[5]こんな世界で生きてます②
時計が楽園の時を告げている、ここ四国で真なる解放は放課後に有る。
四国の不文律。それは全員が学園に関わって生きなければいけないということ。どんなに自由に見える生徒たちも何かに縛られて生きている。鬱陶しいと思うがここが永遠のものである条件だ。
「防衛レベルがまたひとつ上がったってよ」
「……そうか」
十八時を告げる鐘の音を聞きながら、俺はゆっくりと振り返った。
「高等部の連中はかなり動揺してる。あいつらを実践投入するかもしれないと思うと悲しくなるな」
「大学の連中でも、使えない奴はいるさ。……それに向こう側からの溢れることはここ暫くなかったからな」
そりゃそうだけどよ、と言いながらも伝馬は納得していないようだ。今回の件で執行部の下した厳戒令は先刻ひとつ上がったことでレベル3となった。レベル3では高等部以上の者を実践配備とする。まあ本当にやばくなるまで最前線に送られるようなことは無いと思うが……伝馬にはその決定が不服のようだった。
「今回の厳戒令は防衛のためだ、打って出るわけじゃないから心配しなくてもお前のお気に入りが戦うことにはならない」
そう言ってやるとあからさまにホッとした顔をした。
「そっそんなこと言ってじゃねーよ、俺は今回の事件に何か臭い物を感じてだな……」
顔を真っ赤にしながら伝馬が無意味に手をバタバタと振り回す。伝馬のあの子に対してかなり過保護だ。
俺と伝馬がそんな会話を交わしていると、前方のドアが開いて人が入ってきた。
俺が居るのは生徒会執行部の有る棟の5階、馬鹿でかい会議室。本来なら俺とは縁のない学園運営の話が論議される場所。今入ってきた連中は全員が俺と同じか俺以上にこの場所は似合わないだろう。
なんと言っても今から話し会う内容は学校らしくない、もっと殺伐としたものだから。
「状況はハッキリいって良くないわ」
最後に部屋に入ってきたマリーは開口一番そう言った。
「今、解っているのは一年の研修地、仙遊ガ原一体に魔素が蔓延したこと。魔素は仙遊ガ原に以前から張られている結界によって内部に封じられていること。それと仙遊ガ原には今、うちから以外にも三校が一年の研修に使われているということ。この三つよ」
「それだけ?もう5時間は経ってるってのにそれだけなのか!」
「ならその学園との協力戦線を一時的に張るのはどうだろうか!」
「魔素がこんな、急速に溢れることなんてあるのか?」
「冗談いうな、他校の連中が信用できるか!」
最後尾の席に座って全体の様子を眺めると不安定な感情が伝わってくる。
みんながみんないつも以上に声を張り上げている、ここに集まった者は全員が各クラブの部長クラス、一流のエージェントなのに。
広い空間に広がる冷たい熱。
この感情は恐怖。
世界に溢れるかもしれない魔素、その地に起こる変革。
独立と言う閉鎖空間、それは裏を返せばだれも助けちゃくれないってことだ。
ここ四国に信じられる存在は少なすぎるから、信じられるのは学園だけだから。
学園を構成するのは生徒。
今回の事件では5603個のパーツが一気にきえてしまった。
生徒が死んだと決まったわけじゃない、だが仙遊ガ原の状況は結界の外に居る俺たちにはまったく解らない。
結界で封じられていると言っても今回のように結界内で魔素が溢れた時は魔素の濃度はエデンよりももっと濃いものになる、街中を魔素から守りるために張られた結界が今回は完全に裏目に出てしまった。
ここまで酷い濃度になるともう電波すら通さない、衛星から仙遊ガ原と撮った写真が配られてきたが全体が赤紫色になってなにがなんだか解りゃしない。
あちこちで息を呑む声が聞こえる、想像以上に酷い絵だったんだろう。
「静かに!写真を見て解ったと思うけどもう外部から情報を得ることはできないわ、つまり中に入ってみないかぎり向こうがどうなってるのかわからない、でも最後に行った定時連絡の時には魔素について報告されていないことから、かなり大きな穴が開いたことは確か、つまり完成体のクリーチャーも進入してきている可能性があるってことよ、あと他校と組むことはできないわ、そんなことして郷照を刺激したくないからね」
郷照、薬師の周りに存在する三つの学園都市の一つ、数年前までは四っ有ったが、三年前に郷照に吸収合併されてしまった。一瞬の電撃作戦、郷照が狂行に走ったと知り、各校が抗議しようとしたときには攻撃された学園はすでに落ちていた。この事件を機に郷照は四国有数の強豪学園にのし上がった。
