[4]こんな世界で生きてます①
なにがどうなってこんな事態になったのか?いや本当はわかりすぎるほどに解ってはいるのだがその事を理解すると怒りが沸々と沸き上がって大声で叫びそうになる。
「いや~しかし、こんな騒ぎになっちまうとはな、さすが演劇部の花形!うらやましいねぇ~」
呑気にそんなことをほざいていやがる伝馬に俺は恨みがましい視線を向ける。
こんなことになった理由の半分、いや九分九里はこいつが持っている。
入学式が終わってからすでに一月もたっているってのに俺の周りはまだ浮ついた話題が飛び交っている。
「先輩!結婚するって本当ですか?」
入学式の翌日、女の子の集団にいきなり囲まれ質問攻めにあった俺は女の子たちの勢いと形相にビビリながらもこんなことになった原因がこの男にあることを確信していた。たぶんマリーから(聡美は本人のいないところで他人についてぺらぺら喋るようなやつじゃないからな)聞いた話をこの男があちこちに吹聴したにちがいない!ってな。……実際そうだったし……。
恐ろしい形相で迫る女の子たちから逃げ回ること一月、最初の頃の騒ぎよりはかなり落ち着いてきてはいたが今だしつこいのが数人いる。いい加減にしてくれ!
「ほれほれ、そんな景気の悪い面すんなよ、幾らなんでもここまで探し当てたりしないって、俺のとっておきの場所なんだからよ」
俺から滲みでる恨みのオーラなど歯牙にもかけず伝馬は自慢するように胸をはった。
確かに、隠れ家としは理想的だな、必要最低限のものが揃っているように見えるし昼飯の時に見た缶詰の量なら暫くはここから一歩も外に出ないでも飢えることもなさそうだ。
ゆっくりとした時間を持ちたかった俺にとってここは最高の場所だった。
まあそれでこのお喋りに対する怒りが消えるわけじゃないがな。
俺の機嫌を見て取った伝馬はやれやれってな具合に肩を竦めると手に持っていたレーポートに目をおとして喋り始めた。
「竜胆 万葉、15歳、カズハちゃんね。ホーなかなかの美少女。さすがは慶磁、女を良く選んでら~」
「お前!なんなんだよそれは?」
「何って、慶磁の意中の人の個人データ。いや~一年があれの次の日から新入生歓迎セミナーにいっちまっただろ。こっちにまだデータが保存されてなかったんでな、けっこー苦労したんだぜ、なにしろ顔もわかんなかったからな。ヘー出身、上海なのかあっちは怪異の発生が激しいらしーし、あの腕前ならそれも納得出来るかな。この子が内の班に入るのか~良かったな。お前のパートナー腕がたつ上に美人だなんてよ」
「バッカ言ってんじゃねーよ、そんなんじゃないって……おい、ちょっと俺にも見せろよ!………うんっこれって入試の評価書じゃないか?どうやって手に入れたんだよ」
レポートを奪い取った俺を素直じゃないなと言った顔で見ていた伝馬が気色の悪い声で「ひ・み・つ」と言ったが俺はそんなこと聞いちゃーいなかった。初めて見る評価書に記された内容に目を凝らす。全く何も書かれていない真っ白の評価書、それの意味するところは…
ノーミスだって!?治安の悪い上海出身といっても15歳の女の子がノーミスで通るような簡単な試験じゃないぞ。彼女の受けた試験は(なんといっても授業料がタダになる特選試験なんだからな)みんなぎりぎり合格させるようにわざとしてるんだ、その方が後からの教育が遣りやすい!それなのにノーミスじゃ意味ないだろ。試験官はどこ見てたんだ!
「おい、先に言っとくがこのデータは間違っちゃいないぜ 。俺もそいつを見たときは目を疑ったがそいつはホントにホントなんだ」
「マジかよ……(いや、彼女はあの時、俺に気づいてた)」
彼女の試験結果には驚かされたが入学式での彼女の立ち回りを思い出すとそれも当然のことのように思える。
それくらい自分の穏行の業には自信があるんだ、俺は。
つまり俺はそれだけ彼女の実力を認めなけりゃいけないんだよ。
あんなに可愛いのに15の時の俺より遙かに出来るってのはちょっとコンプレックスを感じるがな。
しかし、このレポートを見る限り俺との接点はまったくなさそうだ。
ひょっとしたら、俺が忘れてしまった幼なじみって展開を予想してたりしたんだがそんな展開は用意されていなかったらしい。あの子の俺に向けた空気は控えめにいってもかなり好意的なものだったが聡美がほざいていたような一目惚れのようなものでなかったのは確かだった。
一つ気になるのは彼女の出身地なのだが………それは考えすぎだ、関係ない。
まあ良い、よく解んねぇー心のうちも含めて全部、あの子が帰ってきてからの話しだ。会って話しをしてみりゃちょっとは何かが解るだろ。
俺が考え込んでいると伝馬は俺がまだノーミスを信じられないのかと思ったのか
「確かにノーミスとは恐れいっちまうよな。実地試験用のトラップは三年の奴らが自由課題で作ったやつを使ったらしいのによ」
「ああ、お前のお気に入りの娘が作ったやつか。あれは結構よく出来てたよな……んん、それでかお前今年の新入生のレベルが高いとかいってたのは!」
伝馬は当然だろって顔で笑って見せた。
「あったりまえだ、俺のかわいい後輩が作った力作をくぐり抜けてきた奴らだぞ!優秀にきまっている!」
そんなことを言って彼女、万葉の実力を証明した。
「しっかし、ホントスゲー子だよな。この実力と容姿、引っ提げてお前の隣に並べば誰も何もいえなくなるぞ。幸いなことに、一年の強制セミナーも明後日で終わって帰ってくる、そうなれば、お前の追っ掛けどもも大人しくなるさ。ハッハッハッハ」
伝馬はそうなると決まっているように気楽に笑っている。
それで自分の罪が消えたとでも思ってるのか?言っとくが俺は結構しつこいぞ、万葉ちゃんの情報はありがたかったがこれからも暫くはたかってやるからな!覚悟しとけよな伝馬!!
「非常事態発生!非常事態発生!非常事態発生!非常事た………」
俺がそんな悪意的なことを考えているとき伝馬の携帯が突然鳴り響いた。
この趣味の悪い着メロの意味を知っている俺は先ほどまでとは違う真剣な表情になり、伝馬と相手の会話が終わるのを静かに待った。
「・・・・・わかった、教えてくれてありがと、こんど埋め合わせするよ」
「何が起こった?」
携帯を強く握ったまま、苦虫を噛み潰したような表情で伝馬は答えた。
「一年の研修地が魔素に呑まれたらしい。30分前から完全に連絡が途絶えたそうだ」
チッ、想像したケースの中でも5番目くらいに最悪の事態だ。
冗談じゃない、俺はまだ万葉とまともに会話もしてねぇんだぞ!!