数える音
引っ越してきた夜から、隣室の音に気づいていた。
壁の向こうで、規則正しく、小さな音がする。最初は水滴かと思った。次に、時計かと思った。古いアパートだ、そういう音もするだろう、と気に留めなかった。
その音が、数を数えているのだと気づいたのは、三日目の夜だった。
いち、に、さん——。ごく低い声で、一秒ごとに、几帳面に数えている。子どもの声のようでもあり、老人の声のようでもあった。壁に耳を当てると、はっきり聞こえた。よん、ご、ろく。淡々と、休みなく。
妙だったのは、その数字が、日ごとに増えていることだった。
最初の夜は、五十ほどで聞こえなくなった。次の夜は百を超えた。そのまた次の夜は、百五十まで数えて、ふつりと止んだ。まるで、毎晩そこから続きを数えているように。今夜は、二百を超えていた。
気になって、私は管理人に尋ねた。隣の方は、夜、何をされているんですか、と。
管理人は、けげんな顔をした。
「隣? あの部屋は、半年前からずっと空室ですよ。前の方が出てから、内見に来る人もいなくてね」
その夜も、音は聞こえた。二百三十。二百三十一。二百三十二。
私は、考えないようにしている。あれが、何を数えているのかを。二百幾つまで数え終えたとき、あるいは、いくつかの区切りに達したとき、いったい何が起こるのかを。
ただ、ひとつだけ、確かなことがある。数字は、毎晩、確実に、こちらへ近づいてくる。
今夜は、壁の向こうではなく、もっと近くで聞こえた気がした。押し入れの中からのような。あるいは、私の枕の、すぐ下からのような。
二百四十。二百四十一。
私は、数えている声と一緒に、いつのまにか、口の中で数を数えていた。やめられなかった。二百四十二。二百四十三。——数え終えたら、どうなるのか。私はまだ、それを知らない。




