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[30]大先輩・・・狂った風⑥



 無数の線になって襲い来る電子ビームを華麗に避けながら、万葉は雷を溜めた前蹴りで酒井36号の胸を蹴った。


 足裏がペタッと引っ付いた瞬間、擬態のゴム皮膜が厭な臭いをさせながら焦げる。そして、ズブリと潜り込み、骨格を形成する金属に到達した瞬間、エネルギーを炸裂させる。


 ズッガァン!


 鋭い爆裂音と共に36号がお腹を炸裂せて吹き飛んだ。


「やったなぁ。小娘」


 37人めの酒井が爆炎のなかをつっきってきた。着地した瞬間、36号の無傷だった頭部を踏みつぶしたが、彼女は気にしていない。


 その美しい造形をした胸元を両手で持ち上げるようにして先端部を万葉に向ける。


 ニタリと笑う酒井。万葉はイヤンな予感がした。


「オッパイミサイル!」


「なんて、ベタで恥ずかしいスペックしてるの?!」


 二発の弾頭がほんとうに胸から飛び出すのを確認して、万葉は死にものぐるいで後退した。両足の筋肉に過電圧を流して、活性化させる。これをやると、後で筋肉痛になるんだけど、死ぬよりはずっといい。そして、こんな攻撃で死ぬのは死んでもご免だった。


 後ろで、さらに声がした。


「「「「「「「「「「「「オッパイミサイル!!」」」」」」」」」」」」」」


「また増えたなっ。年増女め!」


 ゴキブリよりも凄い増殖ね。


 後ろからは形よい胸の膨らみが激しいジェット噴射に押されて飛んできている。当然だが、酒井一人につき二発は発射された計算になる。地下室で安全に使用できる爆薬の量は明らかに越えていた。


 どーぞ、この地下室が核シェルターなみの防御力を持ってますように!万葉はそう願わずには居られない。酒井と違って、こちらは一度死んだら、後がないのだ。


「えいっ!」


 網の目状に組んだ雷を後ろも見ずに展開する。ミサイルがその網に触れて次々と誘爆していった。


 しかし、衝撃の波に翻弄されて万葉も吹き飛んだ。


 細身の肢体が地面を無慈悲な爆風に転がされる。その爆風の波を突っ切って一発の噴沈弾がぬけてきた。


 オッパイミサイルの生き残りだ。


「舐めないでよね!雷穏っ」


 地面を転がりながら叩くと、その地面から空に向けて雷が走った。それは薄い膜のように広がって万葉の周りに結界を作る。


 ミサイルがそれに着弾するが、その衝撃は万葉まで届かなかった。


「ほっほほほほーほっほっほ。やるじゃないの、お嬢ちゃん。彼のおもちゃかと思ってたわ」


「あなたもなかなかやるわね。年増」


「年増……。おもしろいこというじゃないの、普通なら中学通ってるはずのガキのくせに」


 胸にぽっかり穴のあいた酒井が煙りの向こうから現れた。怒気を発して口元が裂ける。


「くそガキが色気づいて男の後ろ歩いてんじゃないよ」


「知らないの?ギネスの記録じゃ、八才の少女が子供を産めたそうよ。私はそれに比べれば、とっても普通な女なの。でも、あなたが年増だってことは事実でしょ。だって、あなたもうすぐ百才のおばあちゃんなんだから」


