[26]大先輩・・・狂った風②
万葉の蝶タイプのファミリアが、熊男たちに先に帰るようにと連絡しにいった。彼女の術は見ていて思うのだが、とても美しい。
幻想的ですらある。
万葉は父親からの因子を強く受け継いだ雷遣いなのだが、その業の華麗さは間違いなくジュリから受け継いだものだろう。
ジュリの桜花に負けないほど、万葉の雷光は美しいのだ。
「それに比べて、俺の能力って地味だよな」
先天的な属性は、ナッシング。
後天的に作り上げた俺さまの美肉には、毒の分解、吸収なんて能力を持たせるまでにきたえこんではいるが。
もって産まれた力はないのだ。まぁ、ジュリに言わせりゃ、俺の異常に高い魔力こそが一番の才能だって言うんだろうが…。なんと言っても他人を自分の体で飼えるほどの媒介なんだから。
だが、まぁ思う訳よ。
地味だなって。
「いっけっぇ!!」
万葉の叫びに輝く雷光。連句ボルトが次々と爆発四散していき、うねるほどに大きな桜の幹が鋼鉄でできた車体をひしゃげさせていった。
「はーっ…‥」
俺は銜えた煙草を呑気にプカプカさせながらなんだかやけに見通しがきく森を歩いていた。目指す穴がこの山下にある、というところまで到着した俺たちが見たのはずらーーっっと並んだ戦車だった。
下からボンボン飛んでくる戦車の主砲はうざったいほどの森の木々を吹き飛ばしてくれた。ある意味、森は俺たちの盾になってくれたようなもんだけどね。でもまぁ、いくら異常に成長した樹だって言っても、雨みたいに降ってくる砲弾を何時までも弾けるもんじゃない。ほどなく俺の眼下には目的地まで続く、見通しのよい道ができたってわけ。
だがまぁ、盾が無くなったところで至近距離からガトリングの弾を交わせる俺にあたるもんじゃないし、万葉は動物並みに勘もいいし俺よりも足が速かったんで、そのまま砲弾の雨をつっきらせたってわけ。
まぁ、例によって花弁結界を張ってやった訳なんだけどね。
一気に山裾まで駆け下りた万葉は連句ボルトの群れに大きな雷を一発落とし、間髪入れずに桜の木々が戦車のいた地面を吹っ飛ばしたってわけ。密集してたから、被害も出かかったんだわ。その後はもう語ることもない。爆発、爆発、大爆発だ。
「慶慈さん。終わったわ」
やっとこさ山を下り終わった俺にニッコリと微笑む万葉、俺はこくりと頷く。周囲には学園生徒たちがあれほど手こずっていた戦車の残骸がゴロゴロしている。
重ね重ね、言おう。
俺の能力は地味だ。
彼女たちに比べれば……。
「ねぇ、慶慈さん。…ゲートってどんなものなの?私まだみたことないんだけど…」
いったいどんなものを想像していたのかしらないが、万葉が空をあちこち見回したり、地面をつま先で蹴ったりしている。
「ゲートってのはただの面だ。真っ黒な鏡みたいなもんが空中に浮いてるんだよ。そいつは空間の歪みだからからしいんだが不思議なことに正面からは穴がみえるが後ろからみれば、なんにも見えないんだ。……ぱっと見は想像してるよりもずっとしょぼいと思うぜ」
解説してやりながら俺は迷わずそれっぽい建物に足を向けた。聡美の情報道理、どうやらここが敵さんの本拠地らしい。どこの学園が建てたのか知らないが、ここには放置されて久しい老朽化した施設があった。万葉には穴がどこにあるのか解らないようだが、俺にはわかる。樹里のお腹に万葉がいるのを見抜いた俺の血統書付きの霊眼に見通せないものは、世界にそんなにはない。
見えるんだよ。吹き出す魔素の通り道がね。
「あの施設の中だな」
「なんでわかるの?」
「A級クラスのエージェントになりゃ、独自の感覚でこの程度の怪異は探し出せるんだよ」
尊敬の眼差しに、ニヤリと笑った。
煙草の火が噴出する魔素に煽られて一瞬、赤々ともえあがった。
「いよいよね。ぅー緊張する」
犬のようにひっついてきた万葉が施設の入り口に目をとめて声を震わせた。
正真正銘、この四国の歴史の中でも目立つ事件となるだろう事件の黒幕といよいよご対面するのだから……。
俺はその腰を抱き寄せて瞳を覗きこみがなら聞いた。
「怖いか?」
「ぜんぜん。だって慶慈さんといっしょだもん」
可愛いことを言ってくれるよ。これで、使えない奴だったら笑いながら顔面チョップを喰らわしてやるところだが、万葉は使えるのだ。しかも、可愛い。
だから、俺は万葉に微笑み返してやった。
「しっかり付いてきなよルーキーさん」
施設の廊下は、とても狭くなっていた。天井や壁に何本ものパイプがビッシリと張り付いており、その横を歩くオレたちを圧迫してくる。
そして何よりも、この施設内の魔素の濃さだ。外も恐ろしいほど濃かったが、この中はそれを超えてるね。
さすがに万葉の表情が固いものに変わっていた。無意識なのか、さっきから拳をギュッギュと握り返す仕草を繰り返している。
しかし、オレはというと気怠げな顔を隠そうともせず、煙をスパスパとやってるだけ。
ときたま、万葉がオレに何か言いたげな顔を向けている。
(もしかして、……退屈なのかしら?)
そう顔が語っている。……そして、それは当たっていた。
あー。
やべぇー。
欲求たまってきたー。酒の呑むか、女を抱くか、メシ喰うか、誰かぶん殴りたい!
くそぅ。やっぱり精神が完全に安定するわけじゃないのか。……いや、違うな!真後ろにすこぶるいい女がいるのに手を出せねぇこの状況がストレスを溜めてる原因だ。
……ああああ。
早く出てこい!敵さん。
この退屈な時間がいかんのだ!何かはけ口になるものが欲しい。なんでこの施設、防衛システムとか、なんか楽しげな装備が施されてないんだ!スパイ大作戦みたいな鉄壁なガードに守られてたりしたら、それを攻略するほうにこの暑苦しいほどに沸いてくる欲求をぶつけられるのに…
「いっそのこと軽く味見を……」
なんてことも脳裏に浮かぶが、それは男として酷すぎる行為だと瞬時に取り消す。
……なんとなく万葉は嫌がらないのではないか、などと思ったが、そんなことをすればあとでジュリになにを言われることか。
オレはブルブルと首を振って、その甘美ではあるが、あとが大変そうなプランを振り払った。
しかし、考えてみると万葉っていくつだ?
最初は規定年齢で高等部に入ってきたのかと思ってたが、俺の義理の子供ってことはそれよりもずっと若い。
拙いな。洒落にならん。
こりゃ淫行じゃねーか?
俺が十歳と半分くらいのときに産まれただろ?んでもっって、今俺が……大学の三回生。俺は飛び級するほど勤勉じゃないから……ヤバイ。
実際年齢は聞けねぇ、聞いたらぜったい抱けない。
いや、俺はこんだけ育ってりゃかまわないけど……他の連中にばれると『ペド野郎』もしくは『とうとうカミングアウトしたんですね』なんて言われかねん。
特に、あのゴシップ女にばれるのは拙い。
洒落にならんぞ。
「ねぇ。慶慈さん、私ちょっと思ったんだけど……」
危険な考えの対象だったことも知らず、万葉が無邪気にオレの体にひっつきながら階下を眺めた。
ぅう、その純粋さがオレにはまぶしい。
「な、なに?」
「あのね。この施設って地下に深く掘られた施設でしょ。……上の階には何もなかったよね」
「ああ。上は娯楽室だったからな。研究ユニットは下にあるんだろ」
オレの返事にニパッと微笑む万葉。いい考えが浮かんだらしい。
「そう。つまり、敵は今私たちが下っている階段の向こうにいるってこと。だったら埋めちゃえばいいんじゃないかしら?!」
おお!なかなかいい考え方じゃないか。敵が待ちかまえているだろう地下にわざわざ行くのはハッキリ言って上手くない。なぜなら、それは敵のルールで戦争をやると言うことだからだ!
そして、それはとても不利なんだ。……なら、どうすればいいのか?
答えは簡単。ルールの外から攻めればいい。たとえば、万葉の言うとおり生き埋めにしたり、火を点けたりすればいいんだよ。
「いい発想だな。攻法戦術講義の試験で、こんな感じの問題が出たらそう答えろよ。満点くれるぜ」
満足げに微笑んでやったが、俺は階段を下りるのをやめない。
それに気づいて、万葉は眉を寄せた。
「今回は、その答えじゃ駄目なの?」
「ああ、敵の目的も存在も、なにより背後関係もだが、それらを推測できる物がまだなにも見つかってないだろ?…今、なにも確認しないままに下の連中を殺せば何もかもが解らなくなる。まぁ、後から掘りおこしてみるってのも手だが、掘りおこすまでの時間がなにか致命的なものにつながるかもしれない。それってすごく怖い」
もし、それが学園にとっての致命的な物だったら俺は生徒会長閣下に殺されるかもしれん。マリーがキレたら厄介だからな~、たぶんいっしょに欄丸くんもキレるだろうし。それって、ちょいとゾッとしないからな。
俺はブルッと肢体を震わせて壮絶な笑みで迫るマリー嬢を頭から追い出した。
執行部にリンチされたところで生き延びる自信は十分にあるが、あの二人に追われたら俺は儚くなってしまうかもしれない。会長閣下と書記長殿は、薬師最強の猛者たち、八武衆に名前が連ねられてたからな。その強さは、薬師のだれもが認めてるってわけ。
ちなみに、八武衆ってのは学園非公認情報サイト《死国》により、厳密に選ばれる八人の強者のことである。ちょこっと自慢するなら俺も去年までそこに名前があったんだわ。エヘン。《隻腕の魔女》ってね♪…ただ、長いことその他の備考がアンノウンだったんで今年から俺の名前が削除されちまったんだ。まあ、載ってたところで賞金が出るわけじゃないからどうでもいいけどね。
「それにな。埋めたくらいじゃ魔素の流出は止まらないんだ。固定化している穴は特殊な機械か魔術でも使わなきゃ繋がったままなのさ」
「慶慈さんはそれを塞ぐ方法を持ってるのね、もしかしてその鞄の中身?」
覗き込まれたのは、俺が執行部からわたされた特殊装備。小さな銀色のアタッシュケース。
「当たりだよ。こいつの中には、カウンターワールドっていう特殊な力場発生装置が入ってる」
戦闘中、腰にぶら下げておいたり。クチーチャーをぶん殴るのに使ったりと扱いがぞんざいだったが、この鞄こそが世界がつくりあげた対異世界兵器とも言うべき代物なのだ。
「穴から、こっちの世界に流れ込んでくる向こう側の世界を堰き止められるのさ。流入がとまれば穴は自然にふさがる」
穴を塞ぐ方法はそれ以外にも、あるにはあるんだが、これが一番平和である。
ジーッと見つめる万葉に鞄を渡してやろうとしたとき、地下で異変が起こった。
「慶慈さん!?」
「こいつは……」
突然、総毛が逆立つようなプレッシャーが全身を駆け抜けた。風と形容するのがもっとも相応しいであろう魔力の衝圧。
地下にいる誰かが俺たちへの牽制に魔力を解放させたのだろうか。
本当のところは、何も解らないが…………ひとつだけ、解っていることがある。
それは、この衝圧の主がこの俺に匹敵する魔力を持っていると云うことだ。
ジュリが身震いしたのが解った。