表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/36

[28]大先輩・・・狂った風④



 妖怪「虚空に向かってボソボソやる九人の酒井」は、かなり怖かった。


 潰して消えるものなら、すぐに叩き潰すところだが、たぶん次は27人の酒井になって現れるだろうから止めておく。数が増えるたびに不気味さ、三倍だ。


 変な生物を興味本位で見ようとしている万葉の情操教育によろしくない。


「万葉。帰るか?なんか、事件もかってに終わったみたいだし」


「うん。私は慶慈さんがそういうなら、何でもいいよ」


 コクリと頷き合うと、二人は下ってきた階段を上りだした。


 恐怖を覚えるほどの敵は大好きだが、こういうオドロオドロした奴は苦手だ。


 さっさと、とんずらこくに限る。


「一匹の酒井を見かけたら、百匹の酒井が居ると思え。……そんな格言が、あったような気がする」


「それは酒井じゃなくて、黒い悪魔よ」


「「「「「「「「「それは、ちょっと酷くない?!」」」」」」」」」


 九人の酒井が同時に突っ込んでくれた。


 やっぱり、こいつは演劇部の求めている人材かも知れない。取り敢えず、電波受信能力だけでも封じてくれたら、見習い部員にしてやってもいい。


「うん?もう星からの交信終わった?」


「「「「「「「「「……私はエイリアンじゃないわよ。お嬢ちゃん」」」」」」」」」


 理知的な万葉の口元が茶目っ気たっぷりに微笑む。それに、答える九人の酒井はクワッと眉毛が上がって、口元がカパッと裂けた。


 ギャグだな。……この頭、造った奴。


「「「「「「「「「と、それよりも貴方達、ちょっとついてきてくれない?」」」」」」」」


「あん?なんでよ」


「「「「「「「「「風祭君が会いたいそうよ」」」」」」」」


 九人の酒井が艶っぽく笑う。


 マッドウインドに会える?あの異界に通じる穴を空けて、世界を混沌に戻した男に?


 それは、俺ならずも世界中の人間が興味を引かれることだろう。


 狂ってることは間違いないが、彼が天才であることもまた事実なのだから。


「万葉……どうする?」


「行きたいって表情にでてるよ」


 万葉が俺を見上げてわらった。片眉を器用に下げて、仕方ない人だとでもいうように。




 理解あるパートナーのお陰で、俺は鬼才、風祭狂死郎と接触するチャンスを得たわけだ。




 妖怪女と風祭との奇妙なコンタクトで、俺は気づいていなかったが俺のジュリがその時、心の深い部分に落ちて行っていた。


 心細そうに震えながら、でも、それに相反する烈火のような怒りが沸々と沸いている。


 俺がその怒りの意味を知ったとき、俺は風祭狂死郎を殺す気になる。


 それは、気まぐれでも、任務でも、自衛でもない。


 ただ、放置できない。ゆえに、殺す。


 風祭は、隻腕の魔女に匹敵する有機的進化を遂げるために、別の門を開いて、欲しい物を召喚した。


 そして、召喚された物は、俺のパートナーのもっとも大切な物だった。主の俺よりも、娘の万葉よりも、大切な物。


 風祭が開いたのは地獄の扉。


 呼び出したのは、かつて最強にもっとも近かった男、雷神・千次郎。奴は樹里の男だ。






「雷を扱う能力者か……陳腐なフィクションにはありがちな力だが、実際に手に入れるとその無限の可能性に改めて気づくね」


 地獄に通じる穴の前に立った老人が、その暗黒に通じる漆黒を見つめながら呟いた。その呟きにはどこか、満足げな響きがある。


 老人の皮膚は老いを確実に背負っていたが、若者に負けないほどの精気をまとっている。綺麗にそり上げられた顎の上にある唇には自信が溢れるほどに満ちている。


「出来るだけ、大きなエネルギーを釣り上げるつもりではあったが、まさか、これほどの大物が釣れるとはね」


 皺の刻まれた手の平を覗き込むと、そこに青紫の光が走った。手の平を海にみたてると、光が水面から跳ねる魚のようだった。紫電が老人の躯を走っている。


「本当に素晴らしい。こんな力が新人類にだけしか与えられなかったとは……世界の可能性を広げたのはこの僕だというのにな」


 老人、風祭狂死郎は静かに笑った。何十年も前から羨み続けていた力がようやく彼の制御下に置かれたのだ。


「君には感謝しているよ。よくぞ、これほどの力を練り上げてホルスとして死んでくれた。僕のようなオールドタイプには君たちを使役することでしか力を得ることができないからね」


