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[27]大先輩・・・狂った風③



「こんにちは。お二人さん」


 闇の向こう側から、突然声がして万葉が飛び上がって驚いた。


 生き物の気配がまったくしなかったからだ。


 しかも、その前に感じさせられた魔力は万葉のそれを大きく上回っている。警戒するのは当然と言えた。


「そんなに脅えなくてもいいわよ。フロイラン。こっちには、もう争う意志がないんだからね」


 闇から浮き出るように現れた女は、人形のような綺麗な顔に笑みを浮かべていた。


「どういうことだ?」


 だれだ?と聞くのは無意味だと思えたので、こう聞いた。


「やること、やっちゃったから。もう、ここには用がないのよ。私たちは四国が総力を挙げてここに迫る前にこの国から消えさしてもらうわ」


「俺らが、このまま見逃すとでも?」


「見逃してくれないの?」


「ああ。正義の味方ってわけじゃ無いが、見逃せないこともある」


 蠱惑的に微笑みかける女に俺もニッコリと笑って拒絶してやった。


「いくらなら買収できるかしら?」


「薬師の生徒会に聞いてくれ。人形使い」


 女の口が顔の半分を覆うほどに裂ける。無機質な目玉だけが楽しそうに俺を捕らえる。


「ま、俺の後ろに抜けられたらだけどね」


 女のポッカリと穴の開いた顔に荷電粒子の飛沫が黄金の光を点した。半瞬後に、太さ一センチ以内のよく収束された電子の線が撃ち出される。


 なめるなよ。ペロリと唇を湿らせると、その架線上に両手を突き出す。ビームが突き刺さるまでの一瞬で、魔力を増幅無しに精製し、上向けた人差し指の上に一枚だけ桜の花弁を捻り出す。






 一枚で、止められるの?


 まぁ。さらに半瞬後を楽しみに待ってろ。






 1秒の半分のさらに半分の一瞬だけ交錯した視線で、言葉を交わした。


 ビームが指先に当てられる。桜をクッションにして指に衝撃があたり、弓なりに指が反られた。ビームはその放射角を20度ほど反らされて、万葉の頭上に抜ける。


 俺は反らされたエネルギーを躰の腕へ、胸へ、腰へと連動させて、躰をくるりと回転させた。倒れざまに回転し、サブマリンしてあいての顎を蹴り砕く。


 鋼線が伸びるミシミシっという音とともに、首が千切れて飛んだ。


「きゃっ。何これ」


「擬体だよ。アンドロイドってやつだ。脳みそだけを積んで、動く鉄の人間」


 髪についた埃を払いながら、立ち上がり、吹き飛んだ頭を踏みつぶした。


 そこで、ありゃ?っと戸惑う。


「でも、何も入ってないよ?」


「新型かな?どっか他の場所に脳を積んでるのかも」


 女のボディーを適当に踏みつぶしまくったが、有機物を踏みつぶすグチャッとした感触は無かった。


「自立志向型のロボットか?」


「でも、それは今年発表された50年計画にあったよ。慶慈さん」


「それも、そうだな」


 万葉の言葉に頷く俺。


 頭を捻っても、どうせ、この状態でまともに思考できるわけがないんだが……。


「ちょっと、私のボディーをグチャグチャにするの、いい加減やめてくれない?」


「わ!また出た」


 通路の影から、まったく同じ人型が現れる。しかも、三体も。潰すと三体に増殖するなんて生物研の作ったスライムよりも生産効率がいいやつだ。


 見た目はなかなか美しい面だから、その手の好き者に高値でうっぱらいたくなる。口から火を拭く人形を愛でる趣味を持つ奴がいればの問題だけれど。


「同型器かな?まったく一緒だ」


 しつこく、足を動かし続けていた俺に女が苛ついたような声をあげる。ダメージを受けているようには見えなかったが、精神的には効いているようだ。


「「「ああ!もう、頼むから止めてよ。けっこう心が痛いのよ?私が潰れるととこ見るのって」」」


 憤慨したような女たち。まったく同時に喋りやがる。


「えらく人間みに溢れる機械だな?まるで、人間みたいだ」


 脳を搭載していないアンドロイドだ。俺は、機械だと断定した。


「「「ちがうわよ。私は人間よ。ただの高度な義体使いなだけ。本体は、完全に人よ!」」」


「そんな機械が出来てくるのは少なくとも向こう百年はないでしょうよ。我が親愛なる友人は、自動人形に夢をみてないみたいだから」「風祭くんが欲しがってるのはもっと有機的な進化なのよ。無機的な進化に彼は十分満足してるわ」「そうね。だから、霊的にも不安定な四国で新たな扉を開いたのね」