たしかに郷照のような武闘派をいたずらに刺激したくはない、後ろから襲われて薬師を潰されるのはご免だ。
「各クラブはC級以上のものを五名ずつ救出部隊に出しなさい。人選はまかせるわ、先発部隊の出発は夜明けと同時、それから……」
キビキビとした指示をとばすマリーと、その隣でテキパキとした動作で補佐をする書記長、それに従い動きだす学園生徒。
彼らの動きを横目にしながら俺は深く煙草の煙を吸い込む。学園権力のトップ会談に参加している、そのはずなのにガラス一枚を挟んだ向こう側で世界が動いているような気がする。
道化だ……。
学園権力のトップ、確かにそうだが此処にいるのはその6割りほどだ。現生徒会をピラミッドの頂上としてその傘下に他の委員会や団体、そして教員共済などが存在しているが、すべての組織が完全に従っているわけではない。
今ここに集まっているのは、現生徒会よりの連中ばかり、日寄ってる連中もいるんだろうが、交通学土委員会よりの奴はだれも来ちゃいない、命令通り動く奴集めて会議なんかする必要はないだろう。
吸い込んだ煙が体の奥にゆっくりと染みこみ下の方に貯まっていく、そのかわりもう一人の自分が奥の方から起きあがってくる、そんな軽い酩酊にも似た心地よい感覚。
何度味わってもこの気怠い感覚からは脱しがたい、ほっとしちまうと寝てしまいそうだ。
夢の中に現実が割り込んで来るような、現実がスローモーションのようにコマ送りで過ぎ去っていく。紫煙に含まれるニコチンが俺の体を這い回り、シナプスをバチバチ連結していく、感覚神経の伝達スピードが跳ね上がり視覚の伝える情報を脳がゆっくりと吟味する。あまりにも遅く感じらる世界にまるで、自分が外側から現実を見つめているよう錯覚させる。
どうでもいい会議よりも自分の内から出てくる戦いの予感の方に気がいってしまう俺。
現実が遠ざかって行く。
濁った赤褐色の世界、目に映る光は視界に映るすべての物に濃い影を作り出す、すべてが作り物めいた夢と現実の狭間の世界。
……濁った視界にこちらに移動してくる物ゆっくりと映えてくる……細い…二本の棒?いや違う、足だ。
「おひさしぶりです、慶磁先輩、伝馬先輩」
目に映る物はすべて虚像のように見えるのに、音だけはこれが現実だと伝えてくる。音の葉はすべてを聞き届けるまで意味をなさない。
「よう。欄丸くん、マリーのお守りはもういいのかい」
礼儀正しい態度でこちらに寄ってきた書記長閣下は(マリーに関する)軽口をたたいた伝馬を軽く睨みながらも、この間のマリーの暴露話について礼を言ってきた。律儀なやつだよ。
「……もうかなり化けてきてません?先輩」
俺は無言のまま顎を引いてやった。
「会議はもう終わりかい?」
「ええ、最初からの決定事項を伝えるだけでしたからね、会議といえるようなもんじゃないですよ」
茶番だと言い切る彼、それならそんなものに俺を出席させるなよ。
「そんなイヤそうな顔しないでくださいよ、どうせあそこへ行く気だったんでしょ。依頼を受けても受けなくても。ならここに居た方がずっといいですよ」
「そうよ、ちゃんと報酬も出るし、装備だって好きなの持ってっていいってゆってんのよ破格じゃないの」
いきなり会話に加わってきたマリーが恩着せがましくいってくる。部屋に居た連中は突然の戦闘準備にも飛び出していく、命令が下された時の反応の早さはさすがと言ったところだろうか。目指すべき道があれば、学園が揺らぐことはない。そこのところは生徒会の力を感じずにはいられない。そのトップたるマリーの力を。
「ならそろそろホントのこと話したらどうださっきみたいな寝言で納得はしなしぞ、他にもなにか隠してるだろ」
あら、気づいてたの。っと首をかしげながら言ってくる。
「するど~い。ってアンタけっこうきてんじゃないの?」
「当然だ、不確定要素が今回は多すぎるからな、万全で望むさ。それより情報をよこせ」
そう言う俺をま~たまたあの子が心配なんでしょとか言ってるマリーは放って置いて俺は欄丸に顔を向けた。……感心するべきじゃなかった。
「先輩方ならだいたい推測できてたかも知れませんが、今回の魔素の発生スピードは速すぎます。次元の穴が完全に固定化していたとしてもこんな短時間で魔素が仙遊ガ原に蔓延するのは不可能だと思われます」
「……つまり、今回の件は自然現象による突発的事故ではなく何者かによる工作。っていうのが執行部の見解ってわけか」
「ええ、そうよ。現段階では情報がなさすぎて公式発表は出来ないけど、どこかで誰かが今回の事件を仕組んだのは間違いないわ」
