[7]これでも先輩ですから…①
濃い、十分理解しているつもりだった……が、現在ここいら一体に貯まっている魔素の濃さはエデンのものを遙かに超えたものだった。
(これは何が起こっても不思議じゃないな)
魔素……その名のとおり魔の素、エデンより世界に超常現象を引き興した原因。
微量に地球の空気にも混ざってしまった、この物質が人類にとっての知恵の実だったのか。
行き着いてしまった人類の新たな進化、それが魔素が人類に最初に与えた物、エデンと地球が通じ合ってから人はこの物質を知らず知らずの中に呼吸によって体内に取り込んでいった、最初に取り込んだ者たちには目立った変化はそんなになかった、だが次の世代、彼らの子供たちには魔素の影響は顕著に発現していた。ESPとか気だのチャクラだのと研究者がそいつに群がり当時世界のメディアを沸かせたがその年もっとも注目された事件はそいつじゃなかった。
魔素は人に新たな可能性をもたらしたが同時に試練ももたらした。
魔素を吸収するものは人類だけじゃなかった、動物、植物、無機物、果ては市街に至るまで魔素はなんにでも同化する特性を持っていた。
まずいなもう憑狗喪神が出てやがる……
薬師支給の戦闘衣を身に纏いその上に黒いコートを羽織おり手には銀の小さなアタッシュケース、それだけの姿で俺は地球の上に突如出来上がった魔界に降りたった。
結界中に侵入した俺が見た光景は太陽の光さえ届かない暗い世界、ここには何度か来たことがあるが昔の光景を今の景色から思い起こすことは難しかった。
左目の視神経を圧迫して視力をあげる、赤黒く濁った視界の中で見えるはずのない遠くのものが視界に映しだされていく、望遠鏡いらずの便利な目玉だ。
取り敢えずだれか生きている人間出来れば薬師生徒と接触したいと考えた俺は高台に上り下の様子を窺っていた。
仙遊ガ原の施設の見取り図は頭にきっちり入っているが、異常に成長した植物と気まぐれに変化する磁気によって役にたちそうにない。もう道は完全に緑に呑まれてしまっている地形も少しは変わってしまったかもしれない、建築物も背の低いものは埋まってしまっているんじゃないだろうか。月明かりに見える上からの施設も明らかにその数が少ないように見える、それに東の方で煙りがあがっている、やはりすでにパニックが起こっているのだろう俺の勘違いでなければ内の奴らの使ってた施設じゃないが…
それに人の乗っていない車が森の中を無理矢理走行している、無機物のクリーチャー化
がすでに始まっているってことは魔素はもうこれ以上ない程まわってしまったようだ。
憑狗喪神は今見える範囲では車だけだが、あれは戦闘機や戦車などと言った機動兵器から電子機器はては硬士甲冑などなど、なんでも化ける可能性が有る。
そんな物まで森の中を徘徊されちゃあたまらないからな……
早く聡美と接触したいんだが、あいつらいったいどこにいるんだ?こんなジャングルの中で人探しなんて冗談じゃないぜ、何とかこっから探し出したいんだがなーと思っていた時、突然、爆発音が鳴り響いた、異形化した鳥たちがいっせいに飛び立つ。戦闘だ、鳴りやまない銃声と沸き上がる蛮声からどうやら人間同士の戦闘だとわかる。
「殺気だってんな、まっ一年ばっかの集団がいきなりこんな状況にほうりだされりゃな……んん、あれはデラン。ってことはあそこか!」
爆発によって切り開かれた森の一部から教習用硬士甲冑デランがその姿を覗かせた。 デランは薬師が去年、入島管理局から買い取った実践にも使える代物で、まだよその連中は手に入れていないはず。
つまり、我が薬師学園高等部一年生御一行はあそこにいらっしゃるっわけか、でもこんな時に人間同士で殺し合うとはなにやってんだかね~
俺は記憶の地図と眼下に見下ろす景色を重ね合わせ目標地点を把握した、下に降りたら俺が迷いそうだからな。(冷汗)
視力をもとにもどし高台を下ろうとしたとき、俺の第六感が何かを、害意を持った存在の襲来を告げる、体が自然と力を抜いた自然体となり敵に備える。
それから直ぐに、高台の地面がボコボコと盛り上がり始めた。
モグラか?ミミズか?なんだか解らんがろくなもんじゃないことだけは解る、せっかくアイツ等見つけたんだから、行かしてくれてもいいだろうに。
やっぱりこの世に神ってのはいないみたいだ、それとも俺が嫌われてるだけかもしれなけど……。
俺はゆっくりと胸のポケットから煙草を一本取り出し銜える。
地面からボコボコ出て来たのは予想に反して死骸だった。てっきりここに来る迄の間に穴だらけにしてやったどでかいミミズのお仲間だと思ったんだがな。最初十体ほどかと思った数もどんどん増えてくる、そういや、仙遊ガ原って第二次大戦の時の練兵場だったけか?死体も埋めてたのかねぇ。
見る間に数を増やしていく躯の大群を悠然と眺めながら俺はそんなことを考える。
最初に出てきた一体が真っ黒な眼窩で俺を見つめる、えらく恨めしそうに感じるのは俺の気のせいじゃないだろう。
死骸系のクリーチャーはどんなもんであろうと一つの性癖をもってやがる、それは不公平を許さないこと、奴らは世界が平等になるまで動くことをやめない、つまりみんな死ぬまでだ。
躯どもはどうやら俺もお仲間に誘っているらしいが、悪いが俺の…
「……好みのタイプじゃないよ、アンタ等」
俺は背後の岩の上にどっかりと腰を落とし言い放った。
意味がわかったのか躯どもが怒ったように向かってくるワラワラと鬱陶しいばかりだ。
ゆっくりと煙草に火をつける俺。
沸いて出るように迫る躯。
俺はゆっくりと煙草を味わい紫煙を奴らに吹きかける。
後、一歩と言ったところにまで迫る躯。
まったく動かない俺。
次の瞬間、俺に腕を伸ばす……躯はいなかった。
後少しと言ったところで崩れたのだ、砂のように。
先頭の一体に始まり次々に躯が崩れて逝く、面白いように崩れ去る躯を一瞥し、俺は今度こそ高台を降り始めた。
「カルシウム不足だぜ、もっと牛乳飲めよ」
蝋燭の火に魅せられたように飛び込んでは焔えていく蛾のように俺に手を伸ばしては崩れ去っていく躯。道を開けるように消えていく過去の亡霊どもにとって嘲りの笑みと言葉を贈る俺は亡霊を連れて行く死神かねぇ?それとも悪魔か?
辺りに響きわたる俺の高い笑い声、もし誰かこの場に居るなら聞いてみたいもんだ。
アンデットにそいつを聞く気は俺には無い、奴らは静かに寝てりゃあーいい。