余命3カ月といわれた黒歴史小説の薄幸令嬢に転生してしまいましたのっ!?
気がつくと、会ったこともない髭面の男が目の前にいた。クラシックなジャケットとベストなど、服装はまるで中世の貴族だ。
彼はこちらをギロリと睨み、吐き捨てるように言った。
「リリア。お前の縁談をまとめてきた。相手は男爵だ。いいか? 俺に恥をかかせるなよ」
「え?」
一言一句どこかで聞いたような台詞だった。
「リリアって……リリア・カーリッヒのこと……?」
「わけのわからんことを言うな。返事は「はい」だ。そう躾けただろう」
私はどこかで聞いたような台詞を返すことにした。
「……はい。お父様」
「私を失望させるな」
そう言い捨てて、髭面の男マードック・カーリッヒ伯爵は部屋を出ていった。
私はすぐに室内を見回した。広い天井にシャンデリア、天蓋付きのベッド、飾られた絵画や花、調度品の数々、貴族の邸宅だった。
大きな姿見の前に立つと、プラチナブロンドの髪をした儚げな少女の姿が目に映った。白皙の肌に、青い瞳。艶のある薄紅色の唇と、少しあどけない表情。
「やっば、これ転生してるじゃんっ? リリアって私が書いた小説のキャラだよねっ!?」
声に出さずにはいられなかった。
この世界は私が初めて書いた小説『青い空がエターナルでよき★』とそっくりだ。タイトルが若干ながら好みが分かれるのはちょっぴり黒歴史というか、率直に言えばこの小説は黒歴史だけで構成されている。
「よりによって、リリア・カーリッヒは最悪……」
私が転生したキャラは、伯爵令嬢リリア・カーリッヒ。不治の病を患っており、余命三カ月しかない。
その上、この世の不幸を煮詰めたみたいに幸が薄いのだ。
なぜって、これを書いた頃の私は病気とか不幸とかがなんかちょっとカッコいいと思っていたからだ。今でもちょっとカッコいいと思う。
「ああ、でも、どうしよう? 余命三ヶ月じゃん。死んじゃうじゃん。どうしよう、どうしよう?」
頭を散々悩ませて、私はふと思いついた。
「そうだ。延命しよう!」
幸い、この世界は私が書いた『青エタ』の中だ。この世界のことなら、裏設定を含めてなんでも知ってる。頑張れば、延命だってできるはずだ。
でも、その前に縁談の話をなんとかしなきゃいけない。なにせリリアが結婚する男爵、カミュ・リドルロームは嫁ぐなり彼女を監禁してしまうのだ。
冷血男爵と呼ばれるぐらい冷たい男で、リリアのことを一度たりとも妻扱いすることはない。フラグとかではなく、リリアはそのまま不幸のどん底にいるキャラなのだ。
要するに不遇萌えと言うか、かわいそ可愛い感じがめちゃくちゃ良き、推せると思ったのである。
「だって、転生するとは思わないじゃんっ?」
物語なら見ていて楽しいし、書いている時はノリノリだったけど、いざ自分がその立場になると思うと、複雑だ。だって、このままじゃ死んじゃうじゃんね。
すぐに破談にしなきゃ、と考え、私は部屋を飛び出した。
◇
リドルローム邸。
執事に案内された応接室で待っていると、ドアが開いた。やってきたのは、氷のように冷たい表情の美青年、カミュ・リドルローム男爵である。
「話があるそうだが」
開口一番、カミュは言った。
「勘違いしないように最初に言っておく。俺は君を妻として扱うつもりはない。この婚姻は形だけのものだ」
「はい。私も形だけの結婚が望ましいと思っていました。ですので、条件が一つあります」
予め考えておいた通りに私は切り出す。
「条件? なんだ?」
「式は帝都最大のバイオルン神殿で、皇帝陛下と皇后陛下の列席をお願いします」
カミュは眉根を寄せた。
「バイオルン神殿は王族の婚儀にのみ使用が許される。両陛下の列席は侯爵からしか前例がない」
知っている。だから、ふっかけたのだ。
「でしたらまず侯爵になられてから、皇帝に嘆願していただけますの?」
「なっ……! 馬鹿言え。それ以外のことならなんとかしてやる」
「いいえ。カミュ様。これが私の婚姻の条件です。勿論、無視して結婚なさってもけっこうですよ。もっとも、結婚式は花嫁の希望通りにするのが社交界では常識ですけども」
カミュが恨めしそうな目で私を見てくる。
青エタの貴族たちの常識では結婚式は花嫁のものなのだ。どれだけ、その希望を叶えることができたかで、花婿の甲斐性が決まる。それは良き夫としての世間体に影響するのである。
「カミュ様は無視できませんわよね。冷血男爵と呼ばれているのに、本当は世間の目が怖いんでしょう?」
その言葉に、カミュは怯んだ。
「なぜ、そんなことを……」