 ニッコリと無邪気に微笑む万葉。もちろん、わざとだ。酒井たちが、一気に殺気だった。


「「「「「「「「「「「「「女の年を話題にするなら、死ぬ覚悟をするもんだよ!?」」」」」」」」」」」」


「死ぬのはあんたよ。婆さん」


 酒井たちが切れた。


「殺すよ。あんた、殺す」


 爪を一メートル近くまで伸ばして、斬りかかる。あるいは、突き刺そうとする。


「単純な人形ね。少しは気が付いてよ。……雷穏・発っ!」


 前から後ろから飛び掛かった酒井に対して一歩も動かなかった万葉が呟いた。


「しゃーーっ」


 伸ばされる鉄の爪が万葉の首に振り下ろされようととしたとき、どこからともなく雷が落ちた。


「ぎゃっ!」


 酒井たちが短い悲鳴をあげながら、崩れ落ちた。一瞬で電脳を焼き切られたのだ。








 雷穏。文字道理、張り巡らした雷を隠す業だ。


 飛び掛かってきた酒井たちはまさに飛んで火にいる夏の虫というやつだった。


 四十体以上がばたばた倒れた。


「さすがに、これ以上は義体もないみたいね?」


 眼光鋭く周囲を見回したが、もうこれ以上の増殖は確認できなかった。


 食いしばっていた口元を緩めて、お腹に入れていた力を抜くと、フーッと息が漏れた。


「……あたたっ痛いなぁ」


 右手の裂傷に全身打撲かぁ、しばらくは青あざが残っちゃうなぁ。


 下目で自分の躯を見渡すと、あちこち痛む部分がわかってきた。


「もうっ……綺麗なまんまで居たかったのに」


 慶慈さんが事件を終わらせたら、もしかしたら、ナニかあるかもしれないのに!


 万葉の心臓がドックンドックン鳴り響く。


 ああ、何か起こらないかな?でも、こんなボロボロなかっこじゃ嫌だし、でも、別に構わないような気もするわ。


 酒井の義体の上で万葉が両手で痩躯をだいて悶えた。


「やっぱりガキじゃないの」


「あら、生きてたの?」


 慌てた様子もなく返す万葉に酒井が毒気を抜かれたように苦笑した。小娘に完璧に手玉にとられたことで、逆に落ち着いたのだろう。


「躯は動かないけどね」


 万葉の足下にいた義体の目が点滅した。あれが、生きている酒井の義体なのだろう。表情が動かないと、ただの人形にみえた。声だけが、躯のどこかから聞こえてくる。


「それで、お婆ちゃんはもう打ち止めなの?」


「いやいや、まだまだ居るよ」


 万葉の目が訝しげに酒井を捕らえる。


 今までは、壊れる側から沸いてきた。でも、今はその波状攻撃がやんでいる。万葉は、酒井のボディーのストックが切れたと思っていたのだ。


「あー。今、起動アクション中なのよ。ウインドウズと私の電脳ってリンクしづらくて立ち上げに時間かかるのよ」


 コロコロと女が笑った。


「あと、ほんの一千体だけどね」


「い、千!?」


  その話しに虚実が含まれているように万葉には聞こえなかった。さっと飛びすさって構える。


 全身に魔力を満たして、どこからの攻撃にでも耐えられる体勢を作る。


「どこから、来るの?」


 楽しそうに笑っている酒井なら、教えてくれるかもと思い、万葉が叫んだ。


「奥の扉よ。ああ、でも遅いわ。百人の私が目を覚ましたもの。次の百人が目を覚ますのは三十秒後よ。その次は一分。さぁ、お嬢ちゃん。頑張ってみせなさい。ほっほほほほほ」









 予備のボディー千体が一気に目を覚ませば、いかに薬師のナンバーワンルーキーと云えども勝ち目はない。


 特A級の犯罪者の底力に万葉の顔が強張った。しかし、彼女はグッと上唇を咬みきると、瞳に生きる活力のようなものを灯らせた。


「舐めないでよ。私はね。世界で一番上等な男の女になるんだから!だから、風祭の女程度に負けるわけにはいかないのよ!」


 言葉を句切りながら、自分に言い聞かせるように吐き出す。


 逃げれば、安全だ。昇ってきた階段を駆け下りれば、世界でもっとも頼りになる人が私を守ってくれる。


 でも、私は慶慈さんに「任されたんだ」。




 女をあげるなら、今しかないでしょ?




 生前、ジュリがよく浮かべたニヤッとした笑みが知らずに浮かんできた。


 モチベーションが上がっていく、体内にため込んだ魔力が正中線にあるチャクラの壺を始まりにして全身を螺旋状に回転していく。


 右足を鋭く踏み込んだ。


 ドンっと太い音をさせた足裏から螺旋の力が駆け上がる、膝にいき股を越えて、背中を通り、肩口で旋回し、突き出された腕をグルグルと回りながら手の平に向かう。


「っふう!」


 巨大な雷が掌に落ちたことをイメージする。


 生まれろ、雷火!