「っても、こんなこと、こっちの連中がやっちまったらどんな種類の奴にしても周りからつまはじきに会うぜ。そんなことテロリストだってやりゃーしない」
「そのとうりです。地球上に住む人間ならこれ以上、人類の生活エリアを減らす行為は絶対にしません。それができる人間が居るとしたらそれは…」
「コロニーの住人」
俺の呟きに欄丸とマリーがうなずき、伝馬は顔を引きつらせた。
「ケイ、今回の依頼は先行偵察ってことにしてるけど、向こうに着いてからの行動はあなたにまかせるわ。今、指示できることはなにもなさそうだしね。」
生徒会長の顔に戻ったマリーがこちらに真剣な目を向けてくる、彼女が向けてくる力強い表情とともに欄丸が厳粛に言い放った。
「生徒会執行部よりA級エージェント、コードネーム隻腕の魔女へ正式に要請します、任務は仙遊ガ原に現在起こっている怪異の原因の究明と連絡のとれない薬師生徒への接触。…受けてくれますね?」
「受けよう」
それに……今回の件は個人的に興味があるしな、あの子も……
「OK!ヘリの用意はできてるから、後はケイご所望の物が届き次第飛んでちょうだい」」
そう言ったとたん砕けた雰囲気となったマリーがトーゼンよね!なんてったってあそこにはお姫様がいるんだからとか言って欄丸にイヤな顔をされている。
「マリー頼みますからもうすこし気品と言う物を……」
敬愛する会長のこんな姿は彼にはきつすぎるリアルなんだろう。
「もう身内以外いないんだからいいじゃない」
つい一瞬前のあのシリアスな展開はどこにいっていしまったのだろうか?俺としては最後までシリアスに閉めたかったんだがな。
伝馬が陰鬱な表情で二人を見つめている、彼は普段は飄々とした態度を崩さないが不足の事態など予期しないことが自分から離れたところでおこると酷く揺らぐ、電脳使いとして学内の情報をほとんど統轄している彼は都市戦においてはもっとも頼りになる実力者なのだが、それは彼の弱い部分を隠すために作り上げた彼の心的鎧なのかもしれない。どんな事態になろうと情報戦でもってたえず自分を有利な方に導く、それが彼のスタイルだから。
もっとも開き直って強くなるのは四国に生きる奴の特徴だけどな。
まっそうは言っても俺がこんなに落ち着いていられるのも……
「最悪の事態には違いないけど聡美が居るってのはついてたわよね」
「不幸中の幸いってやつだな」
マリーの言葉に俺がうなずく。
入学式の時のペナルティーを消化するために聡美は教官として研修に参加した、俺とちがって面倒見のいい奴だから聡美は喜々としてその依頼を受けていた。あいつが背広を着込んで一年の前で教鞭をとっているのを想像して笑ったもんだが、今となってもナイスな人選と言えるだろう。
「なんだそりゃ、聞いてないぞ!!そんなこと」
伝馬がすっとんきょんな声を上げた。
このことはその場にいたマリーと俺そしてその仕事を処理した欄丸以外、知らないことだ。ばれると恥ずかしいから俺たちは秘密にしていたからな、いくら伝馬でも知りようがない。
「慶磁!てっめ~なんか落ち着いてるとおもってたらそんなこと隠してやがったのか?」
真っ赤になってバタバタ手を振る伝馬に俺はニヤリと笑いながら煙草の煙を吹きかけてやった。
「聡美先輩は完全に戦闘タイプの人ですからね、今回のような場合にはもっともてきしたエージェントと言えます、それに先輩の言うことに逆らう一年なんていないでしょうからね」
「確かに、こんなことになったんじゃ向こうの教員連中の手に余るだろうからな。一年の連中がパニックになってたら助かるもんも助かんねー」
「そうね。一月、聡美にしごかれてまだ逆らえるようなのはいないでしょうからね」
「あいつ、未だに根性論信奉者だからな」
ハハハハハハハハハハハハ……
乾いた笑いが流れる、あいつと一緒に訓練したことがあれば、だれでも解り会える共感、他人が見れば意味がなさそうなことをいつまでも反復練習するんだよ、アイツは。聡美のことだから自分の訓練法を一年に伝授(押しつけ)したことだろう。合掌だ。
笑い続ける俺たちに生徒会役員が走り寄ってきた。
「会長、例の物届きましたよ。もうヘリに搬入しました」
「わかったわ、ありがと、それから……」
マリーが更になにか指示をあたえてから役員を下がらせた。
「準備ができたわ、ケイ」
彼女の言葉お聞き、俺はゆっくりと立ち上がる、自分の準備はもう随分前にすましてある。
「じゃ行くわっ」
気負いのない笑いを残して、俺は学園を後にした。