「よく知っていますわ」
なにせ私が書いたのだから。
「カミュ様の両親は喧嘩が絶えなかった。外で愛人を作る夫と、お金にしか興味のない妻。利害が一致して結婚したのに、お互いを憎み合ってさえいた。だから、あなたは夫婦の愛を信じていませんのね」
「口出しされるいわれはない。所詮、お前とは形だけの――」
「なぜ形が必要ですの?」
私の問いに、カミュは即答できなかった。
「本当に信じていらっしゃらないのでしたら、結婚せずに変わり者の男爵として生涯を終えればよろしいでしょう」
「それは……貴族の義務として……」
「カミュ様は怖いんですよ。夫婦の愛が本当はあるかもしれないから。愛を育む自信も、良い結婚をなさる自信もないのでしょう? だから、見合い話を持ちかけられると、そんな自分と向き合うようで怖くなってしまう。結婚なさってしまえば、愛に怯えなくともよくなりますものね」
見れば、カミュの冷たい表情は恐怖に変わり、その体は僅かに震えていた。
「お父様のように、お母様のようになってしまうことが怖いのでしょう。でも、逃げている限りは一緒ですわ。結局あなたは、あなたが嫌った両親と同じことをしてしまうだけ」
カミュとリリアの結婚のシナリオは簡単に言えばそういうことだ。
「それが嫌なら、立ち向かいなさいな。誰かを本気で愛し、本気で幸せにしようと努力なさればよろしいでしょう。それとも、永遠に両親の呪縛に縛られているおつもりですか?」
「黙れっ!!!!」
耐えられないとばかりにカミュは激昂した。
「帰ってくれ。君とは話したくない」
「……では、お元気で。男爵様」
私はリドルローム邸を後にした。
◇
カミュの性格なら、あそこまで言われて私を結婚相手に選ぶことはない。都合の良い別の令嬢を探すだろう。このままなにもしなくとも、縁談は向こうから断ってくれる。
カミュから断るのなら、リリアの父も理不尽な怒りをぶつけてくることはないはずだ。
これで完璧。あとは延命の方法だ。
リリアの不治の病は、マナ病と呼ばれている。この青エタの世界には魔法があり、人間には魔法を使うための燃料、マナの力が宿っている。
普段は休息をとれば回復するこのマナが、マナ病の患者は最大値が少しずつ減っていく。
マナは人間の生命活動に必要なため、枯渇した状態で一日が経過すると死んでしまうのだ。
マナ病は原因不明。私が原因不明と書いたから、根本の原因をどうにかすることはできないのだろう。
だけど、対処療法はできるはずだ。
とにかく、片っ端からマナや体力を回復させてみよう。それに一番いいのは、薬草やハーブ。またそれらを素材にしたポーションである。
栽培する場所はマナが豊富な洞窟がいい。確かカーリッヒ家が所有している使われていない土地に、ちょうどいい洞窟があった。
私は街で必要な物を買い揃え、荷馬車でその洞窟に向かった。
薬草を作るには、魔石と草の種と魔法水の組み合わせだ。とにかく、青エタで一番、マナが豊富な、アムレジナ薬草を作ってみよう。
マナが豊富な土壌に、火の魔石と水の魔石を粉末状に砕いて混ぜる。そして、ひたすら、クワを使って、たがやす、たがやす、これでもかというぐらいにたがやす。
マナ病は末期でもなければ体力がなくなるわけじゃないから、体は快適だ。私はとにかくたがやしまくって、うねを作った。
続いて、うねにレジナ草の種を蒔く。最後は魔法水の調合だ。薬草水45テロル、聖水40テロル、銀水5テロル、水5テロル、火竜の髄液3テロル、水竜の髄液テ2テロルを混ぜ合わせる。
これで上級マナ水の完成だ。
レジナ草の種に上級マナ水をかけていく。
場合によっては、薬草ができるのに時間がかかるが、この洞窟とうねは環境がいい。
瞬く間に種から芽が生え、葉を形成していく。
「成功じゃんっ」
うねには大量のアムレジナ薬草ができていた。私はそれを摘んでいき、籠に入れた。
調合釜に聖水とアムレジナ薬草を全部入れる。ぐつぐつと煮込むこと10分、特級マナポーションの完成である。
私はバッグから、コンパクトを取り出す。魔眼の鏡と呼ばれている物だ。これはリリアが最初から持っていた。
蓋を開けて、中の鏡を覗く。
すると、そこに表示されたのは89日12時間31分という数字だ。
魔眼の鏡はマナを計測する魔法具である。表示されたのは、私の余命だった。
「よし」
瓶に入れた特級マナポーションを一本、ごくごくと一気に飲み干す。
「効くぅーっ」
か、どうかはわからないから、魔眼の鏡を見る。
89日12時間32分。
え?