 ブワッと静電気を伴った風が顔に吹き掛かった。前髪が帯電して逆立つ。一瞬のまぶしさの後に、術式が完成する。


 いくわよ!私の最高の広域雷術。「天変」を喰らっても、その笑い声が続けられるか見てなさい。







「ほほほほほほ、無駄よ。無駄。そんな雷程度じゃ、二百発のオッパイミサイルには敵わないわよ」


「試させてもらうわ!」


 小首を傾げて高笑う酒井の姿が瞼の裏にうつった。


 万葉の唇がぐっと引き結ばれる。


 眼前の真っ白で隙間すらなかった壁が静かに割り開かれていく。向こう側には電灯の光はなく、まったくの闇だったが、非人間的な物体がのそのそと起きあがってきているのはわかった。






 あの噴進弾が撃ち出された瞬間に私の雷術を被せる!上手く、誘爆させられればなんとかなる。


「いえ、違うわ。私がなんとかするのよ」


 瞳を限界まで見開いて集中する。


 暴発寸前の魔術を掌に留めたまま、万葉は、チャンスを待った。






「さぁー、行くわよ。いったいどこまで持つか、私のメモリーにしっかりと記憶しておいてあげるからね」


 喜悦の笑いを言葉の端に含んだ酒井の甲高い声が沸いた。


「「「「さぁ、踊りなさい!」」」」


 前方から反響する無数の酒井の声。─────くる!万葉は、細く息を吸った。


 耳の奥にほんの小さなギミックの軋む音。わずかな電子の発火音。無数の嘲笑の声。


 そして、最後に空気を焦がす音が、とどいた。


「てんぺっ─────なっ!」


 突然、万葉の網膜に強烈な光が飛び込んできた。閃光で視界を真っ白に焼かれる。耳の奥が痛くなるような騒音の中で、か細い酒井の悲鳴とも云えない声があった。


「ひぎゃぁっ」


「いったいなにごと!?」


 あまりの驚きに、万葉の魔術は霧散してしまった。が、そんなことなど意味もない。万葉がその魔術を喰らわせるはずだった、存在は一瞬でかき消えたのだから。


 大きく後ろに飛びすさり、左手を眼前で構えて酒井の攻撃にそなえながら、目を擦った。


 薄目を開けて、なんとか状況を把握した瞬間、呆然と立ち尽くす。


 酒井がいない。それに、部屋がない。天上もない。地面もない。何もかもが、なくなっていた。


 万葉の足下数メートル先から、何もかもが消えていた。


「そんな……これが……魔術だというの?こんな威力の」


 酒井を消したのは、最初、閃光をともなった柱だと思った。いきなり極太の柱が、天上から───いや、下からだったかもしれないが────それは生えたのだ。


 それは、千体の酒井が居た部屋の中心を貫き、縦へと抜けていった。特A級の犯罪者が悲鳴をあげる暇もなく消滅したのだ。


 万葉の魔術的視覚が、その場に残る魔術構成の残滓から、それを雷術だと理解するとさらにゾッとした。


 地面を、綺麗な円柱状に掘り抜くほどの雷術。想像も出来ない威力だ。


 両手で躯を抱きしめた。


 そのとき、地下で連続的な爆発音がとどいた。それは、先ほどの騒音と同種の物だった。万葉のたつ地面が激しく揺れる。


「慶慈さんが戦ってるんだ。………じゃあ、この雷術は風祭のっ」


 サッと万葉は理解した。酒井を消滅させた一撃はただの流れ弾だったのだ。


 この戦いはすでに、人の域を超えている。


 風祭の力は悪魔みたいだ。脳裏に苦戦する慶慈の姿が現れた。


 ─────男が戦ってる。化け物みたいな力を持った敵と。ならば─────


 万葉の躯がブルッと震えた。そして、意を決すると再び地下への階段に向かって走り出す。寄り添い支える、それが私のしたいことなんだっ。













 しかし、この時、万葉は大きな勘違いをしていた。


 追いつめられているのは、あれほどの威力の雷術を連発せねば凌げない男のほうだった。






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