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[24]男に女。剣に鞘。③



「んんぅ…んっ…ちゅ…ぅ」


 キスの仕方を忘れてしまったように動かない俺の唇に変わって万葉がリードするように被さってきた。


 飛びつくように身を委ねてくる彼女に押し倒されるように後ろに倒れ込む。




(生きててくれたんだ……)


 感動に震える手で万葉の細い腰を抱きしめた。


 腰から背中をまさぐり、頭を撫で上げる。


 生きてる。樹里が望んで、俺が祝福した子供が。


 一度無くしたと思っていた命がこの場にあることがただ、嬉しかった。


「ん……ぷはぁっ……」


 一分くらいは口づけ合っていたのだろうか。時間を忘れるくらいその行為は甘美だった。


 離された唇には糸が引いていた。


 耽美に美しい、上気した万葉の顔。蠱惑的な瞳がニッと微笑んでいた。


 頭を撫でていた手を回して柔らかなホッペタを両手で包み込む。


「生まれてくれてたんだ。生きてくれててたんだ…」


「ええ、生きてますよー」


 ニコニコとした笑みに涙が出そうになる。


 あの日に無くしたものがひとつ返ってきた。


 まったく、いつまでたっても忘れられない悪夢みたいな記憶がやっと少しはまともになってくれたよ。


 突然、大切な人が死んじまったんだもんな。あんときゃ俺も応えたね。痛かったわ。


 しかも、お腹にいたはずの子供が産まれてたのか。産まれてなかったのかも知らなかったからな。


 まだ、魔素のはれない上海で死にものぐるいで探したもんだよ。


 生理的に嫌いだったお袋や親父に頭を下げまくって人出してもらったさ、五百人でローラー作戦。あの災害の中生き延びてた生後二ヶ月以内の子供を片っ端から調べまくったんだわ。それでも見つかんねぇから最後の頼みの綱にレガーナッシュ家で隠匿されてた禁術までつかったりしてね。


「がんばって探したんだぜ?……見つかんねぇんだもんよ」


「乳母と一緒に、あの時国外に脱出してたんです……心配かけてごめんなさいね。慶慈さん」


「いや。……生きててくれただけで嬉しいよ」


 おまえもそう思うだろ?ジュリ。


「ジュリ。出てきていいぜ、擬態解除だ」


 万葉の腰を抱えるようにして横にどかすと、俺もどっこらせと起きあがった。といっても彼女を向いて腰を下ろしたのだが。


 スッと左手を万葉に向けて差し出す。


 それを見てキョトンとした彼女に俺がいいプレゼントをやる。


「ジュリにも会わせてやるよ。感じるだけじゃなくて実際に会いたいだろ?」


 ウィンクをかまして、笑いかけてやると意味がわかったように万葉が弾んだ声を上げた。


「うん!会いたい!」


 左手の指先が消えていく。まるでオタマジャクシのしっぽが消えていくように俺の腕が先から無くなっていく。


 五本の指が消え去り、手の甲が消え、さらに消失現象は腕を昇って行った。


 代わりに、ニョキリと俺の首の後ろから女の長い腕が生え出す、俺がコートを脱ぎ捨てると、それを待っていたかのように腕がスーッと自然に動いて戦闘服の後ろについているジッパーを引き上げる。


 息を呑んで見守る万葉にニヤリと笑いかけるうちに俺の左手のロストは終わった。ちょうど肩口のところで切断されたような腕。その傷口はもう何年も前にふさがったように肉に包まれている。


 そして、消え去った腕の代わりに現れるのは万葉の母だった女だ。


 背中がむず痒く感じた瞬間、ズボっと抜けるような感じで何かがと飛び出す。


『万葉ぁーーーー!!会いたかったよ!うーん、さすがは私の娘だね。肌触りも髪質も最高、ホッペタなんか赤ちゃんみたいじゃないぁ。ケーシももっと早くに私を出させなさいよ!許可もらわなきゃ出てこれないんだから!』


 飛びつくような勢いで女が万葉に抱きついた。ビックリしたような彼女にキスの嵐を振らせているのがわかる。


「痛てぇよ!ひっぱんな!胸元から飛び出せばいいだろ?!背中越しに飛び出されると俺がずっと御辞儀してねぇといけないだろうが!」


 背中から胸元を押しつけるようにして俺の後頭部を押さえ込まれる。相も変わらず胸がでかいのでとても重い。


『ちょっとは我慢しなさいよ!愛娘との感動の対面なんだからね、ケーシはさっき済ませたでしょうが…ああん、もう。もっと近づきなさい!腰辺りまでしか体作れないんだから!』