 まったく何を言ってるのかわからない。三人もいると、話が完結しちまってる。


 ただ、俺にも聞き過ごせない単語が少しは、取り出せた。


『有機的な進化』とか『新たな扉』とか、だ。


 そして、なにより─────


「風祭…だと?」


 四国では化石化した偉人の名だ。


 最高のサイコ野郎として、四国では崇拝されたり、邪険にされたりしている。


「そうよ。風祭狂死郎、薬師大の中退生だったけど……一応は君の先輩ね。かく言う私も、彼とは同級だけどね」


 三人の女がニッコリと笑った。


 万葉が目を見開く。別に恐怖を感じたからではない、なぜ、こんなところで彼らの名前を聞くのだろうか、そういう疑問だ。


「そういえば、あんたの顔を執行部の秘録で見たことがあるな。たしか、元電脳部部長の酒井だったか」


「あら、まだ私のこと知ってる子がいるなんて、薬師も落ちてないわね。母校の栄存はうれしいことよ」


 女が嬉しそうにするが、俺がもう一言云うと、機械じかけの皮膜を真っ赤にして憤慨してきた。見事な造作だ。


「しかし、あんたが本物だったら今年で、たしか9……」


「お黙り!」


 年齢を口にしようとしたら、三本ビームが飛んできた。この反撃が女の心理で読めていたらしい万葉は、賢いことにササッと斜線上から逃れている。


 俺は、三発もろに喰った。


 元からボロボロになっていたジャケットが焼け落ちる。


「痛えぇーよっ」


 左の肩の軟骨の隙間と心臓の真下と腹の弾力ある小腸の間を縫うように電子が貫通していったが、電子の集束率が高すぎる。細いアイスピックが肉に食い込んだようなもんだ。


 急所に突き刺さったなら、ともかく器用に主要機関だけは交わした俺にはこの程度は致命傷とはなり得ない。


 やたらと、回復力が上がっているうえに、肉を焼きながら突き進むという『適度な痛み』は俺を逆に興奮させて元気になった。この興奮は血を五リットルは捨てないと冷めないんじゃないだろうか?まぁ、勝手に血が増血されてるようだから、足りなくなることがあるときは死ぬときだけだろうけど。


 ハッスルさせられた目がぎらぎらと光っている。


 距離を無造作に詰めると、飛びすさる間も与えずに、細い腕で二匹貫いた。人工血脈がびくびくっとポンプが詰まったような感触をつたえながら勢いよく赤い液体を拭きだした。


それを見て、ようやく反応を見せたような三匹めには桜の根が数十本突き刺さった。有機体の人工血脈に根を張った桜が二匹の躯で生長して一気に襲いかかったのだ。


 躯を締め付けられて、酒井が火を吐こうとしたとき、その口腔にも太い根が入り込み、あっという間に圧壊した。


「「「「「「「「「だから、あんまりそんな風にズバボロにしないでったら、一応は私のボディーなんだから」」」」」」」」」


「今度は9体に増えたよ。慶慈さん」


 ネズミか?こいつは。


 平然とした声で知らない間に近づいてくる「酒井」の「擬体」ども。なるほど、特A級犯罪者に「義体使い」がリストアップされてるわけだ。生物的な匂いがないぶん、俺たちのような有機使いとでも云うべき人間には厄介だな。


「「「「「「「「「あのね?女性の年齢は口にするものじゃいよ?これは、人生の先達としての忠告だから」」」」」」」」」


 余計なお世話だ。妖怪女。


 俺だって、おまえの年になりゃ、どっかに隠居してるだろうに、なに世界一危険な学園国家でテロやってやがる。


 現役バリバリのテロリストだって、二の足踏むぞ。この国はアメリカほどに甘くねぇーんだ。飛行機落とされりゃ、変わりにコロニー落としてやるぞ。


「「「「「「「「「それに、君たちだって年齢いわれたくないでしょ?慶慈くんは年の割には童顔だし、万葉ちゃんは年のわりには育ち過ぎよ?だいたい、二人とも薬師に正しい年齢報告してないじゃないの?さっき、調べさせて貰ったわよ。さば読み過ぎ」」」」」」」」」


「ぬ……」


「うっ……」


 痛いとこついてきやがるな、この妖怪女。


 しかし、ここで年の話で万葉の年が暴露されるのも嫌だ。手出しにくくなるからな。


 神妙な顔になって俺を見上げる万葉と共に俺は黙りこくった。


 9匹の酒井が宛然と笑う。


「ところで、さっきの提案だけど。黙って見逃してくれないかしら?さっきので殺せたなら、それはそれでかまわなかったんだけど、やっぱり君って死ににくそうだし」


 おまえに云われたくないぞ。


「…………。」


 俺が黙り込むと、心配そうに万葉が見つめてきた。決定権を完全に委ねてくれる女って貴重だ。


「万葉ちゃんって今年で……」


「わかった。見逃してやるから、さっさと消えろ」


 即断での重要な決定に、チラリと万葉が「いいの?」と聞いてきたが、大丈夫だろ。当事者はここにしか居ないんだから、なんとでも言い訳できる。たとえば、交戦の結果「取り逃がした」とか「塵も残さず消し去った」とか「全部食べました」とかな。


 してやったりと酒井が笑った。その9の表情が同時に、いいか?同時にだぞ?眉根を寄せやがった。虚空を何秒か見つめるのだが、そのときの顎の角度すらまったく一緒だった。


 こいつが普通の生徒だったら、ぜひ演劇部にスカウトしたい。大量に並べて踊らせでもしたら、有名なアイリッシュダンス集団に講演内容で勝てるかも知れない。


「連れてこいって?いいの?」


 電波女かよ。受信してやがる。ボソボソと虚空と喋る九人の酒井。……怖すぎだ。


「慶慈さん。あの人変だよ」


「見ちゃいけません!」


 クイクイっと服の袖をひっぱりながら万葉が興味津々と妖怪電波女を見ていた。


 俺は慌てて、彼女の視界を両手で遮った。


 多才なのは結構なことだが、ああいう変な芸を身につけないで欲しいと思う。自分の女が、あんなになっては困る。


 まだ、若い(それはもう、計算すれば犯罪級)万葉を染めるのは俺にのみ許されたことであって、色物揃いの四国の環境ではない。





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