え?
増えてるじゃんっ!
さっきは、89日12時間31分だったよね? 1分増えてる。
ということは――
「1分以内に1本飲めば、余命が増えるってことだよねっ!? 楽勝じゃんっ!」
特級マナポーションを私は次々と飲み干していく。空になった瓶が地面にズラリと並べられる。
そして――
「む、無理ぃっ……お腹痛いぃ……!!」
お腹を抱えて、私はうずくまっていた。14本までは頑張って飲んだんだけど、もう苦しくて一滴も入らない。よく考えたら、そんなに飲めるわけがなかった。
少なくとも、一本飲んで余命1日増えるぐらいじゃなきゃ。それだったら、毎日一本飲んでる限り永遠に延命できるし。
とにかく試行錯誤だ。もっと色々作ってみよう。
◇
10日後。
洞窟にこもりっきりの私をメイドのリサが尋ねてきた。
「あの、リリアお嬢様、こちらにいらっしゃるとうかがったのですが……」
彼女は洞窟内部を見るなり、ぎょっとした。
「これは、ぜんぶお嬢様がお作りになったんですか?」
洞窟には所狭しと多種多様な薬草、ハーブが生えている。見事な薬草ハーブ園ができていた。
そして、その奥の作業場の棚には夥しい数の瓶が並べられている。栽培した薬草やハーブなどから作ったポーションの類だ。
「そうよ。間違って毒薬になっちゃったのもあるから気をつけてね。うっかり飲んじゃって死ぬところだったわ」
あと一歩、解毒ポーションを作るのが遅かったら、危ないところだった。
品質の良いポーションを作る場合、分量を少しでも間違えると毒になってしまう、なんて無駄な設定を書いてしまった昔の自分を呪いたい。
おかげでポーション作りは難航している。
「お嬢様、温熱ポーションがあったら、一ついただけないでしょうか?」
「え? いいけど、どうしたの?」
「母がすごく冷え性なのですが、最近、薬屋に温熱ポーションの入荷が少なくて」
「ああ、そうなのね。じゃあ、ちょっと待って」
私は棚から、ポーションをいくつか見繕う。
「温熱ポーションと合わせて、この発汗ポーションと、特級マナポーションを三分の一瓶ずつ飲んで見て。冷え性ならそれで治るわ」
「え? ほ、本当、ですか……? やってみます。ありがとうございますっ!」
リサはポーションを受け取ると、丁寧に頭を下げた。
「そういえば、なんの用事だったのかしら?」
「あ、す、すみません。リドルローム男爵がお見えになっていましたので」
カミュが?
ああ、そうか、婚約破棄の話だろう。面倒だけど、やらないわけにもいかない。
さっさと終わらせてしまおうと、私は一度、屋敷に戻ることにした。
◇
「君の言葉で目が覚めた」
応接室で私を待っていたのはカミュと、まったく書いた覚えのない彼の台詞だった。
「俺は確かに愛に怯えていた。愛なんてくだらないと思っていた。だが、君の言う通り、両親の呪縛にすぎない。本当は心のどこかで真実の愛を求めていたんだ」
おかしい。
カミュは孤独な幼少期に両親の不仲を見て育ったせいで、ずっと愛に対して闇を抱えるキャラだ。
特に改心することなく、闇堕ちしたまま生涯を終える設定だった。
私が色々言ったせいで、なにかが変わってしまったのだろうか?
「リリア。君となら俺は真実の愛に辿り着ける。俺の妻になってくれ」
「それどころじゃありませんの」
「……え?」
きょとんとした顔でカミュは私を見返した。
とにかく、こんな口説く文句を聞いている間にも、私の余命はどんどん減っている。
一刻も早く、マナ病に効く薬を開発しなければならない。
「今、薬草ハーブ園が忙しいんですの。目を離すと、すぐ枯れちゃうのもあるから。それに調合ももうちょっと頑張らなきゃいけませんし。ですので、失礼しますわ」
呆気にとられるカミュを置き去りにして、すぐにまた洞窟にとんぼ返りをすることにした。
◇
翌朝。
「リリア様ー」
外から私を呼ぶ声が聞こえた。
洞窟のベッドから身を起こすと、入り口に行ってみる。
すると、老人がそこにいた。確か、カーリッヒ家の執事ヴィンセントだ。
「どうかしたの?」
「申し訳ございません。実はわたくし、二年前から肺を患っておりまして。リサのお母様のご病気を治されたリリア様ならば、よい薬を知っているのではないかと」
「肺、肺ねぇ。うーん、あれが効くかしら? 中に入って」
「ありがとうございます。皆、リリア様が治療してくださるそうだ」
「はい?」
すると、ヴィンセントの後ろに屋敷の使用人たちが現れた。大体、二〇人ぐらいはいるだろうか。
「俺はちょっと胃の調子が悪くて」
「風邪が治らねえんですよ」
「足がずっと痛くてよぉ……」
口々に使用人たちは不調を訴える。ここで助けておけば、レアな魔石なんかを手に入れるのに協力してくれるかもしれない。全員中に入れて、病状に合うポーションを調合した。
だが、これがよくなかった。
不調が完治した使用人たちは、私のことを帝国一の薬師だと噂を広げ始めたのだ。
すると、今度は使用人だけではなく、貴族までもが私の洞窟を訪れるようになった。
日を追うごとに洞窟に並ぶ人の数は増えていき、200人を超える列を見た時は本当に目眩がした。
マナ病に効く薬を探すために、私の洞窟には薬屋を遙かに超える多種多様なポーションが保管されており、その上、素材となる薬草やハーブも栽培されている。
そのため、大体の病気は治せる。治せるんだけど、こんなことをしていたら、マナ病の薬を作る暇がない。
明日からは治療をやめておこう、と固く決意して眠りについた。
「頼もう」
いつものように患者の呼ぶ声で目を覚まし、入り口に出向いた。
「すみませんが、今日から治療はお休――」
「リリア殿。お初にお目にかかる。余は第二七代皇帝、ロイ・アンベルク・ゼルドランである。そなたを帝国一の薬師と見込んで、治療を頼みたい」
なんで!?
なんで皇帝陛下っ!?
私が書いたストーリーではリリアが皇帝陛下に絡むことは一度もなかった。
ああ、だけど、そうだ。
リリア・カーリッヒは幸が薄い。なにをしようとしても、信じられないような障害が目の前に立ちはだかり、たちまち困難に陥るのだ。
なにそれ、いじめじゃんっ!
不幸なら格好いいとか、そういう逆ご都合主義みたいな設定の小説、私、好きじゃないな! 誰が書いたのこれ!? 私だ!
はあ……
ともあれ、いくら時間がなかろうと、皇帝陛下直々の依頼を断っては帝都で生きていくことはできないだろう。
だったら、やってやろうじゃんね!
治せば、なにも問題ないでしょーよ。
「どうぞ、お入りになってくださいませ、皇帝陛下」
どうか、すんなり治る病でありますように。
神に祈りながら、ロイ皇帝とともに洞窟の中へ入っていく。
それにしたって、あと2ヶ月ちょっとはある。まだまだ余裕だ。
一応、正確なタイムリミットを確かめておこうと、魔眼の鏡を開き、それを見つめた。
私の余命は、あと04日09時間14分――
んあっ!!!!!????
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