「え?ええ??…ママ?生きてたの?」


 動転したような声。いやいや、万葉。祇桜樹里は間違いなく死んでるよ。


 ここにいるのは俺が禁術で魂を錬成したジュリって女だ。


 魔力でくみ上げ仮初めの命は限りなく魔族…つまりはホルスに近い生命体として彼女を固定した。そのままだと魔族の習性に従って暴れ回るだけの化け物になってしまうが、俺は彼女を俺の躰に住まわせることでその問題をクリアしたのだ。


 俗に言う、ホルス持ち。つまり、ホルダーって人間に俺はなったって訳。


 まぁ、契約の最中にちょっとミスってジュリに左手囓られちまったけどね。






『…………と言う訳なのよ』


 オートで根が蘇り人を追いかけ回し、捕まえては養分にしていたのですっかり桜が満開になったしまった広場、俺と万葉が桜で出来た椅子に座っていた。万葉の目は俺の頭の上に両肘をついているジュリに注がれている。


 どうでもいいが、とてもイヤだ。俺だけどこを見ていればいいのか解らない。


「……何が、『と言う訳』なんだよ?!!おまえ、記憶がちゃんとあるんだったらなんで万葉のことをおしえなかった?」


 とりあえず、産まれてたのか?まだ、生きてるのか?


 そこんところを問いただすために魂を呼び戻したのだが、ハッキリ言えば役に立たなかった。


『失礼なこというねー。少年。私はちゃーんと教えてあげたよ、呼び出されるたびにね。でもケーシはそのたびに忘れてたじゃないか?魔族化なんて裏技で呼び戻してくれたのはいいけど、私を実体化するたんびにマッド化して暴れまくって、元に戻った頃にはみーんな忘れちゃうんじゃないか。そんで付いたあだ名が隻腕の魔女だなんて笑っちゃうよね。…解ってる?こんなに落ちついた精神状態で私を呼び出せたのはこれが初めてなんだよ』


 うう。それを言われるとな。


 つい先ほど、忍者を惨殺してケタケタと笑っていた自分を思い出して言葉に詰まる。


「それなら、わかるわ。私が慶慈さんの玉女だからよ」


 エヘンというように胸をはる万葉。こちらの胸もジュリに似て大きい。


「玉女?……なんだい?それは」


『中国の古い思想よ。剣においての鞘ってわけ。……わかる?万葉が近くにいるだけで精神が安定してるでしょ?いつもみたいな破壊衝動もないでしょ?征服欲とかも…性欲はのこってるかもしれないけど……おっやっぱり元気だね』


 一応、夫婦生活していた俺たちだ。慎みとかは、まったくない。


「覗き込むなよ!」


 ケラケラと笑うジュリと嬉しそうな万葉。いや、だって押し倒されての糸引くほどのフレンチキスだよ?ベロだよ?ベロチュー。


 なんも感じなかったら男じゃないッすよ。


 なんだか偉く期待したような眼差しを万葉が俺に向けてくるが、精神状態がかぎりになく男の状態に近い俺である。さすがに戦場でそんなことするわけにもいかない。


 ……プッツン来たらどうなるか自制できる自信ないけど。


『まぁ、そんなにカリカリしないで。ようやく、昔の目標が叶ったんだからさ』


「……目標?」


「そういや、そうか。これでやっと家族がそろったんだもんな」


『でも、こうなると……あれだね。私と少年って離婚してないからまだ夫婦だし、その娘が万葉だろう?万葉が少年に懸想するのって略奪愛ってのになんのかな?』


  死が二人を分かつまで…協会でそう誓ったろう?おまえもう死んでるじゃん。


 俺さまのもっともな意見を無視してヒートする二人。


「ママ!負けないわよ!慶慈さんは私のものなんだからね!」


『今年でようやく十二歳になる小娘が母さまに勝てるかしらね。ほーっほっほっほ』


「自分で嗾けたくせに!」


『それとこれとは話が別よ♪』


「どう違うのよ?!」


 挑発するようにジュリが腕を俺の顎下にクロスしてしな抱かれてくる。赤い髪の毛をチロリと覗かせた赤い舌先かき分けてうなじを舐めてくる。もちろん、俺を挑発してるんじゃない。


 目の前で、大きな瞳を精一杯細めて威嚇している娘の方だ。ケラケラと笑いながら掴みかかる万葉で遊ぶジュリ。2匹の雌虎がじゃれ合っている。




 俺を放って、じゃれないでくれよ。寂しいだろうが…。


 俺のお宝が二つも戻ってきたのに、なんでこんなにセンチなんだよ。




「そういや。俺って任務の途中なんだよな。二十分はロスしたか?夜明けまで後どのくらいだろ?」


 暗黒の闇に浮かぶ大きな満月。その月光で浮かび上がる桜の園。そこで、家族三人そろって花見中。


 おおーい!どこ言ったー?ついさっきまでの禍々しい展開ぃーー。





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