを横目で見ながら微笑む。
ミカ
「アタシ疲れたって言ったでしょ?」
「ただ休みたいだけ、休憩」
少し間をあけて、
わざとらしく付け足す。
ミカ
「アタシに触ったら殺すけどね?」
シン
「...ん?」
ミカ
「良いこと思いついた!」
口角をクイッと上げるミカ。
この顔のミカは
ろくな提案をしない…。
ミカ
「条件つけようか」
「シンがアタシに触ったら…」
「アタシ、もう会わない」
「連絡、全部ブロックする」
「だから4時間、我慢して?」
ほらな…。
シン
「いや…無理だろ」
ミカ
「無理じゃない!」
「ちーなーみーにー!」
「アタシからシンに触るのはアリね!」
シン
「まった!異議あり!」
ミカ
「ダメ、アタシからは触る」
「だからアタシに触るの我慢して?」
「ね?ね?」
「ほらほら、」
「この遊びも初めてじゃない気がする~?」
冗談っぽく言うミカ。
心底嬉しそうだ……。
うーん……
触るなは無理だろ……
今回こそ、
ミカのペースに飲まれないつもりが、
めちゃくちゃ飲まれてる…
俺は、
一旦落ち着こうと
アイコスをくわえた。
ミカ
「ほら、曲がって〜」
「シン、早く、疲れた」
「曲がんなさいよ、ほらぁ~」
その声音は甘いのに、
逆らえない圧があった。
俺はブレーキを踏み、
ウインカーを出しながら言った。
シン
「…じゃあ」
「とりあえず入るか」
ミカ
「うん」
「休憩だけ、ね?」
「ふふ♡」
その笑い方は、
どう考えても、
休憩だけで済む顔ではなかった。
ーーー
ミカは手を使わず、
乱暴にハイヒールを脱ぎ捨て、
部屋に入った。
黒ワンピを
ひょいっと落として
キャミソールになった。
ミカ
「歩き疲れた~」
普段見せないエリアまで
俺には丸見えだ。
すでに、キツい。
ミカ
「シャワー浴びよ〜」
そして、
バスルームのドアは閉めない。
半分だけ開けておく。
…よく思いつくよホント。
焦らしの天才すぎて感心するよ…。
ミカ
「見たら殺すからね!」
「絶対見るなよ〜?」
水音。
きらきらした湯気。
ベッドまで届く、
シャンプーの香り。
普通の男なら覗く。
それでも俺は覗かなかった。
どうしても…
ミカに
会えなくなるのがイヤだった。
ここで終わるわけにはいかない。
天井を見つめながら
ひたすらアイコスを吸った。
脳死で吸っていたら、
いつの間にか
新箱を全部吸いきっていた。
遠くから
シャワーの音が聞こえる。
ミカ
「ふんふんふぅん♡」
ミカの鼻歌も聞こえる。
気が付けば
脱衣所の目の前に
勝手にきていた。
…いや!
負けたくねぇ!
俺は
ギリギリのところで
急旋回してベッドにダイブした。
チクショー。
かっこつけて、
惚れさせて口説くつもりが…
どこで間違えたんだ?
ーーー
数分後。
バスローブ姿で戻ったミカは、
タオルで髪の毛を拭きながら、
目を見開いて、
驚いた顔をしていた。
ミカ
「アンタ…」
「……見なかったの?」
やるじゃねぇか、
と聞こえてくるくらい
ミカは目をキラキラさせていた。
舐めんじゃねーぞ、ミカ。
この4時間、生き残ってやる。