 風祭がゆっくりと躯を撫でた。


 そこには、雷を纏った龍神の入れ墨が入っている。いや、入れ墨の形をとった千次郎が風祭の躯のなかに封じられていた。


 魔力の一切を持っていないはずのオールドタイプが死亡しているとはいえホルスを手なずけている。それは、まるでジュリをその身に宿す祇桜慶慈のような。つまりは、ホルダーのような存在であった。


「さてっ」


 風祭が電気ユニットに手を置く、続いて凄まじい発光現象が起こると、薄暗かった室内に光が灯った。


 竜胆万葉が扱える力とは桁の違う電力放出。ほんの一瞬の、発動で施設に蓄えることが可能な電力がいっぱいになった。


 明かりは、地下の最下層から順に上へ上へと点きつづけて、階段を下る祇桜慶慈の頭上に灯った。


「ぐっ」


「どうしたの?!慶慈さん」


 表現しがたい感情の波が慶慈の躯の中を吹き荒れた。その大部分はやはり、怒りと悲しみだ。


 しかし、まだ慶慈はそのことに気づいていない。


「いや、なんでもない」


 首を傾げつつ、慶慈が心臓に手を当てた。彼は心臓に心があると信じているのだ。


 軽く叩いてみたが、彼のパートナーは答えてこない。


 訝しく思うところもあったが、彼女は気まぐれだ。出てこないときは、出てこない。


 眉を顰めたままの慶慈を万葉が心配そうに見つめているのに気がつくと、なんとか作り笑った。大丈夫だと示すように。






「「「「「「「「「「風祭君お待たせ」」」」」」」」」」


 酒井の声が室内に反響した。


 サイエンティックな器具で埋め尽くされた室内に1人の身なりのいい老人がいる。目元まで深く刻まれた皺、真っ白な髪と、上品な髭。


 見た目はただの好々爺だった。


 ただ、目の中の光だけが子供のように輝いている。


「風祭狂死郎」


 断定的な呟きが勝手に漏れた。


「あのお爺さんが、狂った風?」


 万葉がとまどいの声をあげる。歴史上の偉人にして狂人とはいえ、風祭はただの人間だ。超常の力をもっていない。


 彼の頭脳にどれほどの知識が蓄積され、知恵に昇華していようとも、ここまで接近してしまえば俺や万葉にとって脅威とはなりえない。どれほどの兵器で武装しようと、どれだけの自衛策を講じていようと、俺たち新世代の人間には、それを突破する術がある。


 目の前の男は、ほんとうにただの老人でしかなかった。


「やあ、祇桜くん。君には一度、直にあってみたかったんだよ」


 老人が椅子から立ち上がった。背中がシャンと伸びていて、意外なほど長身だった。話す言葉も隔絶が綺麗で聞き取りやすい。今日日のガキどもが喋る言葉よりよっぽど耳に心地いい。


「俺も一度くらいなら先輩に会いたいと思ったことがあるよ」


「そうか。それは僕としても光栄だ」


 柔和な笑みを浮かべて老人が一歩進んだ。


 俺は微妙に眉間に皺が寄る。


 なぜか知らないが、嫌悪感が沸いた。実際に臭いわけでもないのに、鼻の奥がつんとする。まるで強烈な死臭を嗅いでいるようだ。


「慶慈さん…」


 万葉が俺の手を取った。俺がチラリと目をやると、彼女は風祭を凝視したまま固まっている。彼女も、なにか肌が泡立つような感覚を得たのだろうか。


 警戒しろ。脳の中で警鐘が鳴った。


 いつのまにか酒井が風祭の背後にたっている。人形じみた笑みだ。


 そして、そこに着てやっと気づく。


 彼らの背後を塗っていた真っ黒な闇。眩しいほど明かりが点された室内で、そこだけ一切の光を反射させていない部分。


「ゲート」


 やっと気づいたというように風祭が笑う。


「あれが……異界の門」


「ああ。しかし……なにか違う。エデンに続いてる門は……こんなに冷たい気を発しない」


 とくん。心臓が激しく鼓動した。


 ジュリ。なにに気づいてる?あの穴はなんだ?風祭はここで何をした?なぜ、俺がこれほど奴に不快感を感じる?


 自由裁量は得ているんだ。奴らと正面から戦争しなくても、かまわないはずだ。


 ここを撤収すると云うなら、黙って通してやってもいい。


「気づいたね?これは、普通のゲートじゃない。続いてる先は、人類が神話の時代から信じてきたもうひとつの世界とリンクしてるいる」


 風祭が無防備に背中を曝して、ゲートを振り返る。


 このまま真相を喋らせろ。そう云っている自分と、今のうちに奴の首を食いちぎれ、そう叫ぶ自分が居る。


「最初の異界は、新人類を誕生させてくれた。素晴らしい。僕はあの時、ほんとうに楽しかった。これで世界は変わったと思ったからだ」


 そうだ。世界は変わった。静かに狂った。だが、そんなものはいつか日常に飲まれる。狂った世界が普通の世界と呼ばれている。


「だけどね、変わらなかった者もいる。そう、僕だ。オールドタイプはなにも変わらなかった」


 老人の手が何かを掴もうとして振られた。


 だが、それは何も掴めていない。指の間から抜けていく芝居。


 風祭がはっきりとわかるほどの笑みを浮かべて振り向く。


「だから、僕は僕が、変われる力を与えてくれる門をもうひとつ開くことにした。僕に相応しい無慈悲なほどの力をね。……これを手に入れる可能性を閃いたのは、君のことをしったときだよ。隻腕の魔女。君のスタイルを真似れば、私でも力が得られる」


「慶慈さんのマネ?無理だわ。あなたじゃ、魔力が足りない。ホルスに精神を食べられる。一瞬で死ぬわよ」


 万葉の声に剣がはいった。


 俺のマネが出来るといったことに腹を立てたらしい。


「そうだな。フロイライン。君の云うとおり、ホルダーとして安定できるのは彼が魔王だからだ。魔力の塊が生きているのが祇桜くんだからね。………だが、そのくらいのことは攻略するさ。なぜなら、僕は天才だからっ」


 皺だらけの口元がゆっくりと引かれる。ニタリと笑う老人の笑みは間違いなく狂気の男、マッドウインドだった。


「ホルスに意識があるなら、確かに僕は一瞬で廃人になるだろう。しかしね、そのホルスに意識がないならどうだい?そう、死んでいるホルスを現世に呼び出すことができたとしたら…どうだろうね?僕は死ぬか?」


 老人の躯から雷電が走った。青白い蛇が全身を這い回っている。


 耐えられないといったように老人が大声で笑い出した。


 愉快で愉快で溜まらないというふうに身を捩る。世界を変えてでも手に入れたかった力が漸く、彼の手のうちに来たのだ。


「死んだホルスを召喚したの?……そんな、デビルサマナーなんて出来るわけが」


 万葉が驚愕の声をあげながら否定しようとしたが、途中で絶句した。目の前にいるのは、かつて新世界を開いた男だ。


 呆然とする万葉の手首を強く握って意識を戻させた。俺の不快感がレッドゾーンまで上がっている。風祭が手に入れた力を自慢するように雷光を纏った瞬間からだ。


「慶慈さん?」


 目の光りがさきほどまでの巫山戯た物と違っていることに万葉はすぐに気づいて口をつぐむ。


「なるほどねぇ。生きている悪魔を躯に飼ってる俺と反対に、死んだ悪魔を地獄から呼び戻したってわけだ。なるほど、それなら頭がイカレる心配もないかもな」


 話し言葉が険しくなる。




 祇桜慶慈は、薬師の学生ではあったが大先輩であり偉人である風祭狂死郎をことさら信仰しているわけではなかった。しかし、嫌っているわけでもない。個人的な敵にさえまわらなければ例え、敵陣営の人間でも好意を持つような性格をしている慶慈だ。


 風祭のことも、「おもしろい。先輩だ」くらいには思っていた。


 それだからこそ、酒井が「見逃して」と云ったときに頷いたのだ。


 それは、個人的な敵ではなかったから。




「それでよ、大先輩。あんたが召喚した悪魔ってのはいったいどこの誰様だ?」


「残念だが、よくわからない。完全に化け物化している御仁なのでね。まぁ、フォルムは中国の龍という奴に似ていたな」


 決定だ。


 風祭、あんたは俺の敵だよ